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 マ  郎  3§ i註  歳  歳

 v    a   v

車 美︵18歳・高校3年︶ 協ス24歳・他出︶ 司︵26歳︶

さんを除いて全部他出している。

 さて,甚五郎さん夫妻の御教示によると,甚五郎さんは,10年ぐらい前から

「:五郎兵衛ノ オド」とrefer・addressされるようになった。その前は,長 男精一郎さんの出生時(大正12年)以後から 「五郎兵衛ノ ドー」とrefer・

addressされていた。婿入り時から長男出生時までは,「五郎兵衛ノ ア:一」

とrefer・addressされていた。

 キエさんは,30回すぎまでは「五郎兵衛ノ キx」 とrefer・addressされ た。それ以後は,現在までずっと「五郎兵衛ノ アバ」 とrefer・addressさ れている。

 精一郎さんは,幼児期から青年期にかけ,さらにリマさんと結婚後も,「五 郎兵衛ノ セッコ」とrefer・addressされていた。セッコは,精一郎さんの 愛称である。 「五郎兵衛ノ アニ」とrefer・addressされなかった点が泉家        一 103 一

を含む津軽一般の場含と違う点である。長勇の司さんが出生後数年して,「五 郎兵衛ノ トッチャ」 とrefer・addressされるようになった。 現在でも,

「五郎兵衛ノ トッチャ」とrefer・addressされている。

 リマさんは,嫁入り当座は「五郎兵衛ノ アネ」とrefer・addressされて いた。長男の司さんが出生後も数年このようにrefer・addressされていた が,それ以後はずっと「五郎兵衛ノ カッチャ」とrefer・addressされてい る。 これは,夫の精一一郎さんが「五郎兵衛ノ トッチャ」とrefer・address されるようになったのと時期を問じくしている。

 司・三二・卓美の3人は,「五郎兵衛ノ 司(・協二・車美)」と,名前で refer・addressされている。

 さて,この司・協二・車回の3人の孫は,祖父母の甚五郎さん夫妻を現在も ジ…一チャ・ババチャその他の祖父名称・祖母名称ではrefer蛾ddressしてはい ない。依然としてオド・アバとrefer ・ addressしている。また,父母の精一郎 さん夫妻をトッチャ・カッチャとrefer・addressしている。3人の孫ばかり でなく,甚五郎さん夫妻・精一郎さん夫妻の4入も,お互いに他の3入をこの ようにオド・アバ・トッチャ・カッチャとrefer・addressしている。前述し たように,ムラの人びともこうrefer・addressしている。

 前廷三家の場合のように,沼田家でも嫡孫の司さんが結婚して子どもをもつ ようになれば,甚五郎さん夫妻はオド・アバからジーチャ・ババチャとrefer

・addressされるようになるのかも知れない。それに対応して,精一一郎さん夫 妻がトッチャ・カッチャからオド・アバとrefer・addressされるようになる のかも知れない。

 それはともかく,現在の沼田家におけるオド・アバ・トッチャ・カッチャと いう親族名称は,世代によって類S[」された,れっきとした家・家族内地位親族 語である。すなわち沼田家では,現在も甚五郎さん夫妻が家長・主婦の座にあ

るのだが,この家長・主婦の座にある,同家の最も上の世代の夫妻がオド・ア バだということになる。そして,やがては同家の長勇・主婦の座につくであろ う立場にある,その下の世代の,かつ子どもをもっている夫妻がトッチャ・カ ッチャである,ということになる。

 泉・沼田の両家における上述のようなreferenceやaddressの型は,何もこ の二つの農家の家族に限ったことではない。蟹田町の他の家それに菓津軽郡 三厩村・西津軽郡深浦町・北津軽郡板籾ロ町などにおけるわたしの調査事例で も,同じ事実がいくつか確められている。青森県方書に非常に造詣の深い此身 正年さんの即新版 青森県の方言』 (昭和43年 津軽書房) を読むと,その

「語彙譜第3章共通語と比べて意義に差のある語」の冒頭に次のような記 述がある。わたしの上述の立論と深い関連があるので,長文になるが,引用さ せていただくことにする。国語学者である此島さんの記述と社会学の研究者で あるわたしのこれまでの記述の間には,ニュアンスの上で若干の違いがあるの は止むを得ない。 ともかく青森県方言になじみのうすい方でも, これを読め ば,わたしのいう「家・家族内地位親族語を使用する型」が青森県地方の方言 に広く存在しているのだなということは,じゅうぶん理解していただけるはず

だ。

   (上略)家族に関する呼称について注意すべきことがある。父母を表わす語に方言   特有の「オト・ドド(南部に多い)・アヤ」 「日戸・ガガ(南部に多い)・アバ・

  アパ」等があるが,最近は特に都会地ではこういう語を悪いことばとして避け,共   通語式のトーサン・カーサンを用いることが普通になって来た。学校における共通   語指導もたいてい父母の呼称から始まるが,こどもたちが日常最も多く使う語とし   て当然である。ところが,このトーサン・カーーサンの使い方を見ると,東京あたり   の用法と比べてやや異様に感じるのは,融分の父母をこう称するほかに,アノエノ   トーサン(あの家のとうさん)とか,よその家を訪ねて「卜一サンイマスカ」と家   人に問うようなばあいで,しかもこういう言い方が,こどもならともかく,大人同   志の改まった会話に出て来るのである。すなわち,1・ 一一サンは単に父子関係を表わ   すというよりも家における家長という地位をむしろ多く意味しているのであって,

  東京で妻が夫のことを他人に話す場合に「主入」と薄い,他の夫を1一御主人」と言   うのにトーサンは梢臆するのである。嗣様にしてカーサンは主婦の意であって,単   紘に母子関係の母ではないのである。なぜ共通語式のtl 一一サン・カーサンがこのよ   うに,意義の差を生じたかと言うに,これは気欝のオト・オカの類の用法と関連し   て来るのであって,オト・オカの類が単純な父母の意でなくむしろ家長・主婦の意   が強いことにもとっくのである。その一・一一一一つのよい証拠として,腿村では,長男夫婦        一 10Jr ...

