3-1) 要約
µm サイズの微小領域を対象に、顕微鏡下の任意の箇所で室温から水の沸点までに 渡る広範な温度上昇と下降を行うことができる新しい技術を開発した(Zeeb et al., 2004)。
局所熱励起は、任意の領域へ移動できるようマイクロマニピュレーターにより操 作されるマイクロピペット先端(φ = 1 ∼ 2 µm)に固着した金属微粒子に、開口数の大 きな対物レンズ(N.A.1.3 ∼ 1.4)を通して集光した赤外レーザー(λ = 1064 nm)を照射 して行う。最高温度は入射レーザー光の強度を制御することで任意に変えられる。
温度上昇・下降の速さは固着した金属の熱容量に依存するが、約10 msであった。
ミクロ温度センサーには、熱以外の環境変化に応答しないよう水溶液から隔離さ れた微小領域に閉じ込めた蛍光色素、Europium-TTA の蛍光強度変化を利用する。
これまでにマイクロピペット先端(φ = 1 ∼ 2 µm)に閉じ込めることに成功している。
これにより、0.1°C の精度で局所的な温度変化を検出できる。また温度変化による 蛍光色素の蛍光強度変化は充分速く、時間分解能は30フレーム/秒である。
この技術は標準的な電気生理学、蛍光イメージングの技術と互換性が良いため実 験装置の融合が容易であり、これまでにない全く新しい細胞生物学研究へ即座に応 用可能である。
3-2) 研究の背景
一般に細胞機能の基盤は、細胞骨格や受容体などのタンパク質のみならず、様々 なイオン、細胞内外の電位差(膜電位)、温度といった多くのパラメータの時空間 ダイナミクスにある。現在、生きた単一細胞の膜電位や細胞内Ca2+濃度について
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は、ミリ秒オーダーで検出・制御することができる。しかし、正確な制御や局所 的な測定の難しい「温度」の場合は事情が異なる。というのも通常、加熱・冷却 や温度測定は、実験装置全体の温度を制御しつつ試料の近くに置いた「小さな」
温度計で行われるため、どうしても時間・空間分解能には限界があるからである。
温度制御の場合には、例えば実験試料にレーザーといった強力な光源からの照 射光をパルス的に当てることで、急速な温度上昇を実現できる。しかし、暖めら れた試料の体積にもよるが、冷却速度はずっと遅い。この問題は、温度パルスを 任意のµm領域に制限しつつ、実験試料周辺、実験装置を温度一定にしておけば解 決できる。急速な温度上昇と下降を局所的に起こすため、カバーガラスに固着し た金属粉や金属薄膜に波長約 1 µm の赤外レーザーを照射する方法が本研究室で 開発された。この方法を用いると、温度パルスを単一細胞程度の局所的な範囲に 限定して起こすことができる。
一方、温度を単一細胞と同程度の体積で測定することは簡単ではない。熱電対、
NMR、FTIR、ラマン分光、放射分析法、焦電気膜、などといった方法はどれも温 度検出に対して非常に感受性が高い。しかし、単一細胞の温度測定に用いるには技 術的に様々な問題がある。そこで、温度感受性の蛍光色素を細胞内に流し込む方法 が提案され、単一細胞における熱発生、局所的温度勾配の発生が報告されてきてい る(Zohar et al., 1998)。しかしこの魅力的な方法は、色素の環境変化(pHなど)
に対する感受性が高すぎるゆえに、正確な温度測定を行うには大きな問題があった。
さらに細胞膜上で色素が不均一に分布してしまうことや退色が速いことは、温度と 蛍光強度とのキャリブレーションを非常に困難にしていた。
こ れ ら の 問 題 点 を 克 服 す る た め 、100% DMSO に 溶 か し た 蛍 光 色 素
Europium-TTA(Eu-TTA)を、先を閉じたパッチクランプ用のピペットに封入する
ことにした。励起波長365 nmのEu-TTAは、非常に温度感受性のある蛍光を615 nm
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に持ち(Bhaumik, 1964; Zohar et al., 1998)、また集積回路における温度を計測す るために用いられたこともあった(Kolodner and Tyson, 1982)。本研究においては、
