1 物価庁「製造工業原価計算要綱」
戦後の混乱の中で、食糧および衣料その他主要な物資の不足に対処して、国民 生活を安定させるためには、戦時中の食糧の配給、衣料切符制度等の配給制度の 復活が必要となった。配給制度を実施する前提として、戦時中の物価統制の制度 ならびに公定価格制度の施行を必要とすることになり、公定価格制度の基礎とし て、統一原価計算制度の実施が要求きれるに至った。そこで経済安定本部内に設 置された物価庁の所管する、原価計算委員会が設置された。当委員会には産業界 から多くの実務経験者を臨時委員に加え、戦時中の原価計算時代の経験を基礎に、
1948年(昭和23年)3月2日をもって、新しい「原価計算規則
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(総理庁令第14号) と「製造工業原価計算要綱」及び「鉱業原価計算要綱」が作成され、当時の総理 大臣片山哲に答申された(黒津 1990、464頁)。この「原価計算規則」は、「物価 統制令J
(昭和21年勅令第118号)の以下の規定を根拠とするものであった。「主務大臣必要ありと認むるときは、命令の定むる所に依り価格等の原価に関 して計算を為さしむることを得。
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(第18条)「行政官庁必要ありと認むるときは、物価に関し報告を徴し、帳簿の作成を命 じ、又は命令の定る所に依り当該官をして必要なる場所に臨検し、業務の状 況若くは帳簿書類其の他の物件を検査せしむることを得。
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(第30条)そして「原価計算規則
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の冒頭の二条は以下のように規定していた。「物価統制令第四条の規定による原価に関する計算及び同令第30条による原価 に関する報告については、本令の定めるところによる。
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(第1条)「物価庁長官が指定する物品を生産する者は、別記製造工業原価計算要綱又は 鉱業原価計算要綱に基づき、原価計算をしなければならない。(傍点筆者)J
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(第2条)
第2条については、公定価格の対象となる物品について選択的に原価計算の実 施を要求しており、この点は戦前の「原価計算規則」別冊要綱と大いに異なる点 であった(黒湾 1990、465頁)。
物価庁「製造工業原価計算要綱
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(以下では物価庁「要綱」と略称する)と、閣 令・陸箪省令・海軍省令「原価計算規則j別冊「製造工業原価計算要綱J
(以下で は戦前「要綱」と略称する)とを比較して一番目につく変更は、片仮名交じりの 文章が、平仮名交じりとなり、それに合わせて文体が多少変えられている点であ る。しかし、計算の方法については戦時中より逢かに業者の創意工夫の余地があ り、業者が最も正しいとする方法を適用することができたようである。戦後、「原 価計算は斯くして先ず解放されたのである。」と評価されている(大倉 1950、87 頁)。原価計算について、戦前「要綱」では、「種類別」となっていたものが、物価庁
「要綱」では「要素別」に変更され、これに対応して、第二章のタイトルが、「種 類別原価計算jから「要素別原価計算」に変更されている。
第三の「原価計算jについては戦前「要綱」とは異なり、実際原価計算(事後 原価計算)に限定した点に特徴があった。戦前「要綱j では、事後原価計算と事 前原価計算とを共に認め、標準原価計算を採用する選択可能性を認めていたが、
物価庁「要綱」では、以下のように原価の消費量および消費価格をその実際値で 計算することが原則とされた(黒揮 1990、470頁)。
「本要綱による原価計算は、原価を原則として要素別、部門別及び製品別に計算 するものとする。
原価計算は、原価の消費量および消費価格をその実際につき計算するものと する。但し、必要ある場合にはその一部を予定をもって計算することができる。
予定は、過去の実績を基礎とし、且つ、将来の予想等を考慮してこれを適正に 行う。前項但書の場合において、原価計算期末に生ずべき実際額と予定額との 差額は、これを原価計算外の差額として処理する。(傍点筆者)
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(第三 原価計算)
第二章は「要素別原価計算」について規定していた。「第一節 製造原価の要素」
および「第二節 一般管理費および販売費の要素jの2節から成り、内容的には、
戦前「要綱」の第二章「原価要素」とまったく同じであるが、原価計算体系とし ての考え方において大いに異なっていた。戦前「要綱
