切削加工技術の変遷と技術・技能伝承
3.1 切削加工の歴史と自動化された技能/残された伝承技能
(1)切削加工技術の変遷と技能者の仕事の変化
暗黙知の問題解決を中心に、各社で技術伝承の課題が経営における重大課題 のひとつになっているが、その対象分野は多岐に渡るため、ここでは、企業に とっては最も共通的、また、今後の対策にも多くのヒントを与える可能性が高 い金属切削加工(以降は加工技術と略称する)について、その変遷と匠達の仕 事の変化などをまとめることにする。読者の方々には、既にご承知の通り、現 在、加工技術はNC、MCに代表されるように、作業のほとんどが自動化されて いる。ここまでに至る内容と、過去、職人芸で加工を行ってきた方々の活動は、
小関智弘著 「鉄を削る」( ちくま文庫)や、福山 弘著 「量産工場の技能論」( 日 本プラントメンテナンス協会)といった文献に詳細に記載されている。加えて、本書で は、筆者の友人で、もはやリタイアーされたが、中小企業で加工技術革新が進む中で、
つい2年前まで実務を担当されてきた星野氏などの体験談などを総括し、以下、加工 技術の変遷と匠の活動をまとめることにする。その内容は、一面はITや機械化への 対策であり、もう一面は、これらの自動化技術がどのように進んでも匠の眼力 や解析力が今も必要であるといった内容である、ここでは、加工技術だけをモ デルとして取り上げるが、この解析は、当然、加工技術以外に多々存在し、多岐 に渡る匠の技能・技術伝承や各種問題解決の題材となると考える。
まず、図表 3-1-1 に加工技術の大きな変遷と、加工を業としてきた匠達の活動の 要点を示すことにする。図表には大きな変化だけを時代の流れと共に示したが、海外 から伝承された金属加工をする機械として有名な旋盤は、当時の写真を見ると工場 に大きな回転シャフトを通した方式だった。この回転シャフトにベルトをかけ、個々の 機械の主軸を回転させながら、ちょうど、コケシ細工の際、木材をチャックに加え、回 転させながら木材を丸く削るという作業と同じ形で金属材料を丸削りすることが、過去 行われていた。筆者の知人・星野さんもこの種の旋盤を最初に習い、企業就職をされ た方である。このような頃、個々の旋盤にモーターを個々につけた旋盤が登場したわ けであったが、当時、これは加工革命と言われ、精度、生産性がはるかに優れた機 械であった。事実、星野さんがある大手へ転職されたとき、両者には余りにも差があ った。その差を実感したそうである。ある会社へ転職の時、ベルト式の旋盤で加工し た製品を合格試験の品として提出させられたそうだが、製作時間と精度の差が大きく、
星野さんを始め 10%程度の方々しか合格点をとれなかった。これに比較して、当時と
しては革命的ともいえる池貝社製の旋盤加工者は脱落者がほとんどいなかったそう である。このように、当時、加工機械の技術の差がそのまま技能の差のばらつきを決 める内容になっていた。だが、この当時でも、機械化されても新型機に負けない技能 を持つ星野さんのような加工職人がおられたことは注目に値した。要は、その眼力が 新機種を使いこなせば更なる発展になることを採用する会社の方々が知っていたか らであった。また、事実そうだったそうである。この時代は、まだ、1935 年頃第2次世 界大戦開始前の頃であった。なお、この頃から戦時と共に、機械加工は国家存亡の 対策のひとつとして急速な進展をしていった。従って、ベルト式は姿を消していった。
図表はその後、戦後の頃からの内容を示すものである。いずれにせよ、時代はここで 大きく変わり、NCの原型であるモーターで独立した機械で切削加工を進める中で、加 工技術の練磨が各所で盛んに行われていった。
図表3-1-1 機械、切削加工の歴史と技術習得の変遷
切削加工の歴史
① 1950年頃迄 : 旋盤工は火づくりでバイトを自分でつくり、自分で研ぐ ② 1970年頃〜 : 超硬合金によるバイトが出現(火づくりはなくなった。)
バイトを研ぐ仕事と、ハンドル操作だけの仕事になった。
集中研磨の場合、旋盤工はハンドル操作だけに集中した。
③ 1975年代〜 : スローアウェイ(使い捨てバイト)が登場した。同時に、
自動加工機NC(Numerical Control)化が進んでいった。
バイトの研磨はなくなった。同時に、NCマシンにはスロー アウェイは必需品になっていった。
切削加工の歴史
① 1950年頃迄 : 旋盤工は火づくりでバイトを自分でつくり、自分で研ぐ ② 1970年頃〜 : 超硬合金によるバイトが出現(火づくりはなくなった。)
