第3章でみてきたように、現行法人税法22条における課税所得概念は、従来と同様 に、原則として、純資産増加説に依拠するものであると解された。一方、その損益の年 度帰属の基準としては、原則として、権利確定主義であると解されるものの、すべての 取引において適用される基準ではないと考えられた。
ところで、法人の課税所得計算上の収益の額(法人税法 22 条 2項)および費用・損 失(同条3項)の算定につき1、昭和42(1967)年に、同条4項「第二項に規定する当 該事業年度の収益の額及び前項各号に掲げる額は、一般に公正妥当と認められる会計処 理の基準に従つて計算されるものとする。」(昭和42年5月31日法律第21号)という 規定が新たに法定された。すなわち、これは、同条 2 項にいう「収益の額」は、「一般 に公正妥当と認められる会計処理の基準」(以下、「公正処理基準」という。)である会計 技術を用いて算定されることをその明文をもって明確に示したのである。
上記のことから、同条2項にいう「収益の額」の算定において、公正処理基準と関連 性があることは明々白々である。
しかしながら、同条 4項の規定は周知のように昭和 40 年改正法人税法の当初から存 していたものではない。したがって、同条 2 項との関係性を論ずる前に、「公正処理基 準」の導入の背景およびその意義をまず知ることが肝要であると考えられる。
そこで本章では、先ず公正処理基準の立法趣旨およびその意義を考察し、次いで、公 正処理基準と「無償譲渡等取引」との関係性について考究する。
第1節 法人税法22条4項の立法経緯
「公正処理基準」を規定する法人税法 22条4項の創設の要因の 1つとして、先ず企 業会計審議会(経済安定本部企業会計基準審議会を含む。)からの税法に対する調整の要 請が挙げられる。
昭和27(1952)年6月16日に経済安定本部企業会計基準審議会から中間報告として 公表された「税法と企業会計原則との調整に関する意見書(小委員会報告)」(企業会計
1 法人税法22条3項
内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上当該事業年度の損金の額に算入すべき金額は、別段 の定めがあるものを除き、次に掲げる額とする。
一 当該事業年度の収益に係る売上原価、完成工事原価その他これらに準ずる原価の額
二 前号に掲げるもののほか、当該事業年度の販売費、一般管理費その他の費用(償却費以外の費 用で当該事業年度終了の日までに債務の確定しないものを除く。)の額
三 当該事業年度の損失の額で資本等取引以外の取引に係るもの
なお、昭和40年当時、資本等取引を定めていた法人税法22条4項は、公正処理基準の挿入後、
同条5項に移行された。
また、本章では、「債務の確定」、すなわち「債務確定主義」については、それが費用に係るもの であるため、特に論じないこととする。
審議会)では、「企業の所得が、『継続的に適用される一般に認められた会計原則』に立 脚して算定されなければならないことは、今日では税法上においても疑問の余地のない ところであるが、企業の損益計算において算定される毎期の純利益と、租税目的のため に算定される課税所得との間に差異の生ずることは実際において免れない」2。しかし、「税 制上または税務上の理由により、企業の実際の純利益と実際の課税所得との間に不一致 を生ずる事実を無視し得ないとしても、公正妥当な会計原則に従つて算定される企業の.....................
純利益は課税所得の基礎をなすもの................
であり、税法上における企業の所得の概念は................
、この..
意味における企業の利益から誘導されたものであることを認めなければならない....................................
。税法 における所得計算の基本理念もまた窮極において、『一般に認められた会計原則............
』に根拠 を求めなければならないのであ」3(傍点-筆者)る。したがって、「税法においても、
明文をもつて......
正規の簿記の原則を認め、企業の純所得の決定に関しては、健全な会計慣......
行.
を尊重するごとき規定の設けられることが望ましい」4(傍点-筆者)との税法に対す る要請がなされた。この意見書は、「企業会計原則」の立場から税法において調整される べき問題点を提起し、その解決の方向性を示唆したに過ぎないものであって、税法との 実際的な調整方法の研究を展開したものではなかった5。
その後、昭和41(1966)年10月15日に企業会計審議会から「税法と企業会計との 調整に関する意見書」が公表された。この意見書は、「企業会計原則」の立場のみにその 調整問題検討の立脚点を置かず、できるだけ税法における課税所得計算の原則をも考慮 に入れながら、「企業会計原則」自体に問題があると思われる主なものを指摘しつつ、調 整の可能性を検討し、さらに前述した意見書では言及されなかった税法と企業会計との 実際的な調整方法の研究をも展開したものであった6。
この意見書では、「税法の各事業年度の課税所得は、企業会計によつて算出された企業 利益を基礎とするものである。すなわち、課税所得は.....
