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第五章 疾患罹患リスク

1. 冠動脈性心疾患

冠動脈性心疾患はトランス脂肪酸のリスクとして最も良く研究されている。エコロジカル研究、コ ホート研究、ケースコントロール研究、危険因子(LDL-コレステロール、HDL-コレステロール値、リ ポプロテイン(a)、慢性炎症マーカー、内皮細胞障害、酸化ストレス、血液凝固能、血圧)に関する 研究に分けてレビューを行った。

1) エコロジカル研究

硬化油の製造法は 19 世紀末にヨーロッパで開発された。第二次世界大戦によるバター不足の ため、工業的な生産量が飛躍的に増加した。ソフトタイプのマーガリンはバターに比べて、飽和脂 肪酸含量が少ないことから1960年代には健康に良いと考えられ、欧米ではエネルギー比2~3%

摂取されていたと考えられる。しかし、欧米で冠動脈性心疾患数も1950~1960年にピークになり、

マーガリンの摂取増加の時期と冠動脈性心疾患増加の時期は一致したため、マーガリン摂取過剰 による心筋梗塞罹患増が疑われた[81]。7 ヵ国のコホート研究をまとめた The Seven Countries

Studyでは、1958~1964年に男性12,763人を対象に食事摂取調査を行い、その後25年間の冠

動脈性心疾患による死亡と脂肪酸摂取量の関連が調べられた[82]。飽和脂肪酸(ラウリン酸、ミリス チン酸、パルミチン酸、ステアリン酸)とトランス脂肪酸(エライジン酸)摂取量と、冠動脈性心疾患に よる死亡との間に強い正の関連が認められた(飽和脂肪酸r=0.88、P<0.001;エライジン酸r=0.78、

P<0.001)。しかし、この研究は交絡因子が十分検討されておらず、各国の文化的バックグラウンド も大きく異なり、エビデンスとしては弱い。

2) コホート研究

欧米の四つのコホート研究(Health Professional Study[83]、Alpha-Tocopherol、Beta-Carotene Cancer Prevention Study[84]、Zuptphen Study[85]、Nurses’ Health Study[86])で、総トランス脂肪酸

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を多く摂取していた人で冠動脈性心疾患が増加することが示された。また、マーガリンを多く摂取し た人で冠動脈性心疾患が増加することが示されたコホート研究もある[87]。

Health Professional Studyは、40~75歳の男性約4万人を対象にし、1986年に食事摂取頻度調

査を行い、その後6年間の冠動脈性心疾患(非致死性と致死性心筋梗塞の合計)罹患との関連を 調べた研究である[83]。冠動脈性心疾患に734人が罹患し、その内訳は非致死性505人、致死性 229人であった。冠動脈性心疾患の相対危険は、総トランス脂肪酸摂取量の最大5分位(エネルギ

ー比4.3%)摂取群は最小5分位(エネルギー比1.5%)摂取群に比べて、年齢、BMI、喫煙、アル

コール、身体活動量、高血圧歴、コレステロール値、60 歳までの心筋梗塞家族歴、職業で調整す ると、1.40(1.10-1.79)倍増加したが、食物繊維を追加調整すると1.21(0.93-1.58)倍となり有意差は なくなった。14年間の経過では1,702人が罹患し、総エネルギー摂取量、飽和脂肪酸、n-3、n-6系 脂肪酸、一価不飽和脂肪酸を追加調整すると、相対危険1.26になることが示されている[88]。

α-Tocopherol、β-Carotene Cancer Prevention Studyは、50~69歳の喫煙男性約2万人を対象に し、1985~1988 年に食事摂取頻度調査を行い、その後約 6 年間の冠動脈性心疾患(非致死性と 致死性心筋梗塞の合計)罹患との関連を調べた研究である[84]。1,399 人が冠動脈性心疾患に罹 患し、致死性は 635人であった。致死性心筋梗塞の相対危険は、総トランス脂肪酸摂取量の最大 5分位(6.2 g/日)摂取群は最小5分位(1.3 g/日)摂取群に比べて、年齢、喫煙、BMI、血圧、総エ ネルギー摂取量、アルコール、食物繊維、教育歴、身体活動量で調整後、1.39(1.09-1.78)倍増加 した。しかし、冠動脈性心疾患罹患の相対危険は1.14(0.96-1.35)倍で有意性は示されていない。

Zuptphen Studyは、64~84歳の男性667人を対象にし、1985~1995年に食事摂取頻度調査を

行い、その後 10 年間の冠動脈性心疾患(非致死性と致死性心筋梗塞の合計)罹患との関連を調 べた比較的小規模な研究である[85]。98人が冠動脈性心疾患に罹患した。冠動脈性心疾患リスク は、総トランス脂肪酸の最大3分位(エネルギー比4.86%以上)摂取群は最小3分位(エネルギー

