すでに述べてきたように、ウィレムスの教育実践は、ある特定の「器楽のレッスン」ではな く、「音楽のレッスン」から始められ、「音楽を愛することを学ぶ期間」が、少なくとも二年間 は継続される。指導者たちは一時間のレッスンの中で次々と扱う題材を変化させ、最年少であ る
3〜4歳の子どもたちでさえも飽きさせることのないよう、テンポ良く多様な実践を行う。
ウィレムスの音楽教育実践は、子どもたちが「楽しみながら」、音楽の諸要素を深く学ぶた めの工夫と魅力に溢れている点に大きな特徴がある。ウィレムスは、音楽教育が、記憶力、継 続力、集中力、積極的な聴取、すなわち聴こうとする耳の育成に貢献することを複数の著書の 中で述べている。
・ 指導者が、「4 分の
4拍子、ヘ長調」と提示してから、2 小節の単旋律を
2回ピアノで弾 く。子どもたちは、指揮を振りながら聴き、その直後に、先のリズム聴音と同様に
2回 繰り返して歌ってから今度は五線紙にメロディを書き取る。
・ 以上の実践を繰り返し、
12小節の旋律を完成させる。
・ 全員の書き取りが終わってから、各自、自分の五線紙を見て斉唱する。速度をさまざま に変化させて繰り返し歌う。
・ ト長調に移調して「ル」で歌う。
・ 書き取った聴音課題を隠し、全員で
4拍子の指揮を振りながら記憶を頼りに聴音課題を
歌う。
『教育の覚え書き帳』の『
No. 1:
2音〜
5音の歌』、『
No. 2:音程の歌』、『
No. 2B:音程の歌 ピアノ伴奏付き』に掲載されている数々の歌は現在の実践においても頻繁に用いられており、
子どもたちや指導者までもそれらをレッスンの場以外でも口ずさむほど愛好している。特に
No. 2
と
No. 2Bの『音程の歌』によって、子どもたちは音程の知識を学習するより先に歌とし
て音程の感覚を捉えることができる。これらの歌は、音程を捉える他にも、小さな二本の木の 棒で歌を歌わずにメロディのリズムを叩いたり、教師が叩くリズムだけで何の歌であるかを当 てたりといった実践にも用いられる。この実践によってリズム感や内的聴感の育成を促してい く。即興の歌をリレーで繋ぐ実践もまた、声に出して歌うより先に自らの内側で音楽を想起す る能力を要求するため、内的聴感の育成に大いに貢献しているといえよう。
ウィレムスの音楽教育思想は、「全ての子どもたち」が、「喜び」を感じられるような音楽教 育を施すことを要求している。しかしながら、実践内容に目を向けてみると第
1段階からベル による微分音や楽音ではない音を聴き分けたり、即興の歌をリレー形式で繋いでいったりとい うような高度な実践を行っている。これらの実践について『教育の覚え書き帳』を読んだ筆者 は、音楽を初めて学ぶ子どもたちにとって難しいのではないかと感じた。このため、ウィレム スの記述のみを読み進めていた当初は、この高邁な思想と実際の教育実践内容は乖離したもの であるかもしれないという可能性も視野に入れていた。
しかし、ウィレムス国際会議やウィレムス国際セミナーに出席し、現在実際に行われている 教育実践に触れると、幼い子どもたちが一時間もの間、飽きた様子を見せることもなく生き生 きと実践に参加するのを目の当たりにしたことによって、この教育実践の一つの効果と魅力を 実感することとなった。ここでは、例えば微分音の鉄琴を用いる場合にも二つの離れた鍵盤を 取り出し、明らかに異なる音高として捉えられる二つの離れた鍵盤の音の聴き分けから始める など、要素を分解して易しくすることによって段階を設定して慣れさせていく。何よりも、指 導者は打ち解けた雰囲気の中で「楽しく」実践を行うことに注力しており、「できる、できな い」といったことを問題とせずに、子どもたちが音を聴き取ろう、感じ取ろうとする「意識」
の育成に重点をおいていた。「できる、できない」ではなく、これらの教育活動の蓄積が、結
果として子どもたちの内に「音楽的な耳」を形成することになり、一生豊かに音楽と関わって いくための基礎を築き上げるのであろう。
しかし、これらのウィレムス国際会議とウィレムス国際セミナーの公開レッスンの聴講や ワークショップの参加のみでは明らかにしきれなかった疑問点も残った。例えば、楽譜の読み 書きについては、第
3段階になってようやく五線譜を用いて音高を捉える学習に入っていたが、
第
4段階に入ると子どもたちはすでに聴音や新曲視唱を行っており、それまでの緩やかで緻密 な段階設定と比較すると急に難易度が高くなっている。しかし、子どもたちが第
4段階での実 践内容に対して特に苦労している様子は見られなかった。それまでの実践の成果が実を結び、
この段階になる頃には子どもたちにとって難なく取り組むことができるようになっているの
か、あるいはまた特別の教育実践が設けられているのであろうか。これらについては、今後の
課題としたい。
結
ドキュメント内
エドガー・ウィレムスの音楽教育の意義 : その思想および実践の考察を通して
(ページ 104-107)