序論において冷戦期以来核抑止が原則として機能しており、その上で現代の軍事戦 略における核心が高烈度の通常戦争にあると述べた。核レベルへのエスカレーション の可能性等を考慮すれば、特に大国間で高烈度の通常戦争発生の蓋然性は極めて低い といえるが、それは現代の軍事戦略において高烈度の戦争に対応し得る軍事力の必要 性が低下しているからではない。核抑止の機能と軍事力の行使に関するハードルの高 まりなどにより、むしろ通常戦力における抑止が軍事戦略の焦点になっており、各国 がどの程度高烈度の戦いに耐えうる戦力を保有しているのか、という点が国際関係に おける各国国力の認識に大きな影響を与える。したがって高烈度通常戦争を念頭に置 いた戦力組成は通常戦争における優劣にとどまらず、低烈度の対立や紛争、あるいは 平時の国家実行における軍事力の運用に対して大きな影響を及ぼしていることを意味 する。
本章では海洋領域における高烈度の通常戦争を念頭においた軍事戦略を検討するた
め、AD、SD/SD、PPという3つの概念に基づく分析枠組みを提示するとともにその
妥当性について論じる。このため、まず分析枠組みについて示したのち、従来の海洋 領域における軍事戦略に関わる主な海軍戦略等(以後、総称して「シーパワー論」と いう)について検討を加え、その問題点を論じたのちに前提仮定を踏まえた「通常戦 力による抑止」、「軍事力使用のハードル」、「距離の専制」そして「攻撃-防御二元論に 対する批判」といった関連事項を論じ、本論の分析枠組みの妥当性を明らかにする。
その上で序論ならびに本章における理論レベルの考察を通じ得られた事項(major findings)を提示する。
1.1 従来のシーパワー論における「二元論」とその問題点
実際のところ、これまでシーパワーを論じてきた戦略家の数は多くなく、そしてそ の大半はマハンとコーベットという19世紀末から20世紀初頭における二人の議論を 敷衍したものであった。下記はスローン(Elinor Sloan)による、冷戦後シーパワー を論じた人々に対する評価である29。
冷戦後、シーパワーにおける戦略思想に関与してきたのはごく一部の人々である。
彼らはジェフリー・ティル(Geoffrey Till)のような研究者、ロバート・ワーク(Robert
29 Elinor Sloan, Modern Military Strategy: An Introduction, Routledge, 2012, p.16.
(エリノア・スローン『現代の軍事戦略入門 -陸海空からサイバー、核、宇宙まで-』 奥山真司、関根大助訳、芙蓉書房出版、2015年。)
24
Work)といったアナリスト、そしてチャールズ・クルラック(Charles Krulak)、
アーサー・セブロウスキー(Arthur Cebrowski)、あるいはマイケル・マレン
(Michael Mullen)などといった実務者(軍人)である。彼らの発想は、シーパワ
ー論の歴史において最も著名な、アルフレッド・セイヤー・マハンとジュリアン・
コーベットの思考を現代化、洗練することで議論を発展させてきた。海洋領域にお ける冷戦後の戦略思想というのは、この二人のどちら........
かの考え方を主に採用するか、..............
もしくはある程度両者の考えを取り入れ
..................
ながら、それ以前の時代の不完全な洞察に おいて欠落してきた部分を埋めてきたのである。(( )内及び傍点は筆者による。)
海洋領域における軍事戦略は、しばしば海軍という単一の軍種の用法に関する、い わゆる海軍戦略として語られてきた。これは限られた沿岸部、あるいは狭隘な海峡と いった地理的な例外を除き、地上戦力は有史以来、その大半において大洋を航行する 艦船を攻撃することが不可能であったため、そもそも海洋領域に他軍種がコミットで きなかったことによる30。第二次世界大戦前後、航空機による長距離爆撃が可能とな り、冷戦期に長射程の巡航ミサイル等が開発されたが、それまでの間、いかなる巨砲 であれ、砲熕武器の射程はせいぜい数十キロメートルにすぎなかったのであり、洋上 の敵艦船に干渉することは物理的に不可能であった。逆に洋上にある艦船の立場から 見た場合、歴史の大半を通じ、艦船の攻撃目標とは同じく洋上を航行する敵国の艦船 もしくは商船であった。マハンが日露戦争における旅順攻防戦を引用しつつ「攻撃の 主体となるべき艦艇は、周知のとおり要塞に対しては不利な立場に置かれる」と述べ たとおり31、地上の堅固な要塞は、海上に浮かぶ艦船の脆弱性からして原則的に攻撃 目標となり得なかった。
したがって、海洋領域と地上領域の軍事戦略はその出発点以来おおむね別個に発展 し、一部の例外を除いて密接に関連づけられることはなかった。このため、マハンの 思想は平時には本国と植民地の間を結ぶ海上交通路を保護と戦時における敵艦隊を撃 破することに主眼を置くことで海洋の支配、すなわち制海を一義的な目的とした。一 方でコーベットはマハンの主張に「制海を達成した状況など原則としてあり得ない」
30 近世以来、国家の管轄権が及ぶ範囲である領海と、特定の国家に属さない公海の境 界を検討する際、「陸上の支配が及ぶか否か」が論点となった。これを判断する指標と して陸上からの砲撃距離が影響を及ぼしてきたとされるが、その結果長きにわたり領 海とは沿岸から3海里(約5.5キロメートル)であるとする説が主流であった。これ は領海に関する「着弾距離説」と呼ばれ、「陸上の権力は武力の尽くる所に尽く」とい う発想に基づく。島田征夫「19世紀における領海の幅員問題について」『早稲田法学』
第83巻第3号、2008年、44頁。
31 アルフレッド・マハン『マハン海軍戦略』井伊順彦訳、戸高一成監訳、中央公論新 社、2005年、394頁。(Alfred Mahan, Naval Strategy, Little Brown, 1911.)
