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左側に「辺」が-0.8294 で位置した。「確かに」とはある物事を確認する言葉で、それが

「部隊」、つまり仕事と同時に位置している。また「辺」とは C 氏周辺を指すか、あるい は場所との関係を示すものと解釈し、成分1は「私にとっての仕事」と命名した。

成分2は、「大変」が-1.5596で最も値が大きく、対極に「ネック」が0.8402、続いて

「親戚」、「周辺」が位置した。クラスター1 から妻が病気になった時のケアを示すこと、

同時に、C氏夫妻の親族は遠方在住で、近隣に親戚や友人などのネットワークがないこと を示していると解釈し「妻が病気の場合の大きなネック」と命名した。

成分3は、「辺」が0.9223、「病気」が0.7751、「親戚」、「周辺」と続き、対極には「入

・ ・

ケア

ネック

確か

周辺 親戚

対応

大変 胆石

入院

彼女 病気

部隊

② 成

分 1 私 に と っ て の 仕 事

成分2 妻が病気の場合の大変なネック

・ ・

ケア

ネック

確か

周辺 親戚

対応

大変 胆石

入院

彼女 病気

部隊

② 成

分 1 私 に と っ て の 仕 事

成分2 妻が病気の場合の大変なネック

クラスター① クラスター② クラスター③ クラスター④ クラスター⑤ クラスター⑥

1ケア 入院 対応 ネック 確かに 周辺

2 彼女 胆石 部隊 親戚

3大変

4病気 5

院」が-0.8745、「彼女」が-0.6294 で位置した。成分2と同じく、妻の入院と、親戚や 病気といったC氏と妻の周辺が示されていると解釈し、「入院に関連する支援」と命名した。

妻の急変時は、妻の病いと自分の仕事とのバランスが最も影響し、ついで妻への支援が 課題となっていた。

「日常」のケア

日常のケアについては 22 個のキーワードが抽出できた。成分 3 までの累積寄与率は

46.74%であった(表15)。クラスターは7個で、クラスターと成分1、2によるキーワー

ドの布置を図16に示した。クラスター⑥、⑦以外のキーワードは拡大図で示した。

図 16 事例C 「日常」のケア

成分1は「状況」というキーワードの成分スコアが 5.5678 と極めて大きい。この他のキ ーワードはほとんどが原点付近に集まっていた。C氏の日常のケアには妻の病状による状 況が最も影響し、その他のキーワードよりも非常に大きく関係していると解釈した。これ により、成分1を「妻の状況」と命名した。

成分2は「話」が-3.3467 で成分スコアが大きかった。続いて「出来る」が-1.0615 であった。その対極に「一緒」が1.003で位置した。C氏と妻は病いを同じくする者とし てめぐり合い、結婚に至った。このため、「話」には病いを巡るものも含まれていることが 推察できる。出会いのきっかけから推測しても、病いに関する「話」は出会った当初から 日常的であったものと解釈できる。このため、成分2は「妻との対話」と命名した。

成分3は、「○○」と妻の名前の成分スコアが-1.8954 で、続いて「不安」が-1.8086 で同側に位置し、対極に「話」が1.845で位置した。成分1、2で確認できたようにC氏 にっとて、病いに関連する事項は日常会話としてあったと解釈できる。このため、会話の 中でも病い、特に妻に関連する内容を示すものと解釈し、成分3を「特に不安に関連する 話」と命名した。

C氏の「日常」のケアに関する語りは、妻の「状況」と妻との「対話」によって説明さ れることが分かった。具体的には日常生活上の問題は、妻との対話によって取り扱われ、

妻の病状の安定が日常を安定させるための基盤にあると解釈できた。

「将来に向けて」のケア

「将来に向けて」のケアでは4つのキーワードを抽出したが、変数が少なく多次元解析 はできなかった(表 15)。語りの内容は、退職後の経済を含めた生活設計と、自分と妻の 高齢の両親の介護に関することであった。C氏の職場は一般企業に比して退職時期が早い。

このため、再就職において年齢が問題となることに加えて、病いを持つことで再就職が困 難となることを予測しているのであった。また、親の介護については夫婦共に病いを持ち、

ことに妻は負荷が加わると病状悪化の危険がある。このことから、今後、親の介護問題が 生じてくることは避けられないと予測しているが、速やかに対応を迫られている状況でも なく、今後検討しなければならないことと語った。妻のケアよりも親の介護に関すること がらが将来の主なテーマであった。

妻の「発病時」についての語りはなかった。これは、妻との出会いが発病から安定期に 入ってからであったため、状況を共有していないことが関連する。

ケアにおける対処と課題

C氏の「ケアにまつわる認識」をみてみよう。抽出された成分は6個であった(表16)。

これらの認識が示している「範囲」を分析した。

表 16 事例 C:ケアにまつわる認識 -認識主体としての「立場」と認識された「範囲」-

注1:ケア役割が認識された「範囲」は「病状管理に関する認識」を橙色、「日常生活管理に関する認識」を緑色、

「情緒的側面の認識」を桃色で示した。

注2:( )数字は抽出された成分の順位を示した。

「急変時」のケアは「私にとっての仕事」、「妻が病気の場合の大変なネック」、「入院に 関連する支援」であった。

「私にとっての仕事」は、中間管理職として働き盛りのC氏にとって、仕事はアイデン ティティの中核を成し、生活基盤を成すものである。ゆえに、C氏の社会とのつながりを

示すと考え、「日常生活管理に関する認識」とした。「妻が病気の場合の大変なネック」は、

日常生活の近い範囲に血縁、地縁のネットワークが無く、そのため、妻の病状が悪化した 場合、食事の世話など日々の生活で様々な問題に直面することを示している。ゆえに「日 常生活管理に関する認識」とした。C氏に限らず、一般的に夫が介護者となる場合の課題 といえよう。「入院に関連する支援」は、地域のネットワークがない C 氏は仕事との板挟 みとなり妻の緊急入院時に対応してやれなかった経験がある。加えて、このような緊急時 に対応してもらえるような支援関連ネットワークが無いことを認識しているため、「病状管 理に関する認識」とした。

