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年金改革が家計の消費貯蓄計画に与えた影響

1問題意識

1.1本章の目的

 本章では、これまで繰り返されてきた年金改革が、家計の消費貯蓄計画にどのよう な影響を与えたかを世代別に分析する。年金改革は、保険料の改定によって現役時代 の可処分所得を変化させるとともに、給付水準の変更によって将来の期待所得を変化 させる。ライフサイクル仮説に基づけば、家計は生涯所得の制約の下で効用を最大化 するように生涯の消費貯蓄行動を決定するため、年金制度が改革されれば消費貯蓄計

画を変更することになる1。

 日本では約5年おきに年金改革が実施されてきており、ライフサイクル仮説に基づ けば、その度ごとに家計は消費貯蓄計画の変更を強いられてきている2。1985年以降 の改革では「逃げ水年金」とも呼ばれるように給付削減が続いており、当初計画から みた変化の大きさや改革の頻繁さが年金制度の信頼低下に影響している可能性もあ

る。特に厚生年金は報酬比例部分を有しているため、年功的な賃金プロファイルを考 慮すれば、ライフサイクルのどの時点でどの改革を経験するかによって影響が異なっ てくる。また、年金改革は、未成年世代や未出生世代など改正時点で投票権をもたな い将来世代の拠出と給付も規定する3。各改革がこれらの将来世代へ与えた影響をみ ることで、改革当時に将来世代についてどのように考慮されていたかもわかる。

 本章では、厚生年金に加入する平均賃金の男性の片働き世帯を対象に、これまでの

 この点に関して、現実に、(D人々は老後に備えた長期的な貯蓄が可能か、(2)人々の貯蓄計画は年金改革の影  響を受けているかという疑問があろう。(1)については、金融広報中央委員会(2005)によれば、貯蓄の目的を尋  ねた設問(11個σ)選択肢から3つまで選択)で、老後の生活資金とした人は貯蓄保有者の58. 8%で、病気や災害の  備え(66、8%)に次いで多い、,またこの傾向は、いずれの所得層でも共通している。生命保険文化センター(2005)

 およびホームページでの集計データによると、老後生活のために貯蓄等で準備しているのは全体の61. 5%,で、世  帯年収300万ll沫満でも46.8%にのぼる。これらのことから、ある程度の人々は老後に備えて貯蓄すると推察で  きる。(2)については、高llLl(1992)が1979年と1984年の全国消費実態調査の個票データを使った実証分析によっ  て、公的年金の存在が貯蓄率を高め、さらに1984年の方が貯蓄率を高める効果が大きいことを明らかにし、こ  の結果から将来の年金改革による給付削減が貯蓄率を高めると推論している。また、生命保険文化センター  (2005)では、老後生活に不安を感じているのは83.4%で、不安の内容では公的年金があまりあてにならないこと  が最も多い(全体σ)79.2%。世帯年収1000万円以・Eでも75.2%)c,このことから、人々は公的年金の動向を踏まえ  て貯蓄すると推察できる。

2人々の現実の消費貯蓄行動は、賃金の変動など年金改革以外の影響も受ける。しかし、年金改革を検討する際  に、改革が人々の消費貯蓄計画にどう与えるかを検討することは有用であろう。

3なお、厚生年金などの被用者年金では未成年であっても加入者となる。彼らは投票権をもたないが、現役世代  として保険料を納めている。

80第II部分析1:なぜ逃げ水年金になったのか

改革が世代別にどのような影響を与えたかを、(a)保険料拠出と老齢年金給付のバラ ンス、(b)ライフサイクル仮説に基づいた消費貯蓄計画および計画に基づいた期待生 涯効用の変化、の2つの視点から分析する。

1.2年金改革の概要

 本論に入る前に、以下の分析に関連する年金改革の概要4を述べる。本章の分析対 象である厚生年金は、1942年に前身である労働者年金が創設された後、戦中・戦後の 混乱を経て1954年に全面改正された。その後1973年改正では、(a)給付が賃金上昇率

