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−2000年以降の国内外の動向−

ドキュメント内 児童虐待の援助法文献研究4報 (ページ 134-151)

はじめに

前報告(以下「第3報」とする)では、1980年代後半から1990年代にかけて、アメリカやイギリス で大きな社会問題となった虐待対策に対する「バックラッシュ(backlash)」(注1)について紹介し、

バックラッシュに対する反論、日本における状況について言及した。本報告では、2000年以降の「バ ックラッシュ」に関する国内外の動向について、文献を中心に概観するとともに、「バックラッシュ」

問題から出てきた「司法面接」や「子どもの記憶」にも視野を拡げて、2006年までの動向を紹介する。

1.1990年代の動向

1990年代にはアメリカやイギリスを中心に児童虐待(特に性的虐待)に対するバックラッシュが起 こったが、1990年代当時の日本にはあまり紹介されることがなかった(「第3報」参照)。例えば、西 澤(1994)は、臨床心理学の立場から『子どもの虐待』を出版するが、バックラッシュの問題はほと んど取り上げられていない。しかし、法学的立場からの編纂された『児童虐待への介入−その制度と 法〔増補版〕』(吉田他,1998)のなかで、臨床心理学の立場から西澤(1998)は「虐待を受けた子ども との面接−子どもからの証言の聴取について(第7章)」を担当、被虐待児との面接について、法的 な立場から事実を聴取する場合と臨床心理学的な立場から子どもに面接を行う場面の相違点を整理し ている。その論文のなかで、簡単にではあるが、アメリカ等で起きたバックラッシュの問題について 触れている。一方『児童心理学の進歩Vol40  2001』所収の「児童虐待」(西澤,2001)では、児童虐待 に関連する文献がレビューされるが、「虐待との関連でわが国の最近の論文で取り上げられた問題と しては、これまで述べてきたもの以外に『偽りの記憶(false  memory)』(飛鳥井1998,高橋1999)や

『代理によるミュンヒハウゼン症候群』があるが、これらの問題は紙面の都合上、別稿に譲るとした い」と2本の文献紹介だけに留まっており、それほど重要視されていない。むしろ、認知(記憶)心 理学者の高橋(1997,1999)のほうが海外の状況も含めて、性的虐待へのバックラッシュと記憶の問題 を詳細に紹介している。一方、社会学の分野からは、「第3報」で紹介した上野(1996)がバックラ ッシュの問題を大きく取り上げている。また、精神医学の分野では、飛鳥井(1998)が雑誌「精神療 法」の特集「外傷理論再考」において「外傷理論をめぐる最近の論争−『蘇った記憶』と『偽りの記 憶』について」を執筆、「記憶戦争」について詳細に報告している。齊藤(1999)も自身の臨床経験 をまとめた『封印された叫び−心的外傷と記憶』のなかでこれらの問題を扱っているが、児童福祉や 精神医学・臨床心理学等の分野でこの問題に大きな関心を示している他の書籍(論文)はあまり見つ けられなかった。しかし、以下に取り上げる矢幡(2003)の『危ない精神分析』の出版と書評

(2003.09.07朝日新聞朝刊)が端となる日本版「記憶戦争」が起こるまで、この問題は大きく取り上げ

(注1)バックラッシュ(backlash): 辞書には「(機械などの)急激な逆回転;〔政策などに対する反発、抵抗〕

とある。上野(1996)は著書のなかで「児童虐待対策に抗議する反対運動」と定義している。

られること無く、2000年代を迎えることとなる。

2.2000年代の海外での動向

(1)性的虐待に対するバックラッシュから生まれた「司法面接」の開発、性的虐待への治療

性的虐待対応への「バックラッシュ」が起きたアメリカでは、子どもに対して誘導をしないで虐待 の事実を聞きだす面接技法として、「Forensic Interview(司法面接)」が開発され、アメリカやイ ギリスではこの面接手法から得られた証言がその後の司法手続きでも有効な証拠となった。この技法 の開発により、さまざまな援助者が子どもに対して、性的虐待に関する事実確認(と法的証拠獲得の ための)面接を何度も繰り返さずに済むようになり、それはすなわち、面接で得られた情報を福祉分 野でも司法でも活かすことができるようになったことを意味する。そして、そのことは当然ながら、

性的虐待対応に関する多分野連携・協働につながっていった。それが、後述する「他職種・他機関連 携チーム(Multidisciplinary  Team,MDT)」アプローチ(Mark&Barbara(2001)、子どもの虹情報研 修センター(2003)、菱川(2007a)、菱川ら(2007b)、山田(2007)他)である。これらのことに より、性的虐待の発見が促され、対応の必要性が高まったため、アメリカでは性的虐待への治療が大 幅に進んだ。(子どもの虹情報研修センター,2004)

(2)「記憶戦争」の終焉

「第3報」で取り上げた「記憶戦争」は2000年代には急速に終息していったが、1990年代から2000 年代初めに発刊された海外での文献でもまだ曖昧な記述が複数見られる。

