第1章でみてきたように、明治32年から大正2年の税制改正に至るまで、法人所得 課税における課税所得概念は、原則として、純資産増加説に依拠しつつ、その損益の年 度帰属の基準としては、原則として、権利確定主義に拠っていたと解された。
本章では、引き続き、第1章と同様の視座から、大正中期、そして、第一種所得税と これに対する附加税および法人資本税等が統合され「法人税」が創設された昭和15(1940)
年法人税法創設期、さらに、昭和25(1950)年のシャウプ税制までの法人所得課税に おける課税所得概念とその計算構造を研究する。
第1節 大正中期から後期まで
大正9(1920)年の改正(大正9年7月11日法律第11号)において、所得税法第4
条第1項は、「法人ノ所得ハ各事業年度ノ總益金ヨリ總損金ヲ控除シタル金額ニ依ル但 シ保險會社ニ在リテハ各事業年度ノ利益又ハ剰餘金依ル」と規定された。
大正中期頃の総益金の意義については、「總益金トハ其ノ文字ノ如ク益金ノ總計ナリ。
而シテ會社ノ益金トハ資本ノ払込以外ニ於テ純資産增加ノ原因トナルベキ一切ノ事實ヲ 指スモノトス。資本ノ拂込ヲ除外スルハ資本ハ營業元本ニシテ、益金又ハ損金トハ畢竟 コノ元本ニ對スル純資産額ノ增減ニ外ナラズ、故ニ資本ハ損益ノ問題外ナリト云フノ義 ナリ。純資産增加ノ原因ハ資産(積極財産)ノ增加若ハ債務(消極財産)ノ減少ナリ。
故ニ個々ノ取引ニ於テ『取得シタル資産又ハ消滅シタル債務ノ額ガ』『取得シタル債務又 ハ消滅シタル資産』ノ額ヲ超過スル場合ノ差額卽チ益金ナリ。一切ノ事實ヲ指ストハ、
苟クモ純資産增加ノ原因タルベキモノナル以上ハ如何ナル種類ノ取引ト雖モ之レヲ除外 スベカラズト云フノ義ナリ。或ル特定ノ事實ガ總益金中ニ算入スベキモノナリヤ否ハス ベテ此ノ標準ヲ以テ判斷スベキノトス」1と解されている。一方、総損金の意義について は、「總損金トハ純資産減少ノ原因トナルベキ一切ノ事實ヲ指スモノトス。個々ノ取引ニ 於テ『消滅シタル資産又ハ取得シタル債務』ノ額ガ『取得シタル資産又ハ消滅シタル債 務』ノ額ヲ超過スル場合ノ差額卽チ損金ナリ。此損金ノ合計ヲ指シテ總損金ト云フ。法 人ノ所得(總所得)ハ各事業年度内ノ益金ヨリ損金ヲ控除シタル残額ナリ」2とされてい る。
また、所有資産の評価損益については、「(法人の資産価格の)時價ノ高低ハ直チニ法 人ノ純資産價額ヲ增減スルモノナルガ故ニ、評價ノ手續ナシト雖モ損益計算ノ問題ヲ生 ズベキノ理ナリ。然レドモ時價昂騰アルノ故ヲ以テ、法人ガ進ンデ評價ヲナサザルニ拘 ラズ利益アリトシテ算定スルハ穏當ヲ缺ク。又時價ノ低落アリト雖モ法人ガ之レヲ評價
1 渡邊善藏『所得税法講義』(東京財務協會、1921年)、57頁。
2 同上、57頁-58頁。
セザル以上ハ、主觀的ニ其ノ價値ニ變動ナシト認メタルモノナルヲ以テ、進ンデ之ヲ損 金トシテ計算スルニ及バズ。換言スレバ資産價格ノ增減ハ評價ナル取引ヲ俟テ發生スベ キモノト解シテ可ナリ。卽チ評價增ハ其ノ事業年度ノ益金ノ增加ナルガ故ニ總益金中ニ 當然加算セラレ、評價減ハ其ノ事業年度ノ益金ヲ減殺スルモノナルガ故ニ總損金中ニ之 レヲ算入スベキコト亦當然ナリ」3(括弧-筆者)と解されている4。
そして、益金および損金の年度帰属については、「原則トシテ權利義務確定ノ時ヲ以テ 區分スベキモノナリト信ズ。資産又ハ負債ノ得喪ハ要スルニ權利義務ノ得喪ニ外ナラザ レバナリ。然レドモ實際曾計上ニ於ケル取扱ハ必ズシモ此ノ權利義務主義ニ則ルモノニ アラズ。法律的ニハコノ原則ヲ可ト信ズレドモ一面曾計學......................
上ノ理論モ亦之レヲ無視スル.............
ヲ得ズ...
。又實際上ノ便宜ニヨリ現實ノ収入支出主義ヲ以テ一貫スル法人ニ對シ...............................
、强. テ之..
レヲ否認スルモ何ノ實益ナシ.............
。法律ノ改廢等ノ場合ニ於テ多少負擔ヲ異ニスルコトナキ.........................
ニアラズド雖......
、惡意ヲ以テ其ノ輕減ヲ圖ルモノニアラザル以上ハ......................
强.
テ其ノ計算ヲ否認セ.........
ザルヲ可トス......
。要スルニ損益ノ所屬年度ハ原則トシテ權利義務確定ノ年度ニ從フベキモ................................
ノナリト雖.....
、法人ガ他ノ方法ヲ以テ整理スル場合ニ於テハ大體ニ於テ之レヲ認容スルノ.................................
方針ニ出ヅルヲ穩當トス...........
