SDGsの本質の一部である「つながり」と「可視化」に焦点をあてて計画を行う。
薦める小林昭文(2015)は,自分の気持ちを見つめたり,感じていることを率直に発言し たり,グループ内で共有したりするには「安全安心の場」が必要であると述べている。さら に,エイミー・C・エドモンドソン(Amy C. Edomondson, 1999)は,社会人においても,
チームの学習行動を促進するには「チームの心理的安全性」が重要であることを実証した。
チームの心理的安全性(psychological safety)とは,「対人リスクを取ることに対して,そ のチームは安全であるというチームメンバーの共通認識(著者訳)(原文: a shared belief held by members of a team that the team is safe for interpersonal risk taking)」として 定義される概念である。エドモンドソンは,アメリカの一企業の従業員427名およびその従 業員で構成される51チームに対して調査を行い,チームの心理的安全性がチームの学習行 動を促進すること,またその学習行動がチームのパフォーマンスを向上させることを明らか にした。また,シャオフア・ムとデビ・R・グニャワリ(Shaohua Mu & Devi R. Gnyawali, 2003)は,学生グループの学びにとってもチームの心理的安全性の有無が重要であることを 実証した。このように,協同的な活動を通して気づきを得たり,他者との関わりから学びを 深めるには,学習者が安心を感じる環境作りが重要である。
一方,安心感を感じる環境に留まっていては学びは深まらないという指摘もある。プロ ジェクトアドベンチャーの文脈では,「未知や不安,混乱の中に飛び込むチャレンジの過程の 中に,気づきや学びがある」(秋山他, 2016)とされている。プロジェクトアドベンチャーと は,アメリカのProject Adventure, Inc. により展開されている教育プログラムである(岩 永定他, 2007)。「冒険教育をベースにして,体験学習の手法を取り入れた手法」(林, 2000) であり,日本国内でも広がりを見せてきた。プロジェクトアドベンチャーを日本で初めて組 織的に取り入れた宮城県(岩永他, 2007)では,県教育委員会が主導となって独自の教育手 法『みやぎアドベンチャープログラム(MAP)』を開発し,推進してきた。みやぎアドベン チャープログラムでは,学習者の安心感と学習について,図 5.1 に示すコンフォートゾー ン・モデルを用いて説明している(秋山他, 2016)。コンフォートゾーンは,「自分にとって いつも通りで安心・安全な領域」として定義される。秋山他は,コンフォートゾーンを「そ こにいると心地よいけれど,気づきや学びは生まれにくい」状態として捉えており,そこか ら一歩踏み出して,未知や不安,混乱の中に飛び込むチャレンジの過程の中に,気づきや学 びがあると述べている。一方,「あまりに高い緊張や不安,危険を強いるような領域」をパ ニックゾーンと名づけ,「気づきや学びどころではない」状態と述べた。さらに,コンフォー トゾーンとパニックゾーンの中間,適度なストレスがかかった状態をストレッチゾーンと呼 ぶ。秋山他は,コンフォートゾーンからストレッチゾーンに一歩踏み出すことが学びにつな がると述べている。
コンフォートゾーンの概念は,エドモンドソン(2012=2014)にも見い出される。エドモ ンドソンは,チームの環境を心理的安全と責任の2軸で説明した。その関係性を図5.2に示 す。心理的安全も責任も低い環境を「無関心ゾーン(Apathy Zone)」,責任は高いが心理
図 5.1 プロジェクトアドベンチャーにおけるコンフ ォートゾーン・モデル。秋山他(2016)を基に筆者作 成。
的安全は低い環境を「不安ゾーン(Anxiety Zone)」,心理的安全は高いが責任は低い環境 を「快適ゾーン(Comfort Zone)」,心理的安全と責任のどちらも高い環境を「学習ゾーン
(Learning Zone)」と名付けた。そして,チームのメンバーが協働し,互いから学び,高い
パフォーマンスを発揮するのは学習ゾーンにあるチームであると述べている。学びを促進す るためには,心理的に安全な環境とともに,学習者がチームの成功や学びに責任を感じてい ることが必要である。
エドモンドソンが定義するコンフォートゾーンの概念は,プロジェクトアドベンチャーの 文脈で使用されるコンフォートゾーンの概念とは幾分異なる。プロジェクトアドベンチャー の文脈におけるコンフォートゾーンは,他者に傷つけられず,安心してくつろぐことができ る状態を指すが,その中にはチャレンジしていない状態という否定的なニュアンスも内包し ている。学習者にとっては,適度な緊張や不安にさらされることが学びを深める手段とされ ており,学習者はコンフォートゾーンから抜け出すことが求められる。言い換えれば,プロ ジェクトアドベンチャーでは学習者自身の姿勢が重要視されているといえる。一方,エドモ ンドソンの定義では,学びを深めるためにコンフォートゾーンから抜け出そうとすることは 求められてはいない。エドモンドソンの定義したコンフォートゾーンとラーニングゾーンの 違いは,チームのメンバーが責任や目標を感じているかどうかである。
