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災害の素因となる地形の特徴

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第 3 章 津波による人的被害の要因の検証

2 災害の素因となる地形の特徴

図 3.2(1) 陸前高田の微地形区分 参考文献:日本の地形 3(東北)

※ 白地の範囲は津波による湛水部

図 3.2(2) 大津波の津波浸水域(国土地理院 5m メッシュ地盤標高段彩図)

参考文献:陸前高田市津波防災マップ 参考文献:数値標高データ 5m メッシュ

(2) 海底地形と津波の増幅

広田湾は、北北西‐南南東を軸とし、東北地方太平洋沖地震の震源域でもある南南 東方向に開けている。また、海底の地形をみると、気仙川沖合から米ケ崎の沖合にか けては、水深約 10m から約 30m で、広田半島の岬付近を過ぎると水深 50m 以上となり、

急激に深くなっている(図 3.2(3))。

津波の高さは、一般には陸側に近くなるほど高くなり、特に海底が急激に浅くなる 場合、増幅も顕著となる。

また、リアス式海岸の典型である広田湾では、海底の形状だけでなく、平面的形状 からも湾内に侵入した津波が湾奥で収束し、増幅が湾の奥で顕著となる。特に波の高 さは高くなる。さらに、岬や湾の奥など特殊な地形の場所では、波が集中する特徴が ある(特に広田半島の入り江、以下に後述する)。

このような広田湾の津波に対する特徴から、広田湾奥に位置する平野部は開けた直 線的な海岸などに比べ、津波が増幅しやすい地域であるといえる。

水深 10m

水深 20m

水深 50m 広 田 湾

(3) 小友地区の地形(陸繋島)と津波の遡上

広田半島は、昔は島であった地形が小友町一帯に発達した砂礫堆により陸続きとな った、陸繋島といわれる地形をなしている。この砂礫堆は標高が低いため、東北地方 太平洋沖地震では、太平洋側の波源域からは直接到達した津波が遡上し、広田湾側か らは湾奥で増幅した津波が遡上し、両側から押し寄せ合流してぶつかり合い、家屋を 押し流した。

なお、砂礫堆では今回の地震だけでなく、過去の津波(明治三陸津波)でも同様の 現象が記録されている。

※ 白地の範囲は津波による湛水部

図 3.2(4) 小友地区の津波浸水域(国土地理院 5m メッシュ地盤標高段彩図)

参考文献:陸前高田市津波防災マップ 参考文献:数値標高データ 5m メッシュ

参考文献:東日本大震災による被災現況調査業務(岩手 5)報告書・データ

(4) 土地利用(高田町の市街地の形成)と津波被害

本市の中心市街地を形成していた高田町の平野部は、大正 2 年の地形図(図 3.2(5) [P74])にもみられるように、気仙沼市や大船渡市を結ぶ太平洋沿岸の三陸浜街道と、

気仙川上流に住田町方面へと延びる高田街道沿いの沖積低地内の自然堤防、浜堤に集 落が形成されていた。

その後、カキ養殖から沖合漁業まで、本市の特色のある漁業の発展とともに、三陸 浜街道、高田街道を中心に、商業集積が進み、集落が拡大した。

さらに、国道 45 号高田バイパスの開通などに伴い、商業活動の中心が平野部に移行 し、市街地形成が進んできた。

これらの市街地は、津波を増幅させる広田湾奥に位置する平野部にあったことから 大きな被害が生じた。

図 3.2(5) 最も古い地形図 1/50,000(大正 2 年)

図 3.2(6) 東日本大震災前の地形図(平成 20 年現在)

高田街道

三陸浜街道

三陸浜街道

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