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NRI中期経済予測2004-2008
−環太平洋圏の構造変化に揺れる日本経済−
要約と結論
日本経済の再生は、資産及び人的資源の効率化による「高コスト体質の是正」を通じて達成され ると、野村総合研究所は主張してきた。同時に、分権化や女性の労働参加を中心に「少子高齢化 対策」の重要性も強調した。今回の景気回復は循環的要素が強く、経済再生に向けた改革スピー ドが緩慢であることは認めざるを得ない。しかし、我々が主張してきた日本経済の再生のための 資産・人的資源の効率化も確実に進展している。設備投資が大幅に拡大する下でも過剰資本が減 少し、「生産性に見合う賃金体系への移行」を通じた人的資源の効率化も製造業から非製造業へ と広がりはじめた。更に、政策面でも人材派遣業での規制緩和や保育所の拡充など、「少子高齢 化対策」で一定の進展が見られる。 90年代の米国経済は、「賃金の抑制」「安価な輸入品の拡大」「移民の有効活用」の三つの要因 の相互作用により安定を維持してきた。しかし、足下で「双子の赤字」が急速に拡大するなど変 調の兆しもある。また日・米・アジア間の貿易、産業構造が大幅に変化し、米国の最大の貿易赤 字相手国が中国になる中で、人民元に対する割安感が高まっている。しかし、仮に一気に50%の 人民元切り上げが行われたとしても、米国の対中赤字は解消しない。それどころか、米国経済安 定の三要因の一つ、「安価な輸入品の拡大」という条件を崩すことにもなる。また、日本では産 業の高度化や労働市場の弾力化が米国ほど進んでおらず、人民元の大幅切り上げが短期的な経済 の浮揚効果を持つとしても、中長期的には産業の高度化を遅らせることにつながる。 経常赤字の拡大が続く中、人民元問題等を契機としてドル安が急速に進行する可能性もある。 「ドル安」は、「ドル不安(経常赤字のファイナンス不安)」にまでは結びつかなくとも、世界 経済ひいては米国経済に大きなマイナスの影響をもたらす。ドルの減価は輸入物価の上昇を通じ て結果的に米国の内需を抑制する。更に、米国が「大国」であるがゆえに、輸入の減少が世界経 済の大幅な需要減退に直結し、翻って米国自身の輸出をも抑制する。NRI米国経済中期モデルを 用いたシミュレーションによれば、20%のドル安だけで世界経済を1%程度抑制する。こうした 状況下では、日本は円高と世界需要の低迷という二重の悪影響を受け、デフレ圧力が増大する。 米国経済の「双子の赤字」の再登場や人民元問題の発生など、環太平洋圏の経済構造は大きく変 貌している。外的要因の変化に柔軟に対応するためにも、日本経済の再生を急がなければならな い。野村総合研究所では、高コスト体質の是正策として、不良債権処理の促進、規制緩和・民営 化の推進を主張してきたが、対日直接投資も重要な施策となる。対日直接投資は他の先進国に比 べ異常なまでの低水準にあるが、その積極的な活用は企業間の競争を高め、生産性向上の原動力 となり得る。為替調整だけに頼ることなく、日本経済の再生を進めることが肝要である。 経済研究部 経済解析研究室目 次
序 章 ... 1
第一章 日本経済再生への胎動 ... 3
第一節 循環的景気回復と構造変化 第二節 設備投資拡大下でも過剰感は減少 第三節 人的資源の効率化と個人消費 第四節 80年代の米国と比べて進展度合いは? 第五節 規制緩和・民営化はどこまで進んだのか? 第六節 日本経済の中期展望第二章 米国経済安定の三要因 ... 12
第一節 90年代米国経済繁栄の秘密 第二節 物価安定+低失業率を可能にするもの 第三節 FRBの低金利政策が支えた米国経済第三章 環太平洋経済圏の変容...18
第一節 中国経済の現状 第二節 人民元の均衡レート 第三節 人民元の割安感が為替調整なしで解消されるまでの時間 第四節 人民元切り上げの日米経済への影響 第五節 日本の中国現地法人の機能変化 第六節 人民元切り上げは日本にとって中期的にプラスかマイナスか 第七節 人民元切り上げは米国経済にマイナス第四章 米国経済の中期展望と日本経済の行方...29
第一節 FRBの金融政策の自由度を奪うもの 第二節 最大のリスクはデフレではなく輸入インフレ 第三節 マドルスルーシナリオ 第四節 ドル安容認(近隣窮乏化)シナリオ 第五節 プラザ合意との違い第五章 対日直接投資の勧め ... 38
第一節 対日直接投資の効用 第二節 対日直接投資の経済的効果 第三節 英語・経済規模は理由にならない結びにかえて ... 45
補論 ... ....47
序章
2000年以降、経済・社会を巡り最も大きく変化したものは、厳しい経済状況の原因 とその処方箋に対する国民の認識だったのではなかろうか。バブル崩壊後も、日本政 府は依然として旧来型の総需要管理策を経済政策の中心に置き、経済の再生を目指し てきた。また、それを国民も多かれ少なかれ支持してきた。しかし、90年代を通じて 総事業規模で120兆円を越える公共投資を実施したにもかかわらず、幾度かの循環的な 景気回復はあったものの、日本経済が自律的な回復過程に回帰することはなかった。 こうした事実への反省に基づき、2000年には「痛み」を伴う経済構造改革を提唱し た小泉氏が首相に選出され、その後、小泉内閣の下で、財政再建路線を堅持しつつ、 特殊法人改革をはじめとする民営化・規制緩和が進められている。去る11月9日の国 政選挙においても、中小企業対策や年金制度改革などに若干の温度差はあるものの、 財政再建路線を堅持しつつ規制緩和を促進する姿勢に、自民党・民主党間で大きな違 いは見られなかった。ここ数年間で、大きな方向としての「構造改革」推進について は、国民のコンセンサスが得られているように思える。 野村総合研究所では、過去数年に渡って日本が抱える構造問題を分析し、構造改革 の手法として「日本経済再生への処方箋」を提示してきた。まず、高い成長が見込み にくい成熟化経済の下で①ITの活用等を通じた資産効率の改善、②「生産性に見合う 賃金体系」への移行を通じた労働の効率化による企業の活性化、を日本経済再生の基 本方針に据えた。その具体的手法(処方箋)として、①不良債権を不稼動資産の集合 体と捉え、その処理を推進し、非製造業部門に多く見られる不稼動資産・過剰労働力 の問題を解決することで半強制的に企業に効率化を促す、②競争を通じた効率化の推 進だけでなく、企業の活動範囲を広げるという意味でも民営化・規制緩和を積極的に 推し進める、ことを提唱した。また、こうした施策の遂行には需要不足という痛みを 伴うが、その緩和策として旧来型の公共投資に頼るべきではなく、相続税・贈与税の 改正による資産の世代間移転の促進やセイフティネットの拡充等による個人消費の活 性化に活路を見出すべきであるとした。加えて、急速に進行する少子高齢化対策とし ては、英国式のエージェンシー制度を活用した公務員の削減、オランダ式のパートタ イム労働、地方分権の推進により、行財政組織の効率化を進めることで資金を捻出 し、保育所や特別養護老人ホームの設立等を通じて女性の労働参加の促進および地域 特性にあった生活関連社会資本の充実を図ることが肝要であると主張してきた。 日本経済は、2002年初を景気の底として、21世紀初めての循環的な回復局面を迎え つつある。今回の景気回復は、経済政策が公共投資依存型から構造改革路線に大きく 舵を切ったあと初めての景気回復という意味で、90年代の景気回復とは大きく性質を 異にする。 今回の「NRI中期経済予測2004-2008」では、まず、第一章で、足下の循環的な景気 回復について、我々が主張してきた「日本経済再生への処方箋」という中長期的な視点から検討を加える。 現在の日本経済は、財政再建・規制緩和等を中心とする構造改革路線が確立されつ つあり、程度の差はあれ、再生に向けた我々の主張と同じ路線上にあると考えられ る。しかし、効率化や規制緩和の進展下での公共投資に頼らない景気回復であるがゆ えに、その回復力は限定的で脆弱であることも否めない。こうした環境下では、外的 要因によって、日本経済の中期的な方向が左右される可能性も否定できない。 