山田潤さんを通じて会員に呼びかけていただき、
有志にご参加いただいた。会報発送作業終業後に 山田さんをはじめとしたみなさんとお茶をいただ いた後、母親6名以外の方には別室に移っていた だき、座談会を行った。
Aさん、Bさん、Cさん、Dさん、Eさんは、
90 年代から同会に参加されている中心的なメン バーである。Fさんは最近参加された方で、夕飯 の支度のため途中で退席された。前半はFさんを 含む6名、休憩後の後半はFさん以外の5名が参 加された。
大まかな流れとしては、前半はこれまでを振り 返って自由に話していただき、Fさんの近況を 伺った。後半は前半の話を受けて、筆者が気になっ た点を質問しながら進めた。
下記の記録はすべて発言順であり、入れ替え等 は行っていない。公開に支障がある一部を削除し たほかは、ほとんどの部分の公開をご了承いただ いた。なお一部地名はイニシャルに変更している。
書き起こし原稿を座談会参加者に確認していただ き、読みにくい部分は言葉を補うなどの修正をし ていただいた。座談会に参加された皆様に改めて 御礼申し上げたい。
25 年を振り返って
――全員が「学校に行かない子と親の会(大阪)」
に 25 年来られているわけではなくて、それぞ れ来られている期間は違いますが、振り返って 何かこういうところが変わったなといったこと があれば話してもらいたいんですけども…
A 人数多かったですよね、初期の頃は。参加者、
五、六十人いましたもん。一通り自己紹介して 終わりみたいな。3時間あっという間ね。
B そうそう。婦人会館の大会議室で。
C うん。ほんで、ここの会に初めて来た人にお 話を聞くということをやってんねんけど、人数 多いから、人によっては長くなる人もいはるし、
泣き出したりして。
B だから、ほとんど。
A 一通りで終わりやな。
B そうそう。
C いや、ほんで一通り回れへんときあんねん。
A ああ、そやそや。
C 私の席まで回れへんかった。
A Dさん(のお子さん)が小学生って聞いて、
終わってから、そこ目指して走ったもん。連絡 先教えてって。
C ほとんどお母さんが多かったけど、不登校に なった自分の子どもと同じ年の…
A 人と出会いたかった。小学生やったからね。
特に低学年やったし、もう…
D 珍しかった。
A みんな中高生で、小学生というのはたまにや から、もうそこ目指してという感じやった。
D 低学年は少なかったかな、当時は。
A 少なかった。
母 親 座 談 会
[司会・編集]田中 佑弥
−46−
−47−
C うん。やっぱり自分の子どもの年と同じ人の 親と話したいからね。やっぱりちょっと年齢違 うとね、話してもちょっとね、内容が違うから。
A 人数多いから、そんな中でなかなか話せない から連絡先交換して、個人的に連絡とるみたい ことをして。
C ほんで、あのときは終わったらいつも決まっ た喫茶店を借り切りみたいな感じで、そこ行っ て、ほんで(世話人代表の)山田(潤)さんに 相談する人は事前にだいたい予約してあって、
あとの人はわいわいって、また雰囲気違うで しょう。コーヒー飲みながらね、適当に座って。
いつも行ってたもんね、喫茶店。
子の立場と親の立場
B 娘を最初のころは連れて行ってたんですけど もね、「なんで子どもが学校に行かんで、親が あんなにわんわん泣かなあかんの。あんな暗い 話、嫌やわ。行かへんわ」とか言って行かなく なった。
C そやそや。あの頃お母さん、ものすごく泣い てはったな。
B そう。
C うわって。今はそんな泣かはらんへんけど。
ちょっと涙ぐむ感じはあるけど、あのとき、う わんって泣いてはったやんな。
B そうそう。それも1人、2人じゃなくて、話 し出したら、もう3人、4人が泣いてはったか ら、もう。
C この世の終わりみたいな感じやったんやな。
B そうそう。
C 親がな。
B そういう感じで話をしはるから、聞くに耐え んと。「子どもの問題でしょう。なんで親が泣 くの」とか言って。
C やっぱりな、親の立場と本人の立場、違うか らな。
B そう。「どういうことや」とか言って。「私の 問題でしょう」とかって。
E すごいやん。
B 「親の問題と違うでしょう」とか言って。
D それ、何歳のときですか?
B 小5の3学期から行ってないから、小6ぐら いで連れて行ってたんだと思う。
C すごいしっかりしてるな。
B だからもう何回かで「もう行かん」って言う から。
C そりゃあ、あんなん、みんな嫌やろうな。
A つらいと思う。
B 「じゃあ、もう家で留守番してて」って言って、
「親だけが行ってくるわね」とか言って行ってた。
A あのとき子どもさんって結構来てましたか?
