第3章 ビーレフ:[ルト実験学校の実践 第1節 実験学校の概要と組織
第3節 子どもの活動の評価 1 実験学校での評価の特徴
評価のシステムは、現代の多くの学校では、発達を客観的に測定するもの というより、進級・選抜の道具として機能している傾向がある。評価が選抜の 道具として機能する限り、学校がいかに生徒の学びを喚起するような教育を組 織していたとしても、子どもたちは、自身の多様な経験がこうした選抜に有効 でないことを経験することになり、自身と世界に関する経験を破壊してしまう。
ドイツの学校でも、通常、教科ごとに 1 から 6 までの6段階の評価 点が付けられ、こうしたことが1学年の問に2回行なわれている。6段階の評 価点の中では、 1 が最も良く、 5 ないし 6 を複数取った場合には、
生徒は同じ学年に留まる原級留置の措置がとられる(注42)。
しかし、ドイツでは、1960年代の改革運動以来、こうした評点のついた成 績証明書(Zeugnis)の機能を、進級の道具や記録書類から教育的手段へと変
えようと努力している。特に、実験学校では、激化した選別競争の中で、子ど もの学習行動を教育学的に父母や本人に報告し、教師自身の教育実践を省察す るという本来の評価のシステムを、組織立って整備していくことを目指してい
る。
実験学校では、評価に関して2つの方法を用いる。一つは、子どもたちが どのように目常の学習を進めてきたかを、様々な教師・研究グループが観察し 描写した「学びの過程の報告書」(Berichte zum Lernvorgang)であり、他の 学校の半年ごとの成績証明書に代わるものである。もう一つは、4種類の「評 点成績証明書」(Notenzeugnis)で、次のものがある。
・転校成績証明書(13berweisungszeugnis)(他校への転校時に)
・10年生前半年の成績証明書(Ein Zeugnis nach dem ersten Halbjahr des Jahrgangs 10)(申請によって)
・修了成績証明書(Abschluβzeignis)(10年生または9年生で、達成し た修了時に)
・卒業成績証明書(Abgangszeignis)(修了以外の卒業時に)
実験学校では、この2つのうち、「学びの過程の報告書」が主要な評価手段
として利用されている。すなわち、評点成績証明書は、学校を転校したり卒業 したりするときにのみ法的な基準に従って出され、在学中は、評点を使っての 評価を一切していない(注43)。
2 学びの過程の報告書(Berichte zum Lernvorgang)
実験学校で主な評価の手段となっているのが、「学びの過程の報告書」であ る。これを、子どもたちは、第1段階では学年の終わりに、第皿,IV段階では 半年ごとの学期の終わりに受け取る。、1988年時点で、第H段階については、
これを受け取る回数を年に!度にするか2度にするか、1989年に満了する実 験に基づいて決定することになっていた。
各領域からの個別の報告書には、受け持ち教師による要約された評価が先頭 に置かれている。また、それは、「授業の描写」と「生徒たちの学習行動の描 写」という2つの部分に分かれている。1980/81年度までは通例だった、総合 制学校に対する布告から引用された学習の基準定量(「Xは、基本的な授業の 学習目標を達成した。」;「Xは、基本的な学習目標を部分的に達成した。」;「X は、さらに余分の学習目標を達成した。」)については、実験学校では1980/81 年度末以来取りやめられている。
こうした報告書は、あくまでも生徒たちの学びと教師の教授のコント『一 ルのための教育的手段であり、選抜、すなわち進級や一定の学習グループの編 成や一定の修了経歴には利用しないものとしている。
また、こうした報告書は、まず第一に生徒向けであるので、段階によって その形式は異なる。それでは、どのように段階によって異なるのだろうか。
第1段階では、文書によるこうした報告書と並んで、日頃の父母との定期的 な対話、家庭訪問、電話による頻繁な情報のやりとりが重視される。1年生で は、日々の経過を描写し、個々の学習領域についての成果は示さない。2年生 で、「授業の描写」および「社交上と学習行動の描写」と並んで、個別の学習 領域(注44)に対する評価も与えられる。
第H段階でも、父母との定期的会話が評価実践の重要な構成要素である。半 年ごとに父母と教師の対話日が設けられる。この段階での評価は、明らかに第
1段階の終わりより、経験領域と専門科目に関連づけて行なわれる。
第皿,IV段階でも、父母との定期的会話が評価実践の重要な構成要素のまま である。文書による評価は、経験領域に関連づけて行なわれる。そして、上の 学年に進むにつれて、経験領域からさらに区分された専門科目ごとの評価が際 だっていく(注45)。
3 評点成績証明書(Notenzeugnis)
ビーレフェルト実験学校は、ドイツで1960年代末に成立した新しいタイプ の総合制学校である。こうした総合制学校では、伝統的三分岐学校制度に沿っ た修了資格が与えられることが、法的に規定されている。したがって、ノルト ライン・ヴェストファーレン州の総合制学校である実験学校も、次の修了資格 が、規定によって与えられる。
①9年生終了時に基幹学校修了(Hauptschulabschluβ)
②10年生終了時に中等段階1修了(Sekundarabschluβ1)(注46)
そして、このような修了の評価に生徒たちや父母たちが驚かないようにし、
