1. 図書館サービスの時間
図書館が関わる時間には、図書館サービスの利用できる時間と、各サービスに要する時間、
つまり応答時間がある。
第一は、図書館サービスの利用時間であるが、これには、開館時間といった図書館が施設と して利用を受付ける時間と、貸出などのサービスを実施する時間の二つがある。後者のサービ ス実施時間(これを「サービス時間」という)は、必ずしも開館時間と一致しない。多くの図 書館では、開館時間の一定の時間範囲で、貸出カウンターで貸出が行われたり、相互貸借の申 し込み受付けが行われたりする。サービス時間は、いわゆる物理的な図書館では開館時間の内 で実施されていた。
大学図書館は一般に、夜遅くまで、また週末や休日にも開いている。さまざまな図書館の館 種のなかではもっとも長く開館している図書館だといってよい。平成17年度の文部科学省の
『実態調査結果報告』90によれば、平日の「時間外開館時間」(職員の勤務時間外の開館)は、
1館平均にすると年間801時間になるし(国立B規模大学では1,601時間に達する)、土曜・休 日開館はもう珍しくはない。さらには、24時間開館を実施している国立大学は12大学となっ ている。近年開館時間が大幅に延びた大学は多い。
いわゆるサービス時間については、全国統計の項目にはないから見聞きやウェブページによ る判断だが、サービス時間の延長は職員の勤務時間に関わり、にわかに延長をすることは難し い。はじめにで触れたジョージア工科大学図書館の例はきわめて大きな努力が払われたといえ よう91。しかし、以前は提供側の都合でサービス時間を決めたものだが、今では利用者側の都 合が第一にくる。そこで、サービスを一部分機械に代替させるさまざまな工夫によって、サー ビスをする人が常時いなくてもよいようにしている。サービスが機械に委ねることができれば サービス時間拡大が可能で、たとえば図書館の目録サービスや電子資料の利用は、すでに24 時間サービスが定着している。レファレンスや相互貸借の申し込みもメールなどで常時行える ことになっている図書館も多い(回答のすべてが即座に行われるわけではない)。電子サービス は開館時間に拘束されないので、サービス時間も可能なところから拡大されているといってよ い。
さて、第二のサービス時間、応答時間とは、たとえば、図書の購入請求をしてそれが提供さ れるまでの時間、あるいは相互貸借を依頼して調達されるまでの応答時間などである。教育研 究に必要な資料が、適時に確保されることは利用者にとって基本的な要求であり、その時間範 囲に図書館はどの程度で対応できるかが、図書館の価値を決めることになる。資料の購入など
90 文部科学省『平成17年度学術情報基盤実態調査結果報告』2006,p.40-42.
91 Georgia Institute of Technology. Library and Information Center. Ask us.
http://www.library.gatech.edu/research_help/ask.html
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がからめば流通の時間も含まれ、図書館だけで解決しうる問題ではないが、利用者の想定は現 在ではオンライン書店などによるサービスとの比較である。今や海外の出版物でも、「エクスプ レス・サービス」ならば数日で到着する時代である。このように、大学図書館に課せられた時 間条件はきわめて厳しいものとなっている。
実際、これまで図書館を通じて資料を確保していたのに、図書館の応答時間が遅いため、そ れを避ける流れが生じて、大学経費で購入した図書資料は共用するという共有システムが無視 され、個別に図書資料を購入し、占有し、廃棄するというケースも出てきた。この事態はやが ては図書館コレクションの衰退をもたらす。ドキュメント・デリバリーのようなサービスでも 問題は同じで、応答時間が長ければ、利用者は図書館を通じないで別の手立てを講じ始める。
こうした事態を招かないためには、資料確保のサービスを利用者が容認できる、あるいは期待 を超える時間範囲で実現する必要がある。図書購入に関しては、要求を想定した事前の取得や、
また事務ルーチンの改善により利用者への手渡しを最優先順位にするなどの対策が必要となろ う。また、図書館間相互貸借に関しては、申込み者が必要な資料を特定し直接相互貸借先に依 頼する、いわゆる「パトロン(ユーザー)イニシエイティドILL」という工夫もある92。処理時間 をにわかに短縮化することは難しいから、「サービスは顧客と共同生産するもの」だという点に 着目し、利用者の関与を歓迎し、かつサービスの準備経過を常に利用者に細かく伝えることに よって、利用者と信頼関係を築くものである。図書館サービスの時間は、今後さらに重視され るようになるだろう。迅速化とともに、さまざまな形で利用者を納得させる対応がもとめられ る。
2. 利用者の通り道
図書館サービスの場所に関しては、図書館はキャンパスの中央に置くのがよいといわれる。
