4) 5 つの基本的な考え方
7. 今後の進め方
3.1 放射性物質によるリスクの検討方法
3-1
3. リスク低減戦略
福島第一原子力発電所の廃炉の基本方針である「事故により発生した通常の原子力発電所には ない放射性物質によるリスクを、継続的かつ速やかに下げる」ために、ここでは「リスク低減戦 略の設計」を行う。そのためには、様々な放射性物質を特定し、その特徴をとらえて分析及び評 価を実施し、優先順位を決定した上でリスク低減のための対応を決定する。
設計したリスク低減戦略を着実に進める上でも様々な課題がある。その一つは、燃料デブリ取 り出し等の作業に伴うリスクを含め廃炉プロジェクトの進捗に大きな影響を及ぼし得る「プロジ ェクトリスク」であり、これらを特定し適切に管理することも、上記基本方針を達成するために 重要である。また、地域住民の皆様をはじめとする様々な関係者の理解を得ながら、社会と共同 で廃炉を進めていくという考え方も極めて重要である。
このようにリスク低減戦略を策定し着実に進める上で、リスクを重要な情報の一つとしつつ、
その他の様々な要因も考慮に入れながら意思決定を行うことが重要である。また、地域住民の皆 様とのコミュニケーションも、社会と共同で廃炉を進めていくために重要である。
3-2
結果や起こりやすさは、定性的に表すこともあるが、戦略プランではできる限り定量性を目指 す。ただし指標は、実効線量のような物理的な指標に限らず、相対的な指標を用いることもある。
また、できるだけ客観性を目指すものの、主観的なものに留まる場合もある。
リスクレベルは、一般には結果とその起こりやすさの組合せであり、必ずしも積とは限らない。
戦略プランにおいても、基本的には積をリスクレベルとするが、種々の判断を行う際には、結果 のみ又は起こりやすさのみを用いることもある。
リスク基準については、以下のリスク評価の項において述べる。
表3-1 用語の定義
用語 一般的な定義 放射性物質によるリスクの低減戦略における用法
リスク
目的に対する不確かさの影響 放射性物質による人と環境への影響
リスク源、事象、結果、リスクレベル等を総体的 に表す場合にも用いる
リスク源 それ自体又は他との組合せによってリスクを生じ させる力を潜在的に持つ要素
放射性物質
事象 ある一連の周辺状況の出現又は変化 自然災害や故障の発生及びこれらに起因するリス ク源の状態や閉じ込め機能の変化
結果 目的に影響を与える事象の結末(定性的又は定量 的)
放射性物質の放出による公衆の被ばく(を表す指 標)
起こりやすさ 何かが起こる可能性(客観的又は主観的、定性的 又は定量的)
放射性物質の放出による公衆の被ばくが発生する 可能性(を表す指標)
リスクレベル 結果とその起こりやすさとの組合せとして表され るリスクの大きさ
結果とその起こりやすさの積
リスク基準 リスクの重大性を評価するための目安 様々なリスク源やリスク対応後のリスクレベルと の比較
3.1.2 リスクマネジメントの方法
一般的なリスクマネジメントのプロセスを図3-1に示す。3.2節における放射性物質によるリス クの低減戦略の設計も、基本的にこのプロセスに則って行う。
図3-1 リスクマネジメントのプロセス
リスクアセスメント 1. リスク特定
2. リスク分析
3. リスク評価
4. リスク対応
3-3 (1) リスク特定
リスク特定は、リスクを発見し、認識し、その特徴を明確にするプロセスであり、リスク源、
事象、結果の特定を含む。この段階では、福島第一原子力発電所に存在する多種多様なリスク源 を広く抽出し、その特徴を把握することが重要である。
(2) リスク分析
リスク分析は、リスクの特質を理解し、リスクレベルを決定するプロセスである。そのために は、結果とその起こりやすさを決定する必要がある。福島第一原子力発電所の場合には、燃料デ ブリ等のリスク源に関する不確かさを、分析する上で考慮に入れる工夫が必要である。
(3) リスク評価
リスク評価は、リスクが受容可能(acceptable)又は許容可能(tolerable)かを決定するために、
リスクレベルをリスク基準と比較するプロセスである。福島第一原子力発電所の廃炉においても、
このようなリスク評価がいずれ必要となるが、現状ではリスク源の優先順位の決定等の戦略立案 が先決である。そこで戦略プランでは、リスク基準との比較ではなく、様々なリスク源のリスク レベルの相対的な比較検討を行う。
(4) リスク対応
リスク対応は、リスクレベルを低減するプロセスである。図 3-2に示すように、リスク源の除 去、起こりやすさの低減、結果の緩和等の手段がある。リスク対応では、これらの手段の単独又 は組合せによって、図中右上に位置するリスク源について、各々に適した手段でリスクレベルを 低減する。
このとき、考え得る様々な選択肢を検討し、それらの中から最良の選択肢を選ぶことが重要で ある。各選択肢を比較するに当たっては、5 つの基本的考え方を参照するとともに、作業中に発 生し得るリスクにも注意が必要である。リスク対応によってどれだけのリスク低減効果を達成で きるかも、最良の選択をする上で重要である。
図3-2 リスクレベルとリスク対応
結果
リスクレベル大
リスクレベル小 起こりやすさ
「起こりやすさ」の低減
「結果」の緩和
「リスク源」の除去
3-4
(1)~(3)のプロセスは、併せてリスクアセスメントと呼ばれる。このプロセスで得られる結果は、