0.1°C の 分 解 能 の あ る 局 所 的 な 温 度 計 測 を 、µm サ イ ズ の ピ ペ ッ ト 先 端 に
Eu-TTA/DMSOを満たすことにより行なった。これにより、細胞を色素で直接染め
るときに生じる上記の問題点を克服でき、温度と蛍光強度とを正確に較正できるよ うになった。そして、細胞膜とぴったり接触したピペット先端部は閉じた系となっ ているために(エネルギーのやり取りは可能だが、物質のやり取りはできない)、
温度だけを唯一の変数とすることができた。
3-3) 材料と方法 3-3-1) 試薬
Europium(III) thenoyltrifluoroacetonate trihydrate (Eu-TTA)は、Acros Organics
(Pittsburgh, PA, USA)から購入した。DMSOはSigma-Aldrich(St. Louis, MO, USA)
から購入した。直径0.1 µmのアルミ粉はNilaco(Tokyo, Japan)から購入した。蛍 光ビーズ(FluoSpheres carboxylate-modified microspheres, 1.0 µm, red-orange fluorescent (565/580) F-8822)は、Molecular Probes Inc. (Eugene, OR, USA)か ら購入した。
ヒーターマイクロピペット及び温度計ピペットは、直径 1.2 mm のガラス管
(Drummond Sci. Co., Broomall, PA, USA)を引き伸ばして作成する(図3-1)。ガ ラス管の引き延ばしにはピペットプラー(PB-7, Narishige, Tokyo, Japan)を用いた。
ミクロピペット先端部をマイクロフォージ(MF-900, Narishige)で熱し、溶かして 閉じる。
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3-4) 実験結果
3-4-1) 温度計ピペットの作成
ピペットの作成方法の模式図を、図3-1に描いた。ガラス管は2段階で引き伸ばし、
引き伸ばしたガラス管先端部の直径を約1-2 µmにする。ピペットの先端はマイクロ フォージの高温になったフィラメントに注意深く触って、溶かして閉じる。こうし て作った、閉じたピペットの内部を約1 µlの、100% DMSOに溶かした0.05 mM、
あるいは50 mMのEu-TTAで満たす。先端部に残った気泡は、ピペットを指先では
じくことによって容易に取り除ける。ピペットの反対側については特に閉じるよう な操作をしないので、液面は開放されていることになる。そのためこうして作られ たミクロ温度計ピペットは繰り返し使用することができる。温度と蛍光強度との較 正は実験毎に、実験直後に行なう。まず 45°C の熱湯を実験容器に入れ、溶液の温 度が室温まで自然に下がることを利用して、ピペット先端部の同一箇所の蛍光強度 を2°C毎に測定する。温度と蛍光強度との関係は、50 mM Eu-TTAの場合は線形で 非常に良く近似できた。ただし一つだけ問題があった。温度を変化させたときに、
時々ベースラインがわずかに変わってしまうことである。これはおそらく、ピペッ トの位置がガラスの熱膨張によりドリフトするためだと思われる。この問題は、ピ ペットの形状を変えたり、あるいは溶液に浸けるピペットの長さをできるだけ短く したりすることで解消できる。
3-4-2) ヒーターピペットの作成
ミクロ温度計と同じ大きさ(先端の直径が約1 ∼ 2 µm)のマイクロピペットを準備 する(図3-1)。水に懸濁したアルミ粉(0.1 µm;50 mg/ml)に先端を3秒間浸けて 持ち上げ、ピペット先端の水分を自然に蒸発させる。すると10 ∼ 15秒で、ピペッ
