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  ここまではオリンピック広域開催の定義やオリンピック憲章との関係につ いて考えてきた。第3 章以降でオリンピック広域開催のメリット・デメリッ トを論じるために、この第3節では具体例として、2008年の第29回オリン ピック大会に向けて広域開催を提唱し、国内予選に立候補していた横浜市の 立候補案を取り上げたい。なお、2008年オリンピック大会の国内候補都市は 1997年8月13日に開かれたJOCの選定委員会で大阪市に決定した。2008 年オリンピック大会の開催地は2001年7月にモスクワで開かれるIOC総会 で決定される予定である。

1 項  イエーテボリとアルベールビルの例

  横浜市以外にもかつて、オリンピックの広域開催を考えた都市があった。

1984年の第 14回冬季オリンピック大会に立候補したスウェーデンのイエー テボリは、4つの都市に競技を分散し、既存の施設を利用する計画を提案した。

イエーテボリにはアイスホッケーとフィギュアスケート用のアイスアリーナ があり、数百マイルはなれた北部の山岳地帯には第1級のスキーコースがあ った。それぞれを活かし、出費を抑えた案であったが、競技会場の分散はあ まり支持を得られず75票中10票という惨敗を喫した。

  実際に行われた大会では、1992年のアルベールビル冬季オリンピック大会 が広域分散大会であった。アルプスの裾野に広がるフランス・サボア県のお

よそ1,600 平方㎞に及ぶ土地にスキー、スケート、アイスホッケー、バイア

スロン、ボブスレー、リュージュの6競技57種目の会場が分散させられ、選 手村も分村がつくられた。しかし、この大会の評価は散々なものであった。

アンドリュー・ジェニングスは著書の中で次のように評している。

  「フランスのサボイ地区一帯で行われたアルベールビル大会は、冬季オリ ンピックというより、たまたま同じ地域でウインター・スポーツ十三種目の 世界選手権が行われた、といった感じであった。過去の開催都市に見られた ような一体感や地元の人々とのふれあいに欠け、競技種目を越えた選手間の

交流もなく、大会全体としての盛り上がりを生み出すには至らなかった。5」   立候補当初は、競技会場の分散を計画していたアルベールビルはIOC委員 の支持が薄く、招致には成功しないだろうと思われていた。しかし、同じ1992 年の第 25 回夏季オリンピック大会を自分の出身国スペインのバルセロナで 開催したい、というアントニオ・サマランチIOC会長の願いが冬季大会の開 催地選定に影響を与えたのではないか、とジェニングスは述べている。1992 年の夏季大会はバルセロナを含め 6 都市が立候補する混戦であり、なかでも パリがバルセロナの強敵であった。夏季大会と冬季大会の開催権を同一国に 与えることはできないため、1992年の冬季大会の開催地がアルベールビルに 決まれば、同じフランスのパリは諦めざるを得ないだろう、との思惑である。

結果として、冬季大会はアルベールビルに、夏季大会はバルセロナに決定し た。しかし、アルベールビルの広域分散開催が支持されての決定かどうかは 疑問であり、むしろ夏季大会をバルセロナで開催するための道具として利用 されたように思う。本来IOCはオリンピック広域開催には消極的であると思 われる。アルベールビルと開催を争ったスウェーデンのファルンについて、

IOC 委員のディック・ポンドは「最終的に委員達がファルンに票を投じなか ったのは、各競技会場が四方八方に分散しているためです。6

2 項  横浜市の掲げた理念と計画の特色

  2008年の第29回オリンピック大会には早くから大阪市が立候補していた。

大阪市がJOCの了解を得る前からIOCに直接接触するなどしていたため、

JOCは大阪市が指導を受け入れるようにと、立候補締め切りを4ヶ月遅らせ、

対立候補として横浜市の立候補を促した。要請を受けた横浜市は開催地決定 の9ヶ月前に立候補を決め、開催計画の立案に取りかかった。

  横浜市で招致活動に携わった横浜市企画局部次長の牧野和敏氏は、横浜オ リンピックの基本的な考え方を次のように述べている。

5 アンドリュー・ジェニングス『オリンピックの汚れた貴族』サイエンティスト社   1998p.233

6 同上

  「オリンピックは競技種目の拡大、女性参加種目の拡大、パラリンピック との一体開催など更に発展する可能性を持っている。しかし一方では競技施 設の巨大化、交通混雑、環境問題、選手・観客の安全確保、開催都市の財政 問題などさまざまな課題も抱えている。

  二〇〇八年にわが国で四回目のオリンピック開催をめざす日本代表都市は、

オリンピックの今日的課題に応えつつ、二一世紀を切り開くオリンピックの 新しいコンセプトを世界に対し提案することが求められる。

  このような認識から、ネットワーク開催、既存施設の活用、パラリンピッ クの先行開催を提案した横浜市の計画は、従来型を踏襲した大阪市の計画と 際だった対比をなした。7