第二章および第三章では、日本経済の中期的なトレンドに大きな影響を与える可能 性の高い世界経済の動向に検討を加える。まず、第二章では米国経済の中期的動向を 検討する。90年代を通じて米国経済が高成長(低失業)+低インフレという好調な状 態を維持しえた理由が、主に①賃金の抑制、②海外からの安価な輸入品の拡大、③移 民の活用、という三つの要因にあることを証明する。2000年以降のITバブル崩壊やイ ラク問題の勃発にも拘わらず景気が急速に冷え込むことがなかった背景としては、上 記の三つの要因が損なわれなかったため、FRBが積極的な金融緩和を実施し得たことを 指摘する。従って、この三つの要因が大きく変化した時に米国経済の中期的なトレン ドは大きく変化する。 米国経済がこの三要因を損なう契機として、経常赤字の大幅拡大を背景とした米国 自身の外交・通商戦略の変更がまず考えられる。そこで、第三章では中国人民元を取 り上げ、人民元レート変更による米国及び日本経済への影響を検討する。人民元の競 争均衡レートを算出した後、人民元の切り上げが必ずしも米国経済ひいては世界経済 のプラスにはならないことを論証する。これに対し、日本は米国に比べてサービス 化・産業の高付加価値化が遅れ、中国と競合関係の強い労働集約的な産業が国内に多 く残っている。そのため、人民元の切り上げが、こうした労働集約的な企業・業種の 競争力を一時的に増加させ、短期的には景気にプラスに働くことを示す。 しかし、人民元の切り上げを契機とした米国の為替政策の変更は、世界経済に大き な悪影響をもたらすため、日本経済に対する短期的なプラスは簡単に消えてしまう。 為替調整による不均衡の是正は、中長期的な視野に立てば日本国内の非効率な企業を 温存し、産業の高度化を阻害する副作用も生じさせる。従って、為替レートの調整の みに頼るのではなく、高コスト体質を是正し国内産業の高度化を進めることが肝要と なる。こうした分析に基づき、第四章では、ドルの動向を中心にしたシナリオを想定 し、NRI米国経済中期モデル及びNRI中期経済モデル(JMAP)を用いてシミュレーショ ンを行った。その結果をベースにして、米国経済シナリオ、および、その下での日本 経済シナリオを提示する。 米国経常赤字の修正をスムーズにするためにも、日本経済の自律的回復は不可欠で ある。そこで、第五章では、規制緩和や民営化の促進が高コスト体質の是正に有効で あることを再確認すると同時に、「外資の導入」すなわち対日直接投資の活性化とい う施策が極めて重要であることを指摘する。
第一章 日本経済再生への胎動
現在、日本経済は2002年初を底とした循環的な景気回復局面にある。2003年度の 実質GDPは前年比2.9%と3%近い成長率が見込まれ、1∼1.5%程度と推定される 潜在成長率を上回る公算が大きい。この景気回復に対し、いわゆる「構造改革」 (小泉首相の推進する改革にせよNRIの処方箋にせよ)の成果が現れ始めたとみる意 見がある一方で、構造改革を先送りもしくはスピードダウンし、「痛み」を回避し た結果による回復とする意見もある。同じ景気回復という現象も、前者と後者では 中期的な意味合いが全く異なってくる。そこで本章ではまず今回の景気回復の特徴 を分析し、それが構造改革下での景気回復であると明確に位置付けた上で、中期的 なシナリオを提示する。 第一節 循環的景気回復と構造変化 (図表1)には、実質GDP成長率の要因分解を示している。これを見ると、90年代 の2回の景気回復は公的需要(公共投資+政府最終消費)の拡大により支えられてい たことが明確にわかる。それに対し今回の景気拡大局面では、公的需要がむしろマイ ナスに働いている。従って、政府が財政再建路線を堅持していることは明らかであ る。こうした公的需要の役割をみても、今回の景気回復は、少なくとも90年代に見ら れた景気回復とは性格を異にする。 財政再建に加えて、野村総合研究所は、不良債権処理、即ち過剰資本の削減によ る資産効率の改善と「生産性に見合う賃金体系への移行」を通じた労働効率の改善 による日本経済の再生を主張してきた。今回の景気回復は外需の拡大を契機とした 設備投資と堅調な個人消費に支えられている。こうした中でも、我々が主張してき た日本経済再生に不可欠な効率化は、ペースは緩やかながらも進展しており、決し -2.0% -1.0% 0.0% 1.0% 2.0% 3.0% 4.0% 5.0% 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 03 04 実質GDP 民間内需 公的 需要 外需 (注)02年度までは実績、03-04年度はNRI短期経済見通しに基づく (出所)内閣府資料よりNRI作成 (図表1)2000年度以降 公共投資の寄与度が大幅に低下て停滞しているわけではない。以下、今回の景気回復の主役である設備投資と個人 消費の特徴を詳しく分析する。 第二節 設備投資拡大下でも過剰感は減少 今回の景気回復の原動力は設備投資の拡大である。2003年度に前年比13.3%の伸び を見た後、04年度も前年比8.7%と拡大基調が持続する公算が大きい。前年比13.3% という数字は90年以降で最も高い伸び率であり、このような大幅な設備投資の増加に より資本ストックの過剰感が更に拡大するとの懸念が強まっている。しかし、実際に は、2003∼04年に大幅な設備投資の増加があっても、過剰感はむしろ縮小する。野村 総合研究所では「中期経済予測2003-2007」(2002年12月発表)において、生産能力 を正確に反映する純資本ストックを計算した上で、日本経済の抱える過剰資本を推計 し、2000年時点で総資産のうち20%強が過剰であると試算した。同じ推計方法を用い て今回の経済見通しに基づく過剰比率を試算してみると(図表2)、2004年の過剰比率 は4∼5%程度にまで低下する。これは、3%近いGDP成長率に基づく大幅な需要拡大 が見込まれることもあるが、今回の設備投資の内容が、生産能力の拡大よりも更新投 資の比率が高いことも、資本ストックの拡大を抑制している。昨今の設備投資の拡大 は、まさに、企業設備の新陳代謝が活発化してきていることを示しているのである。 (図表2)明確化する過剰資本ストックの減少傾向 (注)1.減耗率、除却率を反映した純資本ストックベース。除却率は、国富調査と 国民経済計算を利用して計算した2001年の数値が今後も続くと仮定した。 過剰資本ストックは生産関数を推計した後、既往の最大の稼働率を想定した時 の最適資本ストック額と実際のストック額の差額を計算したもの。 詳しい試算方法は、「NRI中期経済予測2003-2007」参照 2.2003年の数値は、就業者数、稼働率、就業時間については7月までの数値の 前年比を用いて計算した。また、2003年の実質GDPと実質設備投資額について は、NRIの2003年9月時点での予測値を用いた。2004年の数値は就業者数、稼働率、 就業時間は、2003年から不変とした。また、2004年の実質GDPと実質設備投資額に ついては、NRIの2003年9月時点の予測値を用いた。 (出所) 内閣府資料よりNRI作成 -10.0 -5.0 0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 80 84 88 92 96 2000 2004 (過剰資本ストック比率、%) 予測
第三節 人的資源の効率化と個人消費 個人消費についても、2003年度0.9%、2004年度0.9%と比較的底固い動きが予想 される。こうした中、完全失業率が5%半ばから上昇していないことから、企業の労 働効率化に向けた努力が停滞しているのではないかという懸念もでてこよう。しか し、人的資源の効率化も、ペースは緩やかであるが確実に進展している。 人的資源の効率化は「生産性に見合う賃金体系」への移行を通じて達成される。こ うした認識に基づき、まったく変化していないかにみえる日本企業においても、製造 業内部では、90年代を通じて生産性に見合う賃金体系に移行してきたことを昨年発表 の「中期経済予測2003-2007」で示した。更に、非製造業の非効率な賃金体系の残存 (注)▲は90-95年の平均、□は98-01年の平均上昇率を示す ▲、□は、各業種を示す (出所)内閣府・厚生労働省資料よりNRI作成 (図表3)「生産性に見合う賃金体系」への移行が進展 66% 67% 68% 69% 70% 71% 72% 73% 74% 75% 90 91 92 93 9 4 95 9 6 97 98 99 00 01 02 03 04 労働分配率 予 想 (図表4) 低下トレンドに入った労働分配率 (注) 2003∼04年度の雇用者所得はNRI経済見通しに基づく。国民所得は名目GDPの伸び率に従った。 (出所) NRI y = -0.4434x + 1.7824 y = 0.2056x - 0.8237 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 (賃金上昇率%) (生産性上昇率%) 90-