『子ども虐待問題の理論と研究』(Cindy  L&Robin  D  1999,伊藤友里訳2003)では、「抑圧された記 憶戦争」「子どもは性的虐待をでっちあげるか?」等のコラムで「記憶戦争」のことを紹介している が、「虐待の記憶に関するベクトルの両極はともに可能である。ある状況下では幼い頃の記憶を取り 出すことができる。また、その逆に、ある状況下では記憶を植えつけたり、埋め込んだりすることも できる(DeAngelis,1993より)」という記述に留まっている。

『虐待された子どもへの治療−精神保健、医療、法的対応から支援まで』(RobertM,2000 郭麗月 監訳,2005)においては、性的虐待対応に関して5つの章を割いて解説している。特に、第5章「成人 期における子ども時代の性的虐待の発見」では「記憶の回復」という節を設けているが、記憶戦争に 関する明確な見解は述べられておらず、催眠による記憶回復よりは精神療法等によりゆっくり記憶を 回復させること、記憶を回復することによる副作用について気をつける必要があること等が言及され るにとどまっていた。

この時代、アメリカとイギリスにおいては、記憶戦争に関して明確な線引きを行うことは慎重であ ったことが先の飛鳥井(1998)からの報告からも知ることができる。飛鳥井(1998)は「第3報」で も紹介したE.LoftusとJ.Hermanの主張や実験の紹介に留まらず、アメリカ、オーストラリア、カナ ダ、イギリス等の精神医学・心理学会における記憶戦争に関する見解表明についても触れている。飛 鳥井(1998)は、「それらの多くは、論争に対して中立的立場を維持し、冷静にバランスを保とうと

しているように見受けられる。」としたうえで、「英国心理学会作業グループによる報告(British Psychological  Society,1995)は、次のように、どちらかと言えば蘇った記憶に肯定的な見解を示して いる。…(中略)…これに対して、英国精神医学会の作業グループによる報告(Brandon,1998)は…

(中略)…英国心理学会の見解とは対照的に、蘇った記憶に対して厳しい見解を示している」とし、

「児童期の性的虐待に関する蘇った記憶と偽りの記憶をめぐる論争は、少なくとも両極端の意見を見 るかぎりは、まだまだ一定の結論に向かって終息するという方向にはないようである。」としている

(飛鳥井,1998)。

しかし、その後、2002年夏のアメリカ精神科医学会の会議において、パネリストの一団は「記憶療 法の論争は死んだ」と宣言(臨床的精神科医ニュース、2002年8月15日)され、2003年3月2日には ジョーンズ・ホプキンス大学の精神医学・行動科学部長のポール・マクヒューが「記憶戦争は終結し た」という趣旨のエッセイを発表、それが「記憶戦争終結宣言」(矢幡2003、矢幡×宮崎2004)と言 われている。イギリスでも児童精神医学の教科書 「児童青年精神医学(第4版)」(Michael Rutter&Eric  Taylor,2002、長尾・宮本監訳・日本小児精神医学研究会訳2007)に以下のような記載が あり、記憶戦争に関しては、一般に同意を見たということが、現時点での共通認識となっている。

虐待の「記憶の回復(Recovered  memories)」についての熱烈な論争から、より微妙な心理的反 応に関する研究に対して、もう1つの理論的根拠が生まれてきた。(Loftus1994,Koss1995)記憶の 回復の論争について詳しく説明することは本章の目的を逸脱するが、ここで多くの偽りの記憶

(false  memories)は記憶の回復の治療者によって植えつけられたものであること、はっきりとした 確証がないなかで記憶が回復したのか植えつけられたのかを区別することができないこと、多くの 専門家の団体が記憶を回復させる技法の使用に明確に反対していることが、今のところ一般に同意 されていることとして書きとめておきたい。(Kihlstrom1998)

また、(「記憶回復運動」の治療者側のバックボーンであるはずの)精神分析の立場からも記憶回復 運動の副作用についての見解が出されている(皆川1999,西園2007)。例えば、精神分析学会第44回大 会(山形)のシンポジウム「心的外傷と心的現実」のなかで、シンポジストの皆川が「British Journal  of Psychiatryに掲載された『記憶を回復する治療が一体どんな効果をもたらすか』という レビュー(Brandon,1998)を紹介」している。

最近、ロフタスは「ワシントン被害者補償プログラム」に提訴があった670件の請求のうち無作為に 30例を選んで調査し、結果をまとめた。それによると、26名が治療によって虐待記憶が回復したとさ れており、全例が3年後も治療を受けていた。18例は5年以上。治療前には3例が自殺を企図したの に対して、治療後は20例が自殺企図をした。入院後も、治療前も自殺企図は2例だったが、治療後に は11例に増えた。自傷行為側も、治療前は1例のみであったのが、治療後には8例に増えた。そして、

治療後にはほぼ全例で結婚生活が破綻した。こうした報告を見れば、記憶回復技法や徐反応には重篤 な副作用があると考えられる。」(皆川ほか,1999から引用)

このように、精神分析学会において、「記憶回復療法」や「除反応」への副作用が危惧されていた

ドキュメント内 児童虐待の援助法文献研究4報 (ページ 134-151)