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ドキュメント内 『宗教研究』175号(36巻4輯) (ページ 46-49)

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     そこで︑態度という全体的な自覚の仕方が動揺 してくるのである︒自己の生命の分化は︑自己の 主体性の確立に応じ 

て ︑態度に即したところからはじまる︒つまり︑ 意志の領域がまず分化し︑次いて感情が︑そし て 最後に理性が目 醒  める︒あるいは︑意志︑感情︑理性が︑相次い で︑それぞれの要求を充たそうとする よう になる のである︒理性︑感  情 ︑意志は︑自己を構成する作用であり︑理性 は 理解することを要求し︑感情は感じること︑ 即 ち 対象を現実感を以  てとらえることを要求し︑意志は行動を決定し て ︑対象を現実にとらえることを要求する︒それ 故に︑意志は ︑ 最も  現実に即した作用であり︑感情はこれに次ぎ ︑理 性の作用は ︑ 最も現実から離れた︑その意味で 客観性を持ったもの  である︒それ故に︑対象の把握の仕方に関して︑ 意志は最も具体的であるが一般性を欠いており ︑感情は︑意志 よ り  も 現実からの距離があるだ け 一般性を持ち︑ 理 性は現実から遠いだ け 一般性を持った理解をする ことが出来るのであ 

る ︒ 

社会の提供するところの生存の条件が充実され る 度合にしたがって︑以上のように︑態度の全体 性の中から意志の  作用が分化展開して来る︒これによって惹起さ れる生存の危機に対しては︑宗教に固有の方法が これに対処したので  あって︑それは︑さきに︑祭り礼拝などが︑ 特 殊 な行為を実際に行うことによって︑動揺する 実 存 的確信の立て直し 

に肖 ったのであった︒私たちは︑さきに︑この 

ナ  ﹂とをキリスト教について考察したのであったが 

これはキリスト教 

だけでなく︑一般に宗教と言われるものは︑ こ のような形態における︑生存の意味把握の仕方に つトリて 舌口われている  よう である︒私たちが︑ここで︑問題にしょう としている哲学と最も深い関係に在るギリシャ 民 族の宗教はこのよ う 

なものであったし︑最も非宗教的な人生観と者 

︐  えられている儒教にも︑その前史として右のよ 

う な形態の宗教があっ  たのであった︒そして︑社会の発展により︑ 生 存 条件が充実されるにしたがって︑感情の要求が 解放されて来る︒ そ 

(520)  4& 

     

  

  

   Ⅰ 百             

    

     

キリスト教と 哲学  社会の発展とともに︑宗教から芸術が生・ れ 出て ︑ これに 伐 るという形を採っていない︒生存の契 機 が一度に展開してⅡ 

   れたのは︑充分にその契機を展開した社会︑ ロ 1 7 帝国を場としてであった︒したがって ︑  なる延長︑あるいは︑それから成長するという 形で︑成立したものではない︒キリスト教が  る 点がある︒というのは︑キリスト教は ︑ユ ダ ヤ 教をその前史としていると言っても︑キリ  ところで︑キリスト教においては︑事情はど う なっているだろうか︒キリスト教において 

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ト  も  は  の  教  の  、  宗 

に  と  ュ  教 

お  し  ダ  と 

い  て  ヤ  事 

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形  教 

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、  さ  卓  異  (521) 

われることになるのである︒このことは︑支那 の 宗教においても︑同様である︒  との出来るものは︑真実の形象である︒感情の 世界は︑経験的現実ではない︒経験的現実に 蹄跨 していた自己が ︑ぞ 

こから解放された世界である︒だからこの世界 は 現実ではなく︑謂わば︑抽象されたものである ︒しかしながら︑ 現  美的であるということは︑直ちに真実であると いうことにはならず︑むしろ︑そこでは︑余りに も対象に近くあると  ぎには︑このものが解らないように︑私たちは 真実の自己を見失いがちである︒感情の世界では ︑ただ対象を認知す  るだけではなく︑価値評価がこれに加えられる から︑立体的に把握されるようになるのである︒ それ故に︑感情の要 

