3 章
3. 実験結果および考察 1 予備実験結果
3.3 多層被覆壁面での実験
3.3.3 多層被覆壁面についての考察
-0.2 -0.1 0 0.1 0.2
1000 2000 3000 4000 5000 6000
DR(-)
Re (-)
PVA-L Multi-L1 Multi-L2 PVA-H Multi-H1 Multi-H2
Fig.3.11 DR of plates of multi-layer coating
3.4 高分子被覆壁面についての考察
3.4.1 実験結果考察
単層での被覆を行なった壁面でも,多層での被覆を行なった場合でも,PEOを 含まないPVAのみの溶液を被覆した壁面で遷移域の抵抗低減効果が確認できる.
また,抵抗低減が発生する領域はその被覆が単層か多層かに関わらず遷移域に 限定されており,その他の領域では抵抗低減効果を確認することは出来なかっ た.さらに,多層被覆壁面においては,その表面に塗布される溶液中のPEOの 濃度は流動抵抗に大きな影響をもたらすことはなく,下地として用いられる PVA の濃度の影響を受けていたことが分かった.これらの結果から,本実験で 確認された高分子被覆壁面の遷移域における抵抗低減効果は,Toms効果のよう な直鎖状高分子による壁面近傍の渦の抑制によるものでない可能性がある.
また,PVA のみを 5%溶かした溶液を被覆した PVA-L は遷移が生じる領域で 抵抗が増加したものの,PVAのみを11%溶かした溶液を被覆したPVA-Hの場合 は抵抗が低下している.どちらも被覆にはPVAのみが存在しているものの,実 験結果には差が生じた.こちらも差が生じる原因の詳細は不明だが,塗布する溶 液の濃度の違いによって生じる被覆の厚さや被覆の弾性などの機械的性質の差 によって生じたと考えられる.特に厚さに関しては,PVAが5%の溶液に比べて PVA11%の溶液は粘度が高いため,塗布した際に被覆が厚くなる傾向にあると考 えられる.粘度が高い PVA11%の溶液を塗布した試験壁は被覆が充分に厚く遷 移域での抵抗低減が生じたものの,粘度の低いPVA5%の溶液を塗布した被覆の 薄い試験壁では被覆の厚さが不足し,抵抗低減効果が得られなかった可能性が ある.
3.4.2 遷移域における抵抗低減機構の考察
本研究の結果のように遷移域で抵抗低減が得られる手法として,壁面に柔軟 性を持たせることで抵抗低減効果を得る柔軟壁がある.Kramer(10)はイルカの皮 膚を模擬した柔軟壁を模型に被覆して実験を行い,柔軟壁の影響で物体表面の 境界層の乱流遷移が大幅に遅れ,最大 60%の抵抗低減効果を得たと報告してい る.Carpenter ら(48)はこの柔軟壁に関して理論解析を行い,乱流遷移を誘起する
Tollmien-Schlchting波の発達が柔軟性を持つ皮膜によって抑制され,その結果遷
移が遅れることを明らかにしている.このことは,Gasterら(49)によって水槽を用 いた実験でも確認されている.今回の実験でも,被覆した高分子が柔軟壁のよう な役割を果たし,Tollmien-Schlchting波の発達が抑制された結果,遷移を遅らせ た可能性がある.一般的に壁面の柔軟性による抵抗低減効果は遷移域のみで得 られるとされており,これは本研究で得られた抵抗低減効果とも一致する.また,
本研究ではPVAのみを被覆した壁面でも抵抗低減効果が得られ,多層被覆壁面 を用いた実験においては被覆表面のPEOの濃度が実験結果に影響しないという 結果が得られた.柔軟性による抵抗低減は,被覆内に存在する高分子鎖の性質と は無関係であるため,抵抗低減効果は被覆中の PEO 濃度の影響を受けず,PEO が存在しないPVAのみを被覆した壁面でも抵抗低減効果を得られると考えられ,
本研究の実験結果と矛盾しない.さらに,被覆の厚さが不足すると被覆の柔軟性 に変化が生じ,場合によっては抵抗低減効果が失われる可能性があり,粘度が低 く被覆が薄くなりやすいPVA5%の溶液を塗布した壁面では被覆の厚さが不足し たため抵抗低減効果が確認できず,高粘度で被覆が厚くなりやすい PVA11%の 溶液を塗布した場合は被覆が十分に厚くなったため多くの壁面で抵抗低減効果 が得られたと考えると,これも本研究の実験結果と矛盾しない.このように高分 子被覆壁面の柔軟性によって遷移域での抵抗低減が生じたと考えると本研究で
得られた多くの結果と矛盾しないため,壁面の柔軟性による抵抗低減は本研究 で得られた抵抗低減の機構である可能性がある.
