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弘 : 道す

ドキュメント内 真宗研究24号全 (ページ 39-50)

NHKブックスの﹁仏像﹂心とかたちの著者は︑彼岸の憧慢の中で︑﹁親驚聖人は偉大な合理的浄土教の師として

阿弥陀仏を思い浮べたり︑像を作ったりすることはどうでもよいことである︒阿弥陀仏は︑ここでただ絶対他力とい

う象徴的意味をもったにすぎない︒しかしそれは︑自己の罪悪への深い反省と機悔の深刻さでは進歩であったが︑美

的想像力においては退歩であったとも言へるかも知れない﹂と︑述べておられます︒

聖人の旧仏教の呪術的なものを徹底的に排除し︑造像や絵画を捨て去る教えを立てられたことは思想的発展であり︑

浄土教の確立といえましょう︒しかし︑現代人の中には︑

てらうけだんかり︑特に江戸時代の寺請檀家制度や体制は今も形が残され︑既成仏教の信仰上の大きな問題となっているのが現実で 一面浄土不信とまでもいかなくとも︑批判的な者も多くあ

はないかと思われます︒この問題は︑真宗の本尊論として論議をかもしているようですが︑私はここで本尊論を云々

する

ので

はな

く︑

ただ仏教の信仰されてきた東洋の広い地域の中で︑わが国ほど仏像が多くつくられ現存している国

はな

いと

いわ

れて

いる

また︑現存する仏像には︑大陸からの経典や仏像の伝来によってつくられたもの︑日本独自

の信仰からつくり出されたものも多く見られ︑現存する仏像には︑それぞれ歴史的背景があることはいうまでもなく︑

仏教信仰と造像

一 一

仏教

信仰

と造

そこ

には

わが国の貴族社会の権勢にまかせた願望や︑庶民信仰の願いがあり︑そうした信仰の変遷を造像に求めて

みた

いと

思い

ます

仏像の美術史的観賞になりますが︑仏像のかたちから先ず特色を述べてみたいと思います︒

大別いたしますと︑後提する資料にあるような︑如来・菩薩・明王・天部の四つが最も主なものであって︑その他︑

僧形の肖像彫刻で宗祖などの高僧像︑禅宗の頂相彫刻︑釈迦に従った十大弟子などです︒また︑わが国独自の神仏習

︿

合の理想から生まれたいわゆる垂漣としての蔵王権現︑僧形八幡︑午頭天王︑三宝荒神︑庚申信仰の青面金剛などに

分類

され

ます

︿

第一の如来については︑釈迦如来︑薬師如来︑阿弥陀如来︑大日如来がその主なもので︑その他に阿閑如来とか宝

瞳如来等があります︒如来の場合︑その姿は螺髪をつくり︑頭部は上の方が一段高く︑椀を伏せたようになって︑俗

にいう肉警相を示し︑額には︑由喜を︑身には禍衣をまとう姿が多く︑時には︑袈裟をつけた姿もあります︒ほとん

どは︑今日夕イ・セイロンの僧たちが身につける納衣です︒なお︑両肩を柄衣でおう通肩と左肩から衣をかけて︑そ

の端が右肩にかかる偏担右肩の二種類で︑通肩は外出遊行している姿︑偏担右肩は礼装であるといわれるが︑坐像で

も通肩があり混乱しているように思われる︒なお密教の最高の存在である大日如来の場合は︑頭上に宝冠をいただき︑

螺髪のかわりに暑を結っている︒また︑腕に腕時宵釧︑腕釧があって︑時には理落などの装身具をつけた菩薩の姿につ

くら

れる

菩薩の場合︑地蔵菩薩以外は主に頭上に化仏をつけたり︑警を結い︑宝冠や装身具をつけ︑身に裳をまとい︑主に

左肩から右脇に条吊をかけ背面から前に天衣を垂れている︒

明王

部は

インド教シヴアジンの異名がそのまま仏教にとり入れられて明王となったもので︑如来の使者的な性格

を与えられていたが︑後に明王の全部が大日如来の春属となり︑真言行者の守護神として︑怨怒の形相を示している︒

代表的なものに不動明王を中心とする五大明王︑愛染明王︑孔雀明王がある︒

天部は︑仏教でいう天は発語で提婆といわれ︑六道十界の一つで天上界の須弥山上にあって︑二十七の諸天から構

成さ

れ︑

インドの古代神話の神々が仏教に取り入れられ︑如来︑菩薩より低い地位におかれ︑仏法の守護神となって いる︒従って甲胃を身につけた武人の姿のものが多い︒伽藍の守護神として︑持国天︵東︶増長天︵南︶広目天︵西︶

多聞天︵北︶の四天王などがその代表的なものです︒時には︑

やさしく美しい天部として吉祥天︑技芸天などがあり

ます

如来のうち︑釈迦如来についてみますと︑わが国では︑大乗仏教との関わりからか︑釈尊の生涯を表わしたものが ︒

少なく︑主に誕生仏と浬紫仏とその中間の施無畏印︵右手︶与願印︵左手﹀の像が多く︑時には︑坐像の場合法界定 印もある︒施無畏は︑不安の除去︑与願は願いをかなえる意味で︑人間の生活不安をとり除き︑願いをかなえる存在 として表わされている︒釈迦は︑慈悲︑知恵の二徳をそなえた仏教の祖であり︑民衆の不安をとり除き︑幸福を増進 させようとする慈悲としての仏であり︑ここに誕生仏︑浬葉像よりはるかに多い姿に︑

