本章では分析対象国のうちロシア、インド、中国の3か国に関するケーススタディ を行う。これらの国家は「ランドパワー」と認識されることが一般的である。一方、
序論で触れたとおり現代軍事戦略を論じるにあたり、「シーパワーか、もしくはランド パワーか」という区分に拘泥したとしても、それは結局のところ厳密な定義を伴うも のではなく、論じる者の主観的なイメージを越えて客観的に説明し得るものではない。
これら3ヶ国が海洋領域においてどのような国益を有し、その結果海洋領域へのア クセスをどれほど重要と考えているのか、あるいは海洋を脅威が到来する領域と認識 し、受動的にこれを拒否することを主眼としているのか、といった点はそれぞれ異な る。国家の軍事戦略目標は国際システムの変化などに対応して可変的であり、本章で は同一国家の戦略目標の変化にあわせた海洋領域における軍事的投資の変化について も明らかにするが、本章で扱う3か国の分析結果は、前章の3か国と比較しても一層 変化に富むものとなっており、少なくとも軍事戦略を扱う際にこれらの国家について ランドパワーとして一括りにする、いわゆる「レッテル貼り」に意味はないことが明 らかになる。
ソ連にとりオホーツク海、バレンツ海といった海域は戦略原潜の残存に適しており、
その第二撃能力は核抑止における極めて重要な要素であった。したがって冷戦末期に おいて、ソ連の海洋領域における軍事戦略目標とは、主としてこれらの海域を維持し、
米軍の攻略を拒否するという海洋拒否戦略、すなわちADであった。そしてその状況 について冷戦終結とソ連の崩壊を経たのちも大きな変化はない。
天然ガスなど地下埋蔵資源に恵まれ、広大な国土を有するロシアは、原則として SLOCを経て海上貿易に依存する必要性に乏しい。そして軍事的にみた場合、ロシア は自身のPP あるいは大国として米国に対峙するための軍事力を原則として核戦力に 依存しており、海洋領域における軍事戦略はSSBNの第二撃能力の残存性をいかに高 めるのか、という点へ収束する。通常戦力に関しては自ら海洋を越えて他国領域にパ ワーを投射するのではなく、むしろ海洋領域を経て到来する米国などのPP をいかに 拒否するのか、という点が重要な軍事戦略目標となる。
インドは建国以来東西パキスタン(パキスタン及びバングラデシュ)及び中国との 間で領土問題を抱えており、数度にわたる紛争を経験してきた。冷戦中期以降、米国 はパキスタン及び中国との関係を維持する一方でインドは 1971 年に印ソ平和友好条 約を締結しており、全方位外交を外交方針としつつ、ソ連との関係強化と比例して米 国と潜在的な対立関係にあったと見做すことができる。この状況は冷戦終結にともな って徐々に変化し、印米関係は 1998 年にインドが実施した核実験によって一時的に
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悪化するが、2001年以降に米国が主導したテロとの戦いに際してインドが協力的であ ったことから、その後印米は軍事協力関係を強化してきた236。そして 21 世紀初頭か ら顕著となった中国の海洋進出が主な要因となり、印米軍事協力関係は 2010 年代前 後から急速に強化されている。
このような状況から、冷戦終結前後までパキスタンを主たる脅威とし、その他中国、
バングラデシュといった国家と地上領域において対峙してきたインドは典型的なラン ドパワーであると考えられてきた。しかしマラッカ海峡を越えて徐々にインド洋へと 進出する中国の影響などにより、また対米関係の変化に伴って海洋領域における軍事 戦略を徐々に変化させていると考えられる。冷戦末期は米国との対立を念頭に、米海 軍空母への対抗措置といえる潜水艦などのADを重視してきたが、21世紀に入り、イ ンド洋における SD/SD を重視しており、特に空母、ミサイル駆逐艦などの大型水上 艦艇建造が顕著である。
中国は1991年に勃発した湾岸戦争、あるいは1996年の台湾海峡危機を契機として
「ハイ・テクノロジー局地戦争における勝利」のため、C4ISRの近代化を柱とする軍 事力の近代化を進めた。それは主として A2/AD 戦略と呼ばれる ADの形態をとり、
