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第3節 教育科学研究会・国語部会の「音声法」によるひらがな教育の検討
これまで「語形法」によるひらがな教育論を検討し、これらの教育論では、子どもひとりひと りの文字‑の出あいが育まれてきたことが明らかとなった。これは「習得」モデルをもとにして、
"文字‑の気づき"という視点から分析した結果みえてきたことである。
では、教育科学研究会・国語部会の「音声法」によるひらがな教育は、どのような"文字への 気づき"を育む教育として捉えられるのだろうか。
1 「音声法」の指導の原則
教科研の「音声法」によるひらがな教育は、奥田靖雄(1964)が提案した指導の原則を土台と している。
奥田(1964)は、 「この‑んで無責任時代の最高の所産とでもいうべき学習指導要領とそれにも とづいてつくられた教科書のあらさがLはやめて、あるべき文字指導の体系は、どのような原則 にしたがってくみたてられなければならないか、その原則を積極的にさしだすことにしよう」 53と 述べ、その原則を17点提出している。
以下、引用する。
(1)現在は言語学や心理学が満足すべき状態にあるとはいえないかもしれないが、期待をもこめ て、つぎの命題を出発点にかかげておく。文字指導はそれ自身の体系をなしていて、言語学や 心理学や教育学がしめす法則ときまりのうえにくみたてられなければならない。
(2)言語学的な観点からみて、文字は言語の音声的な側面の表現者なのであるから、文字指導は 直接に日本語の音声指導とむすびついていなければならない。日本語の音声指導(発音教育)と きりはなしては、文字指導は成立しない。しかも、このばあい、かな文字が音節文字であると いう特質をいかなるばあいにもわすれてはならない。したがたって、文字指導は、かならず、
いくつかの単語を比較することで単語を音節に分割する作業、いくつかの音節で単語をくみた てる作業をともなわないわけにはいかないのである。子どもにとっては、文字の習得の過程は、
同時に日本語の音声の意識的な研究の過程でもある。こうした文字指導の性格は、方言のつよ い地域でするどくあらわれる。
(3)音節の配列(したがって教材のくみたて)は、なによりもまず、音声学がさしだす事実にも とづいて決定しなければならない。つくりの単純な音節から複雑な音節‑。このばあい、音節 をくみたてている音韻のかずだけでなく、音韻の調音上の特質、音韻のあいだにある相互関係、
音韻の歴史的な成立過程をも考慮する必要がある。たとえば、 ‑音韻からなる音節から二音韻 53奥田(1964)、 p.231
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からなる音節‑、さらに三音韻からなる音節‑とうつっていくのは当然であるが、おなじ二音 韻からなりたっ、いくつかの音節は、音韻の調音上の特徴、音韻のあいだの相互関係などを考 慮したうえで配列される。具体的にいえば、力行音とタ行音とをおなじ破裂音グループにまと めるとして、もしそのあとに鼻音グループ(ナ行音とマ行音)をもってくるとしたら、まず力 行音をだし、タ行音につづけて、ナ行音を配置する。こうすることによって、調音の位置と方 法についての初歩的な知識を子どもにあたえることができる。この知識は、発音できない音節 を発音させるときに、やくにたつ。
(4)音節の配列は、同時に、それをかきあらわす方法を考慮して、決定する必要がある。おなじ 二音韻からなりたつ音節であっても、勘音は二字でかきあらわすから、直音をおしえたあとで あつかわなければならない。
(5) さらに、頻度を考慮する必要がある。たとえば、ラ行音はあまりつかわれていないので、こ の音節をさきにあつかうと、用例(単語)の選択にくるしむだろう。頻度のたかい音節は、豊 富な、しかもてきせつな用例で説明できる。
(6)また、音節の配列は、子どもによる習得のむずかしさを考慮する必要がある.一般的にみて、
子どもにとってはサ行音の所有がむずかしいとすれば、容易に発音できるタ行音をおしえてか ら、サ行音にうつるべきである。すでに所有している音節を土台にして、まだ所有していない 音節にすすまなければならない。
(7)この原則は、音声的になまりのつよい方言地域では重要さをましてくる。たとえば、 「キ」
という音節があっても、 「イ」という音節のない方言をつかう地方では、 「イ」という音節の発 音はむずかしいので、 「キ」をおしえ、その「キ」から「イ」をとりだすというかっこうで、 「い