。尤モ故意ニソノ曾計ヲ曖昧ニシテ負擔ノ公平ヲ害スルガ如キ 事實アルモノニ對シテハ原則ニ從テ之レヲ否認スベキコト勿論ナリ」5(傍点-筆者)とさ れている。
他方、行政裁判所大正9(1920)年7月5 日判決においては、「法人所有ノ土地建物 ノ増加額ハ一種ノ益金ニ外ナラスルカ故ニ所得税法第四条ノ総益金中ニ包含セラルルモ ノト解スヘキ」6と説示しており、行政裁判所大正11(1922)年5 月15 日判決では、
「資本ノ払込以外ニ於テ会社財産ヲ増加セシムルモノハ総テ所得税法第四条ニ所謂総益 金ヲ構成スルモノト解スルヲ相当トス」7との判示が示されている。
これらのことから、この当時も第一種所得の計算は、純資産増加説に基づいてなされ ており、益金および損金の年度帰属の基準は原則として権利確定主義に依拠していたと 考えられる。ただし、損益の年度帰属に関して、権利確定主義のみならず、現金主義も
3 同上、64頁。
4 田中豊氏は、この時代の所得税法の構造について、「一定期間に於ける資産・勤勞・營業等各所得 源毎の収入金額より、各これを得るに必要なる經費を控除した金額の總計を以て所得とする觀念」と
「一定期間に於ける資産の增加額より資産の減少額を控除したる殘額を以て所得とする觀念」との2 つの見方があったが、「法人に付いては商法その他の法令上、帳簿書類が完備し、財産目録、貸借對 照表等に依り容易にその純資産の增加額を捕捉し得る・・・その結果として、法人に付いては一時の 所得は勿論、資産價格の增減等一切の事實がその所得に加味されることになる」と述べられている(田 中豊『税法』(三笠書房、1939年)、90 頁)。
5 渡邊善藏、前掲注(1)、58頁。
6 行政裁判所大正9年7月5 日判決(大正9年第55号)『LEX/DBインターネット TKC法律情 報テータベース』文献番号20000611。
7 行政裁判所大正11 年5 月15 日判決(大正11年第54号)『LEX/DBインターネット TKC法律 情報テータベース』文献番号27560683。
含めた会計学の理論も、それらが「課税の公平」を著しく害しないのであれば、その解 釈資料の1つとして位置付けていることは特筆すべき点であると考えられる8。
ところで、上記で示したように、大正中期頃には所有資産の評価損益の取扱は、法人 が資産の時価評価手続き(取引)を行った場合に限り、課税の対象に包含するという課 税方式に変更されている。このような所有資産の評価損益への課税の取扱変更の理由に ついて、藤澤弘氏は、「法人所得の計算上其の損益は各事業年度に於ける純資産の對資本 增減額を意味するものと解すべきを以て、其の資産に對する評價は實に其の利益計算の 基礎を爲すものと謂はざるべからず、故に適當なる評價損益は當然之を是認せざるべか らずと雖、故意に其の資産價格の評價を低減し以て其の所得を隱蔽減殺せむとするもの 即不當過多なる評價減は否認せられざらむとするも遂に能はざるべし。商法第二十六條 第二項に依り財産目録に記載したる資産に附すべき價格の規定は其の目的自ら異るを以 て、之を所得税法上の損益計算に强ふるを得ず、而して其の資産に對する時價の增加は 即之を益金として計算するを要すと雖、絶對に之を强制するは法人經濟の基礎確實を勸 奬する所以にあらざるを以て、甚しく不當なる低價を付せざる限、寧ろ消極的なるを可 と信ず」9とされ、商法、すなわち商法第26条第2項の目的が所得税法における損益計 算の目的と異なることをその理由にされている。
この所有資産の評価損益への課税の取扱変更の理由の背景の1つとして、税務上の減 価償却制度の導入の影響があったのではないかと推察される。
大正初期において、部分的にではあるが、船舶以外の固定資産についても、税務執行 上、減価償却が認められていた。しかしながら、かかる減価償却の損金算入額の認定は、
各税務署で区々であったため、大正7(1918)年4月22日付「法人所得税営業税事務 規程」の改正によって、その統一化が暫定的に行われた。この改正においては、原則と して減価償却方法は定率法に拠ることとされていたが、その償却率については、「減価償 却額ノ当否ハ固定資産ノ種類及使用ノ程度ニ應シ一率ニ律シ難キモ其是認範囲ハ左ノ各 号ニ依リ勘案スヘシ」として、ある程度弾力的に定められていた。その後、大正7年7 月19日付主秘第177号主税局長通牒「固定資産ノ減価償却及時価評価損認否取扱方ノ 件」が内規として各税務当局に発遣され、この内規において正式に初の堪久年数表、い わゆる耐用年数表が定められ、税務上の減価償却が認められた。この内規は、固定資産 の耐用年数の基準を初めて示したばかりでなく、資産の評価減の限度となる低減歩合を も指示したものであった10。
8 この点については、第4章で詳述する。
9 藤澤弘『改正所得税法通義』(經済社、1920年)、 81頁-82頁。
10 白石雅也「税法上の減価償却制度の沿革-耐用年数を中心とした一考察-」『税大論叢』第15 号
(1982年)、112頁-117頁。
白石雅也氏は、当該内規について、固定資産堪久年数が固定資産の評価減損と組み合わせて示され ており、評価損に重点が置かれていたものであったと解している(同、116頁-117頁)。その一方で、
高寺貞男氏は、当該内規は固定資産原価を期間配分する基準として作成されたものと解している(高寺 貞男「明治三十二年所得税法と減価償却会計(その三)」『経済論叢』第92巻第6号(1963年)、71頁)。