4.1 過去、常道とされてきた適正方法について
あえて繰り返すまもなく、過去、技術伝承の要点は「技を盗め」だった。ま た、これが出来るか否かは“適正”という言葉で一括されてきた、“適正”は、
やる気や習得力に大きく関与する内容である。そこで教育システムの前に、教 育するに足る人材か否か?という課題についてまとめることにする。なお、こ こでの課題は、過去、職人の世界では重視されてきた内容であり、また、この 種の内容は仕事習得術のひとつとして重要な要素とされてきた。では、過去、
匠や職人の世界で適正という内容がどのような位置づけにあったかを解析する ことにする。
職人の世界において『適正評価』の多くは下記に示すような内容があり、現 在この種の内容は技術伝承家系の DNA という評価で語る方が多い内容になっ ている。
① 親や親戚などが匠の世界にいて、子供の時からその道に行くという方向性 を持っている方々。
② 地域として手に職を持つ活動の中で育ってきた方々。
③ 子供の頃から手先が起用であり、手先を活かした人生を目指す志と何らか の取り組みをしている方々などである。
だが、この内容だと、限られた方々しか技術伝承の対象にならなくなってしま う。人である以上、生まれ育ちが職業間に大きく関与するのは解るが、それだ けに限定されてしまっては、この道に才能がある方々がいても仲間に入れなく なる。それではまずいので、適正評価について筆者の考え方を述べ、具体的解 説に入ることにする。
まず、技術伝承における適正評価の扱いだが、評価とは、人の判別もあるが、
評価内容を見て自分の特性、良さ、努力の方向を見いだすツールとして扱うこ とが大切だと思う。人生は一回しかない。そこで、職業を決め、人生の大切な 時間を過ごすわけであり、人生の方向をも決める内容であるから、この課題は 慎重に扱うべきだし、人材育成の道具のひとつとして扱うことを基本に内容を 見て行くべきであると考える。では、このような観点に立ち、ここで、適正評 価に関し、就職案内でよく耳にするお話を紹介することにする。ひとつは、人 の性格に関与する内容である。図表4-1-1に示すように、人には性格がある。性 格は人により異なるし、性格が仕事の特性や指導者との折り合いに関係する例
は多々ある。元気な方が良い仕事もあれば、むしろ、おとなしくてコツコツ仕 事する方が良い仕事がある。従って、能力に加えて、性格判断も一つの仕事の 適正評価に入れるべきである。では、この種の内容を問う例を紹介することに する。
ある親御さんが就職指導員に相談した例である。「私の息子は学校の成績もか んばしくないのです。また、口数が少ない人間です。でも、体だけは丈夫、ま た、素直な性格だし、手先が起用なので、無理に大学に行かせるよりは、むし ろ、工場に入れて、技能を身につけて生きることの方が、この子の将来のため にずっと良いと思うのですが。いかがでしょうか?だが、心配はあります。最 近の技術革新の早さや、製品のライフサイクルが短いこと、今、優良な企業も 直ぐに赤字になり倒産やリストラがあるでしょ、そのような状態で、たとえ、
一人前の技能をつけても、その頃に、リストラとなるようでは先行きが不安で す。それより、もっと地道で長持ちする仕事に就けることの方がよいでしょう か?」
この話は、適正の前に、生活信条、人生観や社会で生きる方針が必要になる、
という内容である。将来の社会や技術が変化する中で、誰もこの種の内容は保 証出来ない相談の内容である。筆者もこのような相談のお話をお聞きしたとき、
「ウーン、答えは難しい。」と思った。だが、技能職の仕事の経験を持つ先生方 にお聞きすると、その時、次のようにお答えするそうである。やはり、その職 を経験した方でなければできないひとつの答えだと思い、思わず感激したこと があったのでここに紹介させていただくことにする。
図表 4-1-1 人が持つ3つの性格
①表向きの性格 ②本当の性格 ③本当の性格だと思っている性格
性格は変えられない(三つ子の魂百まで) :「両親から受け継いだ素質を基にして 出来上がってきたもの」とされている。
パーソナリティは変化することができる :その人の経験や社会的な立場によって つくりあげられるもの。
・判断が速く統率力がある。
・周囲の変化に関心があり、調和をこころが ける。
・迷うことが多く、実行力にかける。
・周囲の変化に対応できない。
リーダー シップ
・陽気で劣等感がなく、ユーモアがある。
・感情表現が豊かである。
・感受性は強いが、自分を外へ出さない。
・感情がコントロールできる。
感情
・行動的で熱しやすく、さめやすい。
・自信がある。
・無口で融通はきかないが、我慢強い。
・控え目で、考えが深い。
行動力
・社交的で、交際範囲が広く、世話好き。
・他人がいるところの方が仕事ができる。
・社交的ではなく、自分たちのカラに閉じこも りがち。
・人前で仕事をするのが苦手である。
人間関係
外交的 内向的
フロイトと並び有名な分析心理学者ユングの分類
「A さんは溶接関連の職人です。ご承知でしょ、溶接による金属工芸業界で有 名なかたです。どうでしょう、どの世界でもそうですが、「一芸に秀でれば他芸 も制す。」という話をご存じですよね。」「はい。」「“十年修業した技能は潰しが きく”というお話でした。それは、加工という技能も仕事も同じ事です。私が 修行したころには、一人前の旋盤工になるのに八年はかかると言われました。
実際、今、私は50歳、既に 30年余り働いてきましたが、まだ、修行中です。