98-が問題であることを指摘した。しかし、金融パニックが起こり急速に景気が下降線を 辿った98年以降の変化を改めて詳しく見ると、非製造業でも変化の兆しが見られる。 (図表3)は、縦軸に賃金の伸び率、横軸に生産性の伸び率をとり、90-95年の変化 と98-2001年の変化とを比較している。これを見ると、非製造業を中心に賃金の伸び が低下していることが確認できる一方、90年前半には逆相関となっていた生産性の上 昇率と賃金の上昇率が、順相関に変化してきていることがわかる。これは、少しづつ ではあるが非製造業においても生産性に見合う賃金体系への移行が進んでいることを 示している。こうしたことを背景に、労働分配率の上昇にも歯止めがかかり、低下ト レンドが見え始めている(図表4)。 第四節 80 年代の米国と比べて進展度合いは? こうした厳しい経済環境は、日本が世界ではじめて経験するものではない。米国に とっては70年代から80年代に辿ってきた道である。現在の日本にとっての中国は、当 時の米国にとっての日本に相当する。70年代の米国は日本の輸出攻勢にさらされ、継 続的な対日貿易赤字を記録するようになった。8 0 年には、戦後米国産業の牽引役で あった自動車産業のビック3、G M 、フォード、クライスラーがそろって赤字に転落 し、クライスラーは企業存続の危機にまで至った。米国製造業の競争力が低下する 中、製造業の就業者数が継続的に減少した。 国内需要がどの程度海外からの財でまかなわれているか、即ち、製造業の競争力を 示す輸入浸透度を見ても、80年代以降、趨勢的に国内製造業の製品から輸入品へと移 行していることが見て取れる(図表10参照)。しかし同時に、製造業の生産性も継続 的に上昇している。これは、国際競争の激化により、米国製造業が常に効率化を迫ら れ、それを実践したことを示している。これこそが90年代の米国経済繁栄の礎となっ ている。サービス化が急速に進んだ米国経済でも、実際に、生産性を上昇させてきた 原動力は製造業にあったのである(図表5)。 0 50 100 150 200 250 300 1978 1982 1986 1990 1994 1998 (1978=100) 製造業 全産業 (図表5)80年代以降は製造業の生産性上昇が牽引した米国 (出所)米国商務省資料よりNRI作成
製造業が就業者数を減少させる中で、新たに労働力を吸収したのがサービス業で あった(図表6)。80年代以降のスピンオフやアウトソース需要の増加に加え、経済 のサービス化の進行にともなって、人材派遣業や対事業所・対個人サービス等の新業 種への需要が急速に高まった。こうした新業種での雇用拡大の背景には、70年代後半 から積極的に進められた規制緩和や民営化が大きな役割を果たしていたことは言うま でもない。 もちろん、米国でも、製造業を解雇された就業者が直接サービス業に入るケースは さほど多くなく、仮に再雇用されても、かなりの賃金低下を余儀なくされた(図表 7)。こうした状況下、むしろパートタイム労働や共稼ぎ世帯(女性の労働参加)が 増加していったのである。経済のサービス化の進展は、パートタイムなど雇用形態の 多様化をもたらす。雇用形態の多様化は、企業の効率的な労働力の利用、即ち賃金コ ストの抑制を可能とし、製品価格の低下に結びつく。従って、家計にとっては名目賃 金が大きく伸びなくても、実質ベースでの購買力は維持されることになる。こうした メカニズムが働けば、企業部門が活性化するだけでなく、労働分配率が低下する中で も、実質ベースでの購買力が維持され個人消費の拡大が見込まれる。80年代以降の米 国では、まさにこのメカニズムが働いたのである。 日本でもパートタイム労働の拡大(図表8)など、労働形態の多様化が進みつつあ る。しかし、人的資源の効率化・労働形態の多様化が進み始めたことは事実だが、 ペースは極めて緩慢である。マクロ的にはピークアウト感のでた労働分配率について も規模別・業種別に見ると、若干の温度差がある(図表9)。大企業製造業では、明 らかに労働分配率が低下傾向にあり、これが最近の企業業績・株価上昇の一要因でも ある。しかし中小企業では、労働分配率はむしろ上昇傾向にある。雇用者数の動向を みると、ごく最近になって中小企業の雇用者数が減り始めた段階にある。 -500 0 500 1000 1500 2000 2500 3000 80 82 8 4 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 製造業 建設業 金融・不動産業 小売業 サービス業 (万人)(図表6)サービス業での雇用拡大が目立つ (出所)米国労働省資料よりNRI作成
(図表8)パートタイム労働が大幅に拡大 (図表7) 転職に伴う賃金変動(米国) (出所)米国労働省資料よりNRI作成 (注) 前年比計算には常用雇用指数を用いた。事業所規模5人以上のデータ。 (出所) 厚生労働省資料よりNRI作成 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 1994 1995 1996 1997 1998 1999 2000 2001 2002 (前年比、%) パートタイム労働者 一般労働者 50 55 60 65 70 75 80 85 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 2000 02 40 42 44 46 48 50 52 54 56 58 60 (%) (%) 中小企業(左軸) 大企業(右軸) (図表9)労働分配率の推移(事業所規模別) (注)1. 労働分配率=人件費/(人件費+減価償却費+支払利息・割引料+経常利益)×100 2. 2003年の数値は第2四半期までの実績値の前年比を利用して計算したもの (出所)財務省資料よりNRI作成 2割以上 減少(A) 2割以上 増加(B) A-B 84 33.7 21.8 11.9 86 26.5 32.5 -6.0 88 32.9 23.0 9.9 90 27.2 28.9 -1.7 92 31.1 23.7 7.4 94 34.4 19.4 15.0 96 33.7 21.3 12.4 98 26.1 24.4 1.7 00 23.7 26.1 -2.4