図書館のサービスにどこからも等しくアクセスできるようにという考えである。できるだけ多 くの人が立ち寄れる、利用者が出かけやすい、あるいは立ち入りやすい場所が望ましいので、
利用者とくに学生の動線を考慮して図書館がつくられることが多い。校舎の近くや学生によく 使われる厚生施設も選択肢となる。また、近年ではこのように、「知の交差点」としての図書館 の新たな空間づくりが注目を浴びている(トレンド11:図書館のサービス空間)。平たくいえ ば、図書館は利用者の通り道に面した玄関を持ち、気軽に立ち寄れるのがよい。
ただし、現在の大学図書館は物理的なコレクションの収蔵とその利用場所というだけではな い。情報ネットワークを通じて電子的なコレクションの利用を提供するいわゆる「壁のない図書 館」(電子図書館的機能)でもある。利用者は、研究室や学生寮、自宅などにいながら、ネット ワークに接続すれば図書館の電子資料にアクセスし、それを利用できるようにもなっている。
このような状況においては、物理的に玄関を設けるだけではなく、電子的なアクセスのため の、いわば仮想(画面上)の玄関が必要になる。図書館サービスに誘導するこの種のものをポ ータル(玄関)とよぶ。ウェブでつくるからウェブポータルともいう。ポータルはウェブペー ジだが、単なる図書館の案内を掲載したいわゆるホームページではなく、目録をはじめとする
92 図書館でのトランザクション時間を省略しようとするもので、導入した米国の大学では大方評価がよ い。
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各種図書館サービスへの窓口機能を果たすものである。
図書館が提供するウェブサイトについての調査結果(トレンド13:図書館ウェブサイト)
によると、現在では、いわゆるホームページ風の案内にととまらず、ポータルをその内に含む かポータルへつながるようになっている。また、日本、米国、英国の大学図書館の定量的な比 較では、図書館のウェブサイトの構成要素などはほぼ同じであるが、定性的な観点からいえば、
使い勝手の良し悪しや、ポータルからつながるサービスシステムの点で違いがみえる。欧米の 図書館ポータルの多くでは、横断検索やリンキング・システム(二次情報から原文献につなぐ システム)などの、利用者を誘導するシステムが添えられている。しかしわが国ではこの種の 展開はまだ少ない。その反面、日本のものの使い勝手には工夫がみえる。
急速に膨張しつつある学術情報の宇宙を見渡し、そのなかから必要な情報を探しだすのは容 易なことではなく、そのために情報を探索するスキルが求められる。横断検索やリンキング・
システムは、そうしたスキルが完全でなくとも情報がたどれるように支援するものである。利 用者は、玄関に着いたところで導いてくれるものがなければそこにとどまってしまうかもしれ ない。わが国の大学図書館でも昨今、ウェブサイトの中でのサービス誘導システム(横断検索 や特定された二次情報から原文献へのリンキング)を導入し始めた(トレンド12:情報の検 索と入手のシナリオ)。今後急速にこのようなものが付加されることになろう。
ただし、ポータルが利用者の通り道になくてはいけないという点を考えると、ポータルがど のようにあるかだけでなく、図書館ポータルへの道程あるいは接続の具合が重要となっている。
学生は、学生生活において授業に出席し与えられた課題をこなしたり、またさまざまな活動を キャンパス内外でおこなったりしている。そのために必要な情報を求めて学生はスチューデン ト・ポータル(通常、授業・成績・厚生・就職などに関する情報を取り出すことができる)を 日々参照する。これがいわば学生の立ち寄るところである。そこにもし図書館サービスへサイ ンがあれば、図書館利用に到達できるであろう。図書館ポータルが学生の通り道に面している ことになる。多くの学生が図書館ポータルを意識せず、いつのまにか図書館に立ち寄って、活 用できるような設定が大切である。利用者の通り道から直接サービス機能に到達すればいいの であって、いうまでもないが、いちいち図書館ポータル(画面)を経由する必要はまったくな い。
同様に教員の教育研究活動における日常に図書館がどのように対応するかも想定しておかね ばならない。多くの研究者がどのような情報行動を行っているかを把握し、その際によく使用 するツールなどと図書館サービスとを結びつける必要がある。たとえばグーグル・スカラーと 図書館サービスとがリンクされていると、研究者がグーグル検索をしている際に、図書館を意 識しなくともコレクションが参照できるといった便宜を提供できる。このような利用者の通り 道を意識したサービス・インタフェースをつくりこむことが今求められているのである。
図 4-1 利用者の情報環境へのアプローチは、最上部の古いシナリオと、下部の現在のシナリ オを対照したものである。現在では下の部分のように多様なインタフェースが用意されており、
利用者はさまざまな通り道で図書館サービスに出会うというわけである。図書館を意識せずと も、通常に使っているサーチエンジンが、図書館へのコンタクトポイントとなるように、設定 しておく必要がある。