就職の志願書や職業安定所での相談のために、一般に使われている評価形式で、
全ての卒業生に、初めての評点成績証明書が卒業の半年前に与えられる。こう した評価方法がそれまでの「学びの過程の報告書」の目指した教育的意義とは 異なる。しかし、もし就職を捜すときに実験学校独自の「学びの過程の報告書」
のみを使うなら、生徒に不利に作用するだろうと予測できる。したがって、転 校・卒業などで学校を去るときのみ、こうした評点成績証明書が与えられるの
である。
評点成績証明書は、中核グループ会議で、このグループの生徒たちが受け た授業を担当した全ての教師が関与して作成される。この会議では、個々の教 師によって、個々の生徒について詳しく報告される。そして、個々の生徒たち の総合評価の主要な特徴、修了見込み通知、評点が確定される(注47)。
注
1 ドイツでは、州(Staat)自治の伝統に従って、連邦ではなく州が教育の 最終権も持っており(この権限を文化高権という)、州によって教育の期 間や学校種に若干、違いがある。こうした違いを克服するため、各州の文
部大臣によって構成される常設文部大臣会議があり、できるだけ制度的な 統一化が試みられている。加藤雅彦他編『事典 現代のドイツ』大修館書
店1998年p.547−553参照。
2 ノルトライン・ヴェストファーレン州独自の学校タイプで、ギムナジウム の教育課程と職業教育学校のそれとを統合した中等段階H(Sekundarstufb H)の学校である。こうしたコースは、ギムナジウム以外の普通教育機関 や職業教育学校を経て大学入学資格の修得へ至る「第2の教育の道」と呼 ばれている。加藤雅彦他編 前掲書 p.555参照。
3 栗山次郎『ドイツ自由学校事情』新評社 1995年 p.127,128。
4 Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:Strukturplan der Bielefblder 五aborschule;IMPA:LS15, Bielefbld,1997, S.9.
5 Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:a.a.0., S.13より引用。
6 Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:a.a.0., S.9−12参照。、ビーレフェ
ルト実験学校のインターネット・ホームページ(1999年8月現在)にも、
同様の内容が要約されている。アドレスは、ht七:〃www.uni−bielefbld.de/LS
一である。
7 Lenzen, K.一D.:Schulalltag ill der Eingangsstufb der Laborschule;
IMPA:LS3, Bielefbld,1989, S.30.
8 Melzer, W。:Die Laborschule und ihre EItern;IMPALS18, Biele艶ld,
1989, S.22.
9 Groeben, A.v.d./Rieger, M.E:Ein Zip艶l der besseren Welt, Essen,1991,
S.290.
10Hentig, H.v.:Die Bielefblder Laborschule;IMPU:LS7, Bielefbld,1998,
S.24,25.
11Hentig,正しv.:a.a.0., S.26.
12Hentig, H.v.:a.a.0., S.30.
13Groeben/H:en七ig/K:蕊bler/Wachendorff:S七rukturplan der Bielefblder :Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.26.
14Hentig, H.v.:Die Bielef61der Laborschule;IMPULS7, Bie16fbld,1998,
S.27.
15Hentig, H.v.:a.a.0., S.28.
16Groeben/H:entig/KUbler/Wachendorff:Strukturplan der Bielefblder Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.26.
17ビーレフェルト実験学校のインターネット・ホームページ(1999年8月
現在)参照。アドレスは、h七t://w .uni−bi l,艶ldde/王・S/・tu君n。h m1で
ある。
18Groeben/且entig/K且bler/Wachendorff:Strukturplan der Bielefblder Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.26.
19Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:a.a.0., S.58.
20Hentig, H.v.:Die Bielefblder L,aborschule;IMPULS7, Bielefbld,1998,
S.29.
21Groeben/Hen七ig1KUbler/Wachendorff:Strukturplan der Bielefblder Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.29.