「日常」のケアでの三つの成分は、「妻の状況」、「妻との対話」、「特に不安に関連する 対話」であった。

「妻の状況」については妻の病状の安定が生活全体の安定につながるものと推察された。

「妻との対話」については、夫婦間で互いに病状などを確認しあうことが日常的になって いることがうかがえた。実際、C氏の「ケアのヒストリー」から、妻は病状を含め、日常 の出来事をC氏によく話し、病状に関しても必ず話してくるということであった。したが って、ここでのやりとりは情緒的な会話というよりも、日常生活を維持するための夫妻の 戦略ととらえ、「対話」と解釈した。このためこのふたつは「日常生活管理に関する認識」

と解釈した。「特に不安に関連する対話」からは、妻が抱える不安を C 氏が共有し、妻の 情緒面に対する支援を行っていると解釈し、「情緒的側面の認識」とした。ただし、「情緒 的な側面の認識」と分類したが、C氏が妻の不安に反応して見せている感情的な反応では なく、夫として妻の情緒面を支援しているととらえた。

次にC氏の「立場」から「ケア役割の認識」を見てみる。

C氏はユーモアを持って妻との日常を語った。C氏が把握している生活上の課題は、妻 の病状悪化時の対応の「妻が病気の場合の大変なネック」であった。課題の認識はあるも のの現段階では対応策がなく、したがって、「立場」としては「支援のクライエント」とい える。また、「入院に関連する支援」は、妻の入院時の見守りや生活面の世話といった面に 課題があることの認識があり、このため、「支援のクライエント」としての役割認識といえ る。「私にとっての仕事」にあるように、「仕事」と「ケア」の両立に苦慮しつつも、「妻の 状態」を見て「妻との対話」を中心に「特に不安に関する対話」を丁寧に持ちながら、「ケ ア資源」としての役割を果たしている。また、C氏自身の早い時期の退職を見通した将来 計画、親の介護への対応など明確であった。しかし、課題に対する具体的な対応策を見出 すまでには至っていなかった。

同時に、これらの課題を語るC氏の様子に筆者は切迫したものを感じなかった。それは、

C氏自身が経てきた病いの体験と職業を継続してきたという体験が関係していると推察で きる。人生の困難を切り抜けてきた経験が、C氏の自己効力を高め、生来の柔軟な性格と 相まって、事態を困難の方向にとらえるのではなく、対処可能範囲を探る方向で把握でき ているのではないかと推察する。状況依存的な中にも落ち着いた対応が感じられるC氏で あった。

事例D 「一緒に生きていく仲間がそばに居るっていう感じですね」

ケアのヒストリー

D氏は40歳代の主婦で、病者は夫で、夫は眼病変で片眼の視力を喪失している。また、

D氏自身も腸管型の病者である。筆者は友の会からD 氏の紹介を受けた。D 氏はC 氏の 妻である。

D氏は大学卒業後、会社員として勤務していたが発病によって退職、以後、数回の転職 を経験していた。会社員時代は新人教育を担当するやり手であった。バブル景気でもあり 最前線で仕事をしていた。結婚後は編集やデータ入力などの手伝いをしつつ、専業主婦と して過ごしている。最近数年、D氏自身の病状が思わしくなく、たびたび入退院を繰り返 していた。

夫とはベーチェット病に関するホームページの掲示板を介して知り合い、患者仲間とし て会ううちに交際に至った。D氏は、現在では考えられないがと前置きして、夫は友の会 のホームページをはじめ複数のベーチェット病関連ページの運営を担当しており、身元は 確かだろうと思ったため直接会うに至ったと言う。したがって、当初から病者であること がわかっていた。D氏は夫の発病時の様子を語った。

「左目が見えなくなった時に、親は仕事辞めさせて盲学校に入れて、早めに次の仕 事の勉強をさせたほうが良いんじゃないかと思ったらしいんですよ。で、休職して半 年間家に連れて帰って治療して、視力回復してきたんで、で、(職場に)戻ったんです けど。」

「で、親の言うようにその時、仕事を辞めてたら、もう俺は今、仕事が無かったか もしれないと。とりあえず、職場のほうが待っててくれて回復出来たんで、もう何も なければ定年まで勤められますから。職種変更して今、やってるんで。だから、まあ、

その辺は親の心配はありがたいんだけど、先走ってやらないほうが、やらなくて良か ったと思ってるみたいですね。」

D氏は結婚に際して、D氏自身が仕事を辞めることと夫と結婚することを比較して、仕 事に未練があるなら結婚はやめようと思ったと言う。また、夫は病いのために職種の変更 を余儀なくされたとはいえ、仕事を継続して安定した生活基盤があるということは重要で あった。

日常生活について伺うと、D氏は気を付けていることとして、常に時期を外さないよう 夫に必要な報告をしていることを挙げた。D氏自身も病いを持ち、身体活動の面に制約が あり、出来ることや出来る範囲を見極めて判断することが大切であるためと語った。

「(夫と)一緒に居ない時に、何が起こるかわからないということを想像しだすと きりがないので。」

同時に、夫を心配することについては割り切るようにしていると語り、慎重であると同

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