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感染症研究に係る人材育成

様々な新興・再興感染症の流行、薬剤耐性や院内感染等、予測不能な脅威にさ らされている中で、感染症に係る新たな知を持続的に創出するためには、大学等 の教育、研究機関とそれを取り巻く研究環境を整備することにより、世界をリー ドする科学的知見の創出の推進を図るとともに、次世代を担う優秀な若手研究者 の養成を推進することが重要である。

本節では、(1)医学部の微生物学関連教室の現状と課題、(2)多様なバック グランドの研究者確保の必要性、(3)若手研究者の育成、の3点について述べ る。

(1) 医学部の微生物学関連教室の現状と課題

我が国における感染症研究は、国立感染症研究所及び大学附置研究所(例えば、

北海道大学人獣共通感染症リサーチセンター、東京大学医科学研究所、京都大学 ウイルス研究所、大阪大学微生物病研究所、長崎大学熱帯医学研究所)などにお いて、(後に触れる大学の学部担当教室との対比において)比較的安定的に研究 資金が投入され、国際的にも優れた研究成果が生み出されるとともに、優秀な人 材も確保されてきた。

また、臨床の領域では、インフェクションコントロールドクター(ICD)の重 要性などの認識が高まる中で感染症専門医を志す若手医師は年々増加傾向にあ る。一方で、基礎系教室の多くは、研究資金の確保に苦労している上に、教員は 研究活動や学部学生に対する教育に加え様々な日々の業務で疲弊している状況 にある。とりわけ感染症・微生物領域については、かつては、ウイルス学、細菌 学、寄生虫学(医動物学)など複数の基礎研究室が存在する大学もあったが、昨 今、他の分野の研究室に転換し微生物学関連の教室数が削減されたり、教室名は 変わらなくても必ずしも微生物学が専門ではない教員が配置されている大学が 増加している状況にある。結果として、学部学生に対し、感染症・微生物学に興 味を抱かせる教育が提供できず、当該分野の研究者を目指す者が減少し、人材の 枯渇により益々微生物学関連の研究が衰退する、という負のスパイラルに陥って いる。

この点については、他の分野の研究者の視点からは、時代とともに、研究のト レンドは変化し中心的学問領域は変遷するので、若い研究者が微生物学よりも神

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経科学や分子生物学、ゲノム科学などの領域に関心を示すのは必然であるという 見方、あるいは、感染症・微生物学の研究者が、学生に対し、当該分野の面白さ を伝える教育を提供できていない、あるいは学生が魅力を感じる研究業績を十分 に生み出せていないことが当該分野の衰退の一因ではないか、といった指摘も存 在する。

しかしながら、感染症・微生物学領域は、国民の生命と安全を守るための国家 の危機管理としての側面が強く、例えば新興感染症による重大なアウトブレイク が発生した場合にも迅速に解決策が講じられるようにするためには、微生物学を 理解した感染症専門医を持続的に育成することが不可欠であることに鑑み、微生 物学関連の学部担当教室の研究基盤を強化することにより、微生物学に関心を持 つ医学生を増やし、将来の感染症研究者を確実に養成できるような仕組みを考え ることが必要である。

(2) 多様なバックグランドの研究者の確保

近年、世界中で新たな感染症が次々と報告されているが、その多くが人獣共通 感染症である。人獣共通感染症の病原体は、元々は野生動物と共存していた微生 物であるが、人の活動領域の拡大と著しい地球環境の変化等によって自然界と人 間社会の境界が消失し、人の世界に入り込んだものである。医学部における人獣 共通感染症の研究は、人の世界に入り込んだ後に定着してしまった人に対する病 原体を主な対象としているが、人獣共通感染症から人の健康を守るためには、自 然界から人の世界に偶発的に入り込んでいるがまだ定着していない病原体や、ま だ人の世界に入り込んでいないものの人に脅威を与える可能性のある微生物に ついて理解を深めることが求められている。

従って、人獣共通感染症対策確立のためには、獣医学領域の感染症研究を同時 に推進することが重要である。また、人の感染症の研究には、必ずしも実際の病 態と一致しない動物モデルを使う必要があるが、獣医学領域の感染症研究の場合 には、その病原体の自然宿主動物を使って感染実験ができるという利点がある。

すなわち、感染症病態における本来の宿主・病原体の攻防を直接解析することが 可能という点でも、獣医学領域の感染症研究の重要性は高く、人の感染症の理解 にも貢献する可能性が高い。

人に感染する微生物だけでなく、人以外の哺乳類や鳥類に感染する微生物、魚

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類、節足動物、植物に感染する微生物、細菌に感染する微生物などを対象とした 研究から、生物学上重要な原理が発見されることもあり、医学、歯学、獣医学、

