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申  共   

  

  

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出身地である広東省山地の客家語を話している︒三十  ムロ以上の力を惜しまぬことが︑われわれに托され  た  責任でもあることが  痛感される︒  人々には日本語も良く通ずる︒  戦後︑学校教育は北京官話で行われることになった︒  大学は  六校で︑台北に国立ムロ  湾  大学︵  旧  ムロ  北  帝国大学︶・政治  大め  入南  京から移動した国立大学︒社会学系なし︶・師範大学  ︑  ムロ  串 ・ に 

    

学  専門︶がある︒  宗教は︑一般中国人社会と変るところなく︑  儒  ・ ム 

・ 道教が  同時存在している  0   ︵たとえばムロ九市  籠  山寺  は  ︑仏殿  の 背後に  更に神殿をもち︑天上聖母を主神とする道教の神々を  祀って  い  る  ︒︶  この国の大学にも︑宗教学関係の講座は見られず︑  宗  教学専  攻  者がない︒殊に︑昨年の胡博士の逝去は  ︑  大きな  れ  撃  だっ  た  ︒しかし周辺科学の領域に︑宗教研究に関心を抱く  一群の字 

主任教授凍結  馨氏  ︵東北大学出身︶は都市社会学・  民  俗学の専  攻  ︒  陳奇祓  教授︵  一 高出身︶は︑ニューメキシコ大学  で  文化人  類  学を講じたこともあり︑資料室を運営している︒  農  業  経済史  0 季添書教授は戦前︑総督府企画の台湾宗教調査に参  抗  した︒  だが残念ながら︑学界一般に︑宗教の科学的研究に対  する  要  請  が見られる訳でなく︑  小  研究グループ結成の機運も  まだ熟し 

    

  

0 対立から生ずる複雑な政治的社会的問題の渦中にあ るり山岳 ていないことは淋しい︒世界の宗教学者と手を携える 研究組織㏄ 

        

え民  弁護  院自 

  

方に 

対する 

い 

点があ  ておら  しょう  どなた  私は自 

した。 

     

  

  

     

  

マ 

  

ケ 

     

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   菅  博士に答  ぅ    

     

(558)@  84 

  

  

  

     

展  望 

  

に 用いているからです︒私が︑この題をカッコの中に   

は ︑書物を引用したという意味ではなく︑普通用いら れるとば  違 う 意味に使ったことを指摘したかったからでありま す ︒その  事は ︑ 私が註の中で︑特に︑これらの用語がバルトの ものでは 

ないとことわってある 

点猛 

注意下さい︒ 

最後に︑一番ひどい乱暴さは︑まるで私が︑ 菅氏 の 著 書 の 解  説 をやったかの如くに︑ 菅氏 がふるまって居られる 占 でありさ  す " 私はむしろ神学と哲学の関連の問題に関する日本 入神学者  の 貢献を解説したのであります︒ 菅氏が ︑自分の著書 をめぐる  論議を ︑ 私の論旨の よ り大きなコンテクストの中にお   

らば︑必ずや氏は︑その見解を私が誤解しても︑あれ 程に御上  腹 なされずにすんだのではなかったでしょうか︒私の 考察の対  象は ︑ 菅 氏の見解ではなかったのです︒更に﹁学問的 良心土 や︑ 

主張される私の解釈の不注意は︑それ自体一つの学問 止め フ ァ  ウル・プレイにすぎないし︑神字や哲学の問題におい ては︑ 事 

実は非常に見分けにくいので︑解釈がその本質をなす ︐ ︑︑ のです︒ 

事実の欠陥の上に私が立言せざるをえなかった点をや つ つけよ   ぅと なさるよりも氏はむしろ︑解釈の問題に入られる べ ぎであ 

っ 

たのです︒中略 

私はこうした誤解の危険にもかかわらず︑なおもこれ らの方  の 存在を米国に紹介する労を惜しまぬものであります   

一九六三年二月四日 

85   (559) 

        

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周知のごと 

手酌信仰 L と 

な表現をあた 

題を︑ふたた 

したものであ 

形での叙述と 

それでほ︑ 

ているのであ 

ば︑人間存在 

る問題にほか 

対象である人 

人間でなく︑ 

﹁実存﹂とし 

そこに宗教的 

は︑ ﹁わたし  く ヤスパースは︑すでに一九四八年の小著に﹁ 哲 

い う 表題を冠して︑そのなかで︑この概念に簡潔 

えることを試みた︒本書は︑そこに素描された 主 

田 すなわち世界のなかの一つのものにすぎない  び とりあげて︑ 一 そ う 詳細に︵約五六 0 頁 ︶展開 

って︑いわばかれの宗教哲学の︑かなり完結的な 

も みることができる︒ 

い ところの﹁哲学的信仰﹂とは︑なにを意味し 

ろうか︒ マ スバースにとって宗教は︑端的にいえ 

の 根源︵目口Ⅰ ぺ 巨の汁の口の目の宰おぎの︶にかかわ 

ならない︒生物字や心理 宇 ︑さらには社会学等の 

  自由な ︑ 考える存在としての人間 

| 

主体的な 

ての人間が︑みずからの根源について問 うとき ︑ 

な 次元がひらけるとされるのである︒その間いと 

は 一体どこからぎたのか︒そして︑わたしという    

  

  

  

存在は︑そもそも何者であるのかしとの問いである︒ このよ 5 ㏄ 

な ︑究極的な問いがとわれると き ︑時間・空間的な現 象の世界⑨ のなかにおかれた︑有限な存在としての人間は︑その よって き ︵ 

たる根源としての存在そのもの﹁超越者﹂にふれ るのであ 

る ︒しかし︑このように︑有限な主1審対立の世界を こえて︑ 

その根源へむかう 働 らぎは ︑マ スパースに ょ れば︑ 哲 学 ︵ H 超 

越的 思惟︶にほかならないりしたがって︑それによっ てひら げ 

てくる宗教的な次元もまた︑﹁哲学的﹂信仰︵ないし ﹁理性情 

仰 ﹂︶と よ ばれる︒いわばそれは︑人間が真に自己にめ ざめる 

とき ︑それにともなって必然的に現前してくるごと ぎ 信仰 

そのかぎりでは︑人間性一般に根拠をもつ信仰といっ てもよい 

であろう︒ 

以上のように性格づけられた哲学的信仰は︑なにょり もま 

ず ︑﹁啓示﹂︵また﹁啓示信仰﹂︑ないし単に﹁宗教Ⅰ ともよ ば  れている︶に対立した概念である︒このばあい︑いわ ゆる啓示  が ︑さしあたって︑伝統的な形のキリスト教の意味で もちいら  れていることほ ︑ い う までもない︒いずれにせ よ それ は ︑特定  の 祭祀団体としての教会にその地盤なもつものであっ て︑ドグ  マ として表現され︑教会の権威によって保証される︒ そ れゆえ  啓示信仰は︑人間性一般とは べ つの歴史的根源からく るもので  あり︑そのかぎり︑哲学的信仰とは一種の緊張関係に たつもの 

である︒﹁啓示信仰と理性信仰とは︑それ自体︑対極 的に対立 

したものでありつつ︑立た ︑ たがいに 他 とふかくかか わりあっ 

たものでもある 一 ︵本書 一 00 頁︶という言葉は ︑︐ ﹂の意味 

Ⅱの重目一群曲目 

ぬ 

ic 

ゴ打 仁ム ㏄  ㏄も Ⅰ 木 が 臣 曲 

    

浅 

し 

  

ドキュメント内 『宗教研究』175号(36巻4輯) (ページ 83-87)

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