済州島便り 5
2007 年 11 月 15 日 第 5 号
修練生の感想
●第192回14日修 中央大阪 H.S (29)F
私は生まれたときから両親がおらず、亡くなった父方の 祖父母に育てられました。兄弟もいない孤独な人生だった のですが、お父様の証のビデオを見たときに、この人に会 う為に私の今までの人生があったのかと思いました。幼い 頃から何度も自殺を考えてきたので、自殺するぐらいなら、
また何時かは死んでしまう人生ならば、この人の為に生き て死のうというのが、7 年余りのこれまでの信仰の動機で した。しかし、任地を異動し、環境が変わり、心情はすっ かり枯れてしまっていました。でもこの 14 日間、神様と 人類の為に今もなお先頭を切って走ってゆかれる御父母様 の為に、6 千年ぼろぼろになりながら復帰摂理をしてこら れた神様のため、苦労の多いみ旨だと知った今でも、理想 天国をめざし希望を持って歩もうと、私の動機が変化して 行きました。 たった14日間でこんなにも心情が転換す るなんて思いませんでした。この決意をゆるぎないものと するため、苦しいときにはこの 14 日間を思い出し前進し てゆきます。
講義の合間には自然の中を散策しながら、祈る時間もも たれます。済州島の南側には海岸線に平行して森島、蚊島、
虎島が連なり、また 1972 年に文先生が買われた約 3 万坪 の地帰島も浮かび、美しい景観に花を添えます。自然は第 二の聖書と言われる通り神の心情に触れる良い機会です。
地帰島では漢拏山 を中心に最も美し い済州島が展望さ れ、文先生はこの 海域で釣りをしつ つ多くの瞑想の時 間を送ってこられ ました。
新年から亡くなられたシアボジ(義父)のチェサ(祭事)
がありました。夫は 5 人の兄弟の 2 番目ですが、クンチッ プ(実家)をついで、実母と生活しているため、祭事には 親族が皆ここに集まります。祭壇を準備するのは男性達の 仕事で、また敬拝も夜中の0時から男性達が家系の上位か ら順次捧げてゆきます。料理を準備するのは嫁達の仕事で す。嫁は 5 人ですが、実際には姑、私そして済州市在住の 弟嫁2人が加わって 4 人で行うのが普通でした。一度に集 まる親族は100名を越えます。夕飯を食べ、また、0時 過ぎにも食べますので2回の食事の準備とコンテナ3個分 の皿洗い、そして食事の残りをビニール袋に入れて家族ご とに渡してあげる仕事があります。 皆が帰った後、実家 の嫁である私は、最後の掃除までして休むのは明け方3時 ごろとなります。そして翌朝、洗った食器を綺麗に拭きあ げて、所定の食器収納箱に収めると一回の祭事のおしまい です。 夫は次男ですが、この祭事を9年間受け持ってき ました。そこに嫁いだ私も、最初の2年間は 1 年間に22 回行いました。3 年目からは 8 回、去年からは長男夫婦が 分け持ってくれることになり2回となりました。大きなお 腹を抱えながらの祭事は辛く思うこともありましたが、今 は、この行事を感謝して行っています。それは、神様に与 えて頂いた夫を生んで育ててくださった人たちを偲び、お 礼する場だと思うからです。 (前川)
⑤ 自然の懐に抱かれて
「チェサ(祭事)の国」
ヘムルトッペギは、新鮮 なあわび、カニ、海老そ して何種類かの貝類、野 菜など済州島の海の幸を ふんだんに使った海鮮料 理です。ピリッと辛味が 利き味噌味をベースとし た済州島を代表するお鍋 の一つです。
南元から西方に続く絶壁の海岸 ヘムルトッペギ(海鮮汁)
研修院の足跡
妻として 母として
第 38 期済州島 7 日修 (10.19-25) にはこれからの時代を 担う指導者となるべき「天聖伝道祝福団」「鮮文祝福伝道団」
の 25 名の二世・青年達も教育路程の一環として参加しまし た。はちきれるばかりのエネルギーを秘めた若き兄弟姉妹が、
一世圏の開拓の足跡を辿りつつ「相続と発展」をスローガン に真の御子女様に続く天一国主人としての自己の確立に挑 戦する姿は天の希望です。 前線での激しい闘い
で残る心の傷や疲れも、済州島の自然の中で祈り、
また多くのみ言で整理され、これからの伝道へ の決意をそれぞれに固めながら新しい出発を しました。済州島の後は文総裁のご苦労の跡を 辿る聖地巡礼に向かいました。
(済州の味)
제주의맟
韓鶴子総裁ゆかりの孝敦 ( ヒョウドン ) 初等学校
周藤先生の講義
済州島便り 4
2007 年 10 月 15 日 第 4 号
修練生の感想
① 神様の存在 (3)
