〜1.17、10.23、3.11の教訓を南海トラフ地震・首都直下型地震に活かす〜
弘前大学大学院 地域社会研究科 教授
佐 藤 和 之
解できないだけで、適切な情報さえ得られれば地域住民や行政の重荷になるこ とはない。逆に彼らが理解できる言語で情報を伝えられたら、外国人住民の多 くは日本人が持たない能力で、避難行動の支援者にも、復興支援の心強い仲間 にもなり得ることを東日本大震災の経験から私たちは知った※2。
外国人住民は、いまや日本中どこの地域社会にも住むのが自然になった。在 留外国人統計※3によると、阪神・淡路大震災が起きる前年末からの20年で約 6割増加している。外国人住民の多い行政は国際課や国際交流協会をもつが、
少ない行政は日本人住民と同じ対応で彼らの安全を保障しなければならない。
しかし大規模災害が起きたとき、実は都市規模の大小に関わらず、どの行政も もれなく3つの課題を抱えなければならなかった。
本稿では阪神・淡路大震災以来の20年間に、日本の地方行政が大規模地震で 直面した重要な3課題について、表現の仕方や情報の伝え方に限定して論じ る。さらにそれら課題を解決する「やさしい日本語」の効果とその信頼性につ いて概略し、南海トラフ地震や首都直下型地震が起きた際の言語的減災活動に どう適用させられるかまでを展開する。
被災地の外国人住民に情報を伝えるための課題
日本のどこででも、災害が起きると外国人も日本人と同じ状況になることに いま触れた。事実、阪神・淡路大震災や新潟県中越地震、東日本大震災では、
たくさんの外国人が被災住民になった。さらに彼らには、自分の安全を確保す る情報が得にくいという外国人ならではの事情もあった。いまでも、避難を促 す緊急性の高い情報や、生活するのに必要な設備の停止や復旧を知らせる情報 は、ラジオもテレビも避難所に張り出される掲示も日本語である。
2015年9月に起きた茨城県常総市の水害でも20年前と同じことが問題になっ た。人口12万(2015年10月)の市を襲った洪水は、7千人の外国人住民を避難 情報からも生活復旧情報からも孤立させた。より正確にいうと、市が外国人住 民向けの言語対策をとれなかったため、外国人は日本人以上に困窮した生活を 余儀なくさせられたという。「外国人住民が常総市の言語対応不備を非難(筆 者訳)」※4と題した英字新聞は、同市が外国人住民への言語対応を何もとら なかったことで、外国人は困窮し、憤っていることを次のように報じた。
市は外国人住民が多数いるのを把握しているのに、防災無線から伝えられた 避難情報は日本語だけだったこと、Eメールでの緊急連絡も漢字交じりの日本 人用だけだったこと、災害時にはホームページで英語やポルトガル語でも避難
1234567公募論文参考資料 情報や生活支援情報を伝えることになっていたが機能しなかったことなど。そ
してそうした外国人への対応は、水害から1週間が過ぎても改善されず、住民 は生活の復旧でも困窮した状況にあるというものだった。せめて外国人住民が 理解できる日本語(easier-to-understand Japanese)ででも伝えて欲しいと外 国人は望んでいることを強い論調で伝えた。
災害下の外国人は、避難のための情報や避難所での生活、たとえば食事の配 給時間や毛布の支給といった最低限の情報でさえ入手困難で、通訳ボランティ アが入るまで彼らはさまざまな情報から隔絶されてしまう。行政もボランティ アも外国人支援ができない状況にあっても、外国人は日本人と同じ環境下を 生き延びねばならない。だから日本人と同じ情報を外国人にも伝えなければな らないのは当然である。そのとき、それぞれの外国語で伝えられたら最善であ る。堂々巡りになるが、災害直後の混乱期に、被災地の公共機関が複数の外国 語で伝えることはできない。英語であってさえ、発災直後の状況を翻訳して流 せるようになるまでは時間がかかる。
東日本大震災のとき、被災地に住んでいた外国人の国籍は160か国以上(災 害救助法適用市町村を有する県の外国人登録者)※5だった。それぞれの被災 市区町村が日本人と同じ避難や復旧や生活に関わる情報を、多言語で伝えられ なかったことは言うまでもない。
