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1.学術情報資源の現状と情報資源管理の課題

溢れかえるほどの情報が流通する現代においては時間と注意力も希少な資源となっている64。 したがって、図書館の役割は単に情報を提供するだけではなく、利用者に対して的確な情報ま たは情報源をふさわしいやり方で提供することにある。すなわち、適切な情報資源の確保と、

情報間の連結性の最大化や相互運用性を確保できるシステムの整備が、情報資源管理に課せら れた今日的課題となっている。

コンピュータとネットワークの利用技術の進展を受け、学術情報の電子化(ディジタル化)

が急速に進行した結果、参考図書や学術論文の多くについては、ネットワークを通じて容易に 本文を入手できるようになった。これにともない、出版社等との契約を通じていかに必要な情 報源に対するアクセスを確保するかが、大学図書館の重要な役割に加わることとなった。しか し、すべての資料のディジタル化が一挙に進むわけではない。当面の間は、利用者が必要とす る資料のかなりの部分は、印刷体をはじめとした旧来の形態によってしか得られないことが想 定される。このため、「紙媒体と電子媒体の両方の良さを最大限に活かす」といういわゆるハイ ブリッド・ライブラリーにより、紙と電子媒体のそれぞれでの最適な情報資源の確保が求めら れている。

一方、既存の学術資料のディジタル化が、世界の図書館や出版社と連携して資料のディジタ ル化を進めるグーグル・ブックサーチ(Google Book Search)やオープン・コンテント・アライ アンス(Open Content Alliance)、学術系出版社、学協会、大学、研究機関などに関連する学術 情報(雑誌論文、学位論文、図書など)で推進され、またそれらを検索対象とするグーグル・

スカラー(Google Scholar)の展開など、従来の限られた境界を越えて進行しつつある。さまざ まな新しいサービスが出現するなかで、図書館に対する利用者の期待は大きく変化しつつある。

今後における環境要因の変化に対応できる情報資源管理方式の革新が求められよう。

本章では、まず学術情報資源のディジタル化と大学図書館における個別の情報資源管理の現 状を整理した上で、今後における情報資源管理システムの方向性について言及する。

(1)雑誌

1990年代の後半から、主要な学術出版社は相次いで、学術雑誌のウェブ・ベースでの提供(電 子ジャーナル)を開始した。学協会出版社協会(ALPSP: Association of Learned and Professional

Society Publishers)による、2003年初めの時点で主要な学術雑誌の75%がオンラインで入手可能

(科学・工学・医学分野については83%、人文・社会科学分野については72%)という調査結

64 ハーバート A. サイモン『システムの科学.第3版』東京,パーソナルメディア,1999,p. 172-173.

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65が示すように、電子ジャーナルは今や学術研究を進める上で欠かせないものとなっている66。 この学術雑誌のディジタル化は、価格高騰問題への対応と絡んで、購読契約のあり方をも変容 させた。すなわち、図書館の集合体であるコンソーシアムを単位とした直接的な価格交渉や契 約が行なわれ、エルゼビアをはじめとした大規模出版社による「ビッグ・ディール」(当該出版 社の発行雑誌をパッケージ化した包括契約)が展開されるようになり、国立や私立の研究大学 を中心に購読タイトルが大きく増加した。また、こうした進展は、近年において外国雑誌に掲 載された論文に対する複写リクエストの大幅な減少が見られるなど、図書館間相互利用サービ スにも大きな影響を与えている(トレンド9:図書館間相互利用サービスの現状)。

国内の学術雑誌については、電子的に出版されるケースは未だ多くはない。一方国内論文に 対する複写の需要は着実に増加を続けており、ディジタル化によってもたらされるメリットは 大きい。こうしたなかで、大学関係の紀要等を、各大学の機関リポジトリ(トレンド10:機 関リポジトリ)に蓄積し、公開する取り組みも増えつつあり、今後の動向が注目される。

また、電子ジャーナルについてかねてから課題とされてきた恒久的な保存と購読を中止した 場合のバックナンバーへのアクセスについても,大きな前進が見られた。JSTOR, Ithaka,米 国議会図書館,アンドリュー W. メロン財団によって 2005 年に開始された Portico67にはエル ゼビアや米国化学会をはじめ数多くの出版社と大学図書館が参加している。また,スタンフォ ード大学を中心に開発が進められてきた分散型アーカイビングのためのオープンソース・ソフ トウェアである LOCKSS68は,参加図書館と協賛出版社を急速に拡大しつつある。さらに,LOCKSS を も と に 図 書 館 と 出 版 社 が 協 調 し て 永 続 的 な ア ク セ ス の 保 証 を 図 ろ う と い う CLOCKSS

