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新薬開発秘話 第    話

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岡山大学 ナノバイオ標的医療イノベーションセンター戦略企画室 室長 

こ ば や し

林 榮

しげる

リュープリン ® 開発秘話

4

はじめに

読者の皆さんは, ノーベル賞の決闘 と いう書物をお読みになったことがおありだろ うか?この書物の日本語版は翻訳調で少し読 みづらい部分があるものの, 今ではコレク ターズアイテムにもなっているらしい。つま りは,一般の読者にとっても興味を惹く物語 ということになるのだろう。 ノーベル賞の 決闘 は視床下部ホルモン発見の物語であ り, 本 稿 の 主 題 で あ る 前 立 腺 が ん 治 療 薬 リュープリン の創製は,視床下部ホルモ ンの一つである LH-RHの発見に始まる。

※  Luteinizing Hormone Releasing Hormone(黄 体形成ホルモン放出ホルモン)の略称

脳内ペプチドホルモンの発見

話は1950年ごろに遡るが,英国ケンブリッ ジ大学のハリス博士が生体の恒常性が維持さ れる仕組みについて革新的な仮説を提唱して いた。これは,視床下部に特有の物質(放出 因子)が存在するというもので,この物質の 刺激によって下垂体がその物質に対応したホ ルモンを分泌する。分泌された下垂体ホルモ ンは血液によって,副腎,性腺,甲状腺など の内分泌器官に運ばれて生体の機能が維持さ れている,という説である。内分泌器官が性 腺(男性では精巣,女性では卵巣)の場合,

視床下部が性腺刺激ホルモン放出ホルモン

(LH-RH,他に FSH-RH)を産生し,産生さ れた放出ホルモンが下垂体に達して,下垂体 から性腺刺激ホルモン(LH,他に FSH)が

分泌され,LH の刺激によって性腺から性ス テロイドホルモン(男性はテストステロン,

女性はエストラジオール)が分泌される。

この仮説を証明するには,これらの放出ホ ルモン(当初は放出因子と呼ばれた)を単離 して化学構造を決定する必要があり,後に,

ノーベル賞の決闘と言われた熾烈な競争が繰 り広げられた。最終的に,1971年にシャリー 博士のグループとギルマン博士のグループが それぞれ数百万頭とも言われるブタとヒツジ の視床下部を用いて LH-RH がアミノ酸10残 基から構成される同一構造のペプチドであ ることを明らかにし(図 1),この業績によ りシャリー博士とギルマン博士は1977年に ノーベル賞生理医学賞を受賞している。

※ ペプチド鎖を構成する各アミノ酸はそれぞれ 1 残基とカウントされる。

国際共同研究の開始

脳の視床下部ホルモンから医薬品の創製 を目指す共同研究 が,1972年, 米国のア ボット社から武田薬品に対して提案されたの は,このような状況の中においてであった。

当時は,海外企業と対等に共同研究が行なわ れるような時代ではなく,研究所幹部にとっ ても突然の海外企業からの申し入れの狙いが どこにあるのか理解し難いことであったとい う。しかし,これを契機に武田薬品とアボッ トの連合チームによる新薬創製の共同研究が 開始された。

そのころ経口避妊薬がホットな話題になっ

ていたが,副作用が問題として提起されてい た。このような事情もあり,視床下部ホルモ ンの共同研究の当初の目的は,計画的排卵促 進による避妊薬の開発にあったが,この共同 研究から武田薬品の国際化を支えた前立腺が ん治療薬リュープリンが誕生することにな る。

では何故,共同研究の相手として武田薬品 に白羽の矢が立ったのだろう。 武田薬品で は,すでに1964年に大阪大学蛋白質研究所に 研究者を派遣してペプチド合成の技術の習得 に当たらせていた。この研究者は,その後テ キサス大学のワード博士の研究室に留学して おり,ワード博士と LH-RH の発見者である ギルマン博士とは近しい関係でもあった。将 来を見通して国内外に研究者を派遣した上層 部の英断というべきであろう。1967年には,

ペプチドの合成グループが社内に立ち上がっ ており,このグループがアミノ酸24残基から なる副腎皮質ホルモン ACTH の誘導体の合 成研究に成功していたこともアボット社に高 く評価されていた。武田薬品とアボットの当 時の両研究所のトップがイリノイ大学時代か らの知人であったことなど,経営層が知己の 間柄にあったことも大きかったと思われる。

高活性アゴニストの発見

さて,生体内で容易に分解されるペプチド をどのように医薬品に仕立て上げるか? LH-RH は10残基のアミノ酸で構成され,その末 端がグリシンアミド(Gly-NH2)からなるペ プチドで,生体内ではこの末端部位から切断 されて生物活性が失われると推測できる。そ

こで末端の Gly-NH2を Gly-NHCH2CH3に置き 換えるようにとの指示が若い研究者に出され た が, こ の 指 示 を 取 り 違 え て Gly-NH2を NHCH2CH3に置換し,TAP-031と名付けられ た化合物が合成された。