日米で輸入浸透度と生産性の動きを比較すると、製造業の生産性の改善度が米国に かなり遅れている。中国等のアジア諸国の追い上げで、80年代の米国同様に日本の輸 入浸透度が急速に上昇している一方で、80∼90年代の米国に比べて製造業の生産性の 上昇が緩慢なことがわかる(図表10)。これは、大企業を中心に進んできた企業部門 の資産及び人的資源の効率化が、結果的に中小企業にしわ寄せされ、現在、その中小 企業での効率化がようやく始まりつつあることを示している。従って、現在の日本経 済は、「NRI中期経済予測2003-2007」で主張した「非製造業の効率化」→「製造業の 活性化」→「非製造業への需要拡大」というメカニズムが回り始める一歩手前に位置 すると言えよう。 (図表10) 輸入浸透度の上昇と生産性の関係:日米比較 (注) 名目輸入浸透度=輸入額/(出荷額−輸出額)*100 (出所) 米国商務省資料、OECD資料よりNRI作成 第五節 規制緩和・民営化はどこまで進んだのか? 製造業と非製造業との好循環メカニズムを促進するための施策として、最も重要な のが規制緩和および民営化の推進である。これらにより、非製造業における効率化が 推進され、民間企業の活動の場が拡大する効果が期待できる。そこで野村総合研究所 は、空港や保育所の民営化、地方公共団体職員のパートタイム化等を例として挙げ、 非製造業部門での効率化の重要性を主張してきた。 近年の規制緩和の進展度合いについては、意見が大きく分かれる。道路公団や郵政 の民営化をめぐる議論の混乱を見ると、まったく進展していないようにも思える。し かし、大きな一歩を踏み出したといえる分野もある。 遅々として進まない規制緩和を、やる気のある地方の発意で推し進めることを目的 として構造改革特区が動き出した。第二次募集分までで、すでに総計164もの計画が認 定された。特区の中には、農業や運輸部門での規制緩和が多く盛り込まれている上 に、規制の巣窟とも言える教育や医療分野においても、混合診療の解禁など積極的に 0 50 100 150 200 250 300 1978 1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 0 2 4 6 8 10 12 労働生産性 (製造業、左軸) 名目輸入浸透度 (製造業商品、右軸) ( 1 9 7 8 年 = 1 0 0 ) (%) 0 50 100 150 200 250 300 1978 1981 1984 1987 1990 1993 1996 1999 0 5 10 15 20 25 名目輸入浸透度 (製造業商品、右軸) 労働生産性 (製造業、左軸) ( 1 9 7 8 年 = 1 0 0 ) (%) 日本 米国 (注) 名目輸入浸透度=輸入額/(出荷額−輸出額)*100 (出所) 内閣府資料、OECD資料よりNRI作成
議論される土俵ができつつある。更に、日本の場合、運輸部門の経済波及効果が大き いことに加え、航路がシンガポール等に奪われている状況を踏まえると、港湾の規制 緩和は注目に値する(補論1参照)。 少子高齢化対策の最も重要な施策として位置付けられる保育所の整備も確実に進ん でいる。「新エンゼルプラン」や「待機児童ゼロ作戦」を背景に、90年代一貫して減 少してきた保育所の数が2000年以降増加に転じている。更に重要なことは、こうした 保育所の運営形態が公営から私営へとシフトしてきていることである(図表11)。そ の結果、2000年以降、確実に増加し続けてきた保育所の運営予算が、2004年には5 億円程度ではあるが減少に転じている (図表12)。これは、民営化によるコスト削減 効果の顕在化とも考えられる。また、女性の労働参加の促進や企業の人的資源効率化 に欠かせない人材派遣業の規制緩和についても、派遣期間を、現行の1年から3年ま で延長することが認められた。この他にも、資本金1円で起業を認める起業支援策や 6,000 8,000 10,000 12,000 14,000 1990.4 1992.4 1994.4 1996.4 1998.4 2000.4 2002.10 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 公営(ヶ所) 私営(ヶ所) 伸率(公営) 伸率(私営) (カ所) (% ) (出所)厚生労働省、『社会福祉施設等調査報告』、『厚生労働白書』、新聞報道よりNRI作成 (図表11) 民営化比率高まる保育所 109 142 150 145 100 156 156 194 18 25 25 0 100 200 300 400 2001 2002 2003 2004 その他 保育所の設備整備費 保育所の運営費 (億円) 5億円減少 (図表12) 民営化が保育所運営費を削減 (出所)厚生労働省 雇用均等・児童家庭局保育課 発表のデータよりNRI作成
司法制度改革、国立大学の独立行政法人への移行など、大きく進展を見せている分野 もある。 過剰資本と不良債権が表裏一体の関係にあることを考えれば、過剰資本の減少は、 不良債権処理も一定の進展を見せていることと同義である。景気の循環的拡大による 部分もあるとはみられるが、実際に、不良債権残高は低下傾向を示している。賃金体 系の変化が非製造業にも徐々に浸透し始め、労働分配率も低下しはじめた。ペースが 緩慢であることは否めないが、政策的には、規制緩和・民営化路線が堅持されてお り、需要拡大策としては、公共工事を中心とした財政出動に頼ることなく、贈与税・ 相続税の改正などを通じた個人消費の活性化策がとられている。 第六節 日本経済の中期展望 ここまで見てきたように、今回の景気回復は、いわゆる資産及び人的資源の効率化 の遅れを反映するものではなく、野村総合研究所が主張してきた日本経済再生への処 方箋と齟齬をきたすものではない。民間部門で人的資源の効率化が進み、規制緩和や 保育所の拡充などの施策でも進展している部分が散見され始めた。しかし、過剰資本 は、減少傾向にあるとはいえ依然残っていることも事実である。加えて、企業の効率 化が大企業から中小企業へと進むにつれて、中小企業の労働分配率低下に伴う失業者 の増加も考えられる。産業再生機構が本格的に稼動し始めれば、不良債権処理の加速 も想定される。こうした意味からは、今回の景気回復は、あくまで企業の効率化進行 下での循環的な回復であり、すぐに完全失業率が大幅に低下するとは考えにくい。野 村総合研究所が主張してきた施策に従って日本経済の再生がなされ、自律的な経済成 長路線に回帰するには今しばらく時間がかかる、と考えるべきであろう。 このような状況を勘案し、昨年の「NRI中期経済予測2003-2007」の「現状維持シナ リオ」+「効率化進展シナリオ」をベースに、向こう5年間の日本中期経済見通しを 改定した。見通しの内容としては、今後、中小企業・非製造業における更なる効率化 の進展が想定され、完全失業率は当面高止まる。就業者数の増加が見込みにくい中 で、賃金の上昇も考えにくく、所得面からの個人消費のサポートは当面期待できな い。従って、今後も個人消費の腰折れを防ぐという意味で現役世代の負担や不安を取 り除く政策の継続実施が重要度を増す。住宅ローン減税の継続や世代間資産移転の促 進は、家計の負担軽減に資するであろう。加えて、失業者向け職業訓練の充実などセ イフティネットの拡充や永続的に持続可能な年金制度改革の実施による将来不安の軽 減策は不可欠となる。 この間、中小企業においては依然として効率化の余地が多く残されているため、設 備投資の大幅な拡大は見込みにくい。しかし、規制緩和の推進に加え、中小企業や非 製造業での効率化の進展は、中小企業からサービスや財の提供を受ける大企業のコス ト削減につながる。従って、すでに効率化が進んでいる上に、中小企業の効率化の恩 恵を受ける大企業の設備投資意欲については底固いと考えられる。2003∼2004年にお
ける急拡大の反動はあるものの、向こう5年間は平均で2∼3%程度の持続的な設備 投資の増加が見込まれる。米国経済の腰折れがなく、為替レートを112.5円横ばいと 想定すると、輸出も底固く推移するものと考えられる。 現在の再生に向けた構造調整の進展度を考慮すると、向こう2∼3年は依然として 調整期間と位置付けられる。従って、05∼06年の景気情勢は急速な景気悪化は考えに くいものの、2003-04年の反動もあり、構造調整の進展下で潜在成長率を下回る成長 が続く可能性が高い。自律的な経済成長路線への回帰という意味での景気回復は2007 年以降と予想する。その結果、日本経済のデフレからの本格的な脱却については、 「NRI中期経済予測2003-2007」で想定した2007年以降という時期を変える必要はな いと見る。具体的な予測表及び説明は第四章で詳しく述べる。
第二章 米国経済安定の三要因