B いや、来てなかったと思う。うちは家族単位 で動くという感じで2人連れて来てて、娘が「嫌 や」と言ったら、お兄ちゃんのほうも「ほんな ら行かへんわ」って。
A 子どもの部屋つくってましたよね、いっとき ね。
B そうそう。
A 子と親の会やから子どもの集まりもと。うち は来てなかったけど。
B ここ(YMCA アジア青少年センター 201 号室)
に移ってから、1階でフリースクール(わいわ い)が始まったときに、ちょっと来たか来なかっ たかという感じだと思う。
A あれはもう、16 年ぐらい前。
E そやね。小1から行ってたからね。
B そのときには、うちの子は(フリープレイス なわて)遊学場に行ってた。娘を先に行かせて、
「お兄ちゃん、学校なんか行くよりな、遊学場 のほうがよっぽど楽しいで」って言って誘って くれた。ほんで、上の子は上の子で「そうか」
とか言って行って、そこで合宿か何かに行って ね、生まれて初めて「あんな楽しい子、初めて 会ったわ」って言って、そこの合宿に来てた子 とすごい気が合ったと言って、それからずっと 遊学場のほうに。
A 遊学場、見学行ったな。
D いろいろ見学は行きました、最初。求めて求 めて…
A いろいろ行ったな、最初。
E 私も行った。
A (淡路)プラッツも行ったし。
E 行きました。和歌山のほうまで。
――きのくに(子どもの村学園)とか?
E そうですね。どっかないか、どっかないかと 思っていろいろ。
D 必死で探して、新聞に載ってたら、そこへ行っ て話聞いてとか、そんなんばっかりやってまし た。
A 親の会もほかになかったしね、だから会員も 300 超えてましたよね。
B そうやね。
C 会報発送したらめっちゃ時間かかったもんな。
A ものすごい量やった。
C ここ(現在の事務所)の前は小さいワンルー ムマンションやったんで、入り切らへん。
A 狭いところで。
C 山田さん、ベランダ出てはったもん。座る場 所ないから。
B そう。中に入り切れへん。
A もう、そう。あふれてた。
C 冬でもベランダにいたはった。
親の会を知るきっかけ
――ここを知るきっかけは新聞のお知らせとかで すか?
A 私は新聞でしたね。
D 私も新聞。
C 私は夫と山田さんが知り合いで、私は神戸や けど、山田さんにちょっと会報とか送ってもう て、私は嫌々来てん。行くの嫌やった。なんか ちょっと傷のなめ合いみたいな気して、嫌やっ てんけど、「行こう」言うて。嫌やから1時間 ほど遅れて行ったんかな、婦人会館のめっちゃ 多いとき。ほんで私の順番まで回って来いひん かったからよかったと思うて。私、しゃべりた
くなかったから。ほんなら夫はそのうち来んよ うになって、私だけが来るようになった。
D 私は新聞で。何新聞か忘れたけど。
C 朝日新聞によう載せてもうたな。
A 朝日新聞の不登校の連載があって、森下(一)
さん、山田さんの大きな記事があって、その一 連の不登校に関しての取材をした記者が講演会 をします、というので講演会に行って、話を聞 いて、親の会ってあるんやと分かって…
C 記者が講演会したん?
A うん。こんな親の会あります、山田さんとい う人がやってますと聞いて、じゃあ、それ教え てくださいと言って、そこへ手紙書いたのが私、
初めて。
B そういうの全然知らん。へえ。
C 私も。
B だから私が多分ね。
A その前やからね。
B 遊学場でこんなんがあるよとか大阪の会がで きたよとか、その情報は入ってたと思うねん。
C 自分の子、不登校になる前に、精神科医の斎 藤環さんやったかなと思うんやけど朝日新聞に 連載やってたん覚えてる。それ、読んだことあ るわ、何回か。不登校の人、大変やなと思って 人ごとに思うてたら…
A まさか。
C 回ってきた言うて。
D だいたい人ごとやね、最初はね。
E 私は横つながりやからね。K県の親の会の方 に「今度、転勤することになりました」言うて。
「大阪なら大丈夫」って言われて。K県で見つ けるときはややこしかったね。最初、上の子が 学校に行かなくなったときに、K市の精神科医 がカウンセリングしてますと言うんでそこ行っ て、本人は箱庭療法とかさせられてすごい嫌な 思いをして、本人は「絶対行かない」と言うか ら、じゃあ、私だけが月に1回とか予約とって 行ってて、そのときに、多分そのときやったと 思うんやけど、「親の会があるんです。お母さん、