バイトを研ぐ仕事と、ハンドル操作だけの仕事になった。
集中研磨の場合、旋盤工はハンドル操作だけに集中した。
③ 1975年代〜 : スローアウェイ(使い捨てバイト)が登場した。同時に、
自動加工機NC(Numerical Control)化が進んでいった。
バイトの研磨はなくなった。同時に、NCマシンにはスロー アウェイは必需品になっていった。
バイト 被加工物 キリコ 昔の修行
旋盤工は腕も磨くが 耳も目も鍛える必要があった。
切れ味、ワークの温度や切り 込み量、キリコの色や形の 具合〜変化を感じ取る必要 があった。これにより、金属 材料と刃物の関係、研ぎ具合 や寿命を見ていた。
スローアウイ時代 各種の切削工具専門 メーカーには、現場から 多くの改善要求が寄せら れた
NC化時代 自動化が大きく 進んだ。
【問題】
① 機械の監視だけに なっていった。
② 感覚的なスキルは 失われていった。
この頃、被切削材に当てて削るバイトという刃物は職人の手によるものであった。
まず、良い加工をするためには鍛造でバイトをつくり焼入れして歯を研ぐことから仕事 をしなければ切削加工そのものの仕事に入れなかった。バイトは金属を直接削る刃 物である。筆者が大学で旋盤を覚えたころ、まだ、いわゆる言葉通り使い捨て刃物で あるスローアウエイ(英語の“捨てる”)が登場する3年前だった。また、既に超鋼バイト が市販されるようになったので、火づくりまではしなかったが、それでも、市販バイトの 刃の削り方(削り方や形状など)により加工作業が巧く行くか否かが決まるので、当時 は随分苦労した。それを考えると、バイトそのものから職人がつくり削る。削り具合を
評価する、という内容は大変な技を必要としていたことが解る。逆に、職人はバイト製 作〜バイトの研磨〜切削加工を担当されたことが、トータル・システムとして加工に関 する内容、例えば、材料特性やキリコの形状、切削スピードと表面粗さ、・・・曲がりや、
逃げなどの関連を肌で感じ、多くを知見として身につけることが進んでいった。
この内容は 1970 年頃から適用が始まったスローアウエイの発達にも大きく貢献し た。スローアウエイは加工対象に対して最適な加工ノウハウを持つ刃先であり、徹底 的にメーカーで工夫された。良いものが売れる世界なのでメーカーは必死になって刃 先や切削条件の研究を進めたが、ここに職人の要求が大きく取り入れられていった。
やがてスローアウエイが進化し、これが主流になるにつれ、特殊な加工方法を除いて、
従来のバイトは機械加工作業現場からは姿を消していった。これもひとつの加工技術 革命が時代と共に進展していった内容であった。
このような時代の変化の中で活躍された多くの職人は図表 3-1-2 のような内容で職 人社会の内容と変化をとらえていったようである。要は、過去の技能が失われ、過去、
加工職人の方々が苦労しながら仕事していた内容は無くなり、旋盤工の言葉にある ように、粋な旋盤職人の技も、誰でもできるターレット(自動旋盤)になっていったわけ だが、逆に、職人が肌で感じていた切削に伴う言葉や感覚もやがて加工技術の現場 からは失われていった。ここには、技術の進展に従って職人の技は必要になくなった ものがあった。だが、逆もあった。現在、ナノ・テクという超精密加工が必要な時代、例 えばキサゲという仕上げ加工ひとつとっても、本来、残すべき多くの要素、まだ、科学 的に解析を進めるべき課題が数多あったからである。
図表3-1-2 加工の変遷
旋盤師 旋盤工 旋盤要員
バイトを職人が火づくり でつくり切削していた時代
市販のバイトながら 自分で研ぎ使った時代
スローアウエイ(使い 捨てバイトの時代
超硬工具の時代
NC加工時代
削る文化の職人用語
・ 削る(けずる、はつる)
・ 挽く(ひく) ・ 切る ・ 剥る(へずる)
・ 刳る(くる) ・ きさぐ ・ 揉む(もむ) ・ えぐる ・ たてる ・ さらう ・ なめる ・ むしる ・ 盗む(ぬすむ)
技量の比較を示す言葉
旋盤職人の言葉
・粋(いき)な旋盤 ・ 小粋な仕上げ ・ 誰でもできる ターレット (自動旋盤)
戦前の刑務所の囚人の言 ・ 粋なスリ師
・ 小粋なのび師 (空き巣狙い)
・ 強盗・強姦 バカがする。
時代の変遷で 手から加工の文化が 逃げつつある 渡り
職人 【渡り職人の試験】
良い職人を得ると企業は売上げが増す。
試験の例:腕自慢
・ ハンドルの握り手を削る 口や経歴より腕!
正五角形か正六角形のオスとメスを 削らされる。あわせ具合は型に油を塗る 素早く抜くとスッポンと音!
腕の錬磨と 技術波及・
伝承の基盤!