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所長  熊井 ゆかり

ドキュメント内 .\.. (ページ 51-58)

短期入所 → 入所 → 家庭(あるいは地域)に戻 ってくる???

【北海道の特殊な事情】

身近なところで通える学校が少なく、高等部 進学と同時に寄宿舎へ。

地域や家庭から消える子どもの姿

子どものいない時間が当たり前になっていく 家庭

卒業するころには、地域にも家庭内にも戻る 場所や居場所が無くなっている。

生活圏内に相談機関やサービス事業所、短期 入所施設がない。

障害による親子や家庭内の課題を家族だけで抱え 込まずにすむ地域づくりをめざして

身近なところでのサービス利用

……短期入所、ホームヘルプ、移動支援、日中 一時支援等

身近なところでの相談対応

……学校、保健師、民生委員、指定相談機関、

行政窓口、サークル等

成人になるまで長期にわたった支援体制づくり

○入所をゴールにしない目標設定

○子どもが適切な教育と養育が受けられる環境 は、短期入所や長期入所を有効活用しながら、

できる限り地域の中に。

熊井といいます。宜しくお願いします。

ニーズに押されてサービスを増やしてきた いまの内藤さんのお話で、その通り、うん、うんと いう感じで実態はよく似ています。うちの場合、内藤 さんのところと違うのは、主に制度に乗った形でサー ビスを行なっています。ですから、まず1時間いくら のホームヘルプが中心ですから、そこで時間銭を稼が ないといけないような中で、何とか事業を維持してい るというところがあります。

お手元のレジメの資料にうちの行なっているサービ スが出ています。居宅介護、行動援護、重度訪問介護、

指定相談支援、それから若干ですけど高齢者の訪問介 護もやっています。これは障害のある方が、年齢と共 に介護保険の対象になったというケースについてのみ 事案の介護保険サービスを行なっています。それから 短期入所、日中一時支援、移動支援、福祉有償輸送、

また制度外有料のケアサービス、チャレンジタイムと いうのは、まったくのボランティア事業ですが、夏休 みや冬休みの長期休暇のときに1泊2日のお泊り行事と かを企画しています。後は学習会です。これは、うち のサービスを使っている方を主に対象にして制度の変 わり目ですとか、制度が落ち着いてきたときに情報提 供ということで学習会を実施しております。

事業所としてやれるサービスは極力全部指定を受け てやっているという形ですが、これはどちらかという と、利用のニーズに合わせてやむを得ず順番に認可を 受けてやっているという形です。

親同士の情報交換によって利用者がひろがる うちの場合のサービス利用に至る経緯としては、親 同士の情報交換、例えば養護学校の送迎バスを迎えに 行ったときのバス停での親同士の話しとか、それから 後は、区役所に行って福祉の窓口で教えてもらったと いうようなことからうちのサービスを利用される方が 多いです。

新制度が始まったときもですが、土日や長期の休み のときに障害のある子どもの余暇支援のところからサ

ービスを利用される方が非常に多いです。それが外出 支援というところで、たぶんその辺が一番親としても サービスを使いやすいのかなと、抵抗なく使いやすい のかなという気がします。その中からだんだんと普段 の日常生活の中にヘルパーのサービスを取り込んでい くという流れになっていくというケースが非常に多い です。

内藤さんの話しの中にもありましたが、子どもに障 害があるというだけではなくて、親に障害が疑われる というケースもあります。その中でいくつか紹介をし ていきたいと思います。

事例紹介1…多くの機関や人が母親を支え、家族 離散の危機をのりこえた

ひとつは、札幌近郊の町ですが、3人の、5歳(男子)、 3歳(男子)、1歳(女子)が児相に保護されたという 連絡がありました。母親は軽度の知的障害で療育手帳 をお持ちです。父親は、療育手帳は持っていませんが、

お勤めもされている方ですが、あまり育児に協力的で はない。また奥様の障害に対しても、どこまで理解さ れているのかちょっと怪しいというところもありまし た。子どもが保護されたというのが、深夜、夜ストー ブを付けっぱなしで、夜中12時過ぎに子ども3人を残 したまま、お母さんが出かけてしまったということが あったり、後は朝食を食べないで保育園に来たりして いる。あるいは着替えもしていない、お風呂にも入っ ていないみたいだ。それから一番上の子どもが、どう も言葉の遅れがあるのではないか。障害が疑われるこ と。それから母親に対して非常におびえた表情を見せ るということで、保育園のほうから市や児相への相談 が何度かありまして、児相のほうからも訪問に何度か 行っているなかで、子ども3人が深夜に放置されてい るという実態もあり、母親は軽度の知的障害というこ とで育児能力はないだろうということで、養護施設に 入所が適切ではないかという判断が一度されてしまい ました。

