Ⅰで捉えられた1980年代半ばの情短施設の傾向、対象児の変化、全国情短施設職員研修会の一覧か ら推測されたことを踏まえて、以下、研究紀要『心理治療と治療教育』の文献を、情短施設における 児童虐待問題への取り組みという視点から概観する。その際、第7号(1996)までと第8・9号
(1998)からとで区切って考察を試みる。なぜなら、第8・9合併号において初めて「児童虐待」をテ ーマにした特集が組まれているからであり、それ以前とそれ以後を比較することによって、その変化 を捉えることができると考えたからである。この1998年は、全国情短施設職員研究会において、毎年 被虐待児の事例が報告され始めた年とも一致する。
1.第1号(1989)から第7号(1996)まで
(1)児童虐待をテーマにした論文
第7号までに児童虐待をテーマにした特集や講演記録、事例報告研究の記載はなかった。児童虐待 をテーマにしているのは、第6号(1995)の1研究論文、第7号の1エッセイのみであった。
前者の研究論文は、大阪市立児童院のセラピストであった中嶌眞知子氏による『被虐待児の実態―
虐待要因と課題』である。本研究において中嶌は、昭和58年度の厚生省調査における児童虐待の定義
(国際児童虐待常任委員会「家庭における不当な扱い」の定義に基づく)に従い、1994年2月1日現 在、大阪市立児童院に在籍する28名(男23名、女5名)の児童について虐待と考えられる事例を抽出 し、虐待の型及び状況、性別、学年、児童院入所児の学年と直接の主訴、主たる虐待者、家族構成、
処遇上の問題点等を明らかにしている。調査によると、被虐待事例は23例(身体的虐待:6例,心理 的虐待:3例,養育の怠慢・拒否:14例)あり、全体の82%を占めていた。そして、身体的虐待、心 理的虐待、養育の怠慢・拒否と分類された事例を一事例ずつ紹介している。中嶌は、「今回の調査で は、乳幼児期に親と離れて生活していた事例が4分3近くの高い割合で認められたが、これについて も、単なる物理的な分離という問題ではなく、それが親子の心理的分離につながった時に親子関係の ひずみが虐待の要因のひとつになるのではないだろうか(p.111)」と考察している。
後者のエッセイは、元名古屋市くすのき学園長の滝川一廣氏(精神科医)による『児童虐待問題に 寄せて』である。これは、前述の中嶌による研究報告の報告を受けてのものである。滝川(1996)は、
「児童虐待の防止活動に早くから取り組まれた大阪の土壌や大阪市立児童院の伝統を考え合わせて も、在籍児童の8割以上が被虐待児の数字には驚かされた。意外な多さへの驚きではなく、やっぱり、
すでにここまできているかという驚きである。他の情短施設でも被虐待児は増えてくるにちがいない。
たとえ主訴は「被虐待」でなくても、生活史を洗うと虐待の既往が浮び上がってくる事例も少なくな いだろう。私の未来予測では、被虐待児のメンタルケアこそが今後の情短施設の大きな役割と課題に なってくると思う。いや、もうなっているのだというのが児童院からの報告である。(p.71)」
と述べている。そして、児童虐待は現代社会で発生率自体が高まったのではなく、戦前から存在して はいたが、「児童虐待」という概念がなかったことを指摘し、「児童虐待とは、『現代の家族病理』と か『現代社会の病理』というよりも、昔からあり続けてきた普遍的な現象とみるほうが妥当かもしれ ない(p.71)」と述べている。この視点は、前報告(保坂他,2004;2005;2006)において継続的に明 らかにしてきた視点と共通する。また、児童虐待を「親の監護能力の欠如」という視点のみで見て、
子どもを社会全体の平均水準よりも低い養育機能しか持ち合わせていない養護施設等へ措置すれば事 足れりとしがちである日本の児童福祉の現状を指摘している。そして、情短施設の持ち合わせる専門 性を考えると、被虐待児への対応は今後、「情短施設が果すべき社会的役割の方向を示唆している
(p.73)」と述べている。
(2)報告事例について
次に、研究論文や事例研究で報告されている事例内容に目を向ける。すると、「虐待」との記述が あったり、生育歴から現行の児童虐待の定義に当てはまるのではないかと思われたものが、6事例あ ったので、以下に挙げる。
第2号(1990)からは2論文挙げられよう。一つ目は、名古屋市くすのき学園の児童が通う名古屋 市立立川名中学校教諭であった後藤昭人氏による『造形活動をとおしてみた子供たち』である。これ は、小学5年生の男児を対象に、発達課題に沿って自己表現していく過程に対応した、プラモデル作 成や粘土遊びなどの造形活動を通した指導段階の実践を報告したものである。この対象男児の主訴は、