しかし,この取り違えが幸いして TAP-031 の活性は

in  vivo

の評価で LH-RH の5倍に上 昇した。 初の高活性アゴニストの発見であ る。因みに,TAP という略号は,武田薬品,

アボット, ペプチドの頭文字を取ったもの で, 番号は合成した化合物順に付けたもの で,その後,TAP-031はコンセラールの名の もとにウシなどの繁殖障害治療薬として発売 されている(図 1)。

TAP-031の発見後も,より強力なアゴニス トを求めて各部位のアミノ酸側鎖の変換を続 けていた。やがて,側鎖を持たないため変換 の対象にしていなかった 6 位の Gly を他のア ミノ酸に置換してみようということになって 一人の研究者が 6 位の Gly を Leu(ロイシン)

に置換したところ,約40倍という活性を示す スーパーアゴニストを得ることができた。しか し,確認のための再合成では全く活性を示さ ず,高い活性の混合物の混入を疑ってカラム クロマトグラフィーによる分離などを日夜試み たが,この謎を解決するには至らなかった。

長期にわたる苦闘の末,原料として使用した Leu が L 体と D 体の混合物( ラセミ体) で あったことが明らかになり, 6 位が D-Leu と L-Leu の類縁体を別々に合成したところ, 6 位を D-Leu に置換した類縁体(TAP-144) の活性が LH-RH の約80倍という驚くべき値 を 示 す こ と が 明 ら か に な っ た。 因 み に,

pGlu-His-Trp-Ser-Tyr-Gly-Leu-Arg-Pro-Gly-NH2 (天然型)

pGlu-His-Trp-Ser-Tyr-Gly-Leu-Arg-Pro-NH-CH2CH3 (コンセラール)

pGlu-His-Trp-Ser-Tyr-D-Leu-Leu-Arg-Pro-NH-CH2CH3 (リュープリン)

図 1  LH-RH とその誘導体

くすり 新薬開発秘話

L-Leu 体は活性をほとんど示さない。

※  TAP-144:一般名はリュープロレリンで,こ の徐放製剤をリュープリンと呼んでいる。

この共同研究は, 武田薬品が合成を担当 し,アボットは

in  vitro

下垂体スライスのホ ルモン放出活性評価系で活性を測定すること としてスタートしたが,この下垂体切片を使 う

in  vitro

のアッセイ系では,TAP-144の活 性は LH-RH の 2 倍程度の活性を示したに過 ぎなかった。一方,武田薬品の薬理学者が日 常 的 に 用 い た

i n  v i v o

排 卵 誘 導 法 で は,

TAP-144は LH-RH の70〜80倍という高い活 性を示した。活性の測定に要するサンプル量 は,排卵誘導法では数 mg を必要とするが,

ヒトで強い効果を発揮する化合物選びには ラット排卵誘導法は貴重な評価法であった。

もし

in  vitro

のアッセイ系だけを化合物合成 の指標に用いていれば,開発の方向を誤って いたかも知れない。

ところで,アミノ酸10残基で構成されるペ プチドの合成には数十に及ぶ工程を必要とす るため,精製されたペプチド数 mg を当時の 技術で合成することは容易なことではなかっ た。活性の測定に数 mg という量のサンプル 量が特に問題にならなかったのは,われわれ が DCC-HONB 縮合法と呼んだ新たなペプチ ド の 合 成 法 を 開 発 し て い た か ら で, こ の DCC-HONB 縮合法は後にリュープリ ンの工業的製造法にも適用され,数十 工程に及ぶ製造過程の各反応をいずれ も高い収率で進めた技術は米国でも高 く評価された。

因みに,DCC-HONB 縮合法は,す

でに行われていた DCC-HOSu 縮合法を改良 したもので,たまたま眺めていた試薬のカタ ログに HOSu の化学構造に類似した HONB を見つけたことが,この優れた縮合法発見の 端緒となっている(図 2)。

パラドキシカル効果

こうして高活性アゴニストは発見されたも のの,新薬としての開発が順調に進んだ訳で はない。TAP-144は活性が強いため連続して 投与すると脳下垂体の LH-RH 受容体のダウ ンレギュレーションが起こり,下垂体から の性腺刺激ホルモンの放出が止まってしま う。いわゆる「化学的去勢」が誘導され,パ ラドキシカル効果と呼ばれる抑制効果が認め られた(図 3)。

※ 受容体が常に高活性誘導体に曝されると受容 体の数が減少するという現象

この現象はアボット社において雌ラットで 確認され,武田薬品でも雄ラットで強く副性 器重量を抑制するという結果が得られた。こ の事実は,計画中の臨床試験のコンセプトを 揺がす衝撃的な事件とも言える結果であった が,対象疾患をホルモン依存性の前立腺がん に変更し,1985年に米国で TAP-144をホル モン依存性前立腺がんの注射剤として発売す ることに漕ぎつけた。

N− OH O O

HOSu HONB

N− OH O O H

H

図 2  HONB と HOSu 図 3  リュープリンの投与による効果

予想された効果 パラドキシカル効果

視床下部

下垂体

卵巣

子宮

視床下部

下垂体

卵巣

子宮

LH-RH LH-RH

LH LH

エストラジオール エストラジオール

機能促進・重量増加 機能抑制・重量減少

リュープリン

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