本章では、前章で考察した好循環を生み出す事業再編をさらに推進させるための政策 的インプリケーションの検討に向け、ヒアリングを通じて挙げられた政策サイドへの期 待を整理する。
ヒアリングにおいては、日本の事業再編に関する法制や各種制度は基本的に整備され ているという認識が大半であったが、事業再編を推進するための政策サイドへの期待と して、法制度や支援策に関する以下の5つの項目が挙げられた。
(1)一貫した法整備に対する期待
全般的な意見として、事業再編に係る法制、会計・税制の改正や新設において、一貫 した制度設計と適切なタイミングでの周知が必要である点が挙げられた。
事業再編に関する会計制度と税制度に一貫性がなく、実務上、苦労している。法・
税制については、関連法制を五月雨式で公開し施行するのではなく、一定限の時 間がかかっても構わないので、一貫した法体系に整理されてから公開して欲しい
(2)独占禁止法および公正取引委員会に対する期待
日本の独占禁止法自体が大きな障壁となるケースは稀であり、また、監督機関である 公正取引委員会に関しても、事前の調整段階におけるさらなる見解の提示などへの期待 はあるものの、対応に大きな問題はないという意見が多数を占めた。
一方で、諸外国、特に新興国においては、法制度や現地の監督機関による運用が不安 定であり、事業再編の際に大きな障壁となっているという声があった。このような状況 に鑑み、日本の公正取引委員会が、各国の監督機関との交渉や連絡を積極的にサポート することを期待する意見が挙げられた。
独占禁止法については、日本の公正取引委員会との間で企業結合審査前から綿密 なやりとりを行うため、大きな問題が生じた事はないと認識している。ただし、
新興国の公正取引委員会の認可に非常に時間を要し、また再提出に伴う費用(専 門家報酬等)が非常に大きいため、海外と日本の公正取引委員会の連携があると 望ましい
独占禁止法の影響は大きいが、日本の公正取引委員会はリーズナブルであるとの 認識である。ただし、予見可能性の向上(事前の見解提示など)に関しては対策 を願いたい。一方、海外の公正取引委員会は理不尽な要求を突きつけてくる場合 があり、そのような場合に日本の公正取引委員会として意見を表明してサポート して貰えるとありがたい
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特に各国のローカルビジネスの統合において、世界シェアで捉えれば独占禁止法 上の問題はないが、国内シェアで捉えると寡占度が大きくなり統合が進まないと いうケースがあると認識している
(3)事業再編税制等に対する期待
事業再編時に生じるみなし配当や繰越欠損金の取り扱い、事業再編の対価としての自 己株式の取り扱いに関する意見などが挙げられた。
税制に関しては赤字事業の譲渡にかかる欠損金の取り扱い、事業再編時のみなし 配当課税の見直し等に関して、海外とのイコールフッティングを行ってほしい。
再編に伴う租税関連の検討には時間を要し、再編意思決定の遅れにも繋がってし まっているという認識である
事業再編の対価として自己株式が使いにくい点の改善を期待する。自己株式を対 価として用いるとみなし増資規定が適用され、適時開示の対象となってしまうが、
再編手続きへの影響が大きいため、実質的に使えない。また、自己株式を対価と した場合にはみなし配当の問題もあり、実務上は非常に煩雑となる。自己株式が 対価として使えると小型の再編案件をより頻繁に行う事が出来るようになると認 識している
連結納税を採用しているが、事業再編時の課税関係の取扱いや繰越欠損金の取扱 いが改善されると事業再編を行いやすい
(4)労働法制・配置転換に関する各種支援などに対する期待
一般的に日本の労働法制は厳しいと認識されており、このことが事業再編の進まない 要因の一つになっているという仮説を持っていたが、労働法制に対する要望事項は少な かった。この点を踏まえ、日本と同様に労働法制が厳しいと言われているが、早い段階 から事業再編を進めているドイツを例にとって、解雇や事業譲渡に関する労働法制を比 較してみた。限られた情報ではあったが、結果としては、どちらかが極端に厳しいとい った要素は見当たらず、事業再編時の労働条件の変更の有無など、一部は、ドイツの方 が、労働者保護が手厚い部分も見られた。このことから、ヒアリングでも確認されたと おり、日本の労働法制が事業再編の大きな阻害要因となっている訳ではないことが示唆 される。
一方、事業再編に伴う従業員の配置転換など、追加的に発生するコストに対する支援 などの期待が寄せられた。また、企業が機動的に事業再編を行うためには、労働市場の 流動性を高めることが必要であり、そのためには国内の経済成長によって雇用機会を創 出していくことが何よりも有効ではないか、という点が指摘された。
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(労働法制・配置転換に対する支援)
意思決定に際し決定的な阻害要因となるような規制はないという認識であるが、
強いて挙げれば社内の配置転換を促進するような補助等は考えられる
雇用規制については、再編の決定的な障害ではないが、社内での配置転換に伴う 再教育に対するインセンティブ等があると望ましい
雇用規制がネックとなり再編を行なわないということはないと認識している
(労働市場の流動性の向上)
雇用の流動化については、先ず国内の成長による雇用機会の創出が何よりも重要 だと考える。日本の雇用規制自体はアメリカ以外の国と比較すれば強すぎるとい うことはないと認識しており、また現実にはアメリカでも解雇が平然と受け入れ られ、簡単に解雇が行なえるということはないと理解している
(5)その他
上記以外にも、経営人材の育成環境の整備や、国として事業再編を積極的に推進する 事業領域の指定、知的財産権に関する意見が挙げられた。
経営の専門家の育成については、法曹の専門家や会計の専門家と同様に「経営者 が専門能力と経験を要する専門家である」という認識に立ち、育成が行なわれる 事が望ましいと考える
総花的な投資や事業再編の回避の為に、政策としての重点事業の指定などがある とありがたいと考える
知財に関する法律が必ずしも事業再編を念頭においておらず、特に事業再編によ り分離される事業と自社に残る事業の両方で用いられる共有知財の取り扱いが複 雑であるため、見直される事が望ましい
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