この20年、外国人を地域住民に抱える自治体は、そのことへの対応をさまざ まに検討してきた。そしてここで注意すべきは、外国人住民の多寡とこの課題 は相関関係にはないということである。つまり、外国人の住民が少なければ行 政は人員をそのためだけに割けないし、外国人ボランティアも支援にやってこ ない。また外国人同士の共助も成立しないことから、地域社会の負担は大きく なるだけである。外国人住民を無視する意図はもちろんない。しかし結果とし て、外国人住民の自助能力と近隣住民の公助に期待して日本語での情報だけを 伝えることになってしまう現実がそこにある。前述常総市での例がまさにその 状況だった。
「やさしい日本語」とは何か
内なる国際化が進む日本の地域社会は、このような現実を改善し、災害時に 外国人住民の安全が保障できることばを必要とした。しかしそこには阪神・淡 路大震災以来の、中越地震にも東日本大震災にも共通した、そして改善しにく い3つの課題があった。1つ目は、大規模地震が起こった後の行政は72時間の
あいだ、被災者への十分な支援活動ができない状態になることである※6。2 つ目は同じ72時間のあいだに外国人対応のボランティアは被災地に入れないこ と、そして3つ目が外国語での情報は伝えられない状況になることだった。
社会言語学や日本語教育学を専門とする言語研究者は、この課題を解決する ため、情報を得られず困っている外国人はどんな人たちで、言語研究者として 支援できることは何かから考え始めた。
まず救うべき外国人は、日本に来て1年を過ぎたくらいまでの人たちである ことが判明した。つぎに、彼らはさまざまな母語をもつが、日本で生活してい るため、バスに乗ったり買い物をしたりするくらいの日本語が使えることも分 かった。さらにもう一点、災害下で情報を知らせようとする日本人の外国語能 力と困っている外国人の日本語能力を比べると、片言の日本語でも、明らかに 外国人の日本語能力の方が高いこと、そしてなによりこのことは、彼らの母語 がそれぞれに違っても、その程度の日本語なら、誰もが等しく理解できること を意味した。このことから私たちは「日本に住んで1年くらいの外国人が使っ ている語や文法の日本語で災害時の情報を伝える」ことにし、それを「やさし い日本語」と呼ぶことにした※7。
つぎに1995年以来の大震災に共通した、あるいはそれぞれの震災での特徴か ら必要だった情報の種類やその表現、外国人たちの避難行動、情報の入手経 路、外国人を支援する機関や団体の対応状況と時間的経過などを調査、整理 し、つぎのような対策を提案した。
発災直後は、一人でバスに乗ったり買い物をしたりする程度の日本語音声
(読みことば−ラジオやテレビ、防災無線、市役所や消防の広報車)で避難所 まで誘導する。そしてその後、通訳ボランティアが対応できるようになるまで は、やはり同程度の日本語の文字(書きことば−掲示物や配布物)によって情 報を伝える。その時間はおおむね発災からの72時間であり、この方法がもっと も効果的かつ現実的なことを報告した。たとえば避難所への誘導は次のような 表現にする。
1234567公募論文参考資料 避難所<みんなが 逃げる ところ>は 安全です。 避難所は だれでも
使うことが できます。 外国人も 使うことが できます。 避難所に 行って ください。 ぜんぶ 無料です。 お金は いりません
避難所<みんなが 逃げる ところ>で できることを 知らせます ①水や 食べ物や 情報を もらうことが できます
②トイレに 行くことが できます ③寝る 場所も あります
多言語の一つであるための「やさしい日本語」文法
上記、誘導のための案文は東日本大震災のときに使われた表現で、災害時で も外国人が的確に理解し行動できる表現にする「やさしい日本語」文法12項目 からなる。『増補版「やさしい日本語」作成のためのガイドライン』※8から 要点を簡略化して引用する。
⑴ 難しいことばを避け、簡単な語を使う
基本的な約2,000語で、外国人のための日本語能力検定試験でいうと旧4 級と3級の語を使用(「火災が発生しました」を「火事が おきました」に 言い換える程度)
⑵ 1文を短くする(平仮名だけで書いて24文字以内)
⑶ 災害時によく使われることばや知っておいた方がよいと思われることば は、そのまま使う。たとえば津波、震度、余震、避難所といった語は説明を 加えて使う(言い替え例の津波参照)
言い替え例
普通の日本語 「やさしい日本語」
給 水 車 ・・・・ 水を くばる 車 迂回する ・・・・ 違う 道を 行く 津 波 ・・・・ 津波<とても 高い 波>
デ マ ・・・・ うその 話 渋滞する ・・・・ 混んでいる
行方不明 ・・・・ どこに いるか わからない 人
⑷ カタカナ外来語はできるだけ使わない
ダイヤル ……… 原語とは意味が違うので通じないため