日本経済は循環的な景気回復局面にあり、再生に向けた構造調整の成果も一部で 散見され始めた。こうした中、日本国内で構造改革路線が大きく転換し、日本経済 の方向が大きく変わる可能性は低下してきたと考えられる。第一章で述べたよう に、再生に向けた構造調整期期には力強い経済成長が望みにくく、本格回復までに はしばらく時間がかかる。換言すれば、外的要因の変化に左右されやすい期間が当 面続くということに他ならない。そうした意味で、今後の日本経済の動向を考える 上での海外経済という要因の重要性がより一層増してくる。 第一節 90 年代米国経済繁栄の秘密 現在でも日本経済に最も大きな影響を与える国は米国である。米国経済は、ITバブ ルの崩壊やイラク戦争にも拘わらず、大幅な減税の効果もあり、景気が回復しつつあ る。2003年3Qの実質GDP成長率が前期比年率8.2%に達したことも記憶に新しい。 90年代に繁栄を謳歌し、イラク問題や株価の下落を乗り切り、足下で再度急速な回 復に向かっている米国経済も、中期的な視野に立てば財政赤字・経常赤字の急速な悪 化、雇用拡大の緩慢さなど様々な問題を抱えている。米国経済が、90年代を通じて構 造的に大きく変化していたならば、ITバブルの崩壊やイラク戦争による経済へのマイ ナス効果をある程度容易に乗り越えられたことも当然といえる。また、「双子の赤 字」も80年代のような問題にはならず、米国経済の変調が日本経済に影響を与える可 能性も低下しよう。米国経済は、本当に90年代に大きく変わったのであろうか。 90年代の米国経済の繁栄を経済的な側面から特徴づければ、高成長(低失業率)下 での低インフレ(ディスインフレ)という言葉に集約される。従来の経済学では説明 しにくいこうした現象を、エコノミストは少なくともITバブル崩壊以前までは、「IT 革命」「New Economy」という言葉で総括してきた。しかし、ITの効果を全面的に否 定するものではないが、現実には単純な経済事象が複合的に同時に進行し、低失業と ディスインフレの両立という現象が起こっていたのであって、構造的に大きな変化が 起こっていたわけではないと考えるべきであろう。第二節 物価安定+ 低失業率を可能にするもの 90年代を通じて、米国の物価は極めて落ち着いた推移を続けてきた。90年代の消費者 物価(コア:食料・エネルギーを除く)の年平均伸び率をとると2.96%となり、60年代 以来の物価安定を達成したことになる。生産者物価は1.48%と1.5%を下回る推移と なっている。この物価安定の説明として、IT革命により賃金の伸びを上回る生産性の上 昇があったためと説明されることが多い。しかし、90年代前半は、生産性の上昇よりも 賃金上昇率の抑制が物価を押し下げた効果が大きく、IT革命説は説得力を失う。消費者 物価(コア)は単位労働コストと強い相関がある。(図表13)を見ると、明らかに90年 代は単位労働コストの抑制が物価を押し下げていた。その単位労働コストを分解してみ ると(図表14)、生産性の上昇よりも賃金上昇率の抑制が単位労働コストの上昇を抑制 していたことが明確化する。 (図表13) 米国消費者物価と単位労働コスト (注)1. 消費者物価(コア)とは、食料、エネルギーを除く消費者物価指数のこと。 2. 単位労働コストは民間非農業企業の計数。 (出所) 米国労働省資料よりNRI作成 (注)1. 計数は民間非農業の計数 2. (単位労働コストの前年比)=(一人当り賃金前年比)−(労働生産性前年比) (出所) 米国労働省資料よりNRI作成 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 85 86 87 88 89 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 02 -3.0 -2.0 -1.0 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 (前年比、%) 単位労働コスト (右目盛り) 消費者物価(コア) (左目盛り) (前年比、%) -6 -4 -2 0 2 4 6 8 10 12 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 02 (前年比、%) 労働生産性 (逆さ目盛り=マイナス表示) 一人当り賃金 単位労働コスト (図表14) 賃金の抑制により単位労働コストが低下
90年代後半になると、消費者物価(コア)と単位労働コストが乖離し、単位労働コス トは上昇していったにも拘わらず、物価は極めて安定した水準を保っていた。そこに は、賃金上昇率の抑制以外の、他の要因の影響が示唆される。その大きな要因の一つ が海外からの安価な輸入品の増大である。第一章で、米国の輸入浸透度が上昇の一途 を辿ってきたことは既に述べたが、中国という新しい巨大な供給地の出現による衣料 品を始めとした非常に安価な輸入品の増大が、輸入浸透度の上昇に拍車をかけた。そ の結果、輸入浸透度でウェイト付けした輸入価格が90年代後半に急速に下落し、それ に従って、消費者物価の財価格も大幅に下落したのである(図表15)。 90年代後半の物価の安定が「生産性の上昇」よりも「賃金上昇率の抑制」と「安価な 輸入品の増加」によるものであることは証明できたが、それが雇用(低失業率)とどの ように結びつくのか。結論を先に述べれば、物価の安定が労働のミスマッチを解消させ る形で失業率を低下させたのである。そのミスマッチの解消は特に低賃金労働、即ちヒ スパニック等の移民の労働市場への参入拡大が大きな影響を与えていると考えられる。 誤解を恐れずに単純化して述べれば、「低インフレ+低失業」は以下のような構図で 成り立っていたといえる。ヒスパニックをはじめとする移民の雇用に加え、海外からの 安価な輸入品の拡大が生活コストの低下をもたらす。生活コストの低下により、スキル のあまり高くない労働者にとっては名目的な所得が低くても生活維持が可能となる。こ れは、低賃金労働の更なる雇用拡大につながる。こうした低賃金労働の拡大は労働ミス マッチの解消を通じて失業率を低下させると同時に、インフレ圧力の低下にもつなが る。計算してみると、ヒスパニック系の労働参加が消費者物価を1%程度押し下げてい たことがわかる(図表16)。 こうした好循環が存在していたがゆえに、より具体的に言えば、低インフレ+低失業 という構図が、FRBの超低金利政策を可能にし、イラク戦争などの外的要因からの悪影 響を吸収できたのである。 (注) 輸入浸透度は名目ベース (出所) OECD、米国労働省、商務省資料よりNRI作成 (図表15) 輸入の拡大が消費者物価の上昇を抑制 -4 -3 -2 -1 0 1 2 3 4 5 70 72 74 76 78 80 82 84 86 88 90 92 94 96 98 00 -7 -4 -1 2 5 8 11 14 (前年比、%) 消費者物価指数財価格 (右目盛り) 輸入浸透度*(輸入デフレーターの前年比) (左目盛り) (%)
第三節 FRB の低金利政策が支えた米国経済 90年代以降のディスインフレ状況は、供給サイドの構造的な要因に依るところが大 きく、少なくとも国内需要が大幅に減退したために起こっているのではない。安価な 輸入品の増加が繊維業等の一部業種を苦しめていることは事実だが、マクロ的な視点 に立てば、輸入品増加が米国経済全体に大きな悪影響を与えているとは考えにくい。 これは、マクロ全体で生産性が上昇している(図表1 0 参照)ことからも明らかであ る。こうした中、FRBは足下のディスインフレが供給サイドに起因することをおそらく 認識していながらもそれをあえて無視し、ディスインフレが人々のデフレ期待を熟成 し、「真性デフレ」に転化するリスクを声高に訴え、自己の金融緩和を正当化してき たようにみえる。実際に、インフレ連動債から事後的に計算される期待インフレ率は 2000年以降1.7∼2.0%で安定した推移を続け、足下ではむしろ上昇している(図表 18)。その結果、実質金利のマイナス幅が拡大しているのである。つまり、FRBには 実質金利マイナスを作り出し景気を支えようという意図があったと考えられる。 ITバブルの崩壊により金融資産の価値が大幅に下落している中でも、実質金利マイ ナスを背景に、住宅資産等の実物資産の価格は上昇傾向を辿った。米国家計の貯蓄率 は、金融資産よりも実物資産の動向に反応しやすい。9 0 年代を通じた貯蓄率の下落 は、実物資産の上昇でそのほとんどが説明できる(図表18)。つまり、FRBは、実質 (図表16) 移民の流入・雇用が消費者物価を1%も押し下げる (注) ヒスパニック系・その他人種失業者の全失業者に占める割合を含めて、フィリップス曲線を推計し、 その割合が景気の拡大期を通じて一定だった場合の消費者物価(コア)の伸び率を計算した。 (出所) 米国労働省、商務省資料よりNRI作成 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 9 1 9 3 9 5 9 7 99 0 1 (インフレ率、%) ヒスパニック系・その他労働者の 失業者に占める割合を一定とした場合 実績値 インフレ率(コアCPI前年比)推計結果 (全て%) 定 数 1/(3期前失業率) 1期前 インフレ率 ヒスパニック系・その他人種の 失業者比率 (後方4期移動平均) 輸入浸透度 (後方4四半期移動平均) × 輸入物価前年比(1期前) 係数 3.13 4.01 0.68 -0.20 0.16 t-値 3.81 3.35 10.19 -3.72 4.05 ad-R2 0.98 S.E. 0.12 D.W.比 1.88 H-stat 0.41 推計期間 1991年Q1∼2001年Q1