私たちは五感をもって生活することを当たり前のように考 えていないでしょうか。もし、視力が無かったらどれほど辛 く寂しい人生でしょうか。
人間は美しい花を見て感動し、その花を愛することで幸せ を感じます。目は人を幸せにするためにあります。目が無け ればそれだけ幸せが失われます。目を設計された背後に人間 が幸せになることを願う神様の心があります。美しい音楽を 聴ける耳も、食べ物を楽しむことの出来る味覚も皆同じです。
世紀の奇跡といわれたヘレンケラー女史の傍らには 50 年 の長きに渡り、どこに行く時も離れずに付き添うサリヴァン 先生がいました。
同じように、私達の傍で片時も離れず、五感を通して人間 が幸せになれるように見守る神様がおられるのです。
(「神様と人間」から)
●第190回14日修 南大阪 M.I (29)F
今回は、海辺で神様によくお祈りしました。自分の素直 な気持ち、悩み、痛み・・・そして、み言を通して感じた、
神様と御父母様の事情、心情、これから私が復帰して行き たいものなど、色々な事を神様と祈祷を通して共有するこ とが出来ました。ここで、神様と御父母様の愛に抱かれて 過ごした14日間を糧に、御父母様の相対としての歩みを 勝利して行きたいです。
●第190回14日修 西東京 S.I (33)M
14日間振り返ってみると、神様、真の御父母様の愛に 満ちた修練会だったなと思います。日本の食口の為に修練 所を造って下さり、み言と祈りの場を与えてくださったこ とに、本当に感謝します。14日間で信仰初期の頃に立ち 返ることが出来たかなと思います。み言を学び、語り、そ して実践する喜びを講師の姿を通して再確認しました。
原理というと「~しなければならない」という拘束のイ メージがあるかもしれません。私もそのように感じた時期 もありました。けれども、原理を生活化することで愛せな いものが愛せる様になって来ました。
10 年前だったら、自分は右往左往したり、憤慨していた だろうということも、今では冷静に受け止め対応できるよ うになりました。原理原則に徹して歩もうと精誠を尽くす と愛の力が与えられ、心が本当に解放されていきます。
受け止め難いことも、原理に照らして「ああ!こういう捉 え方もある」と繰り返し閃きを与えられる経験をすること で、原理を学ぶことが喜びとなりました。
自分の失敗談、挫折した話、こんなに冴えない自分でも 希望をもって生きれるようにしてくれた原理の素晴らしさ をたくさんの人に伝えたいという思いを抱きながら修練会 のスタッフとして日々を歩んでいます。 (内山)
「原理が自由を与えてくれる」
生命の木への道
環境を中心としてみた時、ヤコブは嘆息と絶望に 突き当たる立場に立っていました。しかし、絶望を 訴えるヤコブになっていたとしたなら、自分自身を 中心として嘆息するヤコブになっていたなら、彼は イスラエルを代行する民族的権限を持つことはでき なかったでしょう。ヤコブは 20 年を越える受難の道 にあっても、祝福が変わらないものであることを最 後まで信じたのでした。 (64-212)
済 州 島 修 練 会 の 総 合 的主管を担当 されるのは周 藤健副会長で す。日本での 最初の祝福と なる 12 家庭 の 大 先 輩 で
あり、歴史的な第一回 40 日修練会の講師を皮切りとして、
世界の統一運動を支える教育の伝統を打ち立てて来られま した。周藤先生の講義を通して信仰の真髄を学んだ指導者 たちが世界中の教会に散らばっています。真のお父様の開 かれる摂理の最前線で、アメリカ合衆国を始め、韓国、日本、
ヨーロッパを舞台として一片丹心のみ旨の道を歩んで来ら れました。
④もう一つの顔:周藤健副会長、薫代夫妻
周藤副会長の誕生日(2/23) に 7 日修生と
研修院の足跡
済州島の東端に は済州十景の中で も筆頭を占める城 山日出峰がありま す。 高 さ 182 m、
火口 3 万坪の岩塊 からなるこの島は、
海底からの火山の 噴火と隆起で形成 されました。漢拏山自然保護区、溶岩洞窟系と共に、本年、
ユネスコ世界遺産に登録を果たしました。自然遺産として は韓国第一号となります。 その名の通り、ここから太平 洋の大海原に真紅の太陽の浮かぶ最高の日の出を仰ぐこと ができます。外輪に沿って連なる 99 個の奇岩が絶妙な王 冠を形作っています。日出峰と本島をつなぐ裾野には、か つて元が済州を支配した 20 年間に移入された蒙古野馬の 後孫が、今も、済州馬として飼育され、草を食んでいます。
世界自然遺産、城山イルチュルポン