●フローチャート D ( 18 〜 19 頁)
はじめに
救急疾患などで集中治療室(ICU)に入室してい る患者の多くは、原疾患の強い侵襲により炎症性メ ディエータとともに、抗炎症性メディエータ(IL-10、
IL-1 receptor antagonist など)のサイトカインの分 泌により全身性の免疫能低下( immunoparalysis ) が起きている。また気管挿管により人工呼吸管理を 行う頻度が高く、さらに侵襲的処置が行われ、加え て抗菌薬が先行して投与されている場合も多く、感 染防御に関わる物理的機構の破綻や常在細菌叢の撹 乱をきたす。
本領域での抗真菌薬の予防投与の効果について は、未だ一定の見解あるいは EBM は得られていな いが、深在性真菌症は一旦発症すれば予後は極めて 不良で、死亡率は 40〜60 %であり、医療費の増大 も無視しえない現状がある。
Ⅰ 診断
本領域でも他領域と同様に、臨床症状から真菌症 と細菌感染症を鑑別することは困難である。総合的 に診断する必要があるが、リスクファクターの存在 が真菌感染症の誘因となる点が重要である。画像診 断では CT、MRI などにより感染病巣の検索を行う。
眼底検査は播種性カンジダ症や血管カテーテル関連 感染の合併症としてのカンジダ眼内炎の診断に有用 である。
気道分泌物、気管支肺胞洗浄液(bronchoalveolar lavage fluid;BALF )、尿、脳脊髄液(cerebrospinal
fluid;CSF)などの臨床材料に対する真菌の直接塗抹
鏡検で、酵母か、糸状菌かの類推は可能であり、な かでもクリプトコックスや接合菌などはその形態か ら菌属の確定が可能である。真菌の培養検査は時間
を要し、検出感度も低いことから、初期では塗抹検 査と抗原検出法が診断上重要となる。
日常臨床の現場では血清診断が広く臨床応用さ れ、β-D-グルカンの定量も汎用されているが、本領 域ではβ-D-グルカンの測定値に与える種々の因子 が存在し1、2)、その評価に難渋することもしばしばで ある。リムルス試薬によるβ-D-グルカン血清診断の 偽陽性例として、抗腫瘍薬(レンチナン、シゾフィ ラン、クレスチンなど)、透析膜(セルロース系膜)、
血漿分画製剤(アルブミン製剤、グロブリン製剤)、
ガーゼ、心・大血管系/消化器系/食道術後、アルカ リゲネス属などのカードラン産生グラム陰性菌によ る敗血症例、血中プロテアーゼおよびプロテアーゼ インヒビターの影響、さらに非特異的反応では高グ ロブリン血症、溶血などが報告されている。新たな 抗真菌薬が誕生しているが、日常診療では耐性菌の 出現を極力防止しなければならない。
治療ガイドラインの概要
Ⅱ
本領域での多くの原因真菌はカンジダ属である3)。 予防投与に際しては、リスクファクターの検討が重 要となる。後ろ向き検討でのカンジダ血症のリスク ファクターとして、中心静脈カテーテル留置、完全 経静脈栄養、先行する抗菌薬投与、特にカルバペネ ム系薬や第三世代セフェム系薬などの広域抗菌薬の 長期投与、熱傷、腎不全に対する血液透析、人工呼 吸器療法、真菌の colonization などが知られている。
また、前向き検討で、外科手術症例で急性腎不全と 完全経静脈栄養施行症例がカンジダ血症の主たるリ スクファクターとされている4)。
救急・集中治療領域では、① 真菌症疑い例への経 験的治療、② 確定診断例および臨床診断例への標的 治療、③ 予防投与について述べる。
救急・集中治療領域
D
第3章 深在性真菌症の診断と治療のフローチャート解説
1. 経験的治療 ( empiric therapy )
重症の救急患者や ICU に入室している患者の多く は、種々の原疾患の侵襲や病態により炎症性メディ エータとともに抗炎症性メディエータのサイトカイン が分泌され全身性免疫能の低下をきたす。この免疫 能の低下とともに患者には侵襲的処置が行われ、加 えて抗菌薬が先行して投与されている場合も多く、
感染防御に関わる物理的機構の破綻や常在細菌叢の 撹乱をきたすことになる。経験的治療は、このよう な機転を考慮したうえで真菌感染症の可能性がある 場合に開始する抗真菌薬療法である。すなわち、抗 菌薬不応性の原因不明の発熱( 38°C、3 日以上)が 存在し、かつハイリスクファクターを有する患者に 対する抗真菌薬療法である。なお、血清診断が陽性、
または開放性培養材料から培養陽性を伴う症例では 真菌症の可能性がより強く疑われ、このような場合 に行う治療は、厳密には先制攻撃的治療とされるが、
明確なエビデンスがないことから、ここでは経験的 治療の範疇に含むものとする。