(図表17) 米国の期待インフレ率と実質金利の推移 (注) 期待インフレ率はインフレ連動債券の利回りから試算 (出所) FRB等資料よりNRI作成 (図表18) 米国貯蓄率の推計 (出所) NRI 0.5 0.7 0.9 1.1 1.3 1.5 1.7 1.9 2.1 2.3 2.5 0.0 1.0 2.0 3.0 4.0 5.0 6.0 7.0 期待インフレ率 (左軸) FFレート誘導目標 (右軸) (%) (%) -2.0 0.0 2.0 4.0 6.0 98 99 00 01 02 03 実質金利 (%) 定数項 実物資産 可処分所得 財政赤字 実質金利 物価 (係数) 24.7 -14.6 15.1 -37.5 0.2 0.4 (t値) 8.7 -4.8 4.4 -6.6 3.3 11.1 Adj-R2 0.9 推計期間 75.1Q∼91.1Q 0 2 4 6 8 10 12 14 75 77 79 81 83 85 87 89 91 93 95 97 99 01 03 (%) 実績値 (外挿) 推計値 (資産の伸びが実績通り) 推計値 (資産の伸びが実績の半分) 実物資産、可処分所得は対数表示、実質金利、物価、財政赤字(対GDP 比)は%ポイント
マイナス金利を通じて、同時多発テロ、イラク戦争やITバブル崩壊によるマインドの 変化による貯蓄率の急上昇を抑制し、個人消費をサポートしたのである。こうした個 人消費のサポート策に加えて、減税による消費押し上げ効果もあり、米国経済は厳し い景気後退を免れえたと考えられる。 こうした財政金融政策による景気サポート策は、行き過ぎるとバブル的な現象や経 常赤字の大幅拡大という副作用を伴う。米国の経常赤字は、02年に対名目GDP比で4.6 %にまで拡大している。経験則に従えば、経常赤字の拡大は長期金利の上昇を通じ て、国内景気を抑制する方向に働きやすいと考えられる。 中国の台頭による世界的な供給過剰現象が懸念される中で、欧州、日本経済の低 迷が続いている。日本に至っては当面ゼロ金利政策が変更されることさえ考えにく い。こうした世界的な超金融緩和状態の中では、実体経済と金融市場の状況が大き く乖離し、長期金利ひいては為替レートに対する経常収支の影響が極めて弱くなっ ている。経常赤字と長期金利の関係は、1990年には明らかに負の相関関係が存在し ていたが、2000年にはその関係がまったく見られない(図表19)。従って、米国経 済の低失業+ディスインフレが持続する限り、米国経済の安定性が保たれると同時 に、ドルの価値に影響を与えずに金融政策の自由度が増すことになる。 とはいえ、経常赤字拡大下での低金利政策の持続は、ドルを大幅に低下させるリス クを増大させていることに変わりはなく、マーケット参加者のセンチメントを変える 何らかのきっかけでドル不安が熟成されやすい状況といえる。そのきっかけとは、 「賃金上昇率の抑制」「移民の有効活用」「安価な輸入品の増加」という、金融政策 に自由度を与え米国経済の安定性を維持する三つの要因の好循環が崩れることに他な らない。 0 2 4 6 8 10 12 14 16 △ 10 △ 5 0 5 10 15 20 1990年 2 0 0 0 年 (長期金利:%) (経常収支/名目GDP:%) (図表19) 経常収支と長期金利の関係 (注) 各点はOECD加盟国を示す。▲は90年、□は2000年のデータ (出所) OECDデータベースよりNRI作成
第三章 環太平洋経済圏の変容
米国経済の安定をもたらしている「賃金上昇率の抑制」「移民の有効活用」「安価 な輸入品の増加」の三要因のうち、「安価な輸入品の増加」という条件が場合によっ ては損なわれる危険性が出てきている。急速に高まっている人民元に対する切り上げ 圧力が、その第一候補である。今後数年間の人民元の動向は、米国経済ひいては日本 経済を含む環太平洋経済の中期的な動向を大きく左右する。 第一節 中国経済の現状 中国の輸出拡大により先進国の対中赤字が急速に拡大している。2001年だけをみて も、先進国の対中輸入は輸出の3倍弱に達し大幅な赤字となっている(図表20)。特 に、米国にとっての最大の赤字相手国はすでに日本ではなく中国となっている。こう した状況を踏まえれば、米国を中心に、対中国への通貨切り上げ圧力が増大するのも 無理はない。一方、日本の対中赤字も急速に拡大しつつある。 単位:億ドル 輸出 輸入 貿易赤字 先進国 1990 211 446 -235 1995 586 1257 -671 2000 772 2381 -1610 日本 1990 61 121 -60 1995 219 359 -140 2000 304 552 -248 米国 1990 48 163 -115 1995 117 485 -368 2000 160 1062 -903 (図表20) 先進国の対中貿易収支の推移 (注) ここで先進国とは「IMF」の定義による先進国 (出所)IMF 「Direction of Trade」よりNRI作成 しかしながら、中国経済の現状を考えると、先進国からの圧力が高まろうと、中国 がすぐに人民元の切り上げに踏み切るとは考えにくい。一国が自国通貨の切り上げに 踏み切る動機は、基本的に1つしかない。それは、自国でインフレ圧力がかかり始め た場合に限られる。つまり、固定相場制の下で国内景気が過熱すると、国内のインフ レ圧力が拡大すると同時に経常収支が赤字化する。こうした場合、通常は国内景気を 沈静化し、経常収支赤字のファイナンスを維持するためにも、国内金利が上昇するメ カニズムが働く。それでも十分でない場合には、為替レートそのものを変更せざるを 得なくなるためである。 しかし、現在の中国では、生産者物価が前年比でマイナス傾向を続けているなど、全体としては、デフレ傾向が強い。デフレ圧力が強い背景には、まず非効率な国営企 業が依然として中国国内に多く残存することがある。非効率な国営企業の存在が、需 給ギャップの拡大ひいては不良債権の増加につながり、実体面・金融面の両面から国 内のデフレ圧力を増加させている。更に、地域間の所得格差もインフレ圧力の増加を 抑制している、上海をはじめとする東部沿岸部では、急速な経済発展とともに賃金の 急上昇が確認されている。こうした中、住宅価格には一部バブル的な傾向も見られ る。しかし、中国内陸部には沿岸部の人口を大きく上回る人口が存在し、しかも賃金 水準が極めて低い。その結果、沿岸部労働者の賃金が上昇しても、内陸部から低賃金 の労働者が流入するため、中国全体としては賃金上昇圧力が高まりにくい構造になっ ている。 足下のデフレ圧力に加えて、人民元の切り上げは、輸出主導型で経済を発展させよ うという政策的な意図を頓挫させる可能性がある。確かに、中国をマクロ的にみれ ば、実質GDP でカナダとほぼ同じ規模をもつが、1人当たり実質GDP でみると世界で 138番目でしかない。豊かさを農村部まで行き渡らせるためにも、今しばらくの輸出サ ポート策が必要となるであろう。
第二節 人民元の均衡レート