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トの最先端部にアルミの粉の凝集体ができ上がる。次にこのピペット先端を加熱し たマイクロフォージのフィラメントへ近付けることで、凝集体はガラスに固定され る。この方法はパッチクランプ用のピペットを作成する際に行なわれる標準的なや り方と同じで良い。
3-4-3) 温度の測定
蛍光強度の変化を利用した温度測定の方法は、図3-2と3にまとめた。図3-2 に示 したEu-TTAの励起スペクトルから分かるように、Eu-TTAの蛍光強度は温度に敏感 に反応する。溶液を還流(3 ml/min)するためのシリコンチューブの一部を熱湯に 短時間(約 2 秒)だけ浸すことで、約1°Cの温度変化を実験容器(2.5 ml)に与え る。この温度変化は、容器内に置かれた熱電対によって計測される(図 3-3A)。熱
電対は、0.05 mM Eu-TTA/DMSOを封入したピペット先端から3 mm離れた場所に置
いてある。Eu-TTAの励起と、温度計ピペット先端の 25 µm2の領域における蛍光強 度の読み取りは同期を取っており、露光時間100 msを3 Hzで繰り返し行った(図 3-3E)。蛍光強度は、熱及び退色両方の影響を受ける。退色の過程は単一指数関数で 表せるので、計測される蛍光強度変化(温度変化を与える前)から除算して補正し た(図3-3C)。
3-4-4) レーザー焦点位置の調整
IRレーザーを任意の位置に持ってくるには、光ピンセットの光学系を利用する(図 2-2)。集光したレーザーは焦点で約0.8 µmまで絞られているので、モーターでコン トロールされるミラーによりµm の精度で、焦点位置をヒーターピペット先端の金 属粉凝集体に合わせることができる。周期的に金属粉凝集体を励起する目的で、こ こでは非常に単純な、振り子型のシャッターを用いた。金属粉凝集体の周辺部にお
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ける温度分布は、約10 msで定常状態になる(Kato et al., 1999)。本研究ではこの 緩和時間は約50 msだったが、その理由は振り子型シャッターの性能に依存してい る。
3-4-5) 局所熱励起・温度計測
普通、ある細胞に着目してそれが外部環境から熱的に隔離されているという定義に は、外来的あるいは内在的な熱発生過程は細胞内部の各部分に検出できるような温 度勾配を作るほど強力ではない、という前提がある。実際、水の熱伝導率(k = 0.597
W/m/K)は非常に低く(Weast et al., 1986)、断熱材に近いと言える。この水の性質
は、安定した急な温度勾配を熱源の周りに作るのに好都合である。実際、波長が約 1 µmのIRレーザーで水中に置かれたサブミクロンサイズの金属粒子や(Kato et al.,
1999)、カバーガラス上に円形(直径 10 µm)に蒸着したアルミニウムの薄膜を熱
すると(Kawaguchi and Ishiwata, 2001)、その周りにできる温度勾配は2 °C/µmで ある。さらにレーザー照射を開始してから約10 msで温度勾配が定常状態になる。
以上の性質を利用して、パッチクランプ用のピペット先端部に金属粉凝集体を固 定しピペットを任意の位置へ動かすことで、局所的に温度を制御するシステムを構 築した(図 2-2)。もう一本の先を閉じたパッチクランプ用ピペットは DMSO に溶
かした Eu-TTA で満たし、局所的温度を検出するのに用いる。また温度の測定は、
熱せられる微小体積内に置かれたピペット先端部から、蛍光強度を読み取って行な う。本研究で利用したIRレーザー強度の範囲では、金属粉凝集体を直接励起しない 限り、検出可能な温度勾配が水中にできることは無かった(図3-4)。一方で、金属 粉凝集体をレーザー焦点に持ってくると、金属のすぐ近くで目視できるほどの水の 沸騰が起こった。また沸騰は、NDフィルターでIRレーザーを弱めることで解消で
きた(図 3-5)。アルミ金属粉凝集体を励起したときに生じる安定した温度勾配は、
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