第1節 家族のケアラータイプ
前章の分析では、まず、はじめに、ケアのプロセスに焦点を当てて家族の語りを解釈学 的に解読し、論理的なストーリーとして再構成し家族の「ケアのヒストリー」を明らかに した。次に、「ケアのヒストリー」を導線として、数量化分析手法であるテキストマイニン グを用いて、家族の「ケアにまつわる認識」がいかなる「視点」からとらえられ、どのよ うな「範囲」に及んでいるかを分析することによって、家族の「ケアにおける対処と課題」
を確認し、ケア役割に関する認識が発生する態様を明らかにした。
本章では、分析結果に対する解釈をさらに押し進め、各事例の特徴を明らかにすること を試みる。具体的には事例の特徴を最も表現する言葉を創出して「ケアラータイプ」を命 名した。さらに、「ケアラータイプ」と「ケアラータイプ」に影響する要因との関係を分析 して、各々の家族によるケアの過程を「ケアに関する役割期待と役割取得の推移モデル」
と比較しつつ解釈した。表 34 にテキストマイニングによって抽出し、命名した成分を一 括して再掲し、各事例の最右欄に「ケアラータイプ」を示した。
事例A 自己抑圧型
そもそも夫婦は相互に依存し合いながらも協同的で親密な関係93だが、A 氏の「ケアの ヒストリー」では、一切の苦難を呑み込んで前に進んで行くといった卓越したケアラーの 姿が見えていた。A氏は持てる力の限りを尽くして妻の療養を優先し、妻に全てのまなざ しを注いでいた。そのため、「ケアにまつわる認識」において見出されたのは、自らを最も 重要な「ケア資源」として投入し、日常生活を支援する姿であった。
しかしこれに反してテキストマイニングでは、ケアしつつも不安に脅え、慄く姿が抽出 された。妻に注がれるまなざしは、繰り返しそこに妻が「在る」こと、そしてどのように 妻が「在る」のかを確認するようであった。この繰り返される存在確認はA氏の叫びなの ではないかと解釈できる。なぜなら、生活面では「日常の生活の中で体調を気遣う」と同 時に「表現のコントロール」がなされ、自己抑圧が日常的となっている実態を確認できた からである。さらに、A氏の抑圧は「表現のコントロール」に留まらず、食事や外出、他 者との交流にまで及び、A氏の生活は妻を中心に構築されていた。このように解釈すると A氏の状態は無意識的な「抑圧」下にあり、それゆえA氏は苦しんでいるのではないかと 解釈できる。
A氏は生活する限りにおいて「ストレスは受けて当たり前」と語る。では、A氏のスト レス対処の実際はどうであったか。「人生一度きりやし、好きなことすればいい。」という ものであった。当初、筆者はA氏の達観がもたらした言葉と解釈した。しかし、分析を進 めるうちに、当たり前であるなら取り立てて語る必要はないことに気づいた。
93 夫婦関係は家族関係の中核となる関係で家族生活を維持するための種々の役割を分担し合う。役割の 内容や分担の仕方は時代や文化によって種々である。この定義を前提としつつ、本研究では病いと夫婦関 係の関連を観察して事例A~Eの分析を進める。この他、事例F~Iは親子関係、事例Jはきょうだい関 係の家族である。それぞれの家族における関係を念頭に分析を進める。
表 34 家族のケア役割の認識 -認識主体としての「立場」と認識された「範囲」-
注1:ケア役割が認識された「範囲」は「病状管理に関する認識」を橙色、「日常生活管理に関する認識」を緑色、
「情緒的側面の認識」を桃色で示した。
注2:( )数字は抽出された成分の順位を示した。
そこで、テキストマイニングによる分析を進めた。テキストマイニングでは、前述のよ うに禁欲的な日常生活と妻を内包化した結果としての依存的な相互関係が明らかになった。
この視点から再度、A氏のストレス対処を確認してみる。すると、「好きなことをする」と いうのは当座の一時的なストレス回避の対処法であり、長期的根本的な対処行動とは言え ないし、ストレスを受けている現状に対する意味づけ、あるいは対処とは言えない。した がって、A氏の認識は緩和不能の持続的ストレスの前に固縮しているのではないかと解釈 した。このように推論的に解釈を進めると、A氏は妻の病いという不条理の前に、一人立 ち尽くしているように見える。
分析から判明したのはA氏の状態は持続的慢性的にストレスの下にあるということであ る。加えて、A氏自身にストレス状態にあるという認識がない。しかし、無自覚的な蓄積 したストレスは最も危機的である。なぜなら、その臨界は破綻だからである。また、A氏 のケアにまつわる認識をみると日常生活を見つつも「情緒的な側面での認識」が多い。こ のことから、A氏はケアにまつわる役割期待を過剰に取り込んでケア役割を遂行している と解釈できる。したがって、A氏は妻と一体化すると同時に分離不安を抱えた状態にあり、
最も支援が必要な「支援のクライエント」であると言える。以上の解釈から、A氏を「自 己抑圧型」と命名する。ストレスは家族のケア認識に大きく影響するのである。
事例B 試行錯誤型