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では、第二の「原価要素」の章は、材料費、労務費、経費等の原価要素について、その分類の原則、各費目 の定義、消費価格の計算、消費量の計算等について解説するにとどまったが、物 価庁「要綱」においては、要素別計算という原価計算のカテゴリーを設定し、原 価 計 算 手 続 の 第 一 段 階 を 明 ら か に し よ う と 試 み た の で あ っ た 。 ( 黒 津 1990、 470‑471頁)。
第二章の第一節は、戦前「要綱」では「第一款材料費」、「第二款労務費」、
「第三款経費」から構成されていたが、それに「第四款減価償却費」という 区分が追加された。また第二章第二節は、「一般管理及販売費」から「一般管理及 び販売原価
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という用語に変更され、その構成要素に「支払利息J
(第二十一、十 八)が追加された。そして、総原価の計算について、売上品又は製品に配賦する とされていた(第四十二)。後に1950年の証券取引委員会規則第18号「財務諸表規 則」において、一般管理費及び販売費の表示が問題となったが、原価計算に際し ては一般管理費及び販売間接費を売上品又は製品に配賦している場合も、損益計 算書上の表示については、できる限り一般管理費及ぴ販売費の科目に振り替えて 表示すべきという見解が、当時見られた(原 1950、p.101‑102)。その他、工場従業員の「従業員賞与手当
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が「経費J
(第十五、(一))から「労 務費J
(第十二、四)に移された。そして、経費の分類から「返品差損費J
(第三 款、第十五、(十九))が除かれる一方、「福利費J
を設け、その中に「退職金」が 含められた(第十五、一、ハ)。第五章は「総原価の計算」について規定していた。戦前「要綱
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では、第三章 の中でとり扱われた問題が、物価庁「要綱」では独立の第五章においてとり扱わ れたのであった。公定価格の設定を目標とした原価計算要綱としては、いっそう 妥当であった。140
また、戦前「要綱j では、第四章で「工業会計の勘定および帳簿組織」を取り 扱っていたが、物価庁「要綱jでは、この問題は除外していた。公定価格制定の 原価計算を目指す見地からは、当然のことであった(黒津 1990、471‑472頁)。
衣料切符制、配給手帳制等によって、国家的に供給量が制限されている場合、
需要量が供給量を超過するならば、ブラック・マーケットの発生するのを防止す ることは困難である。戦後、闇取引が横行したことは周知の事実であった。しか し国家的に定められた供給量に対応する物資の公定価格は、原価計算方式に依存 するほか、格別の方法はあり得ず、戦後の転形期における公定価格制度は、ブラッ ク・マーケットの発生を防止し得なかったといっ矛盾をはらみながらも、原価計 算政策に依存することを余儀なくされた(黒津 1990、477頁)。しかし、それはも はや戦前のような強制規定ではなく、拠るべき規準であるにすぎなかった。戦後 の公定価格は主として実際原価に基いて決定されるのではなく、原価は公定価格 決定の一つの参考資料であった。企業が物価庁に提出する原価は必ずしもその実 際原価そのままでないことはかくれもない事実であったという(松本 1950ω、40 頁)
その後、物価庁「要綱」は、企業の生産力の復旧、国家による供給制限の緩和 によって、公定価格制度が主要食糧を除いて漸次撤廃されると共にその使命を終 えた。
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工業会社及ピ高事会社ノ財務諸表作成ニ関スル指示書」第2次大戦後、連合国の統治下において、主要な商工業会社のほとんどが「制 限会社jと指定された。「制限会社jは、過去10年分、及びその後も定期的に総司 令部
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経済科学局調査統計部への財務諸表の提出を要求きれ、また各種申 請書にも財務諸表の添付が必要とされた。しかし、当時の日本の会計報告書は、様式も様々で、「過去において連合司令部に提出された報告書を見るに、会計処理 法中、遺憾な点が甚だ多い」というものであった。そこで、
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調査統計部の財 務及びカルテル課長の W.G.へッスラー (W.G. Hessler)と、合名会社安田保 全社の嘱託社員村瀬玄に対して、関係当局より財務諸表調整に関する指示書の作 成が委嘱された。それによって1947年(昭和22年)に公布されたのが、「工業会社及ビ商事会社ノ財務諸表作成ニ関スル指示書
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(Instructions for the prepara‑ tion of financial statements of manufacturing and trading companies" :以下 では「指示書」と略称する。)であった。その「緒論」では、「指示書