  が一人前になってこどもができても,老父母がまだ隠屠しないでいる間は,老父母   が孫からもオト・アバと呼ばれ,長男夫婦はアヤ・アパと区別して言われること   が,今なお稀ではないようである。長男を意味する:本来の語はアニであり,そこへ   来た嫁はアネであって,旧婚後しばらくはアニ・アネと呼ばれるが,最初の子がで   きる時分からアヤ・アパとなり,さらに4◎を過ぎる時分に家の中心としての地伎が   できると,男はオト,女はオカないしアバとなるのが,津軽あたりの普通の順序で   あるらしい。そこで,子ができても従来の惰性でアニ・アネと家内で呼ばれている   ばあいには,子が自分の父母をアニ・アネと呼ぶこともあり,特に母親をアネと呼   ぶのは決して珍しいことではないようである。手もとにある弘前市の農村地帯の高   杉小学校の調査(昭和34年)では,母の呼称にアバ・アッチャ・チチの3語が金児   重578のうち439と圧倒的に多数を占めているほかに,このアネが10人あり,さらに   これはわずか二人ながらオバコがあるのはおもしろい。オバ・オバコは次男以下の   嫁であり,そういう家内の地位をその子まで用いているのであって,大都会では夫   婦単位の家庭が急速に増撫しつつあり,それがまた地方にしだいに及んで来ていて   も,弘繭市附近に今なおこういう家庭があるということは,伝統的家族舗度保持論   者が晶晶の涙をこぼしそうな事実である。 (p. 98〜100)

 もう一つ,今度は窩由県砺波方言の事例を示すことにする。昭和45年10月,

富山県砺波市へ調査に行ったときのことである。わたしは,同市太郎丸5857に ナ  善

善総ツ文川蝉栄

三         ツ

哀区笹踊蔵イ平イ乍

       

長 二 長 三 二 四 五 男 男 女 男 女 男 男

)   )   〉   )   )   )   )

以下7人目きょうだいも,

した。

シゲイ︵三女︶

       長兄の善三郎さんだけをアンカと

   つまり善三郎さんだけが家族のだれからもアンカとrefer・addressさ れた。次に,親は二男の総平さんだけをオッジャとrefer・addressした。そ ればかりか長兄の善三郎さんもツヨさん・文蔵さん以下の弟妹もすべて総平さ んだけをオッジャとrefer・addressした。つまり総平さんだけが家族のだれ からもオッジャとrefer・addressされた。それでは,善三郎・総平の両氏以 お住いの堀総平さん(当時83歳)という 老人にお会いした。同氏の御教示による

と,岡氏には子どものころ左記のような 7人のきょうだいがいた。親の善六・ナ ヲさん夫妻は,長男の善三郎さんだけを アンカとrefer・addressした。総平さん       refer t address

外のきょうだいは,どうrefer・addressされたのかと尋ねると,親は,これ らの人びとを名前でrefer・addressしたという。親愛の意を表す接尾辞「マ」

をつけて, たとえば「文マ」「昭マ」 などとrefer・addressすることもあ った。善三郎以下のきょうだいも,これと周じ方式でツヨさん以下のきょうだ いを1 efer・addressしたとし・うのだ。

 さて,こういうことになると,堀家におけるアンカという親族名称は,兄・

長兄とか長男を意味する個人親族語ではない。堀家の嫡男,つまり将来堀家の 家長の座につくべき立場にあるむすごを意味する家・家族内地位親族語であ る。それだからこそ善三郎さんだけが親からも,弟や妹からも同じようにアン カとrefer ・ addressされたのである。会社の中で,課長だけが社長からも部 長からも,そして係長や平社員からも,同じように「課長」とrefer・address

される。これと全く岡じである。

 岡じように,堀家におけるオッジャは,長男に対する二男以下とか兄に対す る弟を意味する二人親族語ではない。堀家における非嫡男,つまり将来堀家の 家長の座にすわるべき立場にないむすごたちの最年長者を意味する家・家族内 地位親族語である。だからこそ,総平さんだけが親からも兄からも,そして弟 妹からも詞じようにオッジャとrefer ・ addressされたのである。オッジャ は,おそらくオジ,つまり家の非嫡系(・傍系)成員である男子を意味する偲 言にジャのついた形であろう。母をハハジャ・ハハジャヒi・・ハジャヒト,兄 をアー=一ジャ・アmジa・ヒト,姉をアネジャ・アネジャヒトなどというのと岡じ である。

 砺波市表町の野村米作さん(当時57歳)・杉野矢一さん(同71歳)その他の 方がたからは,オジ・オッジャについて,また,次のような教示があった。現 在は名前でaddressすることが多いが,昔は親は,家の非嫡系成罠である二・

三男に向かって, 「オッジャ」 「オジ」とrefer・addressした:。たとえば,

「オジ,ハヨー 来ンカ (早く来ないか)。」とか,「オッジャ,ハヨー 来ン カ。」などと。親だけでなく,兄や姉も弟に対してこのようにaddressした。

 第2節で述べたように,標準語の,長努に対する二男・三男,という単語,

それに兄・姉に対する弟という単語は,referenceには使えても, addressに        一107一

ドキュメント内 各地方言親族語彙の言語社会学的研究 1 (ページ 106-112)

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