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  (8) Eワ C・Dノ ソーリョームス:コダ。

  (9)Fワ C・Dノ ソーリョームスメ(=長女)ダ。

  ⑯ Gワ C・Dノ ニバンムスコ(注6)(=二男)ダ。

  〈11) Hワ C・Dノ バッチ(注7)(または,バッチムスメ)ダ。

  働 Aワ E・F・G・Hノ ジッチサマ(篇お祖父さん)ダ。

  ㈲ Bワ E・F・G・Hノ バッパサマ(=お祖母さん)ダ。

  (14)E・F・G・Hワ A・Bノ マゴダ。

 これに対して,「アノ入ワ コノ家(つまり甲家)ノ ーダ。」という文 型を使ってreferするとする。そうすると,福島北部方言社会では,甲家の家 長・主婦の世代がA・BであるかC・Dであるかの違いに対応して,次のよう に個人親族語を使い分けることが多いのだ。

 1,Aが家長, Bが主婦の場合   ㈲ Aワ 国家ノ オトッツァマダ。

  ⑯ Bワ 国家ノ オッカサマダ。

  ㈲ Cワ 甲家ノ ムスコダ。

  ⑱ Dワ 洋弓ノ ヨメダ。

  ⑲ E・F・G・H:ワ 甲家ノ マゴダ。

  ㈲ Eワ 甲家ノ ソーリョーマゴ(または,マゴムスコノ ソーーリョ

    一一)ダ。

  ⑳ Fワ 甲家ノ マゴムスメノ ソーリョーダ。

  ㈱ Gワ 甲家ノ マゴムスコノ ニバンメダ。

  ㈱ Hワ 甲家ノ バッチマゴダ。

 ただし,Dが隣家の家つき娘で, Cがその婿養子の場合は,次のようになる   ㈱ Cワ 旧家ノ ムコダ。

  ㈲ Dワ 甲家ノ ムスメダ。

 ∬ Cが家長,Dが主婦の場合   ㈲ Aワ 甲家ノ ジッチサマダ。

       一28一

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 つまり甲家以外の第三者が「アノ人ワ

てreferするのに,どのような個人親族語を佼うか,その使い分けの原点(・基 準)になるのは,甲家の家長・主婦の座にあるのが誰と誰かということだ。家 長・主婦の座にある夫婦がすなわち「甲家ノ オトッツァマ・オッカサマ」で ある。これが基準となって,その一つ上の世代は「甲西ノ ジッチサマ・バッ パサマ」となる。反対に一つ下の世代は 「甲家ノ ムスコ・メムス」,そして

「甲家ノ ヨメ」となる。この世代が家つき娘と婿養子の場合は, 「甲家ノ ムスメ・ムコ」ということになる。そして更にそのもう一つ下の世代は,「甲

.家ノ マゴ」ということになる。このようにして,福島北部方言社会では「ア ノ人ワ コノ家ノーダ。」という文型を使ってreferする場合,一の部分 に登場する個人親族語は,いわば家一長・主婦の世代を基準とする家・家族中心 の世代原理とでもいうべきものによって選択されることが多いのだ,というこ とになる。

 したがって,A・BまたはC・Dを指して,「甲骨ノ オトッツァマ・オッ カサマ」といった場合のオトッツアマ・オッカサマは,A・Bを指して「Cノ オトッツアマ・オッカサマ」といい,C・Dを指して「E・F・G・Hノ オ

トッツァマ・オッカサマ」といった場合のオトッツァマ・オッカサマとは,明 らかにその語彙的意味が異なるといわねばならない。単なる「父・母」の意味 で使われているのではない。「建家の家長・主婦の座にあるもの」という意昧 で使われているのだ。「father・mother」という個人親族語としての意味では なく, 「その家(・家族)の家長・主婦」という性格の全く異なる意味で使用        一29一

Bワ 甲家ノ バッパサマダ。

Cワ 甲家ノ オトッツァマダ。

Dワ 甲家ノ オッカサマダ。

E・F・G・難ワ 甲家ノ ムスコト ムスメダ。

Eワ 姻家ノ ソーiJヨームスコダ。

Fワ 甲家ノ ソーリョムスメダ。

Gワ 甲家ノ ニバンコムスコダ。

H:ワ 甲家ノ バッチ(または,バッチムスメ)ダ。

      甲家ノーダ。」 という文型を使っ

されているのである。

 同じように,A・Bを「町家ノ ジッチサマ・バッパサマ1といった場合の ジッチサマ・バッパサマは,A・Bを「E・F・G・Hノ ジッチサマ・バッ パサマ」といった場合のジッチサマ・バッパサマとは明らかにその語彙的意味 が異なっている。単なる「祖父(grandfather)・祖母(grandmother)」の意.

味で使われているのではない。「甲家の家長・主婦の座を息子夫婦のC・Dに ゆずって,現在は隠居の座にあるもの」という意味で使われているのだ。この

ようにいわねばならない。

 ついでにいえば,第1図において,C・Dが仮にE・F・G・Hのような息,

子・息女をもっていない夫婦であっても,C・D夫婦が甲家の家長夫婦であれ ば,第三者は次のようにreferする。

   Cワ 旧家ノ オトッツァマダ。

   Dワ 甲家ノ オッカサマダ。

   Aワ 甲家ノ ジッチサマダ。

   Bワ 甲i家ノ バッパサマダ。

 つまりこの場合の「オトッッァマ・オッカサマ」は,「甲家の家長・主婦の 座にあるもの」の意味で使われているのである。また,「ジッチサマ・バッパ

サマ」は,「家長・主婦の座にある,この子供をもたない夫婦(注8)のもう一D・

上の世代のもの」という意味で使われているのである。

 研究者の中には,子どもをもたない(つまり父・母ではない)C・Dが「甲:

家ノ オトッツァマ・オッカサマ」と父・母名称でreferされ,岡じく孫を もたない(つまり祖父・祖母でない)A・Bが「旧家ノ ジッチサマ・バッパ.