この場合には、F-FLCZ は 400〜800 mg/日 1 日 1 回(点滴)静注を 2 日間とし、その後 200〜400 mg /日 1 日 1 回(点滴)静注が第一選択薬となり、
最低 2 週間の投与を行う。経口投与が可能であれば FLCZ、または ITCZ を選択する。
7 日間の経験的治療で効果が得られない場合には、
真菌感染以外の原因を再度検討するが、第二選択薬 として 、 などの FLCZ 耐 性菌による感染を考慮し、分離培養を試みるととも に、MCFG、VRCZ、L-AMB への変更も考慮しな ければならない
[AⅢ]
。MCFG はアゾール系薬との 交差耐性は認められていないが5)、クリプトコック ス症には無効である。経験的治療は重要であるが、早期の投与により副 作用、医療経済性、耐性獲得などが問題となる。医 療経済性、予後からの検討によれば FLCZ が効果的 である。一方、キャンディン系薬(カスポファンギ ン[わが国未承認])の有効率は最も高い結果であっ たが、医療経済性におけるメリットは乏しいことが 報告されている6)。
治療開始後は経時的にβ-D-グルカン値測定など の血清診断や監視培養(2 回/週)を行う。
2. 標的治療 ( targeted therapy )
病原真菌と感染部位を明らかにして、抗真菌薬を 選択して行う治療法である。血液培養陽性または本 来無菌とされる閉鎖性材料(胸水、腹水、生検・手 術材料)における培養・鏡検による真菌の検出、病 理組織学的に真菌が証明された症例などの確定診断 例、およびハイリスクグループにおける広域抗菌薬 不応性発熱(38°C、4〜5 日以上)患者で真菌性眼内 炎が証明されたもの、また抗菌薬不応性発熱患者で 2 カ所以上の colonization を認め、さらに血清診断 陽性、あるいは特異的な画像を呈する、いわゆる臨 床診断例が、標的治療の対象となる。内科系領域全 般においては、リスクファクターと臨床症状、さら に画像診断、血清診断による根拠を有する症例を臨 床診断例としている。外科、救急・集中治療、産婦 人科各領域においても真菌学的根拠がなくとも、診 断的価値が高いとされる眼内炎や(カンジダが検出 されている場合の)カテーテル抜去後の持続する発 熱などの所見を有する症例については、これを臨床 診断例としている。
カンジダ属では第一選択薬として F-FLCZ 800 mg/日 1 日 1 回を 2 日間、その後 1 日 1 回を静脈投 与する。7〜10 日程度投与し、症状や炎症所見が改 善後、14 日を目処に中止とする。
また、難治例、血圧低下例、アゾール系薬使用の 既往例や 、 では MCFG 100〜
150 mg /日 1 日 1 回点滴静注とする。重症例では、
VRCZ 初日のみ 6.0 mg/kg/回、2 日目より 4.0 mg/
kg /回 1 日 2 回点滴静注、あるいは L-AMB 2.5 mg/kg/日 1 日 1 回点滴静注を選択する。VRCZ で は特有の副作用として、高頻度に一過性の視覚障害 が発現すること、日本人においては poor metaboliz-er の頻度が高いことが知られている。また、ITCZ と VRCZ の静注用製剤では溶解性を高めるために添 加しているβ-シクロデキストリンが腎機能に影響す ることが報告されている7)。
なお、真菌血症の場合には、培養陰性化から最低 14 日間の治療が必要である。β-D-グルカンは治療 終了の指標としては適切でない。
表
1
にカンジダ属の抗真菌薬に対する感受性を示 した8)。D 救急・集中治療領域
表
1
カンジダ属の抗真菌薬に対する感受性(文献8)より改変)Candida species FLCZ VRCZ キャンディン系 AMPH-B
C. albicans S S S S
C. tropicalis S S S S
C. parapsilosis S S S(toⅠ?) S
C. glabrata S-DD to R S toⅠ S S toⅠ
C. krusei R S toⅠ S S toⅠ
C. Iusitaniae S S S S to R
I:中間耐性 R:耐性 S:感性 S-DD:用量依存的感性
図
1 colonization
指数9)●:カンジダ血症あるいは重症カンジダ感 染症例
○:カンジダ症を発症しなかった症例
図
2
抗真菌薬の予防効果10)●:コントロール群
○:抗真菌薬投与群
0 40 50 60 100 140
Days 30 20
0 10 1.0
0.8
0.6
0.4