こうした中国の現状を踏まえた上で、①人民元の均衡レート水準と割安感解消にか かる時間、②人民元を切り上げた際の日米経済への影響、③人民元変更を通じた米国 経済のシナリオ分析、という順序で分析を加える。 まず、議論の出発点として、人民元の均衡レートを試算する必要がある。均衡レー トの試算方法にはいろいろな手法があるが、購買力平価を用いる方法が一般的であ る。購買力平価ベースで人民元の均衡レートを発表している機関としては、国連のICP (International Comparison Project) がある。このICPの試算では1US$=1.74元 となり、実勢価格の8.28元は、均衡レートから4倍も割安な水準となる。 しかし、購買力平価に基づく試算は、価格という名目上の変化しか考慮していな い。しかも、経済発展に伴い物価水準が上昇していくことが知られており、経済の発 展段階が大幅に違う国を比較する場合にはバイアスが出やすい。従って、中国と先進 国間での比較には名目上の変化だけではなく、交易条件、労働環境、生産性等の実体 経済を反映した均衡レートを試算する方がより妥当性が高いと考えられる。この考え 方に基づいて、均衡為替レートを試算したものが(図表21)である。これをみると、 均衡為替レートは、1US$=4.27元と試算される。 コスト面や生産性格差、経済の発展段階などを考慮した試算からも、なぜ現在の人 民元の実勢価格は大幅に乖離してしまうのか。その最大の理由として考えられるの が、中国の極めて低い賃金水準である。労働者の生産性が低ければ一般的に賃金も低 くなるが、中国の現行の賃金水準は生産性の低さだけでは説明しきれない程、低い水 準にある。発展途上にある国の場合、実勢価格と均衡為替との乖離は、発展に伴う賃 金水準の上昇により遅かれ早かれ解消されていく。中国も決して例外ではない。しか第三節 人民元の割安感が為替調整なしで解消されるまでの時間 2008年の北京オリンピックを1964年の東京オリンピックになぞらえて、現在の中国 が1960年代の日本に似ているといわれることが多い。確かに、オリンピック前後(60 ∼68年)の日本経済は、実質成長率が8.8%、就業者数の増加1.2%、賃金上昇率11.4 %であり、現在の中国経済の状況は当時の日本に酷似している。日本が、73年に変動 相場制に移行したことを考えると、中国もさほど遠くない将来に人民元の割安感が解 消されるようにも思える。 しかし、世界でも例を見ない成長を遂げた60年代の日本経済の経路を今後中国がた どると仮定しても、現在の割安感が是正されるまでには、対ドル(US:ケース1)、対 円(日本:ケース1)で見て、あと約20年かかる(図表22)。足下の中国の経済・賃金 の成長率が半永久的に持続すると仮定すると(米国:ケース2)(日本:ケース 2)、日本の6 0 年代よりも足下の中国経済の賃金上昇率が高いことを主因として、 (US:ケース1)(日本:ケース1)よりは若干短縮されるものの、あと10年以上は待 し、問題となるのは人民元の割安感が解消されるまでに必要な「時間」である。確か に、統計は中国の賃金水準は足下で2桁に及ぶ高い伸び率を示している。しかし中国 の場合、上海などの沿岸地域と内陸部との賃金格差が非常に大きく、巨大な人口規模 を背景に内陸部から常に安価な労働力が供給される。果たして、この割安感の解消に どの程度の時間が必要となるのであろうか。 (図表21) 対人民元競争均衡為替レート (注) 1.均衡為替レートは次式により求めた。 × + × − = * * * * * 1 w m p a c m a w w e R e:均衡為替レート w:名目賃金率 a:労働投入係数 m:原材料投入係数 c:交易条件(輸出物価/原材料輸入物価) P*R:原材料価格(ドル建) *は貿易相手国を示す。 2. 原材料投入係数は1990年、1995年時点を基準に線形補完した。 (出所) アジア経済研究所「アジア国際産業連関表1990年、1995年」、日本銀行「輸出入物価統計」、 内閣府「国民経済計算」、アジア各国資料よりNRI作成 0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 (元) 均衡レート 実勢レート 0 5 10 15 20 25 30 35 40 45 90 91 92 93 94 95 96 97 98 99 00 01 (円) 均衡レート 実勢レート 対日本円 対USドル
たなければならない。こうしたシミュレーションから、現状の中国経済の動向を前提 とする限り、短期間で割安感が是正される可能性は極めて低いと言わざるを得ない。 <米国> <日本> -100% -50% 0% 50% 100% 150% 90 95 00 05 10 15 20 25 US:ケース1 US:ケース2 US:ケース3 (均衡レートからの乖離率) -100% 0% 100% 200% 300% 90 95 00 05 10 15 20 25 日本:ケース1 日本:ケース2 日本:ケース3 (均衡レートからの乖離率) (図表22) 人民元の割安感解消にかかる年数 (注)ケース1:中国は日本60年代の成長率・賃金上昇率・就業者の伸びを 想定。米国は成長率2.5%、就業者0.5%、賃金上昇3% ケース2:中国の足元の成長率等が持続、米国はケース1と同じ ケース3:中国は足元の成長率等が持続、米国の成長率4% (出所)NRI (注)ケース1:中国は日本60年代の成長率・賃金上昇率・就業者の伸びを 想定。日本は成長率1.5%、就業者横ばい、賃金上昇1% ケース2:中国の足元の成長率等が持続、日本はケース1と同じ ケース3:中国は足元の成長率等が持続、日本は賃金を▲1%持続 (出所)NRI 中国経済の動向を外部から大きく変えることができない場合、割安感を埋めるには 先進国側の条件を変える必要がでてくる。例えば、IT等により米国経済の潜在成長率 が高まり、4%台の安定成長が実現したとすると、割安感は2010年には完全に解消す る(US:ケース3)。一方、日本の場合には、生産性の向上もしくは人件費の削減等に より単位労働コストを毎年1%ずつ削減することができれば、米国同様に2010年には 割安感が解消する(日本:ケース3)。つまり、人民元の割安感は日本の高コスト体 質の裏返しにほかならないのである。 米国で言えば生産性の上昇による毎年4%以上の成長、日本であれば毎年1%以上 の単位労働コストの削減がないと、むこう10年以内に人民元の割安感が解消されると は考えにくい。ここ数年間、日本の製造業が単位労働コストを2%強づつ削減してき た事実を考えれば、不可能とは言えないまでも厳しいことは事実だ。また、米国が4 %以上の成長率(生産性の上昇2%以上)を10年間続けることはほぼ不可能に近い。 こうしたシミュレーションを踏まえれば、当面、強制的な為替調整に依らずに割安感 が解消されるには、かなりの時間がかかることになり、政策的な人民元切り上げ圧力 が軽減される可能性は高くないといえよう。 第四節 人民元切り上げの日米経済への影響 仮に、人民元が切り上げられた場合、日米両国に何が起こるのか。まず、人民元切 り上げ圧力の元凶となっている貿易収支への影響について、計量モデルを用いてシ ミュレーションを試みた。シミュレーションは、①為替調整を一切行わない、②1年