  牧野氏は続けて、本論文第 1章で論じてきた今日のオリンピックの問題点 と共通する問題を指摘し、横浜市の首都圏ネットワーク開催の意義について も述べている。また、横浜市企画局がまとめた著書にも広域開催の意義が書 かれている。

「横浜市の提案したネットワーク開催とは、主催都市を中心に複数の都市が 連携・協力し、その総合力によって大会を円滑に開催することにより、オリ ンピックの持つ発展可能性を現実のものとできる方法である。

  一万五千人の選手・役員が、四十の大規模競技施設で競技し、その模様を 五百万人を超える観客が見て、一万人のメディア関係者が世界に伝えるとい う、今日のオリンピックの開催には多くのヒト・モノ・ノウハウを必要とす る。

  ネットワーク開催は、競技施設をはじめ大会運営を支える競技関係者、宿 泊施設、セキュリティ組織、医療施設、市民ボランティアなど各地域の持つ 既存資源を関係自治体の協力により効果的に結びつけ、その広域的総合力を 生かすことができる。

  また、オリンピック開催は開催地における日常の都市活動を遥かに超え、

7 『調査季報  133号・1998・3』横浜市  p.61

交通、環境、財政などさまざまな点で限定された狭い地域では支えきれない 負荷を与える。ネットワーク開催は、競技会場の適度な分散により、その負 荷を各地域で支えきれるレベルまで軽減することを可能とする。

  (中略)

  欧米を中心とする経済先進国に独占されてきたオリンピック開催は、ネッ トワーク開催により経済規模の小さい未開催国でも開催可能となる。このよ うに、ネットワーク開催は横浜オリンピックだけのコンセプトに止まらず、

二一世紀のオリンピックの一つのあり方として、世界的にも普遍性を持ちう る新しい開催の枠組みと言える8。」

「最近のオリンピックは、競技種目、競技施設数、選手・役員数、観客数な どが大規模になり、単独の都市で開催するためには、必然的に新しい競技施 設を数多く用意しなければならない。過大な投資の一都市集中や、大規模な 施設の偏在と後利用の困難性、都市の過密など、さまざまな問題を生じさせ る可能性がある。

  そこで、横浜オリンピックは、首都圏でのネットワーク型開催と既存施設 の活用を大会の基本的な考え方とし、オリンピック開催の新しい姿を提案す るとともに、現在進めている都市づくりと一体となったオリンピックをめざ す。これにより、特定の都市への過度の投資を行わずに、現在ある施設を利 用することにより、行財政に負担をかけることなくオリンピックが開催でき る。

  また、首都圏八都県が協力して大会運営することにより、広域的にオリン ピックムーブメントが高揚し、かつてどの都市も実現しなかった四千万人の オリンピック都市が実現する9。」

  ここで注目したいのは、ネットワーク開催を横浜市のみの例外的なコンセ プトとしてではなく、21世紀の今後のオリンピックのあり方の一つとして提

8 同上  p.61・62

9横浜市企画局編『from Y  横浜発:新スポーツ考  2008年ライフスタイルへの提案』

  元就出版社1997p.133・134

案している点である。また、『from Y 横浜発:新スポーツ考』では首都圏8 都県(東京都・神奈川県・埼玉県・千葉県・山梨県・茨城県・栃木県・群馬 県)を合わせて「四千万人のオリンピック都市」と表現している。これは本 章第1節第2項で述べた「都市」の範囲を拡大して解釈し、都市の集合であ る「地域」を一つの大きな「都市」とする考え方に共通するものである。既 存施設の利用について再三ふれていることも重要である。定義②10で述べた ように、既存施設の利用は広域開催の最も重要な要素である。

  このような考えを基本として計画が練られた横浜オリンピック大会にはい くつかの特色がある。広域開催以外の点も含めて、以下、簡単にまとめる。

①首都圏ネットワーク開催

②既存施設の活用

38の競技施設のうち、22施設が既存、1つが再整備、6つが仮設、既に着 工されているものが3つ、計画中のものが2つ、構想段階のものが4つで ある。(1997年当時)

③みなとみらい21地区への大会中枢機能の集中

みなとみらい21地区に選手村、大会運営本部、IOC事務局、オリンピック ファミリー宿舎、国際放送センター、メインプレスセンターなどの大会中 枢機能を集中して配置する。水際線沿いに選手村を設定することによる安 全対策の向上、優れた交通基盤を生かした選手・関係者の円滑な輸送、整 った都市基盤による快適な環境、などをメリットとして横浜市は挙げてい る。

④パラリンピック先行開催

従来オリンピックの閉会後に開かれていたパラリンピックをオリンピック の前に開催し、組織委員会を一元化し、一体的な運営を図る。将来の同時 一体開催への道を開くと同時に、パラリンピックを世界のより多くの人々 に知ってもらうためである。また、横浜市はオリンピック・パラリンピッ

10 本論文p.31参照

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