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正統性構築モデルに基づくアプローチ

ドキュメント内 制度運営の観点から (ページ 56-82)

 これまで、正統性を構築する手段として焦点が当てられてきた伝統的アプ ローチ、すなわち条約の改正による権限の見直し、欧州議会について検討し てきた。その結果、両者が期待されていたほどの成果を挙げていないことを 明らかにした。そこで、異なるアプローチが求められよう。

 第5章では、新たな視点を付与する代表的なアプローチである、インプッ ト・アウトプット正統性・スループット正統性という視点から検証を試みる。

それぞれの違いを簡潔に分類すると、「人民のためのアウトプット・人民に

よるインプット・人民と共にあるスループット」となる(

Schmidt

, 2013,

p

. 3)。

本章では、まず、それぞれの定義を確認する。その上で、実際に現在の

EU

がどの程度これら正統性に依拠しているのか。これらの正統性は果たして重 要なのか。その効果はどれほどのものなのか。そして、どのような問題点を 抱えているのかを、リスボン条約下の制度運営という視点から検討する。

⑴ インプット・アウトプット正統性の定義

 具体的な内容に入る前に、定義を確認しておこう。インプット並びにアウ トプット正統性はシャルプフ(

F

.

W

.

Scharpf

)によって

EU

研究に持ち込ま れた概念である。インプット正統性とは「人民による統治」であり、「人々 の意思」が政府の行動に反映されている場合、すなわち共同体のメンバーの 真の選好に基づいている場合、その政治的選択が正統であると判断される

Scharpf

, 1999,

p

. 6)。さらにシャルプフは、インプット正統性を議論する際 に重要なキーワードが「参加」と「コンセンサス」であると指摘する(1999,

p

. 7)。ただし、後述するようにこの2つの条件を満たす難しさゆえに、

EU

レベルでのインプット正統性の向上は困難であるとシャルプフは主張する。

 アウトプット正統性とは「人民のための統治」であり、政府が当該有権者 の共通の福祉(

common welfare

)を効果的に推進した場合、その政治的選 択が正統であるとみなされる。インプット正統性と異なる特徴は、多様な正 統性構築方法にある。しかしその一方で、構築されるメカニズムは偶発的で あり、かつアイデンティティを基礎に置いていないために弱さを抱えるとさ れる(

Scharpf

,

1999

,

pp

.

6

,

11

)。以下ではそれぞれの正統性の構築方法が抱 えている課題について検討する。

⑵ インプット正統性と ECI

 インプットによる正統性の構築方法の欠点は、多種多様な方法を打ち出せ ないことにある。本来その中心的役割を担うと期待されていたのは欧州議会 であった。ところが、第4章で明らかにしたようにその成果を発揮できてお

らず、今後も大きな改善は期待できない。代議制民主主義が

EU

では十分に 機能していない以上、次に考えられるのが直接民主制であろう。その代表的 な制度は加盟国においてなされることが多い国民投票である。しかし、

EU

全体で、ある政策について一斉に投票をする試みはなされていない。

 そこで、別の形でのボトムアップ型のインプットが要求されよう。一般的 に市民が議会以外で自らの要求を実現する方法として、ロビイングを挙げる ことができる。しかし、ロビイング活動は市民の政治参加を促すための活動 というよりは、経済的視点、特に企業の競争に関する議題が中心的なものと されている104)

 本稿のインプットは市民による入力や要求、特に政策の提案に着目してい る。 現 在

EU

で 最 も そ れ を 実 現 し た 制 度 が「 欧 州 市 民 発 議(

European Citizens Initiative

: 以下、

ECI

と表記する)」である。そこで、本稿では欧州 議会の欠点を補う入力手段であり、そして市民による政策提案を実現する制 度としても注目を浴びている

ECI

に着目する。

 リスボン条約によって導入された

ECI

は、

TEU

第11条4項、および

TFEU

第24条1段に基づいている。条約では「相当数の加盟国の国民から成 る少なくとも100万人以上の市民は、欧州委員会に対して、その権限の枠内 において、同盟の法的行為が条約を履行するという目的のために必要である と市民が考え得る問題について適切な提案をするように発議することができ る(

TEU

第11条4項)」とするに留まる。そのため規則によって、1年間で 少なくとも7か国の加盟国において、国ごとの署名を集める必要があると定 められた105)。なお

ECI

は欧州委員会による決定にまで至るまで7段階を要 する106)

104) EUにおけるロビー活動の詳細についてはヨース、ヴァルデンベルガー(2005)を参照。

105) Regulation 211/2011 of the European Parliament and the Council of 16 February 2011, OJ L 5, 11. 3. 2011, p. 1(以下、規制211/2011と表記する)。

106) 第1段階は「市民委員会」の立ち上げである。市民の立ち上げには、少なくとも7名以上、

7つ以上の加盟国出身者で構成されている必要がある(規制211/2011第3条2項)。また市民 委員会に参加できるのは欧州議会選挙における有権者としての資格を持っている者に限定され

 2019年5月段階で、上記の7つのステップを経て欧州委員会の判断が下さ れた

ECI

は4件ある。第1に、2012年5月10日に登録された「水と公衆衛 生は人権だ!水は公共の利益であり、商品ではない!(以下、

Right

2

Water

と表記する)」である。水へのアクセスおよび公衆衛生の向上を目的として 提案され、1,659,543筆の署名を集めた107)。第2に、2012年5月11日に登録さ れた「我々の一人(以下、

One of Us

と表記する)」である。その内容は、

胎児の幹細胞を利用した研究に対する

EU

の支援を禁止するよう求めるもの であった。数千人のボランティアやローマ法王の支持もあり(安江, 2015,

p

.

