• 検索結果がありません。

政策パラメータの問題

1問題意識

 第1章で述べた公的年金の持続可能性を低下させる3つの要因のうち、本章では政 府の政策パラメータ設定における誤りに注目する。第1章で確認したように、年金財 政を構成する要素には、前章で確認した経済や人口などに関する変数のほかに、法律 などで政策的に決められる変数、いわゆる政策パラメータがある。政策パラメータは、

制度改正の過程において経済や人口などの見通しに影響を受けながら決められる。し かし、複数のパラメータの変更をどのように組み合わせるかは、制度改正を立案する 政府(厚生(労働)省)などに依存する。

 政策パラメータは、財政状態の改善や給付内容の改善など改正時の制度上の必要性 を考慮して決定されるが、この過程で誤った判断が行われることがある。例えば、当 面の給付水準の改善のみに注意を払って、その制度設計が将来もたらすであろう過大 な給付を考慮しないことなどがありうる。その結果、年金財政の持続可能性が低下し て、後に政策パラメータを再設定しなければならなくなる。1985年改正以降の「逃げ 水年金」とも呼ばれる給付削減の連続は、前章で確認したそれ以前の財政再計算にお ける予測の誤りだけでなく、それ以前の制度改正における政策パラメータ設定の誤り

を修正するものであった可能性もある。

 そこで本章は、これまでの制度改正を制度創設時から2000年改正にかけて連続的に サーベイし、政策パラメータがどのように変更されてきたか、その変更は何を意図し たものであったかを分析する。これにより、過去の誤りが明らかになるとともに、近 年の給付削減の意義が理解され、今後の給付のあり方を巡る議論が深まることを期待

できる。

 以下、本章の構成は次のとおりである。第2節で、年金財政や給付と負担の仕組み、

制度改正の意義を確認する。第3節では、個々の制度改正を時系列順に振り返り、給 付や負担がどのように変更されてきたかを確認する。第4節で改正が繰り返されてき た要因を考察し、第5節で今後の課題を述べる。

2政策パラメータの影響

 政策パラメータとは、第1章で確認した年金財政を構成する要素のうち、前章で確 認した経済や人口などに関する変数以外の、法律などで政策的に決められる変数を指 す。具体的には、保険料率や、給付乗率、再評価率(スライド率)、支給開始年齢な

40第II部分析1:なぜ逃げ水年金になったのか

どである。

 第1章で解説したように、これまでの制度改正は給付建て方式で行われてきた。そ のため、給付設計の内容が年金財政に大きな影響を与えてきた。給付を左右する政策 パラメータとその効果をまとめると、表3−1のとおりである1。定額部分の単価や 給付乗率、再評価率の変更は、給付算定式を通じて、その時点で既に年金を受給して いる人(既裁定者)も含めた全受給者の給付水準に影響する。したがって年金財政も 改正直後から影響を受ける。一方、支給開始年齢の変更は、受給期間の変動を通じて 受給者数に影響する。この変更は、一般的に既裁定者には遡求されないため、将来の 受給者のみに影響する。このため、年金財政への影響も段階的である。

 しかし、給付乗率や再評価率でも、生まれ年や年齢ごとに設定を変えれば、既裁定 者には遡求しないという経過措置は設定可能である。経過措置が設けられると、年金

財政への影響は段階的になる。

表3−1給付に関する政策パラメータとその改定効果

改定の効果

政策変数 影響範囲

影響の向き

定額部分の単価 給付水準 定額単価↑  ⇒給付水準↑

給付乗率 給付水準 給付乗率↑  ⇒給付水準↑

再評価率 給付水準 再評価率↑  ⇒給付水準↑

支給開始年齢 受給者数 支給開始年齢↑⇒受給者数↓

 このような給付に関する政策パラメータの改定に応じて、年金財政がバランスを保 つように、保険料率などの負担に関する政策パラメータを変更する必要がある。この 一連の過程が、財政再計算の役割の1つである2(図3−1の左)。

 年金財政の将来推計では、将来の経済状態や人口動態など、多くの仮定をおく必要 がある。このため、現実に制度がスタートすれば、改正時に想定した仮定と実績とに 乖離が生じる。健全な年金財政の運営のためには、前章でみたように仮定を最新のも のに更新して、必要な保険料率を再度見積もる必要がある3。この再見積もり作業が 財政再計算のもう1つの役割である。再見積もりの結果、将来の保険料負担が過重と 判断されれば、前述のように給付の設計が見直され、それに見合う保険料率の算定が

1このように給付乗率などの政策パラメータ(パラメーター)を改定する制度改tllは、パラメトリックな改革と  呼ばれる。これに対して、制度の基礎概念から根本的に変更する制度改IEはパラダイマティックな改革と呼ば  れる。1954年改正から2000年改IEまでは、基礎年金の導入を除いて、概ねパラメトリックな改革であった。

