第 5 章 橋梁維持管理計画策定への適用 85
5.2 橋梁維持管理計画の最適化
橋梁維持管理の目的は,劣化に伴う補修・補強を行うことにより,橋梁の寿命を延 命することである.一般に橋梁の安全性を考えるならば,詳細な点検と質の高い補 修・補強,および更新を頻繁に繰り返し,建設時の安全性を維持することが理想的 である.しかしながら,維持管理は膨大な費用と人手を要する作業であるため,頻 繁に点検,補修・補強,および更新を行うことは現実的には困難である.このため,
長期的な視野の下,橋梁の維持管理計画を策定することが重要となる.したがって,
劣化予測に基づき,安全性の確保とコストを考慮した長期的な予算の見積もりに有 効な解を求めることが,長期計画最適化の目的となる.
5.2.1 計画最適化の有効性
橋梁維持管理のための補修計画は,長期間において,(1)補修の対象とする橋梁,
(2)施工する補修工法の種類,および(3)施工時期を決定するために策定される.
まず,(1)補修対象の橋梁は,限られた予算内で補修を行うことから,部材の状態 と劣化予測から補修の必要性を考慮して決定する必要がある.次に,(2)施工する 補修工法の種類は,表面塗装による劣化抑止や断面修復のような部材性能を回復さ せるものなど様々な工法がある.そして,補修を行うための費用と得られる効果は,
工法によってそれぞれ異なる.そのため,補修対象の部材の現状と投入可能な予算 に加えて,補修してから次の補修が必要になるまでの劣化予測を考慮して,適切な 補修工法を決定することが望ましい.最後に,(3)補修の施工時期は,投入可能な 予算と部材の性能低下の進展に応じて適切な時期を決定することが求められる.施 工時期を遅らせることで,計画全体の補修回数を減らすことができる.しかしなが ら,予定に変更が生じた際,部材の劣化はさらに進展するため,安全性が低下する 可能性がある.また,部材の補修は,性能低下に応じて効果の高い補修が必要とな るため,実施に必要な費用が大きくなる傾向がある.したがって,(1)から(3)の 要素は,それぞれの関係性を考慮して適切に決定されることが求められる.
実際の補修計画は,橋梁の重要性や求められる安全性の水準に基づいて決定され たシナリオに従って策定される.この方法では,補修のための予算を確保すること ができれば,各橋梁の安全性を確保することができる.しかしながら,長期的な視 野に基づくLCCの削減のためには,年度毎の橋梁の状態に応じて適した補修工法と 時期,対象橋梁を決定することが有効と考えられる.このような最適化の有無によ る計画の違いは,補修費用に現れることが文献[6]において示されている.数値計算 例として,10橋梁に対する計画策定結果の比較を表5.1,および図5.1に示す.
表 5.1: 最適化の有無による比較(費用の単位:十億円)
計画 最適化なし 最適化あり
補修費用 3,827 1,916
性能 5,970 5,952
最適化の有無による比較において,最適化を行わない計画は,ある年度に補修を 行わなければ安全性の基準(この例では0.8)を下回るとき,最も効果の高い補修を
0.75 0.80 0.85 0.90 0.95 1.00
1 34 67 100
最適化あり 最適化なし 性能
供用年数 安全性の基準
図 5.1: 性能劣化の比較
行うよう策定されたものである.一方,最適化された計画は,GAを用いて策定さ れたものである.表5.1より,最適化を行うことで,補修費用を大幅に削減できるこ とがわかる.これは,供用期間中に安全性を確保するために十分な性能を維持でき るよう様々な工法を適用しているからである.一方,最適化しない計画における性 能劣化の推移は,図5.1に示すように,何度も性能回復を行うことから,より多く の費用が必要となる.以上の結果より,計画の最適化は,橋梁の安全性を確保しな がら,補修費用を削減できると期待される.ただし,この数値計算例は,年度予算 や不確実な要因の考慮などを行っていない.そのため,策定された計画を実用する 際に生じる問題などを考慮した上で有効な計画を策定することが必要と考えられる.
