§ 3.1 エネルギーの方程式と Joule の法則
問題 26. 準静的な可逆過程において, 熱容量が一般に満たす関係式を議論する † 495
[
解
]定容熱容量
CV(V, T)の表式
(3.37)において
,内部エネルギーの独立変数依存 性が
U(V, T)であることがわかる
.そこで
,この全微分をとってみる
:dU(V, T) = (∂U
∂V )
T
dV + (∂U
∂T )
V
dT = (∂U
∂V )
T
dV +CVdT (3.77)
最右辺においては, 定容熱容量の表式
(3.37)を代入した. これを, 熱力学第一法則
(3.30)
の右辺第一項に代入すると, 題意
(3.76)の
1つ目の等号が示される. その後,
エネルギーの方程式
(3.7)を
, dVの係数
[· · ·]に代入すると
, (3.76)最右辺に至る
. [発展
] (3.76)からも
Mayerの関係式が導かれる意図で
,これを出題した
†494.問題
25.準静的な可逆過程において成立する次式をそれぞれ示せ
. TdS =CVdT +T(∂p
∂T )
V
dV (3.81)
TdS =CPdT −T (∂V
∂T )
p
dp (3.82)
(i)
定圧熱容量
CPと定容熱容量
CVに対して成立する次式を示せ
†496. (∂CP∂p )
T
=−T (∂2V
∂T2 )
p
(3.83) (∂CV
∂V )
T
=T (∂2p
∂T2 )
V
(3.84)
(ii)
系が次式を満たすとする
:(∂CV
∂V )
T
= 0 (3.85)
この系の状態方程式が
†497,次式で与えられることを示せ
†498†499.p(V, T) = f(V)T +g(V) (3.86)
ここに
,fと
gはともに
, Vのみに依存する任意関数
(任意変数
)である
. [解
(i)] [解法
1] (3.84)についてのみ示す
†500.題意の左辺に定容熱容量の表式
(3.37)
を代入し
,偏微分の順序交換
†501の後
,エネルギー方程式
(3.7)を代
†496[しつこいが再注意]熱容量(と比熱)は状態変数であって,定数とは限らない. ただし,理想気体
の比熱は,ふつう,定数とみなされる.
†497[この題意は]“偏微分方程式(3.85)の一般解が”と等価である. [注意]もちろん,理想気体には 限らない状態方程式という意味である. 状態方程式と聞くと, 安直に理想気体を思い浮かべて しまう者も多いので注意を要する. 固体でも液体でも実在気体でも,状態方程式は存在する. そ の関数形を求めるのが困難だから,見かけることが少ないだけなのである.
[ついでながら] 高校物理の教科書では, 「状態方程式」や「気体の状態方程式」とだけ書かれ
ていることが多いので, やはり高校物理の熱力学は忘れるべきといえる. 高校物理を批判した いのではなく,用語の定義の軽微な差異が致命傷につながりかねないからである.
†498本設問は, 応用数学(後半)の守備範囲を物理学や工学へと応用するにあたり, 最も容易かつ基 礎的な一例に属する.
†499[再度基礎を強調(ヒント)]n階定数係数線形常微分方程式の一般解は,n個の任意定数(arbitrary
constant)を含む. これに対して, n階定数係数線形“偏微分”方程式の一般解はn個の任意“
関数(変数)”を含む. この基礎事項を見落としがちとなる理由の1つに,「偏微分方程式の場合 は,一般解に焦点をあてることが少なく,初期値境界値問題に興味を寄せる場合が多いから」が 挙げられるだろう(本当か. 他科目を振り返ってみよ).
†500(3.83)の証明方針は全く同様である. (解法1)としてはエンタルピー型のエネルギー方程式
(3.22)の最右辺を利用して, (解法2)としてはMaxwellの関係式(2.16)を代入すればよい.
†501[†311] 2変数関数の偏微分の順序交換は, 2通りの偏導関数が偏微分の順序によらず存在し, か
つ,それらがともに連続関数であるときに許された.