 この役割を、後述の保険料の再見積もり作業と区分して、財政討算と呼ぶことがある。

 1954年改正以降、少なくとも5年ごとに財政再計算を行うこととなっている,,

第3章政策パラメータの問題41

繰り返されることになる(図3−1)。

 このように1954年改正以降の制度では、①給付の見直し、②計算前提(経済や人口 などの仮定)の更新、③段階保険料方式による予定された引き上げ、という3要素に よって、財政再計算ごとに保険料率が改定される仕組みになっている。

図3−1制度改正と財政再計算の構図

制度改正

給付の見直し

制度窪行

保険料の算定

i財政(再)計算)

仮定を更新した 上で、保険料を  再見積もり

(財政再計算)

3過去の制度改正における政策パラメータの設定

 本節では、個々の制度改正を時系列順に振り返る。特に給付算定式と保険料率に注 目し、①1942年の制度創設以降、②1954年改正以降、③1973年改正以降、④1985年改 正以降にわけて確認する4。これまでの制度改正は上記の節目ごとに大きな改正が実 施され、次の節目まではその流れを継承する傾向にある。

3.1平準保険料による制度創設から、戦後の暫定保険料へ(制度創設〜1948年改正)

 1942年に、主に工場労働者や鉱山労働者を対象とした労働者年金が創設された。そ

のポイントは次のとおりである。

  ・給付算定式は報酬比例のみ   ・支給開始年齢は55歳

  ・保険料率は平準保険料方式で設定

 給付算定式は、 「平均報酬年額×1/4+平均報酬年額/100×20年超加入年数」と規定

された。支給開始年齢は55歳とされ、同時に20年以上の加入が要件となった。保険料 率は、平準保険料方式(第1章)により6.4%(一般男子。以下、男子という)と設 定され、労使折半とされた。1944年には、厚生年金保険と改称され、適用対象が拡大

された。同時に、給付乗率が引き上げられ、これに伴い保険料率は11%(男子)に引

き上げられた。

 戦後に移り、1947年に保険料率が9.4%(男子)と改定された。しかし、戦後の混

d2004年改IEは従来の給付建て制度とは異なるため、第6章以降で詳細に分析する。

42第II部分析1:なぜ逃げ水年金になったのか

乱で国民の保険料負担能力が乏しく、1948年に暫定的に3%に改定された。

 このように、厚生年金は、平準保険料方式で始まったものの、戦後の混乱により、

暫定的な保険料率で運営されることとなった。

3.2段階保険料方式の導入と、乗率引き上げによる既裁定年金の賃金スライド 3.2.1段階保険料方式の導入(1954年改正)

 1948年から暫定的な運営が続いたが、1954年5に次のように全面改正された。

  ・給付算定式の変更(定額部分+報酬比例部分へ)

  ・段階保険料方式への転換

 給付算定式が「24,000円+平均標準報酬月額×5/1000×加入月数」と改められ、現在

と同じ2階建ての給付体系になった。保険料率は、当時の経済環境では平準保険料を 適用することが困難であった。そのため、1948年の暫定保険料率を据え置き、以後5 年ごとに約1%ずつ引き上げる段階保険料方式(第1章参照)に変更された。これに あわせて、少なくとも5年ごとに財政状態を確認する財政再計算が導入された。

3.2.2給付乗率引き上げと、不十分だった保険料率の引き上げ(1960年改正〜1971年     改正)

 その後、賃金や物価の上昇によって給付水準の実質的な価値が目減りした。そこで、

定額部分の単価と給付乗率の改定によって給付拡充が図られた(表3−2)。特に、

1965年改正ではモデル世帯の年金(以下、モデル年金という)が20年加入で月額1万 円となるように、1969年改正ではモデル年金が24年加入で2万円となるように引き上 げられた67。1971年改正では、急激な物価上昇にあわせて、財政再計算を待たずに、

定額部分の単価が15%引き上げられた。

 この時期の給付は、加入期間の伸びを背景に、1万円や2万円という新規裁定のモ デル年金額を目途に改定されたといわれている。しかし政策パラメータに着目すれば、

約5年ごとに賃金の上昇にあわせて改定され、その間に急激なインフレがあれば物価 上昇にあわせて改定されたことがわかる。これらの改正は既裁定者にもそのまま適用

されたことから、既裁定年金ではこの時期から賃金上昇にあわせた改定(賃金スライ ド)や物価上昇にあわせた改定(物価スライド)が実現していたといる。

 坑内員は最短12年で老齢年金の受給資格を得るため、1954年に初めて受給者が発生する見込みであった。この5

 ため1954年が制度改正のデッドラインとされた。

6 1965年改正では、給付乗率の引き」二げと同日寺に、定額部分が加人月数比例に改められた。

 1969年改正では、給付乗率の引きfこげと同時に、水準が低い1957年9月以前の標準報酬を平均標準報酬の計算で7

 考慮しないよう変更された。この一方で、給付算定式の加入期間は1957年9月以前も含むため、この変更にも給  付拡充の効果があった。

関連したドキュメント