5.2.2 補修計画の実用性
橋梁の補修は,継続的に供用される中で行われる.そのため,点検の精度や頻度が 低下することで劣化予測の精度も低下する.また,ある橋梁の補修工事の規模が大 きいとき,通行止めや交通規制が必要となる.これにより,橋梁単体の安全性だけで なく,交通などのネットワークとしての利便性も考慮することが求められる.5.2.1 で述べたように,補修計画の最適化は,費用削減と安全性の維持に有効である.し
かしながら,その効果は,計画策定時に考慮した要素に限定される.さらに,橋梁 維持管理,および補修計画に関わる要素は様々であり,すべてをモデル化すること は非常に困難と予想される.したがって,最適化から得られる情報の意義を考慮し た上で,補修計画の実用性を検討する必要がある.
補修計画の実用性に関わる要因として,複数橋梁の考慮,劣化予測の誤差,およ び年度予算が挙げられる.まず,複数橋梁の考慮は,補修にかかる年間の費用の計算 やネットワークとして評価するために必要である.橋梁の補修に伴う費用は,国土 交通省土木工事積算基準で定められているように,年間の費用に応じて費用削減効 果が変化する.また,コスト平準化のような年度予算の確保を行うためには,複数 の橋梁の状態を考慮して適切な補修の時期を決定することが求められる.一方,橋 梁のネットワークとしての評価は,補修工事によって生じる交通への影響のように 橋梁を利用する市民の損失の見積もりなどを行う際に必要とされる.この見積もり は,1日毎の交通量の変化などを求めるため,単一橋梁に対する計画策定では評価 することができない.このようなことから,複数橋梁を考慮した計画の策定が検討 されている[1, 4, 5].しかしながら,1度の最適化で扱う橋梁の数に伴って設計変数 の組合せ数が指数的に増加するため,計算時間が増大する傾向がある.さらに,現 実には1度で数100橋を対象に計画を策定することが求められるため,たとえGA を用いたとしても扱うことができないほどの組合せ数となる可能性がある.
次に,劣化予測の誤差は,予定の変更として計画に影響を与える可能性がある.
例えば,ある部材の健全性を表す性能指数が安全性の基準値を下回る直前で補修を 行うとき,劣化が予測より速く進展すれば補修前に安全性の基準を下回ることにな る.一方,早期に補修を行う予防保全は,必要となる補修工事の規模が小さくなる ことで,費用の削減効果も期待できる.ただし,補修を行う時期が過度に速くなれ ば,それだけ補修を行う回数が増加するため,費用の増大を引き起こす.したがっ て,実際には,劣化予測によって生じる予定の変更を考慮した,頑健な計画を策定 することが求められる.
最後に,年度予算は,計画に従って補修を行うために確保することが必要となる.
つまり,年間の補修費用に見合った予算を確保できなければ,劣化予測の誤差と同 様に予定の変更が生じる.年度毎の補修に対する予算の上限は,経済状況などの影 響を受けて変動する.また,年度毎に割り当てられた予算の次年度以降への持ち越
しは,橋梁の新規建設や耐震補強など他にも予算を必要とする事業が存在するため,
実際に行うことができない.そのため,毎年の補修費用を同程度に抑えるコスト平 準化により,年度予算の確保が行われているのが現状である.現在供用されている 橋梁の多くは,高度成長期に建設されたものである.つまり,補修が必要となる時 期が近くなることが予想される.そのため,コスト平準化を行う計画では,特定の 年度に多くの予算を投入できないことから,すべての橋梁の安全性を維持すること が困難な可能性がある.また,コスト平準化を行わない場合であっても予算は限ら れている.したがって,年度予算の変動と上限を考慮した計画の策定が必要とされ ている.
以上のことから,様々な要素を考慮することは,補修計画の実用性を高めるため に必要不可欠である.しかしながら,最適化で扱う要素が増加することで,解探索 の複雑化が生じることになる.また,劣化予測の誤差や年度予算の変動は不確実性 を伴う.そのため,事前にあらゆる状況を予測して最適な計画を策定することは不 可能である.したがって,最適化ですべての要素を扱うのではなく,計画策定者自 身による意思決定も考慮した上で,補修計画の最適化の意義を明らかにする必要が あると考えられる.