入し
†502,右辺へと至る方法
: (左辺
) =(∂CV
∂V )
T
= ∂
∂V
[(∂U
∂T )
V
]
| {z T}
(3.37)を代入
= ∂
∂T
[(∂U
∂V )
T
]
| {z V}
順序交換(添え字注意)
= ∂
∂T [
T (∂p
∂T )
V
−p ]
V
= (∂p
∂T )
V
+T (∂2p
∂T2 )
V
− (∂p
∂T )
V
= (
右辺
) (3.87) [解法
2]†503定容熱容量のエントロピーによる表現
(3.61)を代入し
,偏微 分の順序交換を経て
, Maxwellの関係式
(2.14)を代入し
,左辺に至る方法
:(
左辺
) = ∂∂V [
T (∂S
∂T )
V
]
T
=T ∂
∂V
[(∂S
∂T )
V
]
T
=T ∂
∂T
[(∂S
∂V )
T
]
V
=T ∂
∂T
[(∂p
∂T )
V
]
V
= (
右辺
) (3.88) 2つ目の等号で
,温度
Tが偏微分記号の外に出たのは
,T固定の偏微分操 作だからである
(添え字に注意
)†504.[解(ii)]
題意より, 圧力
pに対する状態方程式の表現が問われているのだから,
(3.84)
に
(3.85)を代入して,
T ̸= 0を考慮すると,
2階線形偏微分方程式
(∂2p∂T2 )
V
= 0 (3.89)
をうる. ここから出発する. まず, 両辺を,
Tで
1回不定積分しよう:
(∂p
∂T )
V
=f(V) (3.90)
V
固定のもとでの
T積分であるがゆえに
,右辺は任意定数ではなく
Vの
†502[重要]“エネルギー”方程式(3.7)の導出の出発点は, 自由エネルギーF の保存則(1.14)から導
かれる式(1.17)であった. さらに,F の保存則から導かれるMaxwellの関係式(2.14)をも用い
たことも重要である. すなわち, 全てが自由“エネルギー”の定義に起源をおいており, やはり F への意味と必然性を感じないだろうか.
[さらに] (3.83)の証明時に用いる, “エンタルピー”型のエネルギー方程式(3.7)は, (2.16)すな
わち自由“エンタルピー”の定義から導かれたことを思い返すと,Gにも意味を感じる.
†503これら以外にも,右辺側から左辺側に至る方法も考えられる.
†504確かめよ. 案外, 間違う者が多い(馬鹿にできない). V と T を混同する誤答が多い.
任意関数となる
†505.もう
1回
, Tで不定積分すると
,題意をうる
†506†507: p(V, T) =∫
f(V)dT +G(V) =f(V)
∫
dT +G(V) =f(V)T +g(V) (3.91)
ここに
, f, g, Gは全て
Vの任意関数であって
,最右辺で
Gを
gに置き 換えたのは
,第
1項の
Tの不定積分の計算時に生ずる積分定数を
Gに吸 収し
,改めて
gとおいただけのことである
†508. “2階
”偏微分方程式であ るから, 一般解には
“2個”の任意関数が含まれる
†509.†505[重要]この考え方は,覚える(あるいは理解する)というよりも,実際にその場その場で,一般解 の両辺を偏微分して,偏微分方程式を満たすか否かを確かめるべき操作に属する. その方が手っ 取り早く,逐一の確認をとおして,理解も進む.
†506丁寧に確認する事が習慣付いていれば,何の困難もない高校数学レベルといえるが,驚くほどに 間違える者が多い. このような2変数関数の積分計算を決して馬鹿にすべきではない. 式変形 でも,議論の展開においても,細部に渡って注意を払うことを習慣づけてほしい. 簡単と思わず, 等号のひとつひとつを丁寧に確かめることが重要である.
†507ついでながら,定容熱容量が満たす関数形,すなわち一般解は,CV =K(T)である(K はT の 任意関数). これも,当然と思わずに確かめよ.
