第 4 章 社会保障メカニズム
4.2 準公的保障
カンボジアにおいては、貧困層の多くが農村地域に居住しているが、同地域における公的 な金融市場は依然として整備が十分ではない。このため、貧困層の公的金融サービスへの アクセスは非常に限られており、高利貸しなどインフォーマルな貸付市場への依存が散見 されている。
4.2.1
マイクロファイナンス機関の規制と商業化カンボジア国営銀行(NBC:National Bank of Cambodia)は、マイクロファイナンス機関
(MFI:Microfinance Institute)の規制を行うことにより、マイクロファイナンスを金融市場 に統合するために先導的な役割を果たしており、効率的な運営のために新商品や関連金融 インフラの開発を認可している。優先課題の一つは、MFI がその活動拡大に必要な資金調 達を行えるよう、商業銀行との連携を支援・促進することである。銀行・金融機関法(Law
on Banking and Financial Institutions、 1999
年)などの法律は、金融機関の機能、義務や権限、MFI
の枠組みを規定しており、また「金融セクター開発戦略2006-2015」(Financial Sector Development Strategy 2006-2015)は、全国における効果的なマイクロファイナンスおよび農
村金融の実施に向けて、預金者保護制度の更なる改善・見直しを行い、銀行法および規制29 Council for Agricultural and Rural Development (2010). “National Social Protection Strategy for the Poor and Vulnerable.” ,P.26,
30 事務局長1人、副事務局長13人の下に7つの部局(計画・国際協力局、食料保全・栄養局、農業局、
農村開発局、水資源局など)が連なる。
42
の包括的な見直しが必要としている。前述の銀行・金融機関法によって、マイクロファイナンス活動を行う組織は、
NBC
へのMFI
登録または免許取得が義務付けられることになった31。2008
年末時点において、免許を得たMFI
は18
機関32、登録を行った機関は26
機関(農村信用機関を含む)となっている33。NBC
は 、一定 の要 件を満 たしたMFI
を 預金受入MFI
(MDIs:Microfinance Deposit-taking
Institutions)として免許を交付し、一般から預金を集めることを認めている
34。4.2.2
セクター別マイクロファイナンスMFI18
機関によるマイクロファイナンスの使途セクターもしくはビジネスモデルを見ると、2008
年時点、農業が最も多く43.8%を占め、商業が 33.3%でこれに続く。
0%
10%
20%
30%
40%
50%
60%
70%
80%
90%
100%
2004 2005 2006 2007 2008 Year
percent
others household construction transportation service
trade and commerce agriculture
(出所)Developed based on Banking Supervision Department, National Bank of Cambodia, Annual Report 2008 図 4-1:マイクロファイナンスの利用目的の変化
マイクロファイナンス市場規模は
2004
年(約1,262
億リエル)から2008
年(約1
兆1,305
億リエル)にかけて約8
倍となっており、なかでも農業向け貸付残高は2004
年以降5
倍に31 詳細については、別添2を参照のこと。
32 AMRET Microfinance Institution (旧名 EMT)、Angkor Mikroheranhvatho (Kampuchea) Co. Ltd (AMK)、 Cambodian Business Integrate in Rural Development Agency (CBIRD)、CHC-Limited (former Credit Program of the Cambodian Health Committee)、Cambodia Rural Economic Development Initiatives for Transformation (CREDIT)、 Entean Akpevath Pracheachun (EAP)、Farmer Union Development Fund (FUDF)、Farmer Finance Ltd. (FF)、Green Central Microfinance (GCMF)、Hattha Kaksekar Limited (HKL)、Intean Poalroath Rongroeurng (IPR)、Maxima Mikroheranhvatho Co.Ltd (MAXIMA)、PRASAC MFI Ltd (PRASAC)、SATHAPANA Limited (SATHAPANA)、