日本人の仏教の受け取り方の

根本的な在り方を示していると思われる︒

次に薬師如来であるが︑特に現世利益信仰の対象として︑菩薩としては観音菩薩であり︑如来としてはこの薬師如 来が二大双壁といえましょう︒死に対する安心感を与える仏としての阿弥陀如来に対して︑死に結びつく︑病に打ち 勝つ力をこの薬師信仰に見ることができます︒なお︑薬師如来は他の如来と異なり︑薬師如来本願経以外の二・三の 経典にみられるだけで︑成立年代も遅く時代もはっきりわかっていません︒仏教的思想の教理面から見たとき︑両界

蔓茶羅図のどの所属にもないにもかかわらず中国や日本でかなりの信仰が得られている︒国の重文指定になっている

仏教

信仰

と造

仏教

信仰

と造

ノ、

造像数で信仰傾向をはかることは早計かも知れないが︑それを一つの手がかりとしてみるとき︑釈迦如来像は百体を 少し上回る程度︑薬師如来の場合は約二倍︑阿弥陀如来の場合は約三倍近い数となっている︒こうした数値の傾向で 仏教信仰の動向をさぐってみるとき︑薬師如来の姿が奈良時代までは釈迦如来の印相と同じで︑与願印︑施無畏印で

あって︑平安時代以降︑左手に薬査を持つ形がつくられるようになったといわれる︒また結蜘扶座の場合︑左足を外

に組む降魔座像が多いと思われる︒︵右足を外に組むのを吉祥座像︶薬師信仰と釈迦信仰の区別はもとはなかったの ではなかろうか︑奈良時代から平安時代にかけて︑薬師は︑

わが国最初の国家的流行の仏像であったと思われる︒イ ンドより中国に多く︑中国より日本の方がはるかに多い︒ここに日本人の合理的実利精神の反映がみられる︒また日

本仏教が天台教義との深い関わりで浸透し定着していった過程も伺われる︒それは︑天台智顕の聞いた天台山の本尊

は文

殊菩

薩で

ある

が︑

わが国仏教界の二大源流の一つである天台宗を開いた最澄は比叡山根本中堂に薬師如来を杷つ

てい

る︒

日本天台が︑密教・禅法・円・戒の四つを融合した四宗融合の法門で教学を綜合した綜合仏教学園であり︑

浄土教・禅宗・日蓮宗と日本文化の雑種的混合的性格が日本仏教の根底に流れ︑こうした傾向がまた神仏融合の日本 人の精神丈化が生む垂法仏の仏像を造るに至ったのであろう︒同時に今日の現世利益的傾向の強い新興宗教の温存的 要素が薬師信仰に見られる︒

つづいてこうした現世利益信仰では満足できず︑そのくせそうした願を根底に秘めながら︑永遠の生を求めて薬師 如来に変って大衆信仰の座を占めたのが阿弥陀如来であろう︒阿弥陀信仰は当然︑末法思想と相まってさかんになっ たもので︑平安中期以降顕著になっている︒薬師如来から阿弥陀如来への政権移動劇を表しているのが浄瑠璃寺では なかろうか︑本堂の阿弥陀如来は︑西方の浄土であり︑池をへだてて南の塔は︑病める者の現世利益の救済から薬師 如来像が安置されている︒

阿弥陀如来の場合︑座像から立像への動きにも注目せなければならない︒座像の場合は膝の上で掌をかさね︑第一 指と第二指を結ぶ弥陀定印︵上生印︶が主で︑説法印︵中生印﹀は少なく︑西方浄土での姿を示している︒立像の場 合は︑来迎印︵下生印︶で極楽浄土より迎えにくる姿で︑ここに浄土教の思想的変化が形の上で現われたとみるべき

です

往生要集による源信の教えから法然の思想︑そして更に親驚に至って浄土教の思想が徹底していったとみるべきで ︒

しよ

う︒

H臨終待つに及ばずμ

ここに脇侍の観音・勢至の必要がなくなり︑

一尊の阿弥陀の形式がとられていったと

考え

られ

る︒

つぎに大日経・金剛頂経が説く大日如来であるが︑形からみると前述の釈迦・薬師・阿弥陀如来と異なり︑螺髪

がなく︑頭上に警を結い宝冠や胸に理洛をつけ菩薩形をとっている真言密教の中心本尊である︒印相は︑大日経に説

く大日如来は膝の上に両掌を重ねる禅定印で俗にいう法界定印でこれは胎蔵界の大日如来である︒金剛頂経の説く大

ちけんいん

日如来は両手を胸の前で左手の人さし指を右の拳で握る智拳印の印相でこれを金剛界の大日如来という︒胎蔵界大日 如来は理の世界を表わす中心本尊であり︑金剛界の場合は智の世界を説くといわれる︒

大日如来は︑密教原理の上では大変重要な仏であるが︑庶民の信仰の対象としては︑

なじみの薄い仏といわねばな

らない︒国の重文指定が約六十体であることもそれを示している︒その理由として考えられるのは︑

日本の生活文化

史の流れは平安前期から後期に入って胎動したと思われる︒仏教史の流れにしても︑藤原期から鎌倉時代に新興宗教 として︑浄土宗・浄土真宗・禅宗・日蓮宗が台頭し︑貴族仏教としてもっぱら加持祈祷に従事する傾向から︑庶民の 願との直接関係のある仏様に人気があつまったのであろう︒また︑佐和先生は︑大日如来に人気のない理由の一っと して︑大日如来は︑知の仏であるためだろうといっておられます︒宇宙の絶対の仏として理論的につくりあげられた

教仏

信仰

と造

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