25
といった批判を加えるとともに「制海を確保した後の作戦」すなわち遠征軍の上陸作 戦など、海から陸に対していかにパワーを投射するのか、という命題を重視した。結 果的にこれまでのシーパワー論はマハン的な「海洋領域内の「制海」を追求する」の か、あるいはコーベットの主張する「海洋から地上へのパワーの指向」が重要なのか、
という二元論に近い議論に終始する傾向が強い。現代においても、特定のシーパワー を論じる際にしばしば「それはマハンかコーベットか」という視座に基づく議論がみ られる。米海軍大学(US Naval War College)のホームズ(James Holmes)とヨシ ハラ(Toshi Yoshihara)は21世紀における中国の海軍戦略に関し、「マハンのシーパ ワーに関する著作と研究が中国の海軍戦略発展を理解する際に必要不可欠のフレーム ワークを与えている」という主張を主な仮説として議論を展開する32。
このようにシーパワーを主にSD/SDとPPという二元論で捉えてきた背景として、
マハン、コーベットを含むシーパワー論の大半は、英国および米国の歴史を議論の対 象としてきたことが挙げられる。そして英国および米国は海洋領域を通じて自国領土 に対し他の大国から継続的な脅威を受けた経験に乏しく、本土防衛と密接に関連する 自国のAD能力に資源配分する必要性が低かったため、結果的にADに関する理論が 発展しなかったと推測できる。
また第二次世界大戦以降、その米国が海洋において軍事的優越を維持してきたこと により、米国の視点に基づいたシーパワー論が支配的な影響を及ぼした結果、そもそ も海洋領域を中心とする軍事力の使用に関するもう一つのケース、すなわち「地上と 沿岸域から海洋に対するパワーの指向」はシーパワー論として認識される機会に乏し かった、とも考えられる。しかしながらADとは元来「自国領域の防衛」に関わる、
軍事力において最も本質的な要素である。これを十分に考慮することなく、これまで シーパワー論はその大半が「海軍は何をなすべきか」という単一軍種の戦略、あるい は海軍の役割を説明することに終始してきた。このような点において、従来のシーパ ワー論は海洋領域の軍事戦略として包括的な議論がなされてきたとはいえない。
20世紀に入り、航空機の発展、火砲や弾薬の進歩に伴う射程の延伸と破壊力の強化 といった技術の進展によって、海洋領域と地上領域の軍事戦略は相互に影響を与える ことが可能になった。航空母艦から発艦した攻撃機、あるいは水上艦艇から発射され た巡航ミサイルは火砲を大きく超える行動半径を持ち、内陸部を打撃することが可能
32 James Holmes and Toshi Yoshihara, Chinese Naval Strategy in the 21st Century -Turn to Mahan, Routledge, 2008, p.5.
その後、さらにホームズとヨシハラは「近年、中国海軍はマハンとコーベットの理論 の両方を採用している」という論文を発表している。この中で、「米海軍大学において、
我々はしばしば学生に対しマハンとコーベット、いずれの理論を支持するのかを問う」
と述べる。James Holmes and Toshi Yoshihara, “China’s Navy: A Turn to Corbett?,”
U.S. Naval Institute, Proceedings, Vol. 135, No.12, December 2010, p.44.