比 3.11%未満)摂取群に比べて、年齢、BMI、喫煙、ビタミン類の摂取、各種脂肪酸摂取量、コレ

ステロール摂取量、食物繊維摂取量で調整後、2.00(2.07-3.75)倍の増加が示されている。

Nurses’ Health Studyは、米国女性看護師約8万人を対象に、1980年から、食生活を含む生活

習慣を4年ごとに調査し、その後20年間の冠動脈性心疾患(非致死性と致死性心筋梗塞の合計)

罹患との関連を調べた研究である[86]。冠動脈性心疾患に1,766 人が罹患し、その内訳は非致死

性1,241 人、致死性 525人であった。冠動脈性心疾患の相対危険は、総トランス脂肪酸の最大 5

分位(エネルギー比 2.8%)摂取群は最小 5 分位(エネルギー比 1.3%)摂取群に比べて、年齢、

BMI、喫煙、アルコール、心筋梗塞の家族歴、高血圧罹病歴、生理とホルモン剤の使用状態、ア

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スピリン、総合ビタミン剤、ビタミンE剤使用の有無、身体活動量、総エネルギー、蛋白質、コレステ ロール、飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸、多価不飽和脂肪酸、リノレン酸摂取量、魚由来の n-3 脂肪酸、食物線維、果物と野菜の摂取量の調整後、1.33(1.07-1.66)倍増加した。図 4 に示すよう にほぼ直線的な関係が認められる。更に、この研究ではより詳しい分析が行われ、65 歳未満又は

BMI 25未満の女性で総トランス脂肪酸による冠動脈性心疾患の相対危険の増加が認められてい

る。冠動脈性心疾患の相対危険は、65歳未満(1,111人が罹患)では最大5分位摂取群は最小5 分位摂取群に比べて、1.50(1.13-2.00)倍に増加したが、65 歳以上(655 人が罹患)では 1.15

(0.80-1.66)倍と増加は認められていない。また、BMI 25未満(752人が罹患)では、最大5分位摂 取群は最小 5 分位摂取群に比べて、1.53(1.09-2.15)倍増加したが、BMI 25 以上(1,014人が罹

患)では1.19(0.88-1.60)倍で増加は認められていない。

図4 トランス脂肪酸摂取量と心筋梗塞相対リスク

Framingham Studyではマーガリン摂取量と冠動脈性心疾患との関連が調べられている[87]。45

~64歳の男性832人を対象にし、1966~1969年に24時間食事思い出し法で食事摂取量を推定 し、その後約21年間の冠動脈性心疾患(狭心症、冠動脈不全、心筋梗塞、突然死)罹患との関連 を調べた。マーガリン摂取量1 g/日の増加は、冠動脈性心疾患リスク比1.10(1.04-1017)と11~21 年後に有意な増加が認められている。

3) ケースコントロール研究

冠動脈性心疾患を発症した人と発症しない人(コントロール)を比較し、過去や現在のトランス脂

心筋梗塞の相対危険

トランス脂肪酸摂取量,%エネルギー

Ptrend=0.01

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肪酸摂取量を食事摂取頻度調査や組織中のトランス脂肪酸比率から推定することにより、トランス 脂肪酸の冠動脈性心疾患罹患リスクを推定する研究である。コホート研究と異なり、冠動脈性心疾 患者にマッチしたコントロールを選ぶことが難しいことや、冠動脈性心疾患を発症後に食事調査を 行うとバイアスが生じることが指摘されている[81]。脂肪組織中のトランス脂肪酸比率と食事摂取頻 度調査で調べたトランス脂肪酸の摂取量との相関係数は 0.51 で、相関は比較的高いが一致はし ていない[89]。このため組織中のトランス脂肪酸比率を調べることは、食事摂取頻度調査とは異な るトランス脂肪酸摂取量の推定法となるが、すべての由来のトランス脂肪酸をまとめて評価するた め、個々のトランス脂肪酸の由来を区別できない。しかし、組織中トランス脂肪酸の種類を調べるこ とが可能で、どのトランス脂肪酸が冠動脈性心疾患と関連が強いか推定できる。以下のように、結 果は一致しておらず、トランス脂肪酸と関連が認められなかった研究と認められた研究が存在す る。

A) トランス脂肪酸と負の関連が認められた研究

ポルトガルで行われた研究で、初めて心筋梗塞に罹患した40歳以上の49人と、コントロール49 人を対象とした[90]。心筋梗塞のオッズ比は、年齢、教育歴、心筋梗塞の家族歴、身体活動量、

