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第2節 増田三良式「語形法」によるひらがな教育の検討
1 石森式「語形法」によるひらがな教育の課題
石森式「語形法」によるひらがな教育では、いずれも児童ひとりひとりが思い描いた状況との 繋がりのなかで生まれる"文字‑の気づき"が重視されていた。これは、音韻論的な単位と結び ついた文字だけでなく、意味と結びつく語や文を単位とした文字教育を展開し、書記言語に関わ
る言語行為を通して学習者ひとりひとりがそれぞれの文字と出あう場を設けたひらがな教育であ ったからこそ生まれた気づきなのである。
ただし、裏を返せば石森式「語形法」による文字教育では、あくまでも意味と結びつく語や文 を単位とした指導であったために、音韻論的な単位と結びついた文字‑の気づきが促進されるよ うな手立てが明示的になされなかったという点に課題が残る。また、これが「語形法」として批 判され、 「語形法」による文字教育が衰退した要因でもあった。
2 増田式「語形法」における"文字への気づぎ'
この課題を積極的に解決する方向でひらがな教育を構想しているのが増田三良(1956)である。
増田三良(1956)はひらがな教育に対する考え方を次のように表明している。
文字を学習(習得)するには、ある事物や事態と無関係に、一つ一つの文字をばらばらに抽 象的に学習するわけではない。なぜならば、前述したように、文字はことばの符号であるから である。ことばを表記するための符号(道具)である。そのため、文字を読むことは、ことば を読むことであり、文字を書くことは、ことばを書こうとするときの行動である。
新しい文字学習では、前述のように、その文字がことばを表わす符号として、また、そのこ とばが、ある場や文脈を象徴するものとして、学習させるべきである0 45
ここには、石森と同様に子どもの経験を大切にし、その経験を手がかりとして「ことばを表わ す符号」である文字を習得させるという考え方が示されている。 「ことばを表わす符号」だから こそ、 「一つ一つの文字をばらばらに抽象的に学習するわけではない」と考えているのである46。
45増田三良(1956)、 pp.42‑43
46 「抽象的に」取り上げることに否定的な立場をとっているのであって、指導法において一字ずつ取 り上げることを否定しているわけではない。 :経験表による学習も、児童の共同経験の文を、文節に切 り、語に切り、文字(仮名)に切って行くから、しまいには、語いカードや、一字一字のカードの学 習になる。 [増田三良(1954) 『国語のカード学習』光風出版、 p.15]
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増田は、文字は、 「場に密着しながら、学習されるのが自然」 47であるという考えに基づき、経 験図表(experience ‑ chart)を活用した指導法を提案している。この指導法は、 (1) 「経験図表に よる文字指導」、 (2) 「文字ことばのカードによる指導」、 (3) 「文字カードによる指導」の3段階か
ら成っている。
この第3段階の「文字カードによる指導」が加えられている点に、石森式「語形法」とは異な る、文字を単位とした指導を取り入れたひらがな教育の姿がみてとれる。
では、具体的に、増即ミ構想した増田式「語形法」によるかな文字教育ではどのような"文字 への気づき"を促進させる工夫がみられたのだろうか。
2.1 (1)経験図表(experlence‑Chart)による指導
増田は、以下に引用するように、まず「楽しく共通体験」する場を設け、その体験をもとに経 験図表を作成することを指示している。
校庭で犬ころと遊ぶ。教室‑帰って来て、用意した白い模造紙を縦に黒板に張る。下半分 に子どもたちが、犬とたわむれている絵を描いて見せる。それには、予め鉛筆でうすく下絵 を作っておくのがよい。絵に色を塗りながら、校庭で犬と遊んだ経験を話させる。経験の話 の中から、文を作る。たとえば、
図1 :経験図表
前図のようにする。 48
そして、この経験図表に記された文字表現は、次のように 読むことが指示されている。
各行の「こい」 「こい」 「しろ」 「こい」の単語を、教師は 両手の人差し指を使って、語として、はさみながら読んでき かせるのがよい。けっして、一字一字として教えてはならな い。 「これは、土ですよ。これはいですよ。」というようにし ない。 49
このように、第1段階では体験と結びついた文字による表現を読む学習を通して、 「文字ことば と事物とを(連合)させる学習」 50が位置づけられている。
2.2 (2)文字ことばのカードによる指導
次に設定されているが、 「文字ことばのカードを作っておいて、あるカードを子どもに見せ、そ 47 増田三良(1956)、 pp.42‑43
48増田(1956)、 p.44 (図1、 p.43) 49増田(1956)、 p.44
50増田(1956)、 p.45
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のカードの指し示す事物‑の反応をさせる」活動である。例えば、 「匡司と匡司のカードを見せ、
白犬の絵のところ‑匡司を、黒犬の絵の傍に匡司のカードを持って行かせる」 51という活動がこ れにあたる。