その他の機構として,ハイドロゲル壁面による抵抗低減が考えられる.寒天な どに代表されるハイドロゲルは3次元の網目状分子構造を持ち,図 3.12のよう に,網目構造の隙間を水分子が移動する性質を有している.今回使用した PVA はゲルを作成するのにも用いられ,その代表例としてはPVAとホウ砂を用いる ことで作成されるスライムが挙げられる.スライムは化学結合によってPVA溶 液をゲル化させる化学ゲルであるが,PVA は分子間力等によって溶液をゲル化 する物理ゲルの作成も可能であることが知られている.PVA を用いた物理ゲル に関しては,PVA溶液を繰り返し凍結,解凍することで得られるPVA凍結解凍 ゲル(50)が主要な研究対象であったが,Otsukaら(51)は室温でPVA溶液を乾燥させ るだけでPVAをゲル化させるキャストドライ法によって図3.13のような構造を
持つPVACDゲルと呼ばれるゲルを得る手法を提案している.この手法は薬品の
添加や冷凍といった過程無しで簡便にPVAのゲルを得られる手法である.本研 究において,溶液の塗布や乾燥は全て室温で行なっており,薬品の添加等は行な っていないため,スライムのような化学ゲルやPVA凍結解凍ゲルが生じること は無いものの,溶液を室温で乾燥させるだけで得られる PVACD ゲルであれば,
今回の被覆作成方法でも生成される可能性があると考えられる.
ハイドロゲルによる抵抗低減について,有賀ら(52)はハイドロゲル壁を一片に 有する矩形管内流れにおいて,ステンレス壁と比べて最大で28.4%の抵抗低減効 果を確認したと報告している.また,高木ら(53)は平行平板間乱流において,上下 の壁面にハイドロゲルを簡易的にモデル化した多孔質領域を設け,数値計算に よって多孔質の膜厚みによる抵抗低減効果を調べた.その結果,チャネル全体の 幅に対して3%,5%の幅の多孔質領域を設けた場合,壁面が剛体壁の場合と比べ
て約 10%の抵抗低減効果を得られると報告した.ハイドロゲル壁面による抵抗 低減の詳細なメカニズムについては未だ不明な点が多いが,望月ら(54)は寒天を 用いたハイドロゲル壁面を用いて PIV 測定を行い,流速分布を測定し,その結 果寒天ゲル壁面はすべり速度を有することを明らかにした.この原因について は,寒天ゲル内部に生じた流速分布によって壁面表面におけるすべりが生じた 可能性を指摘している.つまり,図 3.12のようにゲルの網目構造の隙間を水分 子が移動することでハイドロゲル壁面内部に流速分布が生じ,図 3.14 のように 壁面でのすべりが生じることで,本来であれば0となるはずの壁面での流速が0 にならず,抵抗低減効果が得られるものと考えられている.
ハイドロゲルによる抵抗低減についても壁面の柔軟性による抵抗低減と同様 に,被覆内部の高分子鎖の状態はその抵抗低減効果に影響しないものと考えら れるため,PVA のみの溶液を被覆しても抵抗低減効果が得られ,抵抗低減効果 が被覆表面のPEOの濃度の影響を受けないという本研究の結果とも一致する.
また工藤ら(55)は小型回流水槽内に寒天ゲル壁面を有する試験円盤を設置し,荷 重検出器により試験平板にかかる抗力を測定した結果,流速が低い場合は抵抗 低減効果が得られるものの,流速が高くなるとその効果が失われ,むしろ抵抗が 増加したと報告している.この結果は遷移域のみで抵抗低減効果が確認され,流 速の高い高 Re 数の領域では抵抗低減効果が確認出来なかった本研究の結果と 矛盾しない.これらより,被覆したPVA溶液が乾燥する過程でゲル化し,その ゲル構造によって抵抗低減効果が得られたと仮定した場合も,本研究の結果と 矛盾しない.
ここまで,本研究で得られた遷移域での抵抗低減効果の発生機構について,被 覆の柔軟性によるものであるという仮説と,被覆のゲル状構造によるものであ るとする仮説を挙げた.しかし本研究で得られた抵抗低減の機構がこのどちら
であるのか,またはどちらでもなくさらに別の機構によるものなのかをこれ以 上明らかにすることは現状では困難である.
Fig. 3.12 Schematic diagram of movement of Water molecules
Fig. 3.13 Schematic representation of the network structure of PVA gels
Fig. 3.14 Velocity distribution on Normal surface and Gel surface (a) Normal surface
(b) Gel surface
3.5 今後の課題
本研究では高分子被覆壁面によって遷移域での抵抗低減効果を得たが,その 抵抗低減機構は不明であり,今後の課題としてこの機構の解明が挙げられる.本 研究で得られた実験結果からは,先述のように被覆の柔軟性による抵抗低減,被 覆のゲル構造による抵抗低減が抵抗低減の機構として考えられることを紹介し た.もし仮に抵抗低減機構がこのどちらかであった場合,壁面近傍の速度分布を 測定することで抵抗低減機構を明らかにすることが出来る可能性がある.図3.14 のように,ハイドロゲル壁面による抵抗低減が生じていた場合は壁面でのすべ りが生じているはずであり,壁面近傍の速度分布にも変化が生じる.一方で壁面 の柔軟性による抵抗低減が生じていた場合は,このような速度分布の変化は生 じないはずである.柔軟性を持つ壁面とハイドロゲル壁面ではこのような速度 分布の差が生じるはずであり,これを測定することが出来れば本研究で得られ た抵抗低減効果の発生機構を明らかに出来る可能性がある.そのため,PIV等に よる手法で壁面近傍での速度分布を測定することが出来れば,抵抗低減機構が 明らかになることが期待できる.