SEILANITHIH Limited (SEILANITHIH)、Tong Fang Micro Finance Ltd. (TFMF)、Thaneakea Phum Cambodia (TPC)、VisionFund Cambodia (VisionFund)。2009年末現在、ChamroeunとSAMIC Microfinance (SAMIC)が追 加されている。
33 詳細については、別添2を参照のこと。
34 2007年12月以降。MFIの最低資本金は250百万リエル(62,500ドル)であるのに対し、MDIの最低資 本金は100億リエル(2.5百万ドル)と定められている。2009年3月時点で要件を満たした2つのMFIが MDIとしての免許を交付されたが、制度自体は依然として移行期間にある。
増加している(2004年
818
億リエル、2008年4,953
億リエル)。全市場におけるシェアが増 加しているのは建設、交通、家庭での利用である35。これは、世帯家屋の建設や交通手段の 確保、家庭での緊急時の対応などに費やす機会が相対的に増えていることを表しており、マイクロファイナンスがその市場規模拡大に伴い、利用者の主な生計手段を支えるための 基本的な資金確保だけでなく、生計の多様化に伴い多様化する住民の生活ニーズにより柔 軟に対応していると考えられる。
2004/2005
年にCambodia Development Resource Institute
(CDRI)が行ったパネル調査からも、年々借入金の使途が変化していることが伺える。
635
のパネル世帯の借入金の55%以上がビ
ジネスや農業を含む生産目的であり、なかでも農業向けが45%を占めている。 38%が食料不
足といった何らかのショックや病気への対応に利用されており、その内訳は23%が食料不
足の解消、15%が医療費の支払いである。より貧困かつ低下傾向にある世帯では、ショック
や食料不足の解消のためにローンを借り入れている。また、より状況が悪化したり、恒常 的に貧困状態にある貧困層は、生産目的で借入をおこなうことはほとんど無く、むしろ食 料の購入や医療費、他債務の支払いに活用している。さらに、最貧層は何らかのショック を少しでも和らげるために借入を行う傾向にあり、貸付はむしろ保険の役割を果たしてい る。カンボジアにおいては、法整備に後押しされる形でマイクロファイナンス市場が拡大し、
これに従事する要員の確保や育成の促進や組織体制の強化が促進され、今後より良質かつ 多様なサービスが貧困層に対しても提供されることが期待される。
35 詳細については、別添2を参照のこと。
Box 1: ある漁師の場合
小さなビジネスを始めようと借りた資金は、Vannaと彼の妻
Sroeng、そして 4 人の子どもがより良い生活を営む助けにな
った。
5 年前、Kandal 州のこの家族はごく小さな家に暮らしてい
たが、あまりにも小さな家であったので、いずれ 4人の子ど もを育てるのは難しくなると考えていた。2004年に、この夫 婦は75ドルの釣竿を買うのに借入をした。彼らが借りたマイ クロファイナンスは2008年までに500ドルに増え、預金もで きるようになった。彼らは、船や、網も買い、販売用に豚や 鶏も飼い始めた。
最初に融資を受けるまでは、Sroengは1日に0.50~0.75ド ルを稼いでいた。「今ではおかげで1日5~7.50ドルを稼ぐわ」
とSroeng。「私たちは、もっと良い家、自転車、バイクも手に
入れ、子どもたちは他の子どものように学校にも行っている わ。私たちはもう、貧しいことを恥ずかしいとは思っていな いの」
(出所)http://www.cambodia-mfi-forum.info/ (Accessed in June 2010)
44
4.2.3
州別マイクロファイナンス動向2010
年3
月現在で、MFI20機関とNGO1
機関の貸付残高と預金のバランスを見てみると、融資の提供およびサービス地域に関して、明確な地域間格差がある。プノンペンおよびそ の周辺州(Kandal、Kampong Cham、Prey Vengなど)では貸付残高が最も多いが、ラオス・
ベトナム国境近くの
Otdar Meanchey、Preah Vihear、Stung Treng、Ratanak Kiri、Mondul Kiri
州、海岸部のPailin、Koh Kong
およびKep
州では、貸付残高は最も少なくなっている。このうち
Stung Treng、Ratanak Kiri、Mondul Kiri
では、マイクロファイナンス利用者数も絶対的に少なく、1,000~2,000人台に留まっている。(図 4-2、図 4-3および別添
2
参照)。0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000 140,000 160,000 180,000 200,000
Banteay Mean chey Battam
bang
Kam pong Ch
am
Kampong Ch hnang Kam
pong Speu
Kam pon
g Th om
Kampot Kandal
Kep Koh Kong
Kratie Mondul Kiri Otdar Meanchey
Pailin
Pho m Penh City
Preah Sihan ouk Preah
Vihear Prey V
