第一節 対日直接投資の効用
日本経済は構造調整下にある。従って、国内需要による自律的な景気回復は当面望 みにくく、外需による景気の下支え効果を考えざるを得ない状況にある。今後も中国 との競争激化が見込まれる中で、中国への生産拠点の移転が進まざるを得ないともい える。とはいえ、人民元の大幅な切り上げ・ドル安が、米国経済ひいては世界経済に とって大きなリスクになる以上、為替調整によって日本国内から中国等への生産拠点 の移転を抑制することは期待すべきでなく、また、仮に外圧等により人民元を切り上 げさせることが可能であるとしても、そうすべきではない。仮に、為替調整のみで国 内の産業空洞化を抑制したとしても、中期的には日本経済の競争力を削ぐだけであ る。その一方で、米国の経常収支赤字に伴うドル大幅調整リスクが世界に伝播するの を未然に防ぐ意味で、いち早く日本経済は構造問題を解決し、自律的な回復を目指す 必要がある。
中国という大きな経済圏の登場により、環太平洋圏の貿易・産業構造も大きく変わ らざるを得ない。日本にとって早急な産業の高度化は不可欠である。しかも、世界で も稀に見るスピードで少子高齢化が進む中、日本経済が活力を維持するためには、資 産・人的資源の効率化を通じた企業の効率化を進めると同時に、少子高齢化対策も進 めていかなければならない。第一章で述べたように、緩やかなペースながらも規制緩 和をはじめとする構造改革が動きはじめ、労働市場も徐々に弾力化しつつある。しか も、民営化を利用してコストを抑制しながら保育所を増設する等、女性の労働参加を 促進する政策も出始めている。こうした政策は、人口の減少が労働力の減少に直接結
(注)1985年と2002年の変化を見たもの。
(出所)OECD資料より野村総合研究所作成
経済政策=余裕なし 経済政策=余裕あり
0 2 4 6 8 10 12 14 16
30 50 70 90 110 130 150
︵
短 期 金 利︑
%︶
(公的債務残高/名目GDP、%) 日本 ドイツ
(図表42) 金融財政政策の余裕なくなるG7
びつくことを避けると同時に、企業の活力の向上により全要素生産性の上昇を促し、
日本の潜在成長率の低下を抑制することに主眼が置かれている。
企業を活性化し、ひいては就業者の拡大に大きく寄与する施策として、不良債権処 理の促進や民営化による国内の競争促進のみならず、海外からの資本の受け入れ(対 日直接投資の促進)という方法も極めて重要となる。実際に、80年代の米国は対米直 接投資を促進する様々な政策を打ち出し、日本企業に対しても米国内への誘致を積極 的に行った。この結果、今では米国内の製造業に従事する就業者のうち、14%近くは 外資系企業で働くまでに至っている。これに対し、JETROの試算では日本では外資系製 造業で働く雇用者は全雇用者の5.3%にとどまる。外資系の進出が激しいと思われてい る金融・保険業でも12%弱と、米国の製造業に及ばない。同時期の英国でも、税制優 遇など対内直接投資を促進するために数々の優遇措置を実施した。サッチャー首相自 らが日本企業を訪問し、日本企業の英国への誘致を促している。また、最近では対内 直接投資の促進により経済を活性化した国として、アイルランドが有名となっている。
アイルランドでは、①賃金の抑制、②ヨーロッパ最低水準までの法人税率引き下げ、
③ハイテク団地の設置などの積極的な外資誘致により経済の活性化に成功している。
こうした対内直接投資拡大策の結果、英米諸国では対内直接投資残高の対GDP比が軒 並み20%を超えているのに対し、日本は1%にも満たない。
発展途上国や小国にとっての対内直接投資拡大の意義は比較的理解しやすい。発展 途上国の場合、豊富な労働力はあるが民間企業が十分育っておらず、資本や技術が欠 如している場合が多い。そこで、海外企業に資本や技術の提供を求めるという意味で、
対内直接投資促進が提唱される。これに対し、すでに成熟化した経済にとっての対内 直接投資の意義はどこにあるのか。確かに、成熟化した経済の場合には、外国資本の 参入増大は、資本や雇用の拡大というよりは、既存の企業や産業との競合・移転とい う側面が強まるため、単純に対内直接投資の増大が国内資本・雇用の拡大につながる とはかぎらない。従って、成熟化経済にとっての対内直接投資の意義は、外国企業が 持つ新しい発想や経営手法の導入により国内資源の再活性化につながり、企業家精神 に刺激を与え、成熟化したサプライサイドに効率化・活性化をもたらすことで、マク ロ的には全要素生産性の上昇につながる、ということに求められる。こうした企業の 活性化を通じた全要素生産性の上昇こそが、人口減少による潜在成長率の低下リスク を未然に防ぐために日本経済にとって最も必要なことである。
第二節 対日直接投資の経済的効果
