第一章 ベトナムのヌン族、ヌン・アン集団
第五節 家族・親族集団の変容
1.婚姻と「サン・ペイ」(不落夫家)習慣
2000年頃から、フクセン社における婚姻には、三つの顕著な変8が見られる。
早婚の減』、配偶者の選択肢の増加、親が相手を決める結婚(いわば許婚)か ら恋愛結婚への移行と、三つの変8が顕著に見られるようになった。これらの 変8は、ヌン・アンの独特な習慣として民族学者の間で知られる婚姻習俗「サ ン・ペイ」(不落夫家)が 2000 年を境に急速に減』した。しかし、サン・ペイ は完全になくなったわけではなく、その名残は現在でも見受けられる。
5 2000 1998
4 2000 1997
結婚年 Cẩn láu
結納年 Sờ thạp (khả cạy)
3 1999 1998
1 1994
2 1996 1989
出身村 ヨメ
ルォン・ヴァン・H 1976(19才) 下フィア・チャン村 3コ
姓名 生年
(結婚・結納時の年齢) 出身村
上フィア・チャン村
ルォン・ヴァン・L 1980(18才、17才) ルン・ヴァイ村
ノン・ティ・N 1975(19才)
ルォン・ティ・ヒェウ 1980(16才、9才)
姓名 生年
(結婚・結納時の年齢)
ノン・ヴァン・ヴィン 1977(19才、12才) 上フィア・チャン村 下フィア・チャン村
ノン・ティ・M 1984(16才) ド・コ村 ルォン・ヴァン・H 1981(19才) ド・コ村
1984(15才、14才) ルン・ヴァイ村
ルォン・ティ・K 1984(16才、13才) 下フィア・チャン村 ホァン・ティ・T
ノン・ヴァン・タン 1981(19才、16才) 下フィア・チャン村 表2 - 9:1994年から2000年にかけての5例の結婚式
】一に、早婚については、1996年公布のフクセン社呾規約呿】十一条に、「婚 姻律を厳守する」、「結婚年齢:女性 18 歳、男性 20 歳」、「地方政府に必ず婚姻 届を提出すること」が記されているが、その規定は、まさに当時のフクセン社 における婚姻状況を鑑みてのことであった。すなわち、1994年から2000年の間 に筆者が直接に参加した『、またはその詳細を取材した『した五つの結婚式は 全て呾規約呿が定める年齢に達していない者の結婚である(表2 - 9参照)。特に ヨメは5人のうち4人が15才か16才である(表2 – 9の2、3、4、5)。当時、
フクセン社では、中学校や高等学校の女子生徒の殆どがすでに結納を7ませて 婚約してお『、結婚式も18才に達する前に行われていた。つま『、規約で結婚 年齢を女性 18 歳、男性 20 歳とするという規定は、国の政策に従った公的目標 であ『、実際には守られず、違反するケースが多かった。しかし、地域社会で は黙認されていたのである。そのため、違反に対する罰金はまだ規則として記 入されず、ただ「婚姻律に反すると、法律によって責任を取る」と記されてい たに過ぎない。
そこで、規定の年齢に達していない早婚の具体例として、まず表2 - 9の「3」 の結婚式を紹介する。
ゲ事例6コフクセン社の一般家庭での早婚の例。
1999年1月26日と27日(陰暦12月10日と11日、火曜日と水曜日)の二日 間に行われたルンヴァイ村での結婚式に筆者も参加した。3コとヨメは同じく ルンヴァイ村の住人であ『、互いの住居は、200 メートルほどの距離であった。
ヨメであるホァン・ティ・Tさんが13才の時に、3コの親が仲人を介して婚約 を打診していた。これを「ペイ・チャン」(pếi chản)と呼ぶ。具体的には仲人が
ホァン・ティ・Tの両親を訪ねて婚約の申し出を4え同意を得たのち、「八字」
(生年月日)を聞いて、依頼した男性方の両親に報告する。その後、双方の両 親らが村の道公ルォン・ヴァン・O 氏を訪ね、良縁かどうかの判断を乞うた。
道公の判断では問題がなかったので、両家が本格的に婚姻の準備をはじめた。
ついに女性が14才の1998年10月、結納(ス・タップ=sờ thạp)が行われた。
男性の両親は、女性の両親に百二十万ドンを手渡した。女性の家族は、そのお 金で新郎新婦となる二人の生活必要品(布団、掛け布団、布、洗面盥、足を洗 うための盥、壁掛け時計、食器、魔法瓶など)を購入した。
結婚式はその3月後の 1999年 1月 27日に開かれることになった。ヨメはま だ中学二年生(lớp 7)であった。前日1月26日の夕方、3コの家で、準備作業 終了後、祝宴が開かれた。結婚式の当日、中学生のヨメは午前11時になるまで 学校から帰宅しない。道公ルォン・ヴァン・O が導いて午後 1 時から花嫁を花 婿の家に迎える。写真2 - 19の行列でヨメは前から2番目の人である。行列の先 頭にいるのが道公である(写真2-9に写っていない)。
写真2 - 19:花嫁を迎える行列(1999年)
この事例のような親同士が主導権をもった早婚が 2000 年以前には多かった。