勉強することばかり、とても一人前だとは言えません。だが、もし、今、仮に、
私が今失業し、「仮に家を継いで板前の修行をしろ!」ということになっても、
私は1年でできると思います。「溶接関係の職人になれ!」と言われても、2〜
3年すれば一人前になれる自信があります。」それは、今の仕事で鍛えたものの 見方や、仕事の分析、仕事の覚え方が役に立つからです。事実、加工という仕 事ですが、過去、旋盤、フライス、・・・と多くの異なる仕事をしてきましたが、
旋盤で修行したことが役立ちました。NC 化という高度な技術が生まれた時も、
また、ロボットが工場に登場したときも同じような勉強方と努力でこなしてき ました。いろいろな仕事がIT化になった時も若い者には負けなかったのも、技 能習得で得た方法が役にたったからでした。要は、そういうことです。子供の 教育に「鷹が空を飛び回りモグラを捉えようと狙っている。1匹目のモグラは 硬い土だが決めたら掘る。もう1匹は硬くなると土掘りを止めて別の所を掘る。
だが、また解硬いので、止めて別の穴を掘る。・・結局は鷹に捕らえられる話で す。」「いかがでしょうか、現在 417 万人ものフリーターの方々がおられますよ ね、個々にはわかりませんが、後者のモグラさんのような気がします。形は違 いますが、いつまでも自分に合う夢を求め、職を転々と変える姿です。最近テ レビで見ると、決して脅かすわけではありませんが、30 歳になると1 月 16 万 円就職がある方はよいのですが、30歳を過ぎるとアルバイト先も無くなる方が 多いそうです。やはり、若い内に、人より秀でた技や技術、そして、どのよう な仕事に就いても人より数段年数を経た経験と実績、友人や智恵を持つ方は、
このような方々とは評価が違ってくるし、人生が違ってくるのではないでしょ うか?もちろん、産業の行く末は誰にも判りません。しかし、はっきりしてい ることは、人生観と自信、仕事で培った力が、どのような変化があっても自分 を助けるように思います。どの仕事にするかをお決めになるのはご本人だと思 います。私が言えるのはこれだけです。・・・」という内容だった。
この話の内容はどのような分野にも当てはまる話である。大切な点は、適正 とは、若い内はやり抜く内に自分で向き不向きが相互に、しかも自然に判って 行くものであって、一緒に仕事をしたことのない人に「これが適正である。だ から、この職業にしなさい。」と言い切ることはなかなか難しいのではないか思 う。「鉄を削る」の著者、小関氏の書にも「IT化がどんなに進んでも工場で鉄を
削るということの全ては削る刃物と削られる材料の攻め合いであることに何ら 変わりはない。」と書いておられたが、この説明に合い通じるお話ではないかと 思う。要は、どの仕事に就いても問題解決の対象が異なるだけであり奥を極め なければ大成しないし、応用も利かないという内容である。
以上が適正の前にある、仕事に対する人生観のような内容である。これに加 え、職を希望する方々の中から適正や将来の弟子を見いだすことが、過去、多 くの職人の中で行われてきた。理由はともかく、職を求め就職してきた方々に 対し、じっと努力の様子を見ていると、また、教えて仕事をやらせると、自ず と適・不適が自分にも、また、親方から見ていると見えてくるという内容であ る。過去、筆者があった大工さんの世界で、頭領が弟子を見て、適・不適を見 てゆく見方を紹介し、ここに記載した状況を参考にしていただきたい。
「日本には多くの木造建築があるが、いろいろな仕事がある。修理、新しく 堂や塔を作る人などだ。だが、多くは、みんな技術者、設計者です。職人にな る人は本当に少ない。技術者は学校でどしどし養成するので人数が多い。設計 しても建物にできなければ家は立たないが、この面は学校で対策してくれない。
第一、給与が違うし、仕事がきれいに見えるので、どうしても若い者は設計者 にあこがれる。これは我々の社会には困った現象ですよ。それはさておき、弟 子となるが、仮に高校で就職を希望する若者がいたとする。これを育てるのは 大工にとって、これまた大変な仕事だ。頭領を始め、指導者がいないわけでは ない。優秀な弟子が集まらんのですよ。もし、弟子がきても、最初はろくな仕 事しかできない。でも、腕をつける間、弟子得たらタダメシを食わせながら。
教えにゃならん。それで、いついてくれれば良いが、多くは去って行く例が多 い。当然だが、それまで教えたことはムダになるし、時にはここで修業したこ とを感謝しない人もいる。また、理由は判らないが、突然切れる人もいる。と にかく今は我慢ができないものが多くて、皆、困っている。
だが、頭領は、それを承知で、少ないが数名雇う。その中に良い者がいると、
自ずと目をかけることをする。そこで、棟梁の伝承となるが、欲を言ったらき りがない。数名の弟子の中から、この人こそ棟梁になれる人、腕前といい、人 柄といいこの人こそ棟梁の資格があるという人だけ、口伝をもって伝えるわけ だ。このような弟子がいる方は幸せですよ。今は後継者に悩む方々が多い時代 です。・・・」
という悩みと共に、弟子づくりの本音をお聞きしたわけだが、この内容を見 る限り、適正は指導者側にしてみれば、「しばらく仕事をやらせてみて、・・・」
という判断になるのではないだろうか。また、指導される側にとっては、しば らく仕事をしてみてとなる。だが、その前に、その仕事の体験やあこがれ、イ メージをしっかりと持っていないと、結局は折角勤めても辞める!という繰り