22H:entig, H.v.:Eight Characteristics of Humane School, in:Wes七ern−
European Education, vol.20 no.1,1988 spr., p、9,10. ここでは、
7年生の半ばあたりから、学校は可能な限り「脱学校化」すべきであると 指摘しているが、例えば、第2外国語の週あたり授業時間の縮小など、カ リキュラムにまでこうした原理を適応しているのは、8年生のみである。
23Groeben/Hentig/K登bler/Wachendorff:Strukturplan der Bielefblder Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.58,59.
24Groeben/H:entig/K:Ubler/WachendorfC:a.a.0., S.58.
25Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:
26Groel)en/H:entig/KUbler/Wachendorff:
27Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:
28Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:
29Groeben/Hentig/K:abler/Wachendorff:
30Groeben/Hentig/K廿bler/Wachendorff:
31Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:
32Groeben/Hentig/K:廿bler/Wachendorff:
33Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
a.a.0.,
S.31,32.
S。32,33.
S.33.
S.33,34.
S.34.
S.34,35.
S.40.
S.35.
S.37・40.
34Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:a.a.0., S.80,81.
35Groeben!H:entig/KUbler1Wachendorff:a.a.0., S.105より引用。
36Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:a.a.〇二, S.103,104.
37実験学校には、第1段階で計14、第II〜IV段階で計24、総計38の中核グ
ループがある。教師定員は、研究主任を含めて52人である。38Groeben/Hentig/K茸bler/Wache且dorff:Strukturplan der Bielefblder :Laborschule;IMPA:LS15, Bielef61d,1997, S.52.
39Groeben/Hentig/KIUbler/Wachendorff:a.a.0., S.61.
40Groeben/Hentig/K廿bler/Wachendorff:a.a.0., S.57,58.
41Groeben/Hen七ig/KUbler/Wachendorff:a.a.0., S.58,59.
42天野正治・結城忠・別府昭郎編 『ドイツの教育』東信堂 1998年 p.99。
43Groeben/Hentig/KUbler!Wachendorff:Strukturplan der 】3ielefblder :Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.69.
44例えば、「読むこと」「書くこと」「計算」「プ白ジェクトとそのテーマ」
「特別な関心、技能、能力」という学習領域ごとに評価を文章で与えてい
る。 Lenzen, K・D。:Schulalltag in der:Eillgangsstufb der:Laborschule;
IMPALS3, Bielefbld,1989, S.113−117.
45Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorfε:Strukturplan der Biele艶1der Laborschule;IMPALS15, Bielefbld,1997, S.70,71.
46Groeben/Hentig/KUbler/Wachendorff:a.a.0., S.130.
47Groeben1Hentig/KUbIer/Wachendorff:a.a.0., S.71−73.
終章 ヘンティヒの思想と実践が示唆するもの
以上のようなヘンティヒの「『経験の空間』としての学校」に関する考察と ビーレフェルト実験学校の実践が、学校での学びをめぐる困難な現状にとって、
いかなる意義を持っているのだろうか。
もとより学校は社会を基盤にして成立している制度の1つであるので、あ る国の教育実践が成功しているからといって、そのまま社会状況の異なる他国 に、安易に移し替えることはできない。
例えば、校内でクラブ活動を行ったり、担任教師(世話教師)の役割を重 視したりする実験学校の実践について考えてみよう。ドイツの学校の基本的性 格は「知識学校」として特徴づけられている。教育において、学校と家庭およ び地域社会との役割分担がかなり明確にあり、学校の任務は知識教育のみと見 なす傾向が強い。教会や職人集団のような伝統的共同体も、縮小してきたとは いえ、未だその教育的機能は生きている。こうした教育事情のドイツでは子ど もたちの余暇も含めた全人的な生活を学校で保障するこうした実践は、「知識 学校」の弊害を乗り越えるという意味で画期的な改革であろう。これに対して、
日本の学校は一元的に子どもの教育を担う傾向が強い「生活学校」と特徴づけ られる。したがって、こうした実践は当たり前のことと考えられている。それ どころか、クラブ活動などはかえって子どもの生活を全面的に管理することに つながるのではないかといった批判さえ、投げかけられている現状があるので
ある。
しかしながら、現代社会のシステム化やメディアの発達による子どもの育 ちの変容など、両国に共通の教育課題も多い。そうした共通課題に対して、ヘ ンティヒの思想と実践から、私たちはいくつかの示唆を得ることができる。
1つ目は、パッケージ化された表象をなぞるような学びを問題として「経 験」に注目し、学校を「経験の空回」と位置づけようというヘンティヒの思想
と実践は、マルチ・メディア化やシステム化によって子どもの経験と学びのあ りかたが急速に変容しているという課題に揺らいでいる学校に対して、重要な 視点を提供することである。
経験への注目は、その理論的背景として、デューイの実験学校の理論など が援用されているように、新教育運動との連続性が意識されていることは疑い