B氏は、家事に奮闘する夫であった。しかし、家事は妻が病いのために担当できないと いう現実的な状況に伴うものであり、B氏の自主的主体的担当によるとは言えなかった。
また、家事を担当する一方で、「機嫌が悪いのか、病気が悪いのかわからない。」と妻に翻 弄され、同時に、翻弄する妻とされる自分を客観的に見ていた。2回目の面談で、「一日出 かけたら一日休みなさいよ。」と妻に対する所感を語った。共同生活における実践的な学び から、妻も病いに巻き込まれていることに気づき、見守っていると解釈できる。さらに、
B氏の客観的な認識の在り方については、「妻との関係を一番とすることによる安定」とい った対処や、「仕事」と日常生活を明確に分離する対処から推察することができる。これら から、B氏は自覚的に状況に巻き込まれ、巻き込まれる中で生活の安定を目指していたと 解釈できる。
また、B氏の語りによる「ケアのヒストリー」は日々が試行錯誤で、かつ、「ケアにまつ わる認識」の「立場」は、「ケア資源」と「共同介護者」として抽出されていた。B氏は状 況依存的な成り行きではあるが、自ら生活の維持に参加することにより、ケアの役割期待 を取得し、期待される役割を遂行しようとしていた。B氏は生活の維持に参加したことに よって家事スキルや病状のモニタリング、その判断に関する学びを進めていた。同時に学 びの途上であるために支援を必要としていたが、その対処は夫として妻を支援しつつ、方 や自分を担保しつかかわるという戦略的な対処であると言える。以上から、B氏を「試行 錯誤型」と命名する。
事例C 冷静対応型
C氏が認識するケアにおける課題は明確であった。妻の病いの緊急時対応や老親の介護 の問題、退職後の生活など、どれも日常生活管理に関するもので、明確で現実的であった。
これは、妻の病いを前提として、病いとその影響を含んで生活をとらえているためである。
このことが、生活全般を客観的に認識することを可能としていると解釈できる。A氏と同 様に妻の病状を優先した生活構築だが、A氏と異なるのは妻の状態である。妻が発病して いったん自己管理可能となった状態でC氏は結婚した。共同生活のはじめから病いが織り 込まれ、一定の対処ができているということがA氏と最も異なる点である。このことから、
発病後に配偶者として出会うのか、配偶者となって病いに出会うのかという出会いのタイ ミングは、共同生活の基盤を質的に変えるものと推察できる。
さらに、C氏にとっても「仕事」は重要だが、B氏のように仕事と生活を分離するので はなく、仕事と生活のバランスを取ることが課題と認識されていた。この相違も、結婚以 前から妻が病者であることが関連している。C氏夫妻の対話では病いに関することは通常 の事項であり、日常的に互いに病いについて状況を確認しあい、対応を検討することが基 本的な対処であった。また、C氏は調理などの家事スキルは乏しいのだが、妻と自立的に 補完し合って状況に取り組む体制が整っていた。C氏の「ケアにまつわる認識」は「ケア 資源」としてあり、C氏自身のスキルレベルも含めて状況を客観的にとらえていると解釈 できる。ケア役割の認識には病いに対する家族自身の認識の立場が関与することが示唆さ れた。これらから、C氏の場合を「冷静対応型」と命名する。
夫であるA氏、B氏、C氏を見ると、ケア役割の取得と遂行には、妻の病いという状況 への巻き込まれ方、つまり、ケアへの参加の仕方とも言えるが、このことと、配偶者との 出会いのタイミングが影響することがわかった。これは、ケア役割を発揮するには認識主 体としての家族自身の立場が関与するということで、病者に限りなく接近して自己没入的 か、ある一定の距離のもとに客観的位置を維持できているかが、ケア認識に影響すること がわかった。
事例D 価値確認型
D 氏は自らもベーチェット病病者で、夫とは病いのインターネット上のホームページと患者会を 通して出会い、当初は経験を共有して支援しあう仲間として在った。
D氏の語りによる「ケアのヒストリー」は、妻として夫を支えるもので、ケアの認識は調査対象の中 で最も具体的で道具的な内容が観察された。「ケアにまつわる認識」の「範囲」でみると、認識は 全て日常生活に関するもので、D氏は自らを「ケア資源」、あるいは「共同介護者」と位置づけてい た。「ケア資源」として常に病いとともにある生活運営を行い、それを夫と共有して、 共に管理する 姿勢が貫かれていた。これは、共に病いを持っているということに対する危機管理と解釈できた。
夫に対しては共に人生を歩む仲間であり、支え合う仲間であり、自らの人生を託すに価値ある 存在としてとらえていた。このことが、D氏をケア役割に徹する姿勢を取らせていた。このため、D 氏の場合を「価値確認型」と命名する。
事例E 人生発見型
E氏は眼病変の夫の妻で、自らも難病であった。E氏は「障害者も普通で仕事は何とか なる」と認識していた。これは夫の病状が安定し、普通に生活を送ることができているこ とが影響していた。病状安定の結果、夫は復職し家計が安定した。このことは生活の基盤 が安定しているということである。さらに、病状と生活の安定の背景には薬物療法という