南アジアはインドの内陣である。インドは南アジアの超大国として地元をしっかりと 治め、域内の安定と経済発展を図り、南アジアの盟主として地域の覇権を確立したいと いう志向を持っている。「インド外交マトリックス」におけるサブリージョナルなレベ ルにおけるインドの戦略目標である。この目標の実現は、上位レベルのリージョナル(ア
ジアなど)とグローバルにおける目標に向けた基盤となる。
アジアでは、中国が近隣諸国との緊張を抱えながら世界の大国を目指しているが、未 だ非力なインドにはそのような芸当はできまい。モディ首相が 2014年 5月の就任式典 に南アジア諸国のリーダーを招き、式典で近隣との友好を強調したのは、最もコスト・
パフォーマンスの良い方途を選択したことにほかなるまい。
第1節 模 索 が 続 く イ ン ド の 南 ア ジ ア 政 策 1. インドと南アジア諸国一インドの中心性
南アジアには大きな 2つの特徴がある。第 1には、インドが巨人ガリバーのように存 在していることである。インドが南アジア 8カ国の総計で占める比率は、面積 63%、 人口 740/0、国内総生産 (GDP)790/0、防衛支出が 780/0であり、南アジアの次席のパキス タンを大きく凌駕している。インドは南アジアの超大固なのである。 1947年に英領イ ンドから印パ(インドとパキスタン)が分離独立せず、一国のままで存在しでしたとすれ ば、その後の南アジア、さらにはアジアの国際政治はまったく別の姿になっていたに違 いない。
表5‑1 南アジア8カ国の国力比較
面積(万平方 人口(億人) GDP (兆米ドル) 防衛費(億米ドル) 2011年 2013年 2013年
インド 328. 72 12.10 1. 877 473.98 パキスタン 90.39 1. 873 0.237 76.41 バングラデシュ 14.40 1. 586 0.130 18.18 スリランカ 6.56
o .
213o .
067 18. 23ネパール 14. 72 0.294 0.019 2.58 アフガニスタン 64. 75 0.298
o .
021 12.93 ブータン 3.84 0.0007o .
002 不明 モルディヴ 0.03 0.0004 0.002 不明出所:面積と人口は主に駐米各国大使館 HPによる。国内総生産は WorldBank, World Development Indicators databasθ,May 7, 2014(2014年6月28日アクセス)
h t t p : / / d a t a b a n k . w o r l d b a n k . o r g / d a t a / d o w n l o a d / G D P . p d f
イ ン ド の 人 口 は 訪 日 年 セ ン サス暫定{輩。訪衛費については、S I P R
,IS I P R I M i l i t a r y t u r e D a 2 0 1 4 . h t t p : / / w w w . s i p r i . o r g / r e s e a r c h / a r m a m e n t s / m i l e x / m i l e x ̲ d a t a b a s e 2 0 1 4
年6
月2 8
日クセス。
第2の特徴は、地理的に見ると、各国がインドの回りに位置しているという点である。
各国は、アアガニスタンを除けば、どの菌も相互に隣接していないが、インドどは隣接 している。
り、インドは、閣のサイズだけでなく、地理的にも中心的 占め、南ア アの中心的な存在になっている〈場本
[ 2 0 1 2 :1 1 ‑ 2 7 J
)。南アジアにおけるインドは、北 米(広義)における米国とカナダ・メキシコとの関係にやや似ている口インドは、その中心性から自国が南アジアの中心的な大国という自己認識を抱くこと なる。この認識は、高アジアの国欝政治を考える際の要点である。ネノレーからマンモ ーハン・シンまでの歴代インド首持が線開した外交を検討したインド人の国際政治学 者 ・ カ ブ ー ル は 、 南 ア ジ ア に お け る イ ン ド 外 交 を 「 大 盟 主 義J
( g i a n t i s m ) ( K a p u r
[ 2 0 0 9 : 4 1 0 J
)と性格づけた。冷戦後のアメリカは世界の超大国と称せされたが、南ア に張って言えば、インドはこの地域の超大国であり、南アジアの国際政治は超大国 対その他の小国という急彩が強くなるのである。2 .
