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本章ではここまでにその妥当性について示してきたAD、SD/SD、PPという分析枠 組みに基づき、米国、英国及び日本に関するケーススタディを行う。第1章では海洋 領域の軍事戦略におけるAD、SD/SD、PPという3つの分析枠組みについて、その妥 当性を説明するとともに現代の軍事戦略における重心が通常戦力にあり、また冷戦期 以降大規模な軍事力行使のハードルは極めて高いこと、そして「距離の専制」などに ついて示した。

ここまでの理論レベルでの分析結果をもとに、本章では一般的にシーパワー(海洋 国家)と見做されることが多い米国、英国及び日本について、その海洋領域における 軍事戦略の変遷に関して分析を加えるが、その分析結果は3か国それぞれの特色を示 すこととなる。その一端を示すと、冷戦終結後の米国ならびに英国は自国近傍の海洋 領域において切迫した脅威を認識していないため、AD への意図的な資源配分があま りみられないが、日本は周辺国の中で冷戦末期におけるソ連、2010年ころ以降の中国 に対応するため、自身のSLOC防衛もしくは米国の補完としてのSD/SDだけでなく、

ADについて相応の投資を行っている。

序論で述べたとおり、各国の軍事戦略とは本質的に極めて多様な地理・歴史・政治・

経済あるいは産業・技術基盤などの要素に左右されるだけでなく、同盟・友好国ある いは脅威と認識する相手国の選択した軍事戦略によって影響を受け、さらにそれが再 び他国に影響を与えるという「相互依存」的な環境下にある、もしくは「双方向的」

に影響し合う性質が強い、とみなすべきであり、一方向のアローダイアグラムで示し 得る単純な因果推論モデルに基づいて、分析対象となる6カ国を包括的に説明するこ とは容易ではない。

さらに、本論の提示するAD、SD/SDならびにPPという分析枠組みは、特定のア セットの保有数や調達数などを画一的に比較した上で優劣を明確にする、といったシ ンプルなものともなり得ない。まず、最高速度や搭載兵装の量など、カタログデータ 上ではほぼ同等の戦闘機であったとしても、それが C4ISR など先進的な技術に基づ くネットワーク化された作戦環境で運用されるケースと、早期警戒機あるいは地上レ ーダーサイトなどの情報通信などが遮断され、外洋上で運用される場合とでは発揮さ れる能力は全く異なる。したがって特定の兵器保有数などの多寡をもって画一的に比 較することはむしろ正確な能力あるいは意図を把握することを阻害することとなる。

加えて多くのアセットは保有国の運用構想によって異なる用法で用いられるのであり、

この点に関してもケーススタディは各国ごと慎重に進める必要があるが、本章ならび に次章のケーススタディで比較対象となる主なアセットの、AD、SD/SD、PPという

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3つの分析枠組みにおける分類は原則として(表2-1)のとおりとなるが、これが 全てそのまま適用されるわけではなく、ケーススタディでは各国ごと詳細な検討を加 える必要がある。

(表2-1)海洋領域における主なアセットとその運用上の性格に基づく分類

(◎:最適、○:適合、△:対応可能であるが限定的、×:不適、-:本論の対象外)

AD SD/SD PP

攻撃型原子力潜水艦(SSN) ○ ◎ △

通常型潜水艦(SS) ◎ △ △

通常型空母135(CTOL) ○ ◎ ◎

軽空母136(STOVL、STOBAR) ○ ○ ×

大型水上戦闘艦(巡洋艦、駆逐艦、フリゲート艦) △ ◎ ○

揚陸艦 × × ◎

地上配備型長距離攻撃機137 ◎ ○ -

地上配備型防空戦闘機 ◎ △ -

防空ミサイルシステム ◎ △ -

対艦攻撃用巡航/弾道ミサイルシステム(地上配備) ◎ △ ×

(筆者作成)

例えば、攻撃型原子力潜水艦(SSN)は、米国では敵SSBNの攻撃あるいはソ連艦 隊の攻撃というSD/SDだけでなく、空母打撃群(career strike group: CSG)の構成 アセットとして空母の前程哨戒にあたる、いわばPP の構成要素としての性格を持つ が、フォークランド紛争における英SSN、あるいは冷戦後期において米国と潜在的に 対立していたインドにおけるSSN は、敵水上部隊を拒否する AD として類別するこ とが適当である。さらにロシアにおいてSSNは米SSBNの追尾・攻撃とともに、自

135 蒸気カタパルトによって搭載航空機を発艦させる、 “conventional take-off and

landing” (CTOL) 空母を指す。米海軍の保有する空母、あるいはフランス海軍のシャ

ルル・ド・ゴール(Charles de Gaulle)などがこれにあたる。

136 英国が保有したインヴィンシブル(Invincible)級軽空母のように、スキー・ジャ ンプ甲板から発艦させ、垂直着艦させる、 “short take-off and vertical landing”

(STOVL) 空母及びロシア、中国が運用するスキー・ジャンプ甲板からの発艦とアレ

スティング・ワイアによって着艦拘束する形式 “short take-off but arrested recovery”

(STOBAR)空母を指す。

137 本論は海洋領域における軍事戦略に関する分析であり、地上領域から直接他国へ のPPを実施するケース、つまり地上配備型長距離攻撃機などによる対地攻撃などに ついて分析から除外している。