米国およびその同盟国のPPを拒否することに主眼が置かれてきた。しかしながら中 国の海洋領域における軍事戦略は全てADによって構成されているわけではない。
中国の急速な海洋進出が注目されるにつけ、中国の海洋領域における軍事的動向を
全て「A2/AD戦略の一環」に関連づけて説明する新聞記事などが散見されるが、これ
は正確ではない。特に2010年前後を境に典型的なAD構成アセットである通常動力 潜水艦の新造ペースは落ち着いており、むしろSD/SDを構成するSTOBAR空母、あ るいはフェーズドアレイ多機能レーダーを装備した先進的ミサイル駆逐艦などの新造 に重点が置かれている。
したがって中国は南シナ海などの戦域において、米国を拒否するのではなく、既に 勢力圏内に収めた海域を起点としてさらに広範囲の海域をコントロールするという
SD/SDに重心を置き、さらには大型揚陸艦などPPにも投資を開始していると見做す
ことができる。
このように中国の海洋軍事戦略とは単に米国のPPを拒否する ADである、と断定 することは不適切である。このように、一般的にランドパワーと見做される主要国に ついても、その軍事戦略目標あるいは海洋領域における戦力組成などはそれぞれ異な る特徴を持ち、またある部分については第2章で分析を加えた米国、英国もしくは日 本と類似する点も見られる。
236 長尾賢『検証 インドの軍事戦略 -緊張する周辺国とのパワーバランス』ミネルヴ ァ書房、2015年、229頁。
112 3.1 ロシア:一貫するADと限定的PP
ユーラシア大陸の広大な領域を占め、領土と周辺海域において食糧あるいは地下埋 蔵資源の調達に事欠かないロシアは、その産業、経済基盤に必要な資源供給に関して 原則的に自己完結性が高い。また中世におけるモンゴル騎馬民族を除き、ロシアに直 接的な脅威をもたらしたのはナポレオンのフランス、ナチス・ドイツなど欧州列強で あった。その結果、ロシアは外交安全保障に関し、地理的に連続する欧州との関係に 重きを置いてきた。この文脈においてロシア(ソ連)が「典型的なランドパワー」で あり、「(ロシアの)海外における権益は総じて狭小(minimal)」であるとともに「軍 事的征服の発生、あるいは脅威の到来は原則として地上に端を発していた」というこ とは歴史的に明白である237。「18世紀のスウェーデン、18世紀から19世紀にかけて のトルコなど、時としてロシアは海洋を到来軸とする敵に対して軍事的努力を払う必 要が生じたことは確かであるが、遠く広がる外洋を介して脅威が到来したことはなか った」のである238。
ロシアのおかれた地理的状況と、基盤となる経済活動はソ連崩壊後も大きく変化し ているわけではなく、本質的にロシアが海洋へ積極的に進出するニーズは大きいとは いえない。冷戦期のソ連海洋軍事戦略は海洋領域において米国に対し優位に立つこと ではなく、SSBNとそのパトロールエリアの保全を最も重視していた。この様相につ いても冷戦終結後から本論執筆時点まで大きく変化したとはいえない。なぜならばソ 連崩壊後経済が著しく停滞し、その後もインドあるいは中国といった新興国に経済力 の面で後塵を拝する状況下において、大国としてのパワーの源泉を軍事力、とりわけ 核戦力に依存する体制に大きな変化はないからである。その結果、海洋領域において 通常戦力とは概ね自身のSSBNの防護と、到来するPPを拒否することを念頭におい ており、冷戦末期の一時期に政治的プレゼンスの発揮を企図してある程度積極的に外 洋展開を試みたものの、それはあくまで平時のプレゼンスにとどまるものであって、
ロシア自身が自国領域の遠く離れた海域で米国と SD/SD を争うことを想定していた わけではない。
とはいえソ連の崩壊前後でロシアの海洋軍事力はその規模において大きく変化した ことも事実である。したがって本節ではロシアの海洋領域における軍事力について、
冷戦終結の前後で二期に分けて分析を加えるとともに、その規模的変化にも関わらず ロシアの海洋領域における軍事戦略がほぼ一貫してADに特化したものであることを 明らかにする。
237 Gray and Barnett eds, Seapower and Strategy, p.299.
238 Ibid.