にあわせて増加する(いわゆる賃金スライド)、(b)将来的に年金財政が破綻しないよ

うな保険料率の引き上げ計画が示される5、という大きな変更があった。この改正に より、厚生年金の加入者は、自分の将来の保険料拠出と年金給付を予測できるように なった。よって本章では、1973年制度を分析の開始点とする。

 1973年改正以降は、主に表5−1のような政策変数の改定によって拠出や給付が変 更された6。大きな変更は、1980年改正の賦課方式化、1985年改正の給付乗率引き下 げ、1994年改正と2000年改正の支給開始年齢引き上げ、2000年改正の65歳以上の物価 スライド化、2004年改正のマクロ経済スライドおよび保険料水準固定方式の導入であ る。このように1985年改正以降は給付の削減が続き、これに伴って、一部に反動があ るものの、将来の保険料率は軽減されてきている。

4改革における将来収支予測の問題については第2章を、これまでの改革における政策変数の意義については第  3章を、改革の決定過程にっいては第4章を参照、

 財政再計算に、将来の人口予測や給付のスライドなどを考慮するプロジェクション方式が導入された。

 このように給付乗率などの政策変数(パラメーター)を改定する制度改正は、パラメトリックな改,Vlと呼ばれ  る。これに対して、制度の基礎概念から根本的に変更する制度改IEはパラダイマティックな改革と呼ばれる。

 2000年改正までは、基礎年金の導入を除いて、概ねパラメトリックな改革であったCt

第5章年金改革が家計の消費貯蓄計画に与えた影響81

表5−11973年以降の改正における拠出および給付の改正内容

拠出 給付

改d二年 改正後保険料率 最終保険料率 支給開始年戸 再評価(スライド)

対月収 対賞与 料率 到達年

報酬比例部分

フ給付乗率

定額部分報酬比例

65歳未満65歳以上

1973年 7.60% 19.6% 2008年 10%o 60;、 貝乙スライド 1976年 9.10% 20.7% 2006年 10%o 60屍 賃金スライド 1980年 10.60% 34.9% 2025年 10%o 60.、 賃・スライド 1985年 ユ2.40% 28.9% 2021年 10〜7.5%o 60. 貝金スライド 1989年 14.30% 31.5% 2020年 10〜7.5%o 60牙 賃金スライド 1994年 16.50% 1.00% 29.8% 2024年 10〜7.5%o 60〜65歳 60歳 賃金(可処分所得)

2000年 据置き 1.00% 27.8% 2025年 9.5〜7.125%o 60〜65歳 60〜65歳 可処分所得 物価 2004年 13.93% 13.93% 18.3% 2017年 9.5〜7.125%o 60〜65歳 60〜65歳 可処分所得幸 物イぽ 注1:男fの場合を記載。以降制度に関する記述はすべて男性の場合を指す。対月収とは、正確には対標準報酬   月額。

注2.1980年の最終保険料率には、2006年に積立金が枯渇し賦課方式に移行した以降で最も高いものを載せた。

注2:2003年4月に、保険料率が、対標準報酬月額、対賞与ともに13.58%に改定された(いわゆる総報酬制の導入)。

注4 2004年改正の最終保険料率は対総報酬。2000年改正以前の対標準報酬月額にあわせれば、約23.8%に相当。

注5:2004年改正後の再評価には、財政均衡期間(厚生労働省σ)標準試算で2023年まで)はマクロ経済スライドが適   用される。

 個々の改正点の多くは、段階的な実施が計画された。そのため、各改正の影響は世 代ごとに異なってくる(表5−2)。例えば、1985年改正の給付乗率引き下げは、1927 年4A 1日生まれ以前の世代(1926年度生まれ以前の世代)にはまったく適用されず、