「継母子関係不調、家出、万引き等」と記してある。生育歴をみると、父親は「淡々としていて、妻 子に対する思いやりが感じられない(p.30)」、実母は子供の世話をせず、本児が3才の時に離婚。小 学1年生の時には、実母に父方実家近くの駅に置き去りにされた。継母は実娘をかわいがり、本児は 全くかまわれておらず家出しても真剣に探そうとはしない、とある。もう一つも、名古屋市くすのき 学園による『何度も親に捨てられてきた喘息Y子の事例―情短施設のプレイルームの中で―』で、セ ラピストの村田寛子氏が報告している。生育歴によると、父親は行方不明、母親は度々家出を繰り返 した後、児童相談所へ来所して本児を置き去りにしたまま行方不明になっている。児童養護施設から 情短施設へ入所してきたケースである。両者とも、母親に置き去りにされるという経験しており、現 行定義のネグレクトに相当するのではないかと考えられた。
第3号(1991)では、名古屋市児童福祉センターの増田一二三氏(看護婦)による『情緒障害児短 期治療施設(くすのき学園)における看護者の役割について―入園児の健康教育を通して―』におい て、1983年から1990年までのギョウ虫(+)であった児童について調査した結果、「ギョウ虫(+)
の児童は園児に均等に分布するのではなく(特に入所時に(+)の児童に注意)、園児の中でも家庭
の生活基盤に問題があり、乳幼児期からきわめて不安定な養育環境におかれた児童(いわゆる「養護 性児童」)に多い(p.52)」という特徴を明らかにしている。感染反復児の特徴として、指しゃぶり、
爪噛み等の習癖があることを挙げ、そうした児童の「生活歴をたどると、乳幼児期から放置、虐待の 既往があり、乳児院など施設入所歴をもっている。母性的養育を剥奪されてきた児童、精神分析的に いえば、「口唇」的な愛情に深い飢えのある子どもたちと考えられる(p.52)」と記述している。また、
治療看護経過について3症例を挙げているが、全て被虐待児であることが推測される。症例1の児童 の生育歴によると、「幼児期より排便のしつけがされてない」「母親は子どもを育てることがめんどう との事で、家事はほとんどやらず、毎日パチンコに出かけていた(離乳食はなにもやらなかった)」
などの記述があり、弟妹は児童養護施設に入所している。症例2は、「被虐待児」と記載してあり、
乳幼児期からの父親の虐待、母親の家出が記されている。症例3では、父親との関係についての詳細 な記述はないものの、母親は家出し行方不明であった。本児をひきとった父と継母の家庭でトラブル があり一時保護所へ入所している。
第4号(1992)では、3事例報告のうち2事例が「虐待」という言葉は使われていないものの、今 日でいう「児童虐待」事例ではないかと考えられた。一つは、大阪市立児童院の生島博之氏(セラピ スト)による『放浪する一少年Kの内的世界について(その1)』である。これは、放浪癖があるこ と、授業中落ちつきがないこと、言葉づかいが不明瞭、夜尿と頻尿があることを主訴に入所した児童 の治療経過を報告した論文である。その生育歴によると、「母親は子どもがあまり好きではなく、双 生児で手がかかることもあり、妹は世話するもKの世話は父親や祖母に任せることが多かったとのこ とで、Kを抱いたり外に出すことも少なく、寝かせておくことが多かった(p.102)」「父親は、放浪す るKを厳しくせっかんし、傷ができるほどたたいたが、Kの放浪は少しも改善しなかった(p.103)」
等の記述がみられる。このような記述から、現行の定義に当てはめると、身体的虐待のケースではな いかと考えられた。もう一つは、1992年全国情短施設職員研修会、心理部会、事例検討記録である。
『愛情剥奪体験をもつKくんとのプレイの過程』という題目で、大阪市立児童院のセラピスト武田宣 子氏が発表し、大正大学カウンセリング研究所教授の村瀬嘉代子氏がコメントしている。報告事例の 対象児は小学3年生の男児で、主訴は「万引きなどの行動が頻繁にあって、お母さんの出産をひかえ て、家庭での養育が困難だということで児相に相談にこられたケース」である。生育史によると、K が生後一ヶ月時に、母親は育児のノイローゼになり自殺未遂をし、その後乳児院、施設で育っている。
また、「アルコール依存もあって、育児に不安が強く何度も家出を繰り返し(p.122)」ている。本児 が小学校就学にあたり、自宅引き取りをしている。家庭の養育基盤が弱い養護性の高いケースである と考えられた。
第7号(1996)では、大阪市立児童院の今井幸子氏(保母)による『情緒障害児への音楽活動の試 み―うたう・踊る・リズム活動の実践報告』が挙げられる。音楽活動を通して一つの事例を報告して おり、それは被虐待児の事例であった。主訴は「被虐待の疑いがもたれ、こぶ、あざ、やけどの跡あ り。食事も充分に与えられていない。過食、夜尿、虚言等あり。」であった。今井は「最近の傾向と して虐待を受けてきた児童の入所が増え、それに伴う集団指導、個別指導の難しさを一層痛感してい