サマ」 と祖父・禎母名称でreferされることをE・F・G・Hのような子ど も(・孫)の存在を虚構することによって説開しょうとする人がいる。(注g)し.

かし,わたしはこの場合はこのような虚構説はとらない。これまで述べてきた、

ような家長・主婦の世代を基準とする世代原理によって説闘するのが最も合理 的であると考える。 (なお,この親族名称の虚構的用法ということについては 第2論文の第7節でわたしの意見を述べる。)

 周じように,CやE・Gを「甲家ノ ムスコ」といった場含のムスコは, C

を「A・Bノ ムスコ」といい,EとGを「C・1)ノ ムスコ」といった場合 のムスコとは開らかに意味が異なっている。FとH,それに家つき娘である場 合のDを「甲家ノ ムスメ」といった場合のムスメも,FとHを「C・Dノ ムスメ」といい,家つき娘である場合のDを「A・Bノ ムスメ」といった場

・合のムスメとは明らかに意味が異なっている。 単なる「恩子(son)」「娘

(daughter)」の意味ではない。「甲家の家長・主婦の座にあるA・Bまたは C・Dの一世代下の者,つまり息子・娘」という意昧をもっているのだ。

 E・F・G・Hを「甲家ノ マゴ」といった場合のマゴも,彼らを「A・B ノ マゴ」といった場合のマゴとは明らかに意味が異なる。単なる「孫(grand

・child)」の意味ではなく,「甲家の家長・主婦の座にある夫婦の二世代下の者,

つまり孫」という意味をもっているのだ。

 Dを「甲家ノ ヨメ」といった場合のヨメも,単なるしゅうと・しゅうとめ

・婿・こじゅうとに対する「嫁」という意味で使われているのではない。Bを

「甲家の主婦の座についているもの」という意味で「甲家ノ オッカサマ」と τeferする。これに対してDは,「まだ甲家の主婦の座についていないもの」

という意味で「甲家ノ ヨメ」とreferされるのだ。 (ただし, Dが嫁でなく 家つき娘の場合は,「甲家ノ ムスメ」とreferされる。)

 それが証拠に,福島北部方言社会では,Dが甲家に嫁入りした当座はもちろ ん「甲家ノ ヨメ」とreferされる。だが,そればかりではない。その後10年 20年と経過しても,つまり年齢でいえば,30歳をすぎ,40歳をすぎても,そし

て子どものE・F・G・Hが高校生ぐらいの年齢になっても,まだBから主婦 の座をゆずられていない。そういうことになると,彼女は,甲家以外の第三者

(主に年輩の第三者)によってなお依然として「甲家ノ ヨメ」とreferされ

.ることが多いのである。

 主婦の座をゆずられではじめて,晴れて「甲家ノ オッカサマ」とreferさ れるようになるのだ。これに対応して,Bは「甲家ノ オッカサマ」から「甲 家ノ バッパサマ」へ,そしてE・F・G・Hは岬家ノ マゴ」から岬家

ノ ムスコ・ムスメ」へと,甲家以外の第三者によるreference termがそれ ぞれ一世代ずつ昇格していくのである。

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 同じことは,Dの夫であるCの場合にも存在する。 Cは, Aから家長の座を ゆずられていなければ,たとえ30歳をすぎ,40歳をすぎても,そしてE・F・

G・Hが高校生ぐらいの年齢になっても,甲家以外の第三者(主に年輩の第三 者)からなお依然として「甲家ノ ムスコ」 (Cが婿養子の場合は「甲家ノ ムコ」)とreferされることが多い。家長の座をゆずられではじめて,晴れて

「甲家ノ オトッツァマ」へ,そしてE・F・G・Hは「甲家ノ マゴ」から

「甲家ノ ムスコト ムスメ」へと,甲家以外の第三者によるreference term がそれぞれ一世代ずつ昇格していくのである。

 こんなわけで,家族を構成する個々の成員を推し示す二二親族藷に家(・家 族)を意味するノ格の飾り名和を冠して,たとえば「甲家ノ 一」とrefer する場合(注10),その義人親族語は単なる個人と個人の親族関係を指し示してい

るのではない。その家(・家族)の中での集団成員としての地位を考慮に入れ た上で,個人と個人の親族関係を指し示しているのだ。しかも,その場合具体 的にどのような個人親族語を選択するかということの基準(・原点)になって いるのは,家長・主婦の座にいるのがどの世代の者かということである。

4 論点の整理

 ここで,これまで述べてきたことを要約し,論点を整理してみよう。帳入親 族語は,姻人と個人の間に存在する親族関係,瀦のことばでいえば続柄だけを 指し示すものだ。だから,その意味・用法は,いわば個人の原理によって貫か れていなければならないはずのものである。たとえば,父・母は息子・娘との 関係においてしか父・母であり得ないし,患子・娘は父・母との関係において しか息子・娘であり得ない。ある個人と他のある個人との間に存在する純粋に 個人的な社会関係においてある一定の条件を満たした春だけが父・母であり,

息子・娘である。

 したがって,父・母・息子・娘を意味する単語は,それぞれある一定の条 件を満たしたある個人と他のある個人との関係(もしくはその関係にある個人)

にだけ適用することができる性質のものである。この意味で,これらの単語の

ドキュメント内 各地方言親族語彙の言語社会学的研究 1 (ページ 30-91)

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