永生存の危機に対して持つところの感清 

め 要求に対する答えは︑構想 力がよ り真実なる形象 を 作り出すことによ  って為される︒かくて︑芸術が創造されるのであ る ︒民族の宗教は ︑ 前に見たような純粋に宗教 ぬ た 方法から︑芸術  の 助けせ借りるよ う になり︑やがて芸術は独立 するようになるのである︒ギリシャ民族において   

刻を生み︑舞踊音楽のような要素的芸術だけで なしに︑神話という最も自由なジャンルを持っ 形 象を生み出したので  あった︒しかも︑芸術的要求は︑さらに︑その 形象化を進め︑最も芸術的香気の高いギリシャ 悲 劇の産出となったの  であった︒このように︑宗教から芸術が独立し て ︑生存の意味把握に 肖 ると き ︑現実に束縛され ない形象の世界に主  体 が解放されているために︑宗教の世界におい てよりは︑より自由に探求することが出来る︒ そ れ 故に︑宗教的把握  よりも︑より明確な意識を持った理解に進むこ とが出来る︒だが︑その反面に︑宗教の持つ ︑実 存を支配する 力 は 失 

いるのである︒それでは︑キリスト教において︑ 宗教から芸術的要素が分化して 釆 た事情は ︑ど のよ う であったろう れ  か ︒礼拝に歌が加えられ︑礼拝堂に絵画が架 け られるようになって︑芸術が宗教を助けるよ う に なっているが︑キリ②   スト教においては︑芸術が︑やがて︑宗教に代 る ものとはならなかった︒キリスト教においては︑ 他の宗教のように︑ 

実存的確信を形象にまとめあげると き ︑形式と しては神話的表現を採っているということが中川 釆 よ う ︒このことを︑ 

私は︑聖書正典の結集において認められると 考︐ ぇる ︒旧約聖書三十九巻の文書を正典化したのは ︑勿論︑ ュグヤ 教会 

であるが︑これをそのまま受容れて︑新約聖書 一 一十 セ 巻の文書と共に正典化したのは︑キリスト 教会であった︐この 

六十六巻の文書が正典と定められたとき︑ここ には様々の文書が含まれることになったが︑ 福立 回書において形象化さ 

れているイェス・キリストが中心になっている 

ナ ﹂とは言 

う までもない︒だから︑私たちは︑聖堂 目ハ 旧新面的︶におい 

て キリスト教の実存的確信が︑神話的に形象化 されているのを︑ここにみることが出来る︒ と @ ﹂ろが︑キリスト教に  おいては︑ギリシャにおいて悲劇のように優れ た そして宗教に代るものとして存立する芸術が ︑ その生成発展の結果 

として生み出されてはいないのである︒勿論︑ キ リスト教においても︑礼拝に奉仕するための サ 蚕 術は作られている︒ 

しかし︑これは︑あくまで礼拝に奉仕する芸術 であって︑宗教的芸術 

| 

芸術が宗教としての 内 容を持っている 

では ないのである︒キリスト教に固有の芸術︑礼 拝 に奉仕する よう に作られた芸術は︑芸術その ものが宗教性を持っ 

のではなく︑イエス・キリストの形象化︑その 現 前に奉仕するものである︒このことは︑却って ︑芸術に固有の領域 

を 残すことになるのであるが︑その点には︑ い まは︑触れないことにする︒ 

さて︑一般に︑人間の生存の意味理解におこる ところの 危 ・機の克服は︑まず宗教において︑次に 感情の分化展開に  応じるものとして芸術において︑なされるので あるが︑更に︑理性の要求が目醒めることによっ て ︑その要求に応え  るものとして︑哲学が生れ︑これが宗教に代 る︐ ﹂とになる︒この過程︑殊に最後の過程を最も 典型的に展開したの  は ︑ギリシャ民族の宗教であった︒ ィエ ーガー も官 ぅ よさに︑ギリシャ人の哲学は︑宗教に代 る ものとして成立した 

  

                 

キリスト教と 哲学 

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ドキュメント内 『宗教研究』175号(36巻4輯) (ページ 46-49)

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