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形態の変遷

ドキュメント内 福島県の伝統的家屋・曲家の耐震性評価 (ページ 50-54)

第3章 福島県の曲家

3.2 喜多方の曲家

3.2.1 D 邸 23)

3.2.1.4 形態の変遷

D邸の建立後の変遷を図3.2.1.323)に示す。D邸は建立から解体時における形態に至るまで 少なくとも3~4度に及ぶ増改築、ないし一部の解体や除去を行っている。

建立当時は三間取りの主屋に馬屋を収容した曲がり棟を付帯させた形態で、規模は大き いながらも比較的単純な平面であった。ただし、座敷前面には出入りにも使用したであろう 幅広の板敷きの「ろうか」を備え、「かって」前面には外縁を通したほか、座敷の床の間や 各所の戸棚や物置、「どま」には板敷きの「だいどころ」を設けているところをみると、造 作としては相当上質なものであったと考えられる。(図3.2.1.3(a))

18 世紀末頃と思われる形態では上手2室及び「べんじょ」が増築されている。この増築 時もしくは増築前には設けられたであろう「なかま」前方の「のりこみ」はその後もそのま まであったと推察される。増築座敷には「つぎのま」や床の間・前後の縁などが設けられ、

郷頭の住宅の管内巡察代官の休泊所としての接客空間がこの頃ほぼ完成している。(図

3.2.1.3(b))また、「のりこみ」が「つぎのま」前方に移り、「なかま」の物入れが仏壇に造り

かえられるのは19世紀初頭であると推察されている。(図3.2.1.3(c))

「なんど」の背面に当たる位置に裏中門式に延びる棟が増築されたのはいつ頃のことであ るかはっきりとはわかっていないが、この地域におけるこれと似た裏中門式の発足状況や 増築の痕跡などから増築されたのは建立直後ではないと推察されている。昭和初期頃に作 成された略平面には記載があることから、その年代には裏中門式に延びる棟が存在したこ とは確かであり、2室と先端に便所が付帯したものであったらしい。この頃には曲がり棟に もその先端に1間半の「うまや」1室が増設されており、半間幅の下屋を通す増築がなされ ていた。(図3.2.1.3(d))

第二次世界大戦後にはほとんど不要となり、腐食も進んでいた曲がり棟を除去してこの 部分を閉じ、便所だけを土間中央の前方に下屋として付帯させた。次いで昭和40年頃には、

不要になった背面の裏中門式の棟を解体、除去し「なんど」背面には窓を設けている。「か って」内に間仕切りを施して小室「ちゃのま」を造ったのもこの頃である。(図 3.2.1.3(e))

移築保存の際には住宅の建立当時の形態を復元するのが原則である。しかし1990年に移 築復元したD邸の場合、

⚫ 増築後が特権的郷頭層の住宅として整備された形態であること

⚫ 建立後間もない期間で最初の増築が行われ、その年代も推定できること

⚫ 増築部分の原形が良く判明したこと

⚫ 移築復元先の敷地に増築部を含めた形態を復元できる余地があったこと

などの理由から建立当時の形態(図3.2.1.3(a))ではなく1次増設後の形態(図3.2.1.3(c))

を採用し、移築復元を行った。

- 47 - (a) 建立当時

(b) 18世紀末頃 図3.2.1.3 建立後の変遷23)

- 48 - (c) 19世紀初頭

(d) 江戸期末~昭和初年 図3.2.1.3 建立後の変遷23)

- 49 -

(e) 解体当時(1989年)

図3.2.1.3 建立後の変遷23)

- 50 -

3.2.2 E 邸

24)

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