先進国における対内直接投資が、実際にどのくらい企業の活性化に結びついている のであろうか。OECDをはじめとする先進国のデータを用いて検証してみよう。(図表 43)には、開業率で測った企業活動の活性度と対内直接投資残高の対GDP比率を示して いる。これを見ると、対内直接投資が大きい国ほど、開業率が高いことが明らかにな る。こうした活発な企業動向は生産性の上昇に結びつきやすく、対内直接投資残高が 大きい国ほど全要素生産性の伸びも高いことが明確にわかる(図表44)。先進国にお いても、対内直接投資が経済の活性化につながっているのである。しかも、ここ数年
の傾向として、オーストラリア、カナダ、イギリス、米国など対内直接投資の多い国 が比較的堅調な景気を辿ってきている。
では、日本で対内直接投資の水準が際立って低く、また増加しにくい理由はどこに あるのか。まず、日本国内にある有形無形の参入障壁が挙げられる。OECDは統一の基 準で各国の参入障壁の高さを指数化している。これを見ると、日本は、イタリア、フ ランス、ベルギーに次いで4番目に参入障壁が高い国に数えられており、G7の中でも 参入障壁の高さが対内直接投資の流入を抑制していることがわかる(図表45)。有形無 形の参入障壁は、単純な規制のあるなしから日本と欧米諸国との文化の違いに根ざすも のまで多岐にわたる。
(注)対内直接投資残高対GDP比、全要素生産性上昇率ともに1996〜2000年の平均。
(出所)IMF、OECD資料よりNRI作成。
2 4 6 8 10 12 14
0 5 10 15 20 25
(開業率%)
(対内直接投資残高対GDP比%)
米
日
独 仏
英
伊
(図表43) 直接投資と開業率の相関関係
(注)1988〜94年の平均。
(出所)欧州委員会「ヨーロッパ中小企業白書」、IMF資料よりNRI作成。
0.4 0.6 0.8 1.0 1.2 1.4 1.6 1.8
0 10 20 30 40
(対内直接投資残高対GDP比%)
(全要素生産性上昇率%)
米
日
独
仏
伊
英 加
(図表44) 対内直接投資と生産性の関係
JETROの「対日直接投資に関する外資系企業の意識調査」は、日本で活動する外資系 企業の日本のビジネス環境に対する意識をサーベイしている。2003年3月の調査によれ ば、ここ2〜3年の内に改善したものとして5割以上の人が、①地価・オフィスの賃 料、②通信料金・電気料金・インフラコストを挙げている。更に、3割以上の人が、③ 労働市場の流動化、④物流コスト(流通機構)の改善、を認めている。この改善してい るという意識が強い上位4分野を見ると、地価の下落を除けば、規制緩和が推進された 分野と一致している。電力については、96年以降段階的に自由化が進められている。更 に、通信については、NTTの分割民営化を始めとして自由化が積極的に進められ、今や インターネット接続料金については世界でも有数の低価格国になっている。更に、人材 派遣業における派遣業種の拡大や大店舗法の緩和により近年W・R比率が大幅に低下して きている。
いくら国内で改善しているとはいえ世界基準で見た場合にどうであるかは別問題であ るが、同調査はアジア諸国間でのビジネス環境の比較も実施している(図表46)。これ を見ると、日本の長所と短所がよくわかる。2位以下を大きく引き離して1位にあるの はIT等の産業インフラ、有能な人材・技術といった日本の労働力や技術の質に関する部 分である。一方、空港・物流拠点などの公益インフラや事業コスト、税金、人件費等の 各種コストの高さに大きな弱点がある。こうした分野では中国が圧倒的な強さを誇って いる。
規制緩和の経済効果については、いろいろな試算方法がある。基本的には、規制緩和 による価格の下落が消費者余剰にどのような影響をもたらすかという観点から応用一般 均衡モデルを用いた分析、費用フロンティア分析などの手法が用いられることが多 い。Clifford Winstonがまとめた80年代の米国における多岐多業種にわたる規制緩 和の効果が、年間360〜460億ドルあったとの試算や、1997年の経済企画庁(現内閣 府)による90年以降の規制緩和による利用者メリットが年平均4.62兆円あったという 試算も基本的には価格下落のインパクトを試算する方法をとっている。
(図表45) 高い日本の参入障壁
0.0 0.5 1.0 1.5 2.0 2.5 3.0
0 1 2 3 4 5 6
(参 入 障 壁 指 数 、 1 9 9 8 年 時 点 )
(対 内 直 接 投 資 対 G D P 比 % ) 米
日 独
仏 伊
英 加
(注)「参入障壁指数」は、OECDワーキングペーパー(Nicoletti et al, 2000)より。
数字が大きいほど障壁が高いことを表す。対内直接投資対GDP比は、1996〜2000年の平均。
(出所)OECD、IMF資料よりNRI作成。