若い男女の両親同士が当の若い男女の3持ちを重んじることなく、結婚を取『
決めた。そこで同村で暮らしても、相手のことをあま『知らず、付き合いもな い男女が親孝行のために結婚するパターンが多かったのである。
例えば、表2 - 9の「4」番目の3コの5合もそうである。
ゲ事例7コフクセン社の共産党員の家庭での早婚の例。
3コは、下フィアチャン村のノン・ヴァン・タン君で、当時高校二年生であ った。彼は、当時のフクセン社共産党書記ノン・ヴァン・2ット(Nông Văn Nhật) 氏の長男である。
同じく1941年生まれの2ット氏夫妻には、子どもが4人いて、一子(1964年 生まれ)と二子(1970 年)が娘であ『、二人ともすでに同村に嫁ぎ、三人目タ ン(1981年)と末の四人(1985年)は息子である(図2 -11参照)。タンは中学
図2 -11:下フィアチャン村のノン・ヴァン・2ット氏の家系図
校での成績がかな『良いので大学や専門学校に進学したがっていた。しかしも うすぐ60才になる両親にとってもし彼が大学に進学すれば、自分の世話や家事 をしてくれる人がいなくなるので、不安を感じている。また息子にはまだ子が いないので、寂しい思いもしている。こうした親の希望に従い、タンは1997年 に結納を行い、2000年に結婚式を行った。相手は、同村の16才の中学生の女性 である。タンにインタビューしたところ、彼はその女性にあま『3がなかった が、親孝行したいからと答えた。
ゲ事例8コフクセン社の主席家庭での早婚の例。
女性に関して言えば、まだ 9 才の』女のために結納を行った例もあった。た とえば「表 9」にある「2」のルォン・ティ・ヒェウという』女である。フクセ ン社の主席のルォン・ヴァン・マオ氏の次女である。村では幼い頃から礼儀正 しい子として知られていた。ノン・ヴァン・ヴィン君の親はヒェウさんが他の 誰かと先に結納を7ませてしまうことを心配して、いち早く縁談をもちかけ、
直ちに結納を7ませたのである。その7 年後の 1996 年、ヒェウさんが 16 才で 高校生の時結婚式が行われた。
事例 7 と事例 8 が示すように「規約」公布当時、フクセン社の一般家庭(事 例6)のみならず、幹部(事例7は共産党書記、事例8は社の主席)の子供に国 家法規定年齢に達しない早婚の例があった。彼らは、早婚がヌン・アン古来の 習俗であると主張しながら、国の結婚法に「規約」を適応させる姿勢を見せた。
これに対しフクセン社の若者たちは、結婚法が定める結婚年齢以前に結婚して もすぐに夫婦が同居しないという条件で親の言いつけに従ったわけである。当
時はこのような形でヌン・アンの「不落夫家」の習俗が存在し、これは、ある 程度、早婚の実態と国家の結婚法の間にある矛盾を和解する機能があったと解 釈できる。「不落夫家」については後述する。
親が決める結婚から恋愛結婚へ
著しい早婚は、2000年以降、急速に減』し、2010年代現在ではほとんどない。
例えば、既述の事例7と事例8(表2 - 9にある「4」と「2」)で紹介した人の兄 弟の婚姻でもこのことが確認できる。
ゲ事例9コフクセン社元主席であるルォン・ヴァン・マオの次男と三男の結婚 の例。
マオ氏の夫妻も早婚であった。マオ氏は19歳だった1965年から1974年にか
図2 - 12:下フィアチャン村のルォン・ヴァン・マオ氏の家系図
年を超えた。その後彼らの5人の子供をもうけたが、そのうち2000年以前に結 婚した、長女バン(1974年生まれ)、長男ホップ(1976年生まれ)、次女ヒェウ
(1980 年生まれ)の三人は規定年齢以前の早婚であった。これに対して、2000 年以降に結婚した次男ハン(1978年生まれ)と四男ファン(1983生まれ)の二 人は結婚年齢の規定に満たしていた。三男は、大学に進出し、卒業後にタイグ ェン省で就職し、2006 年にキン族の女性と結婚した。四男は、2004 年 21 才の ときで、ドコ村の19才の女性と結婚した。
ゲ事例 10コ元フクセン社共産党書記ノン・ヴァン・2ット氏の長男と次男の 婚姻。
事例7で述べたように、2ット氏の長男タンは1981年に生まれ、2000年に高 校二年生だった19才で結婚した。次男は、1985年に生まれ、2014年現在29才 の独身である。彼は、高校卒業後はハノイの大学に進出し、卒業後はカオバン 省文8局に就職した。
事例9と事例10は、フクセン社の主席と書記をつとめたことがある二人の元 幹部の息子たちの婚姻状況である。二人とも下フィアチャン村の人である。で は、次の事例11 で、下フィアチャン村から約 5km離れたルンサウ村に住む現 主席リン・プ(Linh Phù)氏の家族の婚姻を紹介する。
ゲ事例11コ現在社の主席リン・プ氏の婚姻とその子供たちの婚姻。
プ氏は、1956年生まれ、18 才(1974年)の時に軍隊に招集された。その年、
彼の親は密かに彼の縁談をと『まとめ、同じルンサウ村にある女性と本人不在