7」をおしえる方がいい。東京では「シ」をおしえたあとで、 「ヒ」をおしえる方がいい。音節 の配列は方言の音声的な特徴に影響されるのであるから、国語教育は方言を研究しておく必要 がある。
(8)字形のにている文字をたえず比較させなければならない。
(9)文字をよむこととかくことを同時に、平行させて指導しなければならない。ややもすると、
文字をよむことに重点をおく傾向があるが、それは、子どもが文字をかけなければ、ほんとう の意味で文字を所有したことにはならないという事実を無視している。また、子どもが文字を かけるようにすることは、子どもの文字所有を定着させることでもあるし、文字を所有するこ との積極的な意味、おもしろさをおしえることにもなる。可能なる範囲に、おしえた文字をつ かって、単語なり文なりをかかさなければならない。
(10)文字指導を文法指導からきりはなしてはいけない。単語を土台にして音節の分析と総合が おこなわれるのであるから、音節を意識させるまえに、単語を意識させておかなければならな い。そのためには、文は単語からなりたっているという事実をまずおしえておく必要がある。
文章から文を分離し、さらに文から単語を分離する作用をおこなう必要がある。これはマルの うち方、 「わかちがき」の指導とも関係している。日本の正書法は原則として表音主義であるが、
形態論と関係して部分的に歴史主義をのこしている。いわゆる「助詞」による単語の文法的な かたちづくりの概念をもたなければ、正書法にしたがって文章がかけない。
(ll)単語の語構成的なっくりをおしえることから、文字指導と正書法指導とはきりはなせない。
「じ」と「ぢ」、 「ず」と「づ」とのつかいわけ。
(12)文字指導はたんに文字をかくことの技術的な指導であるとみてはいけない。なによりもま ず、それは字びき作業ときんみつにむすびついて、単語の語嚢的な意味とその音声構造との実 際的な研究である。したがって、文字指導は子どものヴォキャブラリーをゆたかにするように 組織されていなければならない。
(13)文字指導のなかでまなびとった単語は、子どもが文のなかにつかってみなければならない。
そうしなければ、単語は子どもの積極的な所有にならないばかりか、所有した文字をつかった ことにもならない。さらに、文は文章に発展する。いいかえるなら文字指導は、つねに、子ど もの言語活動の発達をうながすようにくみたてられていなければならないのである。
(14)子どもの言語活動の発達を穂書する文字指導は、そのことによって同時に子どもの思考の 発達をも考慮しなければならない。
(15)文字指導の体系は教授学の原則にしたがって組織されていなければならない。たとえば、
まえの課目で学習したことは、あとの課目で学習することの前提になるように。第一課でまな んだ知識なり技術なりは、第二課であたらしく提出される課題の解決にとって必要な知識であ り、技術なのである。たとえば、濁音をまなぶことは、連濁をまなぶことの前提であり、連濁 をまなぶことは「じ」と「ぢ」、 「ず」と「づ」とのつかいわけを知るための前提である。この 種の順次性が時間的にきりさかれているばあいは、 「くりかえし」をやって、あたらしい課題に
とりくまなければならない。
(16)文字習得のむずかしさをやわらげるために、カードや絵やカルタなどをじゆうぶんに利用 する必要がある。
(17)文字指導におけるあらゆる作業が分析と総合の過程になっていて、子どもの思考を積極的 に活動させなければならない。 54
上記の17の原則について奥田は、 「いくつかの原則のあいだにある相互関係はどう理解すべき か、いまはぼくにはよくわからない」 55と述べているが、相互関係は捉えきれないとしても、それ ぞれの原則はいくつかの要素にわけて捉えることができると考えられる。
まず、この文字指導の体系をくみたてるときの土台となっているのが、 「出発点にかかげ」られ た原則(1)である「言語学や心理学や教育学がしめす法則ときまりのうえに」ひらがな教育は構 想されるべきであるという考え方である。
この考え方を土台として、大きくわけると、 「かな文字が音節文字であるという特質」、 「字形」、
「正書法」の3つの点に着目して原則が提示され、また、これらの点を主軸として指導を行うと きの留意点が示されていると捉えられる。
以上、まとめたものが表3である。
54奥田(1964)、 pp.23卜234 55奥田(1964)、 p.231
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