インドと南アジア各国の関係インドの罵辺国は、巨大な瞬間が存在している以上、対対卑政策を最大の外交課題と して取ち組まざるを得ず、その外交基調にはインドに対ずる警戒感・不安感が常につき まとうことなる。その結果、インドと罵辺悶の間では、友好関係を講築しにくいという 状況が生まれる。加えて、南アジア諸国は独立してからの期間が比較的短いために、国 内にはナショナリズムの意識が強く インドと安易な妥協を図れば、国内から f屈服外 交Jとの非難を受けがちである。対印瞥戒感を背景にインドと周辺国の経療関係も低調 である。その結果、高アジア各国は、
を図るという政策を屡閉してきた。
ジア域外国との関係を強化して対印バランス
〔印パ関係ーインドの大国化と甫アジアの安定化のカ
その典型前がパキスタンである。印ノミ関援はインドの大関イヒと南アジアの安定に大き なカギを揺っている。
パキスタンの場合、インドとはナショナル・パワーで大きな開きがあるうえ、
ンドから両国に分離独立したとし寸膝史的経緯もあり、し1ずれは隣の大国インドに飲み 込まれるのではなし、かという対印恐怖感を抱き、そのような事態を避けるため、常にイ
ンドと同等になろうとする「対印平損痕侯群J があると言われる
( C h o p r a[ 1 9 8 4 : 1 4 0
金9 2
2 3 4 J )
。特に軍事面でこの傾向が強い。パキスタンがインドに対する平衡状態を確保するために採った政策は、第1に域外国 との関係強化である。当初は対米協力を進めた。米国が冷戦期に展開した共産勢力の拡 大阻止を目指す反共軍事同盟‑東南アジア条約機構
( 1 9 5 4
年発足)と中央条約機構( 1 9 5 5
年発足)ーにパキスタンが加盟したのは、対印バランスのためであった。パキスタンは、
1 9 6 0
年代から対米関係と並行して対中関係の緊密化も図った。パキ スタンと中国は事あるごとに両国関係がどんな国際情勢の天候状況にも左右されない「全天候型関係」であると強調してきた。こうした両国関係は、一九六
0
年代初めから 徐々に形成されたが、パキスタンが南アジアの大国・インドとの共存を前提としつつ独 自性を保持するには、「中国を有力な後ろ盾とし、アメリカを警戒しつつも決別しない 選択が現実的で、あるJ(井上[ 2 0 1 3 J
)としづ。優れた見方で、あり、実際にも採られた政 策である。第2が平衡措置としての対印防衛の強化である。パキスタン軍は当初からインドには 劣勢で、あった。印パ分離独立の際、英領インド軍の3分の 2がインド、 3分の lがパキ スタンにそれぞれ帰属した1030 その後、パキスタン軍はその質量でインド軍には太刀打 ちできないため、インドとの国境に軍事力を重点配備することで対印バランスを保とう とした。
1 9 9 8
年のインド核実験にも直ちに後追いした。第3がカシュミール問題で、ある。カシュミールはインド亜大陸北西部に位置する地域 で、印パ両国が領有を主張する両国間最大の懸案である。カシュミール問題は上記2点
と裏腹の関係にある。
印パ両国は、分離独立した直後の
1 9 4 7
年‑‑.,1 9 4 8
年に第1次印ノミ戦争、次いで、1 9 6 5
年に第2次印ノミ戦争と 2度にわたる戦争をおこなった。いずれもカ、ンュミールの領有が 根因だった。第3
次印パ戦争( 1 9 7 1
年)は、バングラデシュ独立戦争の別称を持ち、東 パキスタンによる西パキスタンからの分離独立の戦いで、あり、前者をインドが支援した 戦争であった。しかし、終戦を取りまとめたシムラー協定( 1 9 7 2
年)で終戦方法とカシ ュミール問題が2
大議題となっていた(堀本[ 1 9 9 3 J
)01 9 9 9
年にはミニ印パ戦争とも 称されるカールギル紛争がカ、ンュミールで、発生した。印パ戦争とはカシュミールをめぐ る戦争なのである。しかも、印パとも核保有国であり、両国の戦争は核戦争に発展する 危険性を内包している。しかも、カシュミールをめぐる印パの対立は、中国にとって好ましい状況である。つ まり、インドは、カシュミールと印中国境の両方、すなわち、二正面で防衛態勢を整え ざるを得ず、インドの防衛能力を分散できるからである。
2 0 0 0
年代( 2 0 0 0
年 一0 9
年)以降には、パキスタンのイスラーム原理主義団体‑パキス タン軍統合情報部(1SI)が支援していると言われるーによるインド国内におけるテロ事 件が頻発している。103辛島昇他編『南アジアを知る事典』平凡社、
2 0 0 2
年版、2 1 7
頁。従って、インドは、
その監視ぶりは、
な外交上の課題としてパキスタンを位置付けざるを得ない。
『非同盟
2 .