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国領域に近接する米水上艦隊を迎撃するというADに専従してきたと考えられる。

ミサイル駆逐艦などの大型水上艦艇は基本的に SD/SD を構成するが、対地攻撃巡 航ミサイルなどを運用する場合にはPP の範疇に入ることとなる。第1章で述べたと おり、冷戦後期にソ連は「海洋要塞戦略」を遂行するにあたり、大型水上艦艇を外部 防衛ラインの構成要素、すなわちAD構成アセットとみなしていたと理解できる。し

かし SD/SDにおいて劣勢であれば、水上艦艇はその脆弱性、残存性からみて ADを

実施する際に効率の良いアセットとはいえない。通常型空母は防空戦闘機を運用する ことで経空脅威を排除し、作戦海域における行動の自由を確保すること、すなわち

SD/SDの構成要素であるとともに、搭載攻撃機の対地攻撃能力とともにPPの主たる

アセットともなる。このような点を考慮した上で、

なお、本論において大型水上戦闘艦艇とは満載排水量 3000 トン以上を指す。これ は外洋における長期行動能力を持ち、かつ対空ミサイルなどの装備により地上航空戦 力によるエアカバーに頼ることなくある程度高烈度戦争における残存性を維持するた めには一定の船体規模が必要となることによる138

このように、各国の政策過程などを捨象し、アウトプットとしての軍事戦略を分析 する際についても、国ごとの歴史的背景、地理的位置あるいは軍事力を構成するアセ ットの運用手法、あるいは数値的に可視化されにくい指揮通信能力などを考慮した上 で個別に観察し、慎重に議論を進めることが必要なのであり、結果的に本章ならびに 次章のケーススタディではそれぞれの国家ごとに、その海洋領域における軍事戦略を 理解するために最も適当であると考えられる手法に基づいて比較分析することとなる。

また、具体的な分析対象年代はあくまで1980年ごろから2017年までであるが、一方 で各国の歴史的経緯については必要と思われる範囲で対象年代よりも広く論じる必要 がある。

また、各国のケーススタディでは(表2-2)の評価尺度にしたがい、AD、SD/SD、 PP の分析枠組みに沿った評価を付す。この際、戦略目標の大きな変化がもたらす要 因とその時期は各国ごと異なるため、時期に関する区分のしかたは6カ国ごとにそれ ぞれ異なる。

また、評価尺度は1から5の五段階で示されるが、一部の項目においては評価の移 行期にあると考えられ、単一の数字で示すことが困難な場合については「2⇒3」と 表記する場合がある。

138 一般的に空母(career vessel)、戦艦(battle ship)、巡洋艦(cruiser)、駆逐艦

(destroyer)といった艦種が該当する。一方でフリゲート(frigate)については国ご とに排水量あるいは能力などは大きく異なるなど、必ずしも厳密な定義が存在するわ けではない。

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(表2-2)評価尺度

5 高烈度通常戦争において卓越しており、他のあらゆる国家の軍事的挑戦を排 除する力を有する。

4 高烈度通常戦争において高い能力を有し、強力な他国と軍事的優越を争奪す る状況にある。

3 高烈度通常戦争にある程度対応可能であるが、地理的に限定的であるか、他 の同盟国の持つ当該能力を補完する程度にとどまる。

2 当該能力に関して限定的で低烈度の紛争などに対応するレベルであり、高烈 度通常戦争を遂行することはできない。

1 当該能力をほとんど有しない。

(筆者作成)

2.1 米 国:SD/SDとPPという軸足

第二次世界大戦以降、米国は英国から海洋領域における軍事的優越を引き継ぎ、広 い意味で現在まで世界の大半の海洋領域において軍事的覇権を維持してきたといって も過言ではない。冷戦中期以降、ソ連から海洋軍事戦力に関し質量両面にわたる挑戦 を受けたため、当時米海軍は SD/SD に主眼を置いてきた。一方で冷戦末期において もソビエトの海外展開基地は数的にも能力的にもごく限られており、外洋展開能力は 米国のそれと比較して継続性に乏しかった。そのため、米国の相対的な軍事的優越は 太平洋、大西洋の広域でおおむね保持されてきたと考えられ、前章で述べたとおりソ ビエトが米国と SD/SD を争うことができた海域は自国領土から一定の範囲に限られ ていた。また、冷戦終結以降については、中国の軍事的発展が顕在化するまでの間、

海洋領域において米国に挑戦する国家/非国家は存在しなかった。したがって冷戦終 結後約四半世紀の間、米国の海洋領域における軍事戦略は原則として自身の SD/SD を前提としたPP に優先順位を置いてきた。これは唯一の超大国として世界秩序を維 持し、自由、民主主義といった政治的規範概念に基づく他国への関与が米国自身にと り極めて重要な国益であり、これを具現するものであったといえる。

一方で2010年ころまでに中国はA2/AD戦略、すなわちアジア太平洋戦域において 局地的に米国の軍事力を阻害することを企図したADを基調とする軍事戦略を確立す るとともに、軍事的に優位なASEAN諸国に対しては、南シナ海において SD/SDを 確立しつつ、強襲揚陸能力をはじめとするPPを徐々に向上させている。このため、

米国は中国を念頭においた、先進的ADへの対抗手段確立と PPの発揮、さらには再

びSD/SDを主要戦略目標として再設定するという認識が生じつつある。

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