2.3 (3)文字カードによる指導
「語形法」と称される文字教育や、石森式「語形法」によるひらがな;教育の場合、第2段階ま での学習で終わるが、増田は次に示すように音韻論的な単位と結びついた文字の「形」を扱った 学習を第3段階に位置づけている。
語いカードの学習が、度重なってくると、語いを作っている文章を一つ一つ切り離して、文
字カードを作る.その具体例は、さきの匡司匡∃‑回国、 E]回として、田とB]との異 同を弁別認知させるようなものである。 52
このように「文字カード」によってとりあげる文字は、 「巨]と回、 E]と図、回と日」のように、
形の似ているものを取り上げるよう、指示されている。
この第3段階における学習は、 「し」と「く」の形の違いに気づかせるというように、形として 文字をみることに繋がる学習として捉えられる。
ただし、この学習は第1段階、第2段階を経たうえでの学習であったということが重要な意味 をもつ。つまり、 「し」と「く」という一見すると似ている形ではあるが、 「し」が「く」にかわ るだけで、 「しろ」という文字連続とは異なる意味とむすびついてしまうとともに、児童自身が体 験した具体的な場とも結びつかないものとなってしまうということ‑の気づきを促すような指導 の流れになっているのである。
2.4 まとめ
このように、 「文字カード」を用いて語を構成している一字一字の形に気づかせるような手立て を意図的に施したという点に、石森式「語形法」から発展した増田式「語形法」による文字教育 の利点を見出すことができる.さらに、その指導の流れは、語を構成している文字のうち一字で
も異なってしまうと、その文字による表現が指し示す言語行為の内容までかわってしまうことに 気づかせるような工夫を取り入れた指導法であったという点において、具体的な場と結びついた 児童の"文字‑の気づき"を促す指導法であったといえる。
なお、増田は文字を形の問題としてのみ扱っているが、 「し」と「く」の文字カードを提示する ことは、児童が自ら「し」と結びついた/シ/という音や、 「く」と結びついた/ク/という音を想起 するきっかけを与えていると考えられる。
51増田(1956)、 p.45 52増田(1956)、 p.45
以上の検討により、増田のひらがな教育論では主に「習得」モデルにおける3つの"文字への 気づき"に該当する気づきが促されうるものであったことが明らかとなった(背景を付した箇所)0
そして、これらの気づきは具体的な気づきとして捉えられた。
一つめは、 「媒体としての文字への気づき」に含まれる、事物や、体験した具体的な場をあらわ すものとしての「文字ことば」 ‑の気づきである。これは、体験と結びついた文字による表現を 読む学習を通して促される気づきであった。
二つめは、 「構造的側面」への気づきに含まれる「文字の形への気づき」である。これは、 「匡]
とE、回と回、田とE]」のように類似した形態の文字を提出することによって、形に注目するこ とが促されていた。
三つめは、 「1音‑1文字の原則(形) ‑の気づき」である。これは、 「し」と「く」の文字カー ドを提示することによって、児童が自ら「し」と結びついた/シ/という音や、 「く」と結びついた /ク/という音を想起するきっかけが与えられていた。
3 "文字への気づぎ'を促す手立て
増田式「語形法」における"文字への気づき"を取り出し、それぞれの"文字への気づき"を 促す手立てと結びつけてまとめたものが下記の表2である。
表2 増田式「語形法」における"文字‑の気づき"とその手立て
文 字 へ の気 づ き 手 立 て
蝣
:. i :.' 事 物 や 、 体 験 した 具 体 的 な 場 をあ らわ . 経 験 図 表 の活 用
側 面 す 《文 字 》 . 文字 こ とば の カー ドを作 成 し、そ の カ ー ドの指
し示 す 事 物 へ の反 応 を させ る 構 造 的
側 面
文 字 の 形 へ の 気 づ き . 形 の似 て い る文 字 の提 出 1 音 M 1 文 字 (形 ) の 原則 へ の気 づ き . 文 字 カー ドの活 用
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以上、石森式「語形法」によるひらがな教育論や増田式「語形法」によるひらがな教育論を"文 字への気づき"という観点から検討することを通して、これらの教育論では、児童ひとりひとり の"文字‑の気づき"をひきだす様々な働きかけが具体的な指導法とともに構想されていたこと がみえてきた。この点において「語形法」と称されるひらがな教育に対する批判は、語を「一つ 一つの音に分析」する学習を明確に位置づけてはいないという一部の特徴のみを取り上げた批判 であったといえるだろう。
石森式「語形法」や増田式「語形法」によるひらがな教育の可能性は、児童ひとりひとりの"文 辛‑の気づき"を育もうとしたひらがな教育であったという点に見出すことができる。すなわち、
児童ひとりひとり、その経験における文字との出あい方は異なるという状況のなかで読み書きし ていくようになっていくということを踏まえたとき、児童ひとりひとりの"文字‑の気づき"を 引き出す工夫が盛り込まれた石森式「語形法」や増田式「語形法」によるひらがな教育は入門期 のひらがな教育に欠かすことのできない重要な意義をもっているのである。