(Controlled LOCKSS)69の取り組みも 2007 年から開始されている。 

(2)図書

欧米においては、大手の学術出版社による7万点以上の文献を集めたイーブラリ(ebrary)70

OCLC(Online Computer Library Center)のネットライブラリー71をはじめとした電子図書(ebooks)

など学術系の図書の電子出版とその利用が拡大している。しかし、わが国においては、国内出 版社の電子出版への対応の遅れなどから、導入はあまり進んでいないのが現状である。学術図 書のディジタル化は、大学図書館がVLE等と連携して新たな学習教育環境を構築していく際の 重要な要素となるものであることから、国内出版社への働きかけ等をも今後考慮する必要があ る。

65 Cox, John and Laura Cox. Scholarly Publishing Practice: the ALPSP report on academic journal publishers’

policies and practices in online publishing. West Sussex, The Association of Learned and Professional Society Publishers, 2003, 70p.

66 テノピア(Carol Tenopir)は、Ulrichsweb.com のデータをもとに、2003 年末の時点で約 5 万弱の学術 雑誌が存在し、そのうちの 3 分の 1 から半数強が電子媒体で入手可能との推測を行なっている。 Tenopir, Carol. “Online scholarly journals: how many?” Library Journal. Vol. 129, no. 2, 2004, p. 32-33.

67 Portico.http://www.portico.org/

68 LOCKSS. http://www.lockss.og/

69 CLOCKSS.

 

http://www.clockss.org/

 

70 ebrary. http://www.ebrary.com/

71 Netlibrary. http://www.netlibrary.com/Gateway.aspx.

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  大学図書館における資料収集は,これまでその多くを教員の研究費による購入、すなわち教 員の研究のために行う自然な選択に依存する傾向が強かった。こうした傾向は、外国雑誌につ いては前述した「ビッグ・ディール」の導入により共通的予算による支出へと変化が現れてき ているが、図書については同じ流れが生まれているというわけではない。むしろ、国立大学に おいては法人化移行後の研究費の減少により購入量が減少し、学習・教育のための基本図書の 確保さえもが脅かされている。サンプル調査(トレンド8:情報資源の流通と蓄積に関する調 査)の結果によると、2004年から 2006年の3年間に発行された図書のうち、六つの大学で共 通して購入されているものが399点しかないという事実は、適切な情報資源の確保という面で 大学図書館が機能していない可能性を示している。大学図書館においては、コレクション構築 を担えるような体制の整備と、収集方針の確立などが求められよう(第2章1参照)。

(3)その他

抄録、索引、百科事典等の二次情報データベースについては、1990年代後半からインターネ ットのウェブサイト上で提供される事例が多くなっている。課題としては、大学によって提供 されるデータベースの種類、数に大きな差が生じていることがあげられる。最近の傾向として、

CSAとプロクェスト(ProQuest)、エクス・リブリス(Ex Libris)とエンデバー(Endeavor)の買 収統合など、グーグルとの対抗を意識したプラットフォームの強化が相次いでおり、大学図書 館は、機能、提供コンテンツ、費用、契約条件などについて配慮し、迅速かつ適切な選択を行 っていかなければならない状況である。

こうした学術情報のディジタル化とともに、ディジタル・アーカイビングの問題が緊急の課 題となっている。情報を蓄積し将来の利用に備えることは、元来図書館の情報資源管理の基本 的な役割であった。しかし、電子資料をどこで、だれが、どのように蓄積するかについては、

急速な情報技術の進展や、情報流通システムの変動のせいで、なお見通しが立っていない問題 である。なお解決すべき技術的な問題への取り組みとともに、大学図書館としてどのように対 処するためには、個々の機関ごとには完全には対応できない問題であり、なんらかの協力体制 の整備が急がれるところである。

2.図書館の立場

ディジタル化の波は、印刷体の単純な置き換えにとどまらず、さまざまな文脈から多くのサ ービス形態を生んだ。電子テキスト、シラバス、オープンコースウェア(OCW)、VLE(Virtual Learning Environment)、機関リポジトリ、各種データベース、パス・ファインダー、ディジタル・

レファレンス、図書館ポータル、リンク・リゾルバーなど、現時点で思い浮かべるだけでこれ だけの種類がある。なかにはシステムと不可分なものもあり、電子情報資源の指す範囲は広い。

これら多様な電子情報資源を図書館としていかにサービスしていくかという課題は長期間にわ たって議論されているが、いまだ明快な解は示されていない。

このような事態が続いているのは、技術革新の続くなか、情報資源管理に対する図書館の立 場が時代変化に沿って再定義されていない点が原因だといっていいだろう。新しいサービスモ デルを考えるにしても、その基盤となる考え方から問い直さない限り、適切なモデルは構築で

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