間で10%の切り上げ、③50%一気に切り上げる、の3ケースで行った。まず米国の場 合(図表23)、①人民元の切り上げがない場合には、現状の対中貿易赤字1000億ドル が5年で2800億ドルと3倍近くなることが示されている。しかも、②10%程度の切り 上げでは赤字拡大トレンドに大きな変化は起こらない。さすがに、③50%切り上げれ ば対中貿易赤字は3年間減少し続けるが、赤字解消までには至らない。 (注) 対中輸出入関数を推計し、国際産業連関表、NRI米国経済中期モデルから得られた 為替レート変動の乗数表を用いて、名目収支の予測値を計算した。 (出所)中国政府、米国政府資料よりNRI作成 (図表23) 米国の対中貿易収支シミュレーション 一方、日本の場合は(図表24)②10%程度の人民元切り上げでも貿易収支に若干の 改善が見られ、③50%一気に切り上げれば対中赤字は一転して大幅な黒字になる可能 性が強まる。つまり、日本では人民元の切り上げが対中貿易赤字解消につながりやす く、米国にとっては比較的つながりにくいのである。 -350 -300 -250 -200 -150 -100 -50 0 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 人民元50%増価 人民元10%増価 為替レート 変更なし (十億米ドル、年率、季節調整値) (注) 対中輸出入関数を推計し、国際産業連関表、JMAPから得られた 為替レート変動の乗数表を用いて、名目収支の予測値を計算した。 (出所) 中国政府、内閣府、財務省、日本銀行資料よりNRI作成 (図表24) 日本の対中貿易収支シミュレーション -2000 -1500 -1000 -500 0 500 1000 1500 2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 (十億円、四半期、季節調整値) 人民元50%増価 人民元10%増価 為替レート 変化なし
このように日米間で人民元切り上げのインパクトが違う背景には、日本−中国、米 国−中国の貿易構造に根本的な違いがあることが挙げられる。具体的には、日米企業 の在中国の現地法人が担う役割の違いに如実に表れている。 日本の中国現地法人の場合、基本的には「生産拠点」という意味合いが強い。2000 年の中国現地法人の動向を確認すると(図表25)、確かに、輸送機械工業のように現 地販売比率が80%を超えるような業種もあるが、全業種ベースで46%、製造業でも48 %と現地販売比率が50%に満たない。その一方で、逆輸入(日本向け輸出)比率は27 %と高くなっている。これに対し、米国の在中国現地法人の場合は「販売拠点」とい う側面が強い(図表26)。米国の現地法人(製造業)の現地販売比率は、95年の75% からは徐々に低下しているものの依然として64%の水準にある中で、逆輸入比率は13 %しかない。しかも、逆輸入比率は95年から大きく変化していない。更に、現地販売 比率の減少分は、第三国への輸出の増加に振り替わっていることがわかる。 (出所)経済産業省「海外事業活動報告」よりNRI作成 (図表25)日本の中国現地法人の販売先 (図表26) 米国の中国現地法人の販売先
(出所)米国商務省「Survey of Current Business」よりNRI作成
単位:% 対北米 対アジア 対欧州 製造業 48.7 31.1 20.2 2.9 15.8 1.5 食料品 85.5 12.6 1.9 1.0 0.8 0.1 繊維 32.1 55.2 12.7 3.2 8.8 0.8 鉄鋼 85.7 3.2 11.0 0.5 10.5 0.1 非鉄金属 73.4 13.1 13.5 2.5 10.8 0.2 一般機械 28.5 47.7 23.8 2.1 16.9 4.7 電機機械 41.3 31.1 27.7 2.8 23.4 1.5 輸送機械 85.7 8.7 5.6 5.3 0.2 0.2 精密機械 43.7 49.0 7.3 0.4 6.5 0.4 全 産 業 計 46.1 27.1 26.8 2.8 22.0 2.0 現地 販売 日本向け 輸出 第三国 輸出 【全産業】 単位:% 現地法人 逆輸入 第三国輸出 1995 2000 1995 2000 1995 2000 ASEAN4 59 48 14 18 27 35 NIEs3 51 74 18 10 31 16 中国 81 70 9 11 10 18 香港 59 61 13 18 28 21 日本 92 93 3 3 5 5 【製造業】 単位:% 現地法人 逆輸入 第三国輸出 1995 2000 1995 2000 1995 2000 ASEAN4 48 35 25 23 27 42 NIEs3 39 68 35 15 27 18 中国 75 64 13 13 11 23 香港 57 33 17 36 25 32 日本 87 91 6 3 7 6
第五節 日本の中国現地法人の機能変化 シミュレーションでは、人民元の切り上げが日本の貿易収支を短期的に大幅に改善 させることがわかる。人民元高により、日本製品の中国製品に対するコスト競争力が 高まるからである。その結果、中間財を中心として日本から中国への輸出が増加し (輸出誘発効果)、日本経済に対してプラス効果をもたらす。国際協力銀行のアン ケートをみれば、7割近い企業が海外直接投資は海外販路拡大のためのもので国内生 産には影響を与えないとしている(図表27)。アンケートに見られるように、もし海 外直接投資が国内生産と無関係であるならば、短期的には資本財輸出の増加による海 外直接投資の増加とともに輸出が増加するとしても、中期的には、海外直接投資はそ の受入国と日本との貿易に大きな影響を与えないはずである。しかし、海外直接投資 残高の伸び率と輸出入の伸び率をプロットしてみると、日本と中国の間には明確な正 の相関が確認できる。一方で、米国では、海外直接投資残高と輸出入の伸び率の間に は明確な関係が見出せない(図表28)。 対中国直接投資と貿易の関係では更に明確になる。日本の対中国の輸出入関数には 対外直接投資残高が説明変数として含まれているが、その係数はともに有意性が強 く、しかも輸出関数内でマイナス、輸入でプラスとなっている。これは、中国への直 接投資(国内生産拠点の中国への移転)が日本経済にマイナスの影響を与えているこ とを示唆している。海外直接投資の実体経済への影響は、輸出誘発効果、輸出代替効 果、逆輸入効果の相対的な大きさで決まる。日本の場合「マクロ全体で言えば輸出誘 発効果が他の2つを上回るため、海外直接投資は日本経済に対して相対的にはプラス であるが、繊維工業などマイナスに出る業種も出始めた」と分析されることが多い (NRI中期経済予測2003-2007)。しかし、対中国貿易で輸出関数における海外直接投 (図表27)日本の海外現地法人の国内設備への影響 11.3 20.3 9.6 2.3 66.6 0% 10% 20% 30% 40% 50% 60% 70% 販売先マーケットの維持・拡大のための投資 であり、国内生産設備への影響は無い 海外生産する製品は国内製品と異なるため、 国内生産設備への影響は無い 生産移管は起こるが、国内生産は高付加価 値品へシフト 国内生産設備は縮小 その他 (出所)国際協力銀行よりNRI 作成
資残高の係数がマイナスであるということは、対中国貿易に関する限り、輸出代替効 果が輸出誘発効果を上回っていることを示している(図表29)。事実、この5年間で 中国現地法人の仕入行動が大きく変化している。94年には、総仕入額のうち日本から の輸入(日本の輸出)が48.8%とほぼ半分を占めていた。しかし、2000年にはその 比率は36.0%程度まで低下し、その分、現地調達や第3国(特にアジア)からの調達 が増加している。これは、輸出誘発効果が大幅に低下していることを示している。そ の一方で、輸入の係数については常にプラスとなっており、逆輸入は確実に増加して いることがわかる。つまり、対中国の直接投資増加は、日本の生産量を削減する方向 に働きやすいのである。 (出所)財務省、内閣府、米国商務省資料よりNRI作成 (図表28) 国別直接投資と貿易収支の関係:日米比較 y = 0.7058x + 5.1867 R2 = 0.5819 0 2 4 6 8 10 12 14 -10 -5 0 5 10 (直接投資残高:伸び率:%) (輸出:伸び率:%) y = 0.9069x + 2.8311 R2 = 0.6261 -5 0 5 10 15 20 -12 -7 -2 3 8 13 (輸入:伸 び 率 :% ) (直接投資残高:伸び率:% ) y = 0.2413x + 4.0853 R2 = 0.2951 0 2 4 6 8 10 12 14 16 0 5 10 15 20 25 (輸出:伸び率:%) (直接投資残高:伸び率:%) y = 0.3787x + 4.338 R2 = 0.3546 0 5 10 15 20 25 0 5 10 15 20 25 30 (輸入:伸び率:%) (直接投資残高:伸 び 率 :%) 日本:輸出と直接投資 米国:輸出と直接投資 日本:輸入と直接投資 米国:輸入と直接投資