1927年4月2日生まれ以降の世代(1927年度生まれ以降の世代)から段階的に適用され、

1941年4月2日生まれ以降の世代(1941年度生まれ以降の世代)からは25%の削減が完全

に適用される。

 さらに表5−2からは、給付乗率引き下げと支給開始年齢の引き上げは、段階適用 の対象世代が重ならないように設定されていることがわかる。また、段階保険料方式 による保険料の引き上げ計画も、最終保険料率を完全適用と捉えれば、最終保険料率 到達年に加入する世代が完全適用開始世代とみることができる。年功的な賃金プロフ ァイルを考慮すれば、段階適用世代の中でも、何歳時点でどの保険料率が適用される かによって消費貯蓄計画への影響が異なってくる。

82第II部分析1:なぜ逃げ水年金になったのか

表5−2段階的な適用が計画された主な制度改正とその対象世代

改正年

改正内容 段階適用

J始世代

完全適用

J始世代

1980年 賦課方式への移行(2006年から)

1946年度生 1986年度生

1985年

給付乗率引き下げ

1927年度生

1941年度生

1994年

定額部分の支給開始年齢 1941年度生 1949年度生 2000年 報酬比例部分の支給開始年齢引き上げ

1953年度生

1961年度生

65歳以上の物価スライド化

1935年度生

2004年

マクロ経済スライド(2023年までに約15%削減) ※

1959年度生

保険料水準の固定(2017年度から18.3%)

1955年度生 1997年度生

注1:4月2日生まれから4月1日生まれを同一年度の生まれと表記。例えば1946年度生まれとは、1946年4月2日生   まれから1947年4月1日生まれまでを指す。

注2:65歳以上の物価スライド化とマクロ経済スライドは、改正時点の全受給者が対象となるため、段階適用開   始世代を特定不能。

注3ニマクロ経済スライドは厚生労働省試算の標準ケースに従い2023年に終了すると仮定した。

注4:賦課方式移行と保険料水準固定の影響では、各世代が20歳から支給開始年齢まで働くと仮定した、,

1.3関連する先行研究と本章の貢献

 本章の特徴は、(a)これまでの連続した複数の年金改革を対象に、(b)ライフサイク

ル・モデルを使って各世代が年金改革でどのような影響を受けてきたかを分析する点 である。これまでの公的年金制度や年金改革の分析は、ある1時点の制度の分析やあ る1つの改革前後の比較、もしくは当時の現行制度と著者が考案した改革案の比較が 中心である。これらの分析は有益ではあるが、過去からの影響を連続的にみるには、

分析の手法や前提が変化する点が問題になる。複数の年金改革を対象にした分析には、

少数ながら、山崎(1985)、同(1992)および牛丸(1996)などが存在する7。しかし、こ

れらは年金財政の持続可能性や給付水準の変化、保険料率の変化が主なテーマであり、

本章のような世代別の給付/拠出バランスや消費貯蓄計画への影響は分析していない。

 本章のもう1つの特徴であるライフサイクル・モデルを用いた年金制度の世代別分 析には、公的年金を中心に扱った橋本(2000)のほか、税制等も含む公的負担を中心に

扱った橋本・林・跡田(1991)や橋本(1998,6,7章)、前川(2004)がある8。これらは1

時点の年金改革に特化したモデルになっており、加給年金や振替加算も考慮されてい ない。本章は年金制度をより詳しくモデル化しただけではなく、過去の複数の制度を 反映して年金改革を網羅的に評価できる点が貢献部分である。

7その他、前述の第2〜4章の原論文である中嶋・永井・駒村(2004)、中嶋・駒村・永井(2005)、駒村・永井・

 中嶋(2005)がある。また制度の変遷を記述したものに、厚生省年金局・社会保険庁運営部(1993)や吉原(2004)

 がある。

8橋本(2000)は公的年金を中心テーマにしているが、橋本(1998)のモデルを利用して税制も考慮している。

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