†508[重要: 数学基礎事項(解析学IIIと応用数学)]微分方程式の一般解(general solution)と特解
(特殊解: particular solution)の違いを理解しているだろうか. 理解していない者は,たとえば,
p=V, p=C1, p=C2T, (C1とC2は任意定数) (3.92) などの解も微分方程式(3.89)を満たすではないか, これも一般解といえるのではないかと疑問 視するだろう. たしかに, (3.92)はいずれも(3.89)を満足するので(確かめよ), (3.89)の解に は違いない. しかしながら,これは一般解ではなくて, 無数にある特解のうちの一つである. 解
(3.92)ならば微分方程式(3.89)を満たすが, その逆は成立しないことに注意を要する. 微分方
程式の一般解とは, 解に含まれる任意性(常微分方程式の場合の任意定数や偏微分方程式の場 合の任意関数)に何を指定しても, なお,解であり続けるような解を指す. だからこそ, 偏微分 方程式の一般解には,V とT への依存性が,一般解の中に任意性として含まれているのである. 1つの微分方程式を満たす特殊解は無数に存在するが, 一般解は1つしか対応しない.
†509微分方程式を“2回”積分するのだから, “2個”の任意性が含まれる. また, “2変数”関数を“1変 数”T で積分するのだから,任意関数は“2−1 = 1変数”関数である.
§ 3.3 Joule–Thomson 効果 [ やや発展 ]
空気を冷やすことは
,温めることに比べて
,極めて難しい
.これは
,たき火と いう古典的な方法
,クーラーや冷凍庫といった現代的デバイスを思い浮かべるまで もなく
,経験的にわかることともいえる
.ここでは
,気体がいかなる条件下で冷却 されるのかを調べる.
§ 3.3.1 Joule–Thomson
係数の導出
ジュール・トムソン効果
(Joule–Thomson effect)を具体的に紹介する前に
†510,これを記述する新しい状態変数として
,Joule–Thomson係数
(以下
, JT係数と略 す) を定義する
†511:µ≡ (∂T
∂p )
H
(3.93)
結果から先に述べる
.これは
,つぎのように変形することができる
†512:(∂T
∂p )
H
=− 1 CP
[ V +T
(∂S
∂p )
T
]
= 1 CP
[ T
(∂V
∂T )
p
−V ]
(3.94)
最右辺に至る際には
,これまでと同様に
, Maxwellの関係式
(2.16)を使い
†513,エン トロピーを消去した
†514.JT
係数の表式
(3.94)の導出はたやすい. 定圧熱容量
CP = (∂H/∂T)p [式 (3.42)]と
JT係数
µ= (∂T /∂p)Hが共通して
3変数
(H, T, p)を論じている
.こ れに気づくことが本質である
†515.なぜならば
,気づけたならば
,自然と
,第
2の偏
†510先に物理的意味を知りたいと望むかもしれないが, 一般関係式の導出は, これで最後であるの で,慣れているうちに一気に導いてしまおうという思惑である. さらにいえば,物理学とは, 本 来は,現象を記述する方程式や解を導いてから(あるいは,実験結果を取得してから),その意味 を考察するのが常套である.
†511JT係数の定義を覚える必要はない(重要でないという意味ではない). 変数の定義や用語を記憶 することよりも,形をみたときに物理的意味が説明できて,適切な式変形ができることが重要で ある. なお, 次節§4で現れる化学ポテンシャルは, 慣例上, 記号µを使うことが多いが,混同 の心配はないであろう.
†512[予測法](i) (∂S/∂p)T を見て,±(∂V /∂T)p への書き換えを予測する(符号未確定); (ii)独立変
数は(p, T)ゆえに,熱力学ポテンシャルG(p, T)が対応する; (iii)Gの恒等式を書き下す.
†513つまり, 自由エンタルピーGの定義とその保存則(2.10)に起源をおく.
†514[再強調]繰り返すが,この動機は,エントロピーは測りづらく, 可能ならば消したいからである.
†515これは,決して,たまたま眺めていて気づく力を指すのではない. 日頃から, 各状態変数の定義
微分公式の循環公式
(0.54)を書き下しているはずだからである
†516: (∂T∂p )
H
( ∂p
∂H )
T
(∂H
∂T )
p
=−1 (3.95)