、企.
業利益を基礎として税法特有.............
の規定を適用して計算されるものである..................
」7(傍点-筆者)と述べ、「企業の採用する会 計方法が不適正なものでない限り、企業利益を課税所得の基礎とすることが適当である」8と している。
そして、この意見書では、この趣旨を明確にするために、「たとえば、法人税法の課税 標準の総則的規定として、『納税者の各事業年度の課税所得は、納税者が継続的に健全な.......
会計慣行....
によつて企業利益を算定している場合には、当該企業利益に基づいて計算する ものとする。納税者が健全な会計慣行.......
によつて企業利益を算出していない場合又は会計
2 企業会計審議会「税法と企業会計原則との調整に関する意見書」、総論第一。
3 同上、総論第一。
4 同上、総論第一、一。
5 同上、前文。
6 企業会計審議会「税法と企業会計との調整に関する意見書」、(1966年)、前文2。
7 同上、総論一、1、(1)。
8 同上、総論一、1、(2)。
方法を継続的に適用していない場合には、課税所得は税務官庁の判断に基づき妥当な方 法によりこれを計算するものとする。』旨の規定を設けることが適当である」9(傍点-筆 者)との見解を示し、当時のアメリカ内国歳入法第446条(会計方法に関する一般的規 則)ならびにドイツ所得税法第 5 条(完全商人及びその他の一定の営業者の純益)、ド イツ法人税法第6条およびドイツ商法第38条を諸外国の事例として挙げている10。
なお、法人税法に明文をもって規定する際の上記案文は、アメリカ内国歳入法第 446 条(会計方法に関する一般的規則)に非常に類似した形式および文言で示されたものであっ た11。
企業会計審議会から公表された上記 2 つの意見書は、「公正妥当な会計原則」や「一 般に認められた会計原則」(昭和27年意見書)あるいは、「継続的に健全な会計慣行」(昭 和 41 年意見書)によって算出された企業利益が、法人の課税所得の基礎となるのであ って、その基礎たる企業利益に税法特有の規定を適用して計算されたものが法人の課税 所得であるとし、「税法における適正な企業経理の尊重」を要請しているのである。
一方、税制において、税法の表現の平明化と共に、その精密な計算規定や煩雑な手続 の簡略化を望む納税者の声は従来から極めて強かった。しかしながら、昭和 40 年の法 人税法全文改正では、「租税法律主義の徹底」、「法文の平明化」および「規定の明確化」
がその大きな支柱とされたことから理解されるように、課税所得計算についての用語や 定義の明確化等に重点が置かれ、その結果、必ずしも税制簡素化という観点からなされ たものではなかった12。税制の簡素化は、企業の生産性の向上のみならず、税務行政の
9 同上、総論一、1、(3)。
10 同上。
(1)アメリカ
内国歳入法第466条(会計方法に関する一般的原則)抄
(a)総則・・・課税所得は、納税義務者がその帳簿記録を行なうに際し規則的に採用している会 計方法に従つて計算されなければならない。
(b)例外・・・納税義務者が規則的に採用している会計方法が存しない場合又はその採用してい る会計方法が所得を明確に反映するものでない場合においては、課税所得の算定 は、財務長官又はその代理官の意見により、所得を明確に反映する方法に基づい てなされるべきものとする。
(2)ドイツ
所得税法第5条(完全商人及びその他の一定の営業者の純益)抄
法律の規定に基づいて記帳及び定期決算を行なわなければならない営業者又は法律上の義務 がなくて記帳及び定期決算を行なう営業者は、事業年度末において、商法上の正規の簿記の原 則に従つて明示すべき事業資産を評価しなければならない。
法人税法第6条 抄
総所得の意義及びその算定方法については、所得税法の規定及びこの法律の第7条から第 16条までの規定により定める。
商法第38条 抄
商人は、帳簿を備え、かつ、正規の簿記の原則に従つて商取引及び財産状態を明瞭に記載し なければならない。
11 河合信雄「法人税法上の会計処理基準の創設」『経済論叢』第103巻第2号(1969年)、122頁。
12 昭和39(1964)年当時、法人税法の条数は74条、政令の条数は168条、省令の条数は64条であ ったが、昭和40年の法人税法全文改正で、法人税法の条数は164条、政令の条数は190条、省令の 条数は67条となった。特に法人税法の条数の増加は顕著であり、法人税法の条数は改正前の2倍以