−第1報−
2.2 漸増的運動負荷テストにおける心拍変動 応答:自転車競技選手の漸増的運動負荷
など総合的に把握しながら行われていた。今 回のデータはそのようなトレーニングプロセ スの中で得られた。
得られた結果を検討する中から「コンディ ション把握・トレーニングコントロールのた めの HRV の利用」に関する仮説的なコンセ プトが浮かび上がってくるかもしれない。
今回のトレーニング自体の良否の評価を抜 きにした測定結果の検討は片手落ちになるの で、仮説的なコンセプトに言及する前に、ま ず、世界選手権の成績を中心にしてトレーニ ングの評価について若干言及しておく。
被験者はダブルスカル種目の選手であり、
世界選手権での成績は決勝Bグループ(7−
12位決定戦)1位であり、その際のタイム は決勝Aグループ(1−6位決定戦)でタイ ムと比較すると2位に相当するものであり、
準決勝の同じグループの1位、2位のチーム が決勝Aグループで2位と3位に入っている ことを考慮すれば、決勝Aグループでも互角 に戦える状態に仕上がっていたとみなして差 し支えないと考えられる。したがって、今回 のトレーニングは比較的順調に遂行されたと 思われる。なお、今回のトレーニングの指導 にあたったのはこれまでに国際的レベルで高 い指導実績を残してきているイタリア人指導 者である。
鍛練期の個々でデータを検討してみると、
SD1 の最低ラインは 30ms を僅かに下回る あたりであり、最高ラインは 50ms をやや下 回るあたりであった。鍛練期前半では日々 の SD1 の値が 30ms と 40ms の間のあたりで 推移し、鍛練期後半では日々の SD1 の値が 30ms と 50ms をやや下回るあたりで推移し ていた。これらのことから仮説的に考えられ るのは、この選手の場合に、例えば SD1 が 20ms を下回るようなことが起こってくれば 好ましくない兆候として把握すべきかもしれ ないということである。また、他方で、鍛練 期では SD1 が 50ms を上回ることはなかっ た。このことに関しては、鍛練期に SD1 の
最高ラインが、今回のケースのように比較的 低いレベルを推移するのが望ましいのか、あ るいは時々もっと高いレベルの値が得られる 現象が認められるほうが望ましいのかなどに ついては、現時点では仮説的に一定の見解を 示すことはできない。
2.2 漸増的運動負荷テストにおける心拍変動
最小値に対応する強度)である(図5)。
図5:HRV 閾値のコンセプト
そこで、我々は、HRV 閾値の現象が認め られるかどうかについて検討することにし た。まず、HRV 閾値の現象が認められるか 否か探る予備実験として、ボート競技選手2 名を対象にしてローイングエルゴメータを用 いて漸増的運動負荷テストを実施したが、被 験者の1名で HRV 閾値の現象が認められ、
他の1名では認められなかった。この結果を 踏まえ、この研究では、自転車競技選手を対 象にして、SD1 の漸増的運動負荷テストに おける動態を、血中乳酸濃度との関係性も視 野に入れて検討し、HRV 閾値の現象が認め られるか否かを明らかにすることを目的とし た。本研究のコンセプトを図6に示した。
[方法]
被験者は、大学生男子自転車競技選手6名
(20.1 ± 1.0 歳)であった。漸増的運動負荷テ ストは、自転車エルゴメータ(エアロバイク 600[コンビ社製])を用い、5分間のエルゴ メータ上での座位安静の後、運動負荷を 0W
図6:研究コンセプト
図 8:心拍変動(HRV)の変化に対応した Pointcare 散布図の例
図7:漸増的運動負荷テストにおける 心拍変動(HRV)の記録の例 での空漕ぎから開始し、その後3分間ごとに 25W ずつ漸増させた。運動はオールアウト まで追い込まず、250W までは運動を継続す ることとし、それ以上の強度で自由意志で運 動を終了することを条件とした。HRV の解析 はハートレートモニター 801i(Polar社製)を 用い RR 間隔を記録し、HRV の解析は各運動 強度の後半2分間のデータを対象にして専用 ソ フ ト PolarPrecisionPerformanceSW4.0 に よって行った。血中乳酸濃度は、安静時および 各強度の運動負荷終了前の 15 秒間に耳朶か ら採血し、ラクテートプロ(アークレイ社製)
により測定した。乳酸閾値は、第一次変曲点 コンセプトにもとづき目視で決定した。
[結果および考察]
図7に 、 漸増的運動負荷テストにおける心 拍変動の変化の記録の例を示した。また、図 8 に、HRV の変化に対応した Pointcare 散布 図の例を示した。