リスク源の優先順位付けであり、リスク低減戦略の第1ステップである。以下、3.1.3項で多種多 様なリスク源のリスク分析に適用する手法を述べた上で、3.2.1 項でリスクを特定し、3.2.2 項で リスク分析を実施し、3.2.3項でリスクレベルに基づいて対応すべき優先順位を設定する。
リスク低減戦略の第2ステップはリスク対応のプロセスである。3.2.4項において、設定した優 先順位にしたがって各リスク源のリスクレベルをどのように低減するかを決定する。
コラム:ALARP と ALARA
リスク基準を決定する場合には、英国保健省健康安全局 HSE(Health and Safety Executive)が提唱し、
NDA の戦略にも導入されている ALARP(As Low As Reasonably Practicable)の考え方が参考になる。ALARP では、リスクを以下のように 3 分類している。
受容できない領域
リスクが大きく、特別な場合を除いて正当化されない。
ALARP 領域(又は許容できる領域)
リスク低減が非現実的である、又は、リスク低減に伴うコストと得られるリスク低減効果が不均 衡な場合に限って許容し得る。
リスクが低くなるほどコストとリスク低減効果が釣り合わなくなるため、合理的に実現可能な程 度にまでリスクを低減すべきである。
広く受容される領域
リスクは十分低く、このレベルにあることを保証し続ける必要がある。
ALARP 領域内で合理的なリスクレベルを設定するには、費用対便益分析のほか、過去の良好事例を参考に すること、リスク低減策の代替案を広く検討した上で最善策を目指すこと、等も推奨されている。いずれの 場合にも、多くの関係者の理解は不可欠である。
ALARP は、国際放射線防護委員会(ICRP)の ALARA(As Low As Reasonably Achievable)と類似の考 え方である。ALARA では、放射線防護の最適化として「社会的・経済的要因を考慮に入れながら合理的に達 成できる限り低く」被ばく線量を制限することを求めている。具体的には、受容できない領域の下限として 線量限度を達成した上で、更にどこまで被ばく線量を低減すべきかを合理的に決定することを求めている。
参考:“The Tolerability of Risk From Nuclear Power Stations”, HSE (1992).
リスクレベル大
受容できない領域
ALARP領域
広く受容される領域
3-5
3.1.3 リスク分析手法
様々なリスク源を対象としたリスクアセスメントを行うためには、詳細さよりも、多種多様な 特徴を俯瞰できる分析手法が必要である。ここでは、NDA が開発した SED 指標(Safety and
Environmental Detriment score)5を、福島第一原子力発電所に適用しやすいように一部修正した
分析手法を用いる。SED指標の概要を添付3.1に記載する。
3.1.3.1 リスク指標
リスクレベルを表す指標として、SED指標に倣って、以下の「リスク指標」を用いる。
リスク指標 = RHP ×(修正FD × 修正WUD)4
第一項「RHP」は、SED指標のRadiological Hazard Potential(RHP)であり、リスク源が持 つ放射性物質の全量に、漏えい又は移動のしやすさの観点から気体、液体、固体等の性状を加味 し、安全機能が喪失した場合の復旧までの時間余裕を考慮に加えたものである。詳しくは3.1.3.2 に記載する。
第二項のうち「修正FD」は、SED指標のFacility Descriptor(FD)を修正したもので、施設の 健全性や閉じ込め機能等の要素の組合せでリスク源を序列化する因子である。「修正WUD」は、
SED指標のWaste Uncertainty Descriptor(WUD)を修正したもので、リスク源の状態変化や梱
包・監視状態等を組合せ要素としてリスク源を序列化する因子である。各因子とも10分類し、各 分類にスコアを設定している。SED指標からの修正点を含め、詳しくは3.1.3.3に記載する。
第一項はリスク源が持つ固有の性質としての潜在的影響度(ハザードポテンシャル)であり、
「結果」に相当している。第二項はリスク源の管理状態を表す安全管理指標(セーフティマネジ メント)であり、上記二つの因子は各々現在及び将来の「起こりやすさ」に関連している。潜在 的影響度と安全管理指標は、リスク源の優先順位付けのみならず、リスク対応を決定する上でも 重要な指標である。例えば、潜在的影響度よりも安全管理指標の方が多様な対応が可能である。
なお、第二項の4乗は、第一項と第二項が同等の大きさになるように設定したものである。
3.1.3.2 潜在的影響度
潜在的影響度(ハザードポテンシャル)を表すRHPは以下のように表される。
(1) Inventory
Inventoryは、リスク源の放射能Radioactivityと潜在的比毒性Specific Toxic Potential(STP)
の積で表され6、実効線量に相当する。STPは、1TBqの放射性物質を水で希釈し、その一定量を 1年間摂取した際の被ばく量が1mSvとなるような水の希釈量であり、線量係数に相当する。
5 NDA Prioritization – Calculation of Safety and Environmental Detriment score, EPGR02 Rev.6, Appril 2011.
6 Instruction for the calculation of the Radiological Hazard Potential, EGPR02-WI01 Rev.3, March 2010.