る(基本的には18歳以上である。ただし、オーストリアのみ有権者の年齢は16歳以上である)。

市民委員会は、欧州委員会と連絡を取り得る代表とその代理を決定する。また欧州議会議員

(MEP: Member of the European Parliament)は最低枠である7人に含められない(第3条2項)。

第2段階は発議の登録である。タイトルや委員会構成員の詳細などを登録する。その後欧州委 員会は提出された発議を2か月以内に登録し、その内容は公開される。第3段階はオンライン の集計システムの証明である。その際第6条4項にある基準に従わなければならない。この証 明のプロセスは加盟国ごとに異なる。そして加盟国の監督部局が一か月以内にその手続きを行 ったうえで市民委員会は証明書を受け取るのである。この証明書によってはじめてオンライン での署名を集める権利を有するのである。第4段階は、ECIの中心的活動ともいえる署名運動 の実施である。EU条約および規則に基づき、7ヵ国以上から100万人の署名を集める必要が ある。また、その期間は12か月である(第5条2項)。さらに署名をすることができるのは、

市民委員会の構成員と同様に欧州議会選挙の有権者に限定される(第3条4項)。第5段階は 加盟国の監督当局による署名の認証である。必要な署名数を収集した場合、市民委員会は署名 を集めたそれぞれの加盟国の監督部局に対して認証作業を求めなければならない。ここでオン ラインと紙媒体それぞれの署名を分類して提出することが要求されている。監督部局はこの提 出後、3か月以内に認証作業を完成させる必要がある。第6段階は発議の欧州委員会への提出 である。この際、資金提供や支援に関する情報も提出しなければならない。第7段階は審査、

並びに欧州議会による公聴会と欧州委員会による回答である。発議が欧州委員会に提出された のち、①欧州委員会の代表は市民委員会と会談し、②市民委員会は欧州議会にて開催される公 聴会にて発議の内容を報告する機会が与えられ、③欧州委員会は発議に対する回答を3か月以 内に行う。ここで理解しておくべきは、欧州委員会が必ずしも発議に従う必要はないという点 である。欧州委員会が発議に従う決定を下すことによって、それは晴れて欧州議会と理事会に 提出されるのである。そして立法手続きを経ることによって最終的に法律となるのである。

107) 署名数については、The European Citizens’ Initiative Official Register, ‘Water and sanitation are a human right! Water is a public good, not a commodity!’. Available at: http://ec.europa.eu/

citizens-initiative/public/initiatives/successful/details/2012/000003 (Accessed 17 May 2019). ただし、その後も署名は続けられていたこともあり、運動をしていた市民委員会は1,884,790筆 を 集 め た と 公 表 し て い る。 詳 細 は、Water is a Human Right. Available at: https://www.

right2water.eu (Accessed 29 June 2018)を参照。

68, 75)、1,721,626筆を集めた108)。第3に、2012年6月に登録された「ストッ プ生体解剖」である。その内容は、動物実験等に対する倫理上の問題を考慮 して、①指令2010/63/

EU

109)の無効化、②動物実験の廃止、③生物医学的並 びに毒物学的研究における、ヒト種に直接関連するデータの使用の強制、が 提案された。その結果、1,173,130筆の署名を集めることに成功した110)。第4 に2017年1月25日に登録された「グリホサートの禁止と有毒な殺虫剤からの 人々と環境の保護(以下、ストップグリホサートと表記する)」である。こ れは、人体に有害とされる農薬の一種であるグリホサートの禁止と農薬使用 量の減少を求めた発議であり、1,070,865筆の署名を集めた111)

 それぞれの発議に対する欧州委員会の回答は以下の通りである。第1に

Right

2

Water

について欧州委員会は、

EU

として適切に対応しているとし、

継続した努力を続けるとの回答に留めた(

European Commission

,

2014a

)。

ただし、この問題について付記をしておきたい。欧州委員会は2018年2月1 日に、

Right

2

Water

および指令98/83/

EC

に関する評価書を受け、新たな指 令のための発議を行った112)。既に指令98/83/

EC

の監視についての法改正は 実現し、また欧州委員会は再利用水に関する基準の設立に関する法整備につ いても検討を始めている113)。したがって、

ECI

自体が法改正を直接導いたと

108) 署名数については、The European Citizens’ Initiative Official Register, ‘One of us’. Available at: http://ec.europa.eu/citizens-initiative/public/initiatives/successful/details/2012/000005

(Accessed 17 May 2019)を参照。

109) Directive 2010/63/EU on the protection of animal used for scientific purposes, OJ L 276/33.

110) 署 名 数 に つ い て は、The European Citizens’ Initiative Official Register, ‘Stop vivisection’.

Available at: http://ec.europa.eu/citizens-initiative/public/initiatives/successful/

details/2012/000007 (Accessed 18 May 2019) を参照。活動に関する詳細は、Stop Vivisection.

Available at: http://www.stopvivisection.eu (Accessed 30 June 2018)を参照。

111) 署名数については、The European Citizens’ Initiative Official Register, ‘Ban glyphosate and protect people and the environment from toxic pesticides’. Available at: http://ec.europa.eu/

citizens-initiative/public/initiatives/successful/details/2017/000002 (Accessed 18 May 2019)を 参照。

112) Council Directive 98/83/EC on the quality of water intended for human consumption (1998)

OJ L 330/32; European Commission (2016f); European Commission (2018a).

113) Commission Directive (EU) 2015/1787 amending Annexes Ⅱ and Ⅲ to Council Directive 98/83/EC onthe qualityof waterintendedforhumanconsumption (2015),OJ L 260/6;

ドキュメント内 制度運営の観点から (ページ 56-82)

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