図9に各被験者の安静時の SD1 の値およ び運動負荷時の SD1 の変化を示した。
安静時の SD1 は、55.3 ± 31.9ms(最大値:
111.8ms、最小値:18.2ms)であり、大きな 個人差が認められた。
また、安静時では SD1 と心拍数の間に高 い相関(r= − 0.94、)が認められた。
漸増的運動負荷テストにおけるSD1の動態 の全般的な傾向として、0Wの空漕ぎでは 6 名 中 4 名で SD1 の明らかな低下が認められ、
25W 以上の強度では序盤に急激な低下が認 められ、それに引く緩やかな低下からほとん ど変化の認められない状態へと移行する変化 が認められた。
被験者全員で SD1 ミニマムとして捉えら れる HRV 閾値が認められた。
HRV 閾値は 229.2 ± 18.8W であり、この 閾値での SD1 は 1.7 ± 0.4ms(最大値:2.3ms、
最小値:1.1ms)、血中乳酸濃度は 1.9 ± 0.8 m M、心拍数は 141.7 ± 18.5 拍 / 分であった。
表1に、乳酸閾値および HRV 閾値に対応 する運動強度、心拍数、乳酸濃度、SD1 の 値を比較するかたちで示した。
乳酸閾値と HRV 閾値を平均値で比較する と、乳酸閾値のほうが HRV 閾値よりも低い 値を示す傾向が認められた。
個々の被験者で、乳酸閾値と HRV 閾値の 関係性は検討してみると、1名では、乳酸閾 値が HRV 閾値よりも高い強度で認められ、
1名では乳酸閾値と HRV 閾値が一致し、そ れ以外の4名では乳酸閾値は HRV 閾値より も低い強度で認められた。この4名の中ので も、例えば1名では両者の間に 100W の差が 認められ、本研究の結果では両指標の間に明 確な関係性は認められなかった。
本研究では、「SD1 ミニマム」の現象とし て捉えられる HRV 閾値が、確かに多くの ケースで認められる可能性が示唆されたが、
乳酸閾値との関係性は明確でなく、したがっ て、乳酸閾値の代わりに HRV 閾値を用いる ことが出来るかどうかについてもポジティブ なデータは得られなかった。また、SD1 ミ ニマムの得られる SD1 の値と前後の強度の SD1 の値との差が 0.1 〜 0.6ms 程度であり、
SD1 ミニマムを把握することの意義や SD1 ミニマムの現象の生理学的解釈はなお今後の 課題となると考えられる。
3.今後の研究の課題
本報告 2.1 で取り上げた HRV を用いたア スリートの体調管理(コンディショニング)
の課題に関しては、第1ステップとして、こ れまでの先行する基礎的な研究で有用性が示 唆されている HRV を用いた心身のコンディ ションの把握するための幾つかの方法・解析 指標(「オーバートレーニング‐テスト」など)
を取り上げ、「特にどのようなケースで有効 利用できるか」を具体的なケースで検討する 必要があると考えられる。
例えば、①合宿、ハードトレーニング期、
②大きな(重要な)試合終了後の回復期、③ 試合・トレーニング以外のファクター(スト レス、睡眠不足など)の影響がきわめて大き 図9:漸増的運動負荷テストにおける
SD1 の変化
乳酸閾値・HRV 閾値
乳酸閾値 HRV 閾値 運動強度[W] 195.8±36.8 229.9±18.8 心拍数[bpm] 126.3±14.0 141.7±18.5 乳酸濃度[mM] 1.0± 0.3 1.9± 0.8 SD1[ms] 2.7± 0.8 1.7± 0.4
表1:乳酸閾値と HRV 閾値の比較
いと考えられる場合、④著しく体調が低下し ていると考えられる場合などの条件での検討 が必要であろう。
これらの取り組みにもとづき、コンディ ション把握の視点からトレーニング現場レベ ルで有用性の高い HRV 指標・方法を明確に していきたい。
本報告2.2で取り上げた「HRV 閾値を含 む漸増的運動負荷テストで得られる SD1 曲 線のトレーニング実践への活用]の課題に関 しては、今回の取り組みでは、実際の測定に 際して HRV 閾値の現象が認められる可能性 は高いことが示唆されたが、乳酸閾値の代わ りに HRV 閾値を用いることが出来るかどう かについてはポジティブなデータは得られな かった。
したがって、HRV 閾値を含む漸増的運動 負荷テストで得られる SD1 曲線のトレーニ ング実践への有効利用に関しては、多くの データにもとづく更なる検討が必要である。
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