Candida spp. colonization index 0.2
0 4 5 6 7 8 9 10
Days 3
2 0 1
0.75
0.35 0.45 0.55 0.65
0.25 0.15 0.05
Candida spp. colonization index
第3章 深在性真菌症の診断と治療のフローチャート解説
3. 予防投与
他領域で論ぜられるような骨髄移植例および発熱 性好中球減少症(febrile neutropenia;FN)の患者 では、予防投与は経験的治療とほぼ同一と考えら れ、一般的に日常臨床で行われている。しかし、本 領域での抗真菌薬の予防投与について一定の見解は なく、一般には行われない[CⅡ]。予防投与を考慮 するうえで、これまでの報告ではカンジダ血症のリ スクファクターのある患者で、colonization 指数(培 養陽性数/提出検体部位数、遺伝子的にも同一種)
が 0.5 以上の場合にカンジダ血症あるいは重症カン ジダ症の発症率が極めて高いとされている9)(図
1
)。また、ICU で人工呼吸器管理を行い、選択的消化管 殺菌(selective digestive tract decontamination;
SDD )を施行している患者で、抗真菌薬( FLCZ 100 mg/日)の予防投与群と非投与群を比較検討し た結果、図
2
のように colonization 指数が 1 週間後 に両群で明らかに有意差を認め、非投与群では 90%の症例でカンジダ血症が発症したと報告されてい る10)。
◉参考文献
1) 丸藤 哲,石谷利光,小島 啄,ほか:集中治療領域におけるエン ドトキシンおよび(1 → 3)-β-D グルカン値に関する基礎的・臨 床的検討 人工心肺手術と肝移植手術における変化.日集中 医誌 12; 387-393, 2005
2) 緒方政則:(1→3)-β-DグルカンとG因子活性.日集中医誌 12;
370-372, 2005
3) 荒木恒敏,田中秀治:深在性真菌症.救急医学 27: 1781-1786, 2003
4) Blumberg HM, Jarvis WR, Soucie JM, .: Risk factors for candidal bloodstream infections in surgical intensive care unit patients: the NEMIS prospective multicenter study. The National Epidemiology of Mycosis Survey. 33:
177-186, 2001
5) Laverdiere M, Hoban D, Restieri C, : activity of three new triazoles and one echinocandin against bloodstream isolates from cancer patients.
50: 119-123, 2002
6) Golan Y, Wolf MP, Pauker SG, : Empirical anti-therapy among selected patients in the intensive care unit: a cost-effectiveness analysis. 143: 857-869, 2005 7) Potoski BA, Brown J: The safety of voriconazole.
35: 1273-1275, 2002
8) Pappas PG, Rex JH, Sobel JD, : Guidelines for treatment of candidiasis. 38: 161-189, 2004
9) Pittet D, Monod M, Suter PM, : colonization and subsequent infections in critically ill surgical patients.
220; 751-758, 1994
10) Garbino J, Lew DP, Romand JA, : Prevention of severe infections in nonneutropenic, high-risk, critically ill patients: a randomized, double blind, placebo-controlled trail in patients treated by selective digestive decontamination.
28; 1708-1717, 2002