BMI で調整後、総トランス脂肪酸比率の最大 3 分位群は最小 3 分位群に比べて、0.04

(0.006-0.32)に減少した。個々のトランス脂肪酸については示されていない。ポルトガルにおける 摂取されるトランス脂肪酸の 2/3 は反芻動物由来であり、トランス脂肪酸が心筋梗塞罹患を予防し た可能性が示唆されている。

B) トランス脂肪酸との関連が認められなかった研究

EURAMIC Study はヨーロッパ 8カ国とイスラエルで行われ、非致死性心筋梗塞で入院した 70

歳以下の男性671人と心筋梗塞に罹患したことのないコントロール717人を対象とした[91]。入院1 週間以内に臀部の皮下脂肪を生検し、脂肪酸を分析している。非致死性心筋梗塞のオッズ比は、

年齢、場所、喫煙、BMIで調整後、C18:1トランス脂肪酸比率の最大 4分位群と最小4分位群で 差は認められなかった。他のトランス脂肪酸については調べられていない。

英国で行われた研究で、1990~1991年に冠動脈性心疾患による突然死した 65歳以下の男性 66人と、コントロール 286人を対象とし、腹壁の脂肪組織を用い脂肪酸の分析を行った[92]。突然 死のオッズ比は、年齢、喫煙、糖尿病歴、高血圧歴、脂肪組織中のオレイン酸、α-リノレン酸で調 整後、C18:1トランス脂肪酸比率の最大5分位群は最小5分位群に比べて、0.59(0.19-1.83)に低

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下、C18:2トランス脂肪酸最大5分位群は最小5分位群に比べて、0.99(0.35-2.34)で、脂肪組織 中のトランス脂肪酸と冠動脈性心疾患の関連は認められていない。

オランダで行われた研究[93]で、冠動脈造影により冠動脈の80%以上の狭窄が認められた男女 83人と、50%以下のコントロール78人を対象とし、血清リン脂質中の脂肪酸が分析された。冠動脈 狭窄のオッズ比は、年齢、喫煙、性、コレステロール、脂肪制限食の有無で調整後、総トランス脂 肪酸比率、C16:1トランス脂肪酸、C18:1トランス脂肪酸、C18:2トランス脂肪酸比率のそれぞれの3 分位間で解析したが、差は認められていない。

米国で行われた研究で、2001~2002年に急性冠症候群(ACS)と診断された94人と、コントロー ル94人を対象にした[94]。ACS罹患のオッズ比は、全血中の総トランス脂肪酸比率、C18:1トラン ス脂肪酸、C18:2 トランス脂肪酸比率の違いにより、喫煙、アルコール、糖尿病、BMI、血清脂質、

心筋梗塞の罹患歴で調整後、差は認められていない。

英国で行われたnested case-control研究で、1997~1998年に採血し、2005年までに冠動脈性 心疾患で死亡した122人と、コントロール244人を対象とした。冠動脈性心疾患死亡者の血清リン 脂質中のエライジン酸とリノエライジン酸の比率はコントロール群と差は見られなかった[95]。

米国で行われた研究で、心筋障害のマーカーであるトロポニンIが増加した入院患者9人とコント ロール10人を対象とした。トロポニンIが増加した患者の赤血球中のC18:1トランス脂肪酸比率は コントロール群と差は見られなかった[96]。

C) トランス脂肪酸と正の関連が認められた研究

米国での研究では、心筋梗塞に罹患した男女 47 人と心筋梗塞に罹患したことのないコントロー ル56人を対象にし、血漿中のトランス脂肪酸比率が調べられた[97]。心筋梗塞罹患者でt9-C16:1 トランス脂肪酸と t9,t12-C18:2 トランス脂肪酸が有意に増加したが、t11-C18:1 トランス脂肪酸(バク セン酸)とt9-C18:1トランス脂肪酸(エライジン酸)には差が認められなかった。交絡因子を補正した オッズ比は示されていない。

米国で行われた研究で、1982~1983年に初めて心筋梗塞(非致死性)に罹患した男女239人と 心筋梗塞に罹患したことのないコントロール282人を対象とした[98]。退院後8週間目に食事摂取 頻度調査を行った。心筋梗塞の相対危険は、年齢、性、喫煙、高血圧罹病歴、BMI、アルコール、

心筋梗塞の家族歴、生理とホルモン剤の使用状態、アスピリン、総合ビタミン剤、ビタミンE剤使用 の有無、身体活動量、総エネルギー摂取量、飽和脂肪酸、一価不飽和脂肪酸、リノール酸、コレス テロール摂取量で調整後、植物油由来のトランス脂肪酸摂取量の最大5分位群は最小5分位群

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