薬学、農学などの学問分野のみならず、昆虫や植物など様々な領域で微生物を扱 う研究者の連携及びコミュニティ拡大によって、様々な生物に感染する微生物に 関する研究を幅広く推進する必要がある。またこれは、将来感染症研究分野を担 う人材の育成という観点からも重要である。

薬学領域の感染症研究は、天然物創薬、合成化学創薬、微生物科学などが基盤 として不可欠であることは言うまでもなく、革新的な作用機序の創薬の実現に当 たって、医学など他の研究領域とは異なった視点での貢献が可能である。従来培 ってきた薬学独自の創薬研究をさらに推進するとともに、他分野との共同創薬研 究プロジェクトの実現により、新規性の高い価値ある成果が生まれることが期待 される。また、近年、薬剤耐性菌対策として、Antimicrobial Stewardship (AMS)

が注目される中で、感染症治療に従事する臨床薬剤師の養成を急ぐ必要がある。

医療現場での育成とともに、薬学教育の充実も重要であるが、薬学領域では、感 染症に精通した教員が不足しており、当該分野の人材の育成も重要な課題である。

さらに、感染症研究の全体的なレベル向上のためには、免疫学や分子生物学な ど微生物学以外の生命科学、さらには工学、情報科学など幅広い領域のテクノロ ジーや人材を動員することが求められており、多様な領域の研究者が参入し、相 互に交流しながら、分野横断的に創造的な感染症研究が展開できるような仕組み が期待される。

(3) 若手研究者の育成

感染症・微生物領域に限らないが、真に革新的な科学的知見は、しばしば出身 学部とは無関係に20代、30代の若手研究者から生み出されている。優秀な若手研 究者は、従来の発想にとらわれることなく、独創的に解決策を考え、新しい領域 を切り開くイノベーターである。次世代のリーダーに成り得る優秀な若手研究者 が、短期的な研究成果を出すことに追われることなく、創意工夫をしながら主体 的に研究を行うことができる安定した研究環境の整備が求められている。

最近の若手研究者について懸念されることは、感染症・微生物領域のバックグ ランドを持ち、高度な先端技術に精通し、病原体を分子レベルで解析することに 長けていても、生きた病原体を丸ごと使用した経験が不足していたり、感染現象

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そのものを見るという視点が欠落している研究者が存在することである。

次世代を担うイノベーティブな感染症・微生物領域の若手研究者には、人(宿 主)と病原体の双方を生物(生きもの)としてとらえるという感覚を研ぎ澄まし た上で、異分野との連携により幅広い領域の知識や技術を習得し、微生物と宿主 の相互作用、あるいは、宿主体内のマイクロバイオームにおける微生物間の複雑 な相互作用の分子レベルでの解明などを通じ、革新的な創薬などの成果の創生に 向け、果敢に挑戦されることを期待したい。

一方で、基礎研究の成果を創薬や診断法確立などにつなげていくためには、リ サーチマインドを持ち臨床及び基礎微生物学を理解した感染症臨床専門医の養 成も重要な課題である。難治性の予後不良のびまん性汎細気管支炎に対してマク ロライド系薬が著効を示したわずか1例の日本の症例から、世界のマクロライド 少量長期療法が生み出されたことが典型例であるが、症例の中の真実・疑問を見 逃さない目を養い、研究につなげていき、「臨床医にとって面白いトランスレー ショナルリサーチ」が推進できるような教育が必要である。

臨床の現場では、同じ病原体が、ある人には全く感染せず、ある人に感染して 軽い症状を引き起こし、人によっては重篤な症状を呈するといった現象にしばし ば遭遇するが、これまで、感染症領域では、病原体に対する宿主の疾患感受性に 関する研究は一部で進められているのみである。若い世代の感染症専門医には、

病原微生物の病原性に対する解析と、患者(宿主)に関するデータを同時にアク ティブ解析して、臨床の立場から宿主と病原体の相互作用に関する研究に取り組 むことが期待される。

なお、トランスレーショナルリサーチに取り組む感染症臨床専門医が、症例の 中で生じた疑問から、その背景にある基礎的かつ普遍的な原理を追求する研究に まで深めるのは困難であるが、必ずしもその必要はなく、リサーチマインドを持 ち臨床及び基礎微生物学を理解した感染症臨床専門医と、基礎微生物の研究者が、

所属機関の垣根を越えて相互交流を深め連携して研究を推進できるような環境 を整備することが求められる。

(追記)

検討会においては、昨今、感染症研究が分子生物学的解析に偏重し、生の病原 体を扱う感染実験が不活発な理由について議論となり、研究成果が評価されにく

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