図5.2 心理的安全と責任の関係。エドモンドソン(2012=2014)か ら抜粋。
チャレンジや協働に対する不安を軽減する環境が重要とする点については,プロジェクト アドベンチャーとエドモンドソンは共通している。しかし,さらに学びを深めるために,プ ロジェクトアドベンチャーではチャレンジすることを重要視しているのに対し,エドモンド ソンは責任や目標の有無が重要であると述べている。プロジェクトアドベンチャーの文脈 で述べられるコンフォートゾーンモデルに対しては懐疑的な視点もある。マイク・ブラウ
ン(Mike Brown, 2008)は,プロジェクトアドベンチャーの文脈で述べられるコンフォー
トゾーンモデルには実証的な研究がないことを指摘し,コンフォートゾーン・モデルは,モ デルを基礎となる原理としてではなく,学習者の理解を助けるメタファー(比喩)として再 構成することを提案している。
本ワークショップでは,コンフォートゾーンの概念の捉え方として,エドモンドソンの定 義を採用する。ワークショップでは,まずは学習者が安心してチャレンジできる環境を作る ことを重視した。学習者にコンフォートゾーンから抜け出してチャレンジすることを求める ことはしない。ただし,学習者自身にも安心な場を作るための責任の一端を担わせることと した。学習者が学習の場をつくる当事者となり,自らの行動や学習に責任と意義を感じるこ とによって,エドモンドソンの示したラーニングゾーンに自然と到達していくことを企図 した。
学習者自身が安心な場づくりに関わっていくためには,その場にいる学習者および教師で 共有するルール・約束事が必要である。林(2000)は,人間にはそれぞれ,自身のイメージ
や考え方,価値観を守ろうとする心の壁があると述べている。「こころの安全」な環境をつ くるには,この心の壁を下げなければならない。しかし,この壁は自分では下げられない。
一方,相手の壁を下げることはできる。自分が相手を尊重していることを感じてもらい,自 分がその人を傷つけないことを相手に認識してもらうことで,相手の壁を下げることができ る。林は,心の壁を下げる具体的な行動として,「人の話を一生懸命聞くこと」,「陰で悪口 を言わないこと」,「相手の立場を一生懸命理解しようとすること」などを挙げている。
渡辺雄貴(2018)は,グループで活動する際に学習者が共通して守るべきルールを「グラ ンドルール」と呼んだ。協同学習においてグランドルールを設定・共有することにより,議 論がスムーズになり,生産的な活動が可能になるとした。渡辺(2018)は,協同的な学びに 関する文献を参考にし,協同学習をうまく行うための原則を表5.4 としてまとめた。「(2) 相手の意見(考え)を尊重する」や「(3)対立を歓迎する」は,安心な場を作り出すために 重要な要素である。学習者は,話を聞いてもらえたり,自分の考えを否定されなかったりす る経験を通して,その場やそこにいるメンバーに安心感を感じていく。また,「全員が当事 者意識(責任)を持つ」ことや「個人は活動への貢献に責任がある」ことを意識させること は,エドモンドソンのコンフォートゾーンからラーニングゾーンへの遷移の条件と共通して いる。
以上のような先行研究を基に本ワークショップでは,学習者自身が安心な場を作り合い ながら互いに安心感を得るために,以下の4つの約束事を設定した。「傾聴」「多様性の尊 重」「肯定的態度」「積極的貢献」の4つである。第1の「傾聴」は,相手の話をじっくり聞 く態度を表す。単に話を聴くだけでなく,相手が話しやすい雰囲気を作る態度も含む。竹岡
(2018)は,傾聴の3つのポイントを挙げている。「繰り返し」,「言い換え」および「合わ せる」である。「繰り返し」は,相手の言葉をそのまま繰り返すことである。相手に対して,
「あなたの言ったことを理解した」というメッセージを伝えるために行う。直接的な言葉で はなく,相づちやうなずきでも構わない。「言い換え」は,相手の言ったことの要約や言い 換えである。これも「あなたの言ったことを理解した」というメッセージを伝えるために行 う。認識にずれがあればそれを修正する機会を生む効果もある。「合わせる」は,相手の状 態に合わせることをいう。悲しい話に悲しい声で返事をするなど,相手の感情を理解しなが ら反応を返すことをいう。このように傾聴とは,相手の話をよく聴くだけでなく,相手が安 心して話すことが出来る環境を作る態度も含むものとする。
第2の「多様性の尊重」は,自分と他者の価値観が異なることを認め,相手の立場に立っ て異なる意見や考えを理解しようとする態度である。意見の相違を認め,互いに「違っても 構わない」という共通理解を得るためのルールである。
第3の「肯定的態度」は,相手の話を聴いたあと,まず一旦は相手の考えを否定せず,認 めようとする態度とする。学習者は,体験活動や意見の共有を通して,自らの意見を変化さ せることがある。しかし,意見を変化させることによって他者から非難されるかもしれない