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について「西洋諸国において一般に認められてい る会計慣習に従った工業会社及び商事会社の財務諸表作成に関する説明及ぴ指 示」という記述が行われている。それは、「日本型」会計制度の不合理性に対する 批判を意味する。批判の対象となった「日本型」会計制度の不合理性については「指示書
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に指 摘される以前に、日本の専門家によって認識きれていた。にもかかわらず、日本 内部の「事情」によって放置されていたのである。以下では、「指示書」における「日本型」会計制度に対する主要な批判を取り上げる。
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純益」概念の相違「指示書jによれば、欧米における「純益
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(Net Profit")という用語は、「対 外的支払義務j を控除した後に株主に帰属する純利益を指す。ここでいう「対外 的支払義務」とは、法人税、法定積立金、利益を基準とする役員賞与を指し、ア メリカでは、損益計算書上、費用として計上きれる。これに対して、日本では、法定積立金、利益を基準として支払う賞与金は利益処分の対象と見なされ、損益 計算書上、費用として計上きれなかったし、現在も費用計上されていない。
法人税については、「指示書」では、 F表(利益処分案)の中に掲記きれている (本章末資料参照)。現在は、利益処分案に法人税等の租税公課が掲記されること はない。しかし、商法では、「商法施行規則」の規定によって損益計算書上「税引 前当期純利益」から当期の負担に属する法人税その他の税の額、法人税等調整額 を控除して「当期純利益」を記載することが要求されている (100条)。したがっ て、損益計算書上、費用として計上きれないという点では今日も変わりない。
「指示書」では、差し当たり「純益
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に関する英米と日本の概念の相違につい て議論する必要はないとし、日本の概念に立脚した財務諸表を採用した。しかし、「純益jに関する日本の概念を採用すれば、英米会計手続 (Anglo‑American accounting practice)には通例見られない、利益処分案を期末の財務諸表中に加
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えねばならないとして、 F表(利益処分案)を要求した。したがって、貸借対照 表 (C表)、損益計算書(D表)、剰余金調整計算書 (E表)、現在未処分利益処分 案 (F表)の四つの財務諸表が、工業及ぴ商事会社の定期的財務報告書の完全な
る一組をなすものとされた(本章末資料参照)。
「法定積立金」は、当時の商法第288条の準備金をいい、次のように規定されて いた。
「会社はその資本の4分の1に達する迄は、毎決算期の利益の20分の1以上を 準備金として積み立てることを要す。」
「毎決算期の利益の20分のl以上」という規定のゆえに、実際の積立額は株主 総会で決定されなければならなかった。したがって、「法定積立金」については商 法の規定により費用計上ができなかった。
一方、役員賞与については、わが国では、利益処分の対象となっており費用計 上されてこなかった。上記の「対外的支払義務」のうち法定積立金と役員賞与に ついては、例えば、 1934年(昭和9年)に公表された「財務諸表準則」の雛形で も、損益計算書上ではなく「純損益処分計算書
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に掲記されていた。純損益計算 の区分に計上された「当期利益金」は、ここで「前期繰越利益金J
に合算され、これを「積立金
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、「株主配当金J
、「役員賞与金j、「後期繰越利益金」等に処分し た結果が記載された。第2章で取り上げた商工省臨時産業合理局財務管理委員会の当初の審議項目に 損益金処分書
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純損益処分計算書J)が含まれていたが(第2章第1節参照)、「標 準貸借対照表J
(未定稿)では言及されていなかった。「財務諸表準則J
(確定稿) において損益計算書に「純損益処分計算区分」が追加されたことについては、ア メリカの財務諸表との比較という理由があったと考えられる。すなわち、日本の「純利益」をアメリカの「純利益」と比較するためには純損益処分計算書中の法 人税、法定積立金、利益を基準とする役員賞与の額を減額する必要があったから で、ある。