eng Pursat Rata
nak K iri Siem Reap
Steung T ren
g
Svay Rieng
Takeo province KHR (Mil)
(出所)Cambodia Microfinance Networkウェブサイト(http://www.cma-network.org/information.htm)
(2010年6月現在)
図 4-2:州別マイクロファイナンス貸付残高
0 20,000 40,000 60,000 80,000 100,000 120,000
Banteay M eanch
ey
Battambang Kam
pon g C
ham
Kampong Chhnang Kamp
ong Sp
eu
Kampon g T
hom Kampot
Kandal Kep
Koh Kon g
Kratie Mond
ul Kiri
Otda r M
ean chey
Pai lin
Phom Penh City
Pre ah Sihano
uk
Preah Vihe
ar
Pre y Veng
Pursat Ra
tanak Ki ri
Siem Reap Steung Tren
g
Svay R ieng
Takeo
province No of borrowers
図 4-3:州別マイクロファイナンス借入者数
これらの地域の貧困率を見ると、Preah Vihear、Stung Treng、Ratanak Kiriにおいては貧困率
が
40%を越え、 Otdar Meanchey、 Mondul Kiri
では37%前後である(第 2
章 表 2-1参照)36。これらの地域間格差が生じる背景には、これら山岳・遠隔地域の貧困層へのマイクロファ イナンス機会提供が地理的アクセスの問題によって困難となっていること、同地域の貧困 層の潜在的資金ニーズが効果的に汲み取られていないこと、当該地域にサービスを拡大し てもなお
MFI
としての組織財務健全性を確保するためには更に組織規模や資金規模を拡大 する必要があることなどが今後の課題として挙げられる。MFI
の支店・支所の営業が地域によって限られる中、支店・支所を持たずに営業を行って いるMFI
は、借入人の返済活動や事業実施状況のモニタリングを、地元組織や地元パート ナー機関、村落貸付グループにある程度依存せざるを得ない。こうした状況下では、特に 高原・山岳地域において、道中のアクセスの困難さに加え、銀行の支店・支所やATM
もな い村にプノンペンから資金を運んだり、あるいは預金者から集めた預金を管理することはMFI
にとって必ずしも安全な行為とはいえず、金融セクター全体の全国的な未整備がMFI
の地方進出を足踏みさせる大きな要因ともなっている。なお、国全体の貸付残高の平均額は
362
ドルであり、男女比で見るとMondul Kiri(43.2%)
と
Ratanak Kiri
(28.4%)を除くすべての州で女性の融資利用者が過半数を超え、74.1~89.6%
となっている。
4.2.4
公的金融セクターによるマイクロファイナンス活動カンボジアの他の商業銀行とは異なり、ACLEDA Bank Plcは、零細・中小の起業家が効率 的に資金を管理し、生活の質を向上させるための融資を行うことをその使命としている。
36 州別マイクロファイナンス貸付残高・借入者数と貧困率との比較参照については、別添2についても参 照のこと。
BOX 2:NGOから商業銀行へ:ACLEDA Bankの事例
ACLEDAは、国内NGOとして1993年1月に設立され、零細・小企業育成・融資を行ってきた。
2000年に特別銀行としての免許を取得し、ACLEDA Bankは、全ての州およびよび町においてサービ スを提供するためにそのネットワークを拡大し、資本金を3倍の13百万ドルに増資した後、ACLEDA Bank Plc.として、2003年に商業銀行に転換した。
これにより、NGO という位置づけでは欠いていた法的に安定した枠組みが与えられただけでなく、
コアとなるマイクロファイナンス事業の拡大を支える資金調達の選択肢を広げることとなった。
2008年末時点で融資は5億9千万ドル、融資利用者は253,186人にのぼる。このうち55.67%が女性で ある。2009年6月時点でACLEDA Bankは払込資本金を68.15百万ドルに引上げた。
ACLEDA Bankの本社はプノンペンにあり、全国223支店・支所に7,084人の従業員を抱える。現在の サービス地域はPhnom Penh,、Banteay Meanchey、Battambang、Kampong Cham、Kampong Chhnang、Kampong Speu、Kampong Thom、Kampot, Kep、Kandal、Koh Kong、Kratie、Mondulkiri、Otdar Meanchey、Pailin、 Preah Vihear、Prey Veng、Pursat、Rattanakiri、Siem Reap、Sihanouk、Stung Treng、Svay Riengおよびよび Takeoである。
2008年7月に、ACLEDA Bankはラオスのビエンチャンに最初の海外子会社(商業銀行)を設立し、
その後Savannakhet・Champasakに支店を開設した。