そのとき、そのまま入所という形に行ってしまいそ うだったのですが、ちょうどこのとき市のほうでは、

を子ども3人連れて行くというのは非常に大変なので す。途中で急な坂道があって、私もその道を通りまし たが、歩くのは非常に大変でした。車の通りも朝です から多いし、その中を3人連れて行くのは危険で、危 ないのにどうしたらいいかわからないで、そのため保 育園に遅れがちだった。

それから朝、子どもたちが食べたがらないときに無 理矢理食べさせても嫌がる、泣く、でも保育園の時間 は迫っている。遅刻をすると怒られる。本当にどうし ていいかわからなかった。

彼女には双子の妹さんがいたのですが、たまに妹に 会っておしゃべりがしたい。これが夜中に子どもたち を置いて出かけたときの理由です。子どもたちだけを 夜中にストーブ付けっぱなしで留守番させることがど んなに危険かということが彼女はわかっていませんで した。

でも夫は育児に対してなかなか理解をしてくれない ということで子どもさんも感じている。一番下の子の 妊娠のときも、周りに3人は育てられないでしょうと いわれたときも、夫は避妊に協力してくれなかった。

この部分ですが、彼女は高校時代に施設にいたこと がありまして、その期間に妊娠をして、本人の意思を まったく聞かないまま中絶されたことがあったと。そ の思いがあって、子どもはできた以上産みたいのだと いう気持ちが非常に強かったそうです。それで子ども が3人できたということでした。

何とかお母さんに対して、ヘルパーを派遣すること によって、子育てのチャンスを与えられないだろうか ということで、児相のほうでは、今度何か失敗があっ たらだめだということで、失敗さえなければ子ども達 を戻しましょうということで、1ヶ月児相のほうで保 護されたあとお母さんの元に子どもが戻されました。

それと同時にヘルパーの派遣が開始されました。お母 さんは軽度の知的障害でしたので、最初はヘルパーの 支給決定は出ていませんでしたけど、福祉課のほうで 身体介護の支給決定が出ました。家事のほうは、普段 お母さんは何とかやられていますから、家事では支給 決定は出せない。けれども、子育てをするお母さんへ ホームヘルプをもっと活用して、お母さんは手帳を持

っていますからホームヘルプを利用することによっ て、子育ての支援ができないだろうか、お母さんを何 度か訪問していた保健師の方から、お母さんは子ども に対して愛情を持っている、子どもを自分の手元にお きたいという思いがある、だったらそこを何とか支援 できないだろうかというようなことで、保健士と、相 談センター、これは市の依託の相談支援センターです が、そこと障害のほうでサービスの支給決定を出す福 祉課と相談をしまして、お母さんに対してヘルパー派 遣をして、何とか子育ての支援ができないだろうかと いう話になりました。また、母親に対しては実際に何 ができないのか、困っているのか、これからどうした いと思っているのか、そういったことを、ちょうど1 ヶ月子ども3人が児相に保護されている間に訪問しま して、保健師はこれまで何度かお母さんに会っていま すけど、ちょっと視点を変えて別な人が入ってみたら どうだろうかということで、私が週に1回か2回お伺い して、まずお話を聞きました。お母さんの生い立ち、

悩み、困ったことなどです。その中で見えてきたのは、

やはりこれまでどこにも相談できなかった、支えても らえなかったということがわかってきました。

具体的にお母さんは何を困っていたかというと、幼 児3人がいて、例えば1人が熱を出して小児科に行った とき、看護師さんから3人とも熱を測ってくださいと 言われたそうです。動き回る3人の子どもの熱をお母 さんは測れなかったら、看護師さんから、「あら、だ めね」と言われた。これは私でも子どもが3人いたら、

いっぺんに熱を測れといわれても無理だと思うのです けど。

また、子どものしかり方がわからなかった。悪いこ とをしたら叩いていたと言うのです。きつく叱ったり、

無視していたと言うのです。それは、自分が親に怒ら れるときそうされていたから、自分もそうしていた。

でも、叱り方が間違っているというふうに保育園の方 で言われたことがあった。

それから、上の子ども2人を保育園に連れて行って、

下の子はお母さんが一人で見ていたのですが、冬の道

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