りからもうかがえる。報告書の国男[J普 及 数 で は に 次 い で パ キ ス タ ン が2
番自( 1 0 0
件)であるの報告書は、パキスタンのエス タブヲッシニlメント(室、1 S 1
、 政 治 家 、 官 僚 ) が 対 印 テ ロ に よ っ て の み イ ン ド に パ キ ス タ ン の 利 害 を 受 容 さ せ る と 信 じ 〈 パ ラ グ ラ フ5 5 )
、 チ ロ が 国 家 政 策 に な っ ている(パラ5 7 )
と 指 摘 す る 。 さ ら に 、 中 国 は 、 米 障 の ア フ ガ ニ ス タ ン 撤 退 後 、 パ 九 ス タ ン に 対 す る 影 響 力 を 増 大 さ せ る 見 込 み で あ る 以 上 、 パ キ ス タ ン を 中 に よ る 対 印 戦 略 の サ ブ セ ッ ト と 位 置 付 け 必 要 が あ る ( パ ラ5 4 )
と中国とパキスタ ンを一対としてとらえる必要性を強調している。f
フォーリンポリシーJ
が公表した2 0 1 3
年年の「脆弱悶家指数J(前年までは f破 綻国家指数J)によれば、世界1 7 4
カ問中、パキスタンは脆弱度が高く、第1 0
位である1940パキスタン辻、経済成長もままならず、インブレが続き、テロが横行する状況であ る。
2 0 1 4
年に米軍の戦関部隊がアフガニスタンから撤退し、パキスタンの国家財政を 支えてきた米国の対パキスタン援助も大幅に減額される。米国の対パキスタン援助は、悶のように米国の地政学的なニーズ(冷戦期 ソ連のアアガン侵攻、
9 . 1 1
事件など)に よって大きく変動してきた。図
5 ‑ 1
米国の対パキスタン披助の変化( 1 9 5 0
年‑ ‑ ‑ 2 0 1 0
年)出所:
N a n c y B i r d s a l e t . a
1.e d .
, Beyond Bullets and Bombs fixing thθ ι
三 Approach to Dθvelopment in Pakistan,C e n t e r f o r G l o b a l D e v e l o p m e n t
,2 0 1 1
,p . 1 8 . 2 0 1 3
年5
月のパキスタン総選挙では、パキスタン・ムスリム連盟を率いるナワーズ・I 0 4 h t t p : / / w w w . f o r e i g n p o l i c y . c o m / f r a g i l e ‑ s t a t
出‑ 2 0 1 4 2 0 1 4
年7
丹6
日アクセ9 4
シャリーフが大勝して首相に就任した。シャリーフ首相への期待はパキスタン経済の立 て直しである。シャリーフは、 2014年5月のインド・モディ内閣就任式典に招鴨され、
印パ首脳会談も実施された。両首脳はお互いの経済発展を軸に関係改善に取り組む事で 一致した。シャリーフ首相にとっても経済発展が最大の課題である (Syed [2014J 。)
果たしてパキスタン、さらには印ノミ関係の前途には明るい展望があるのだろうか。両 国関係が改善するには、やはり、経済関係が大きなウエイトを占める。可能性が全くな いわけで、はない。 2012年 4月に開催されたインドのシン首相とパキスタンのザルダー リ一大統領の首脳会談で、後者が「印中モデ、ノレjを両国関係に適用できるとの見方を示 したことである (Singh,Hemant Krishnan [2012J )。ザルダーリーはカシュミール問題 を棚上げし、経済関係や信頼醸成の強化を目ざす、いわば、印中と同じように領土問題 の棚上げと経済優先方式である。
2013年 1月に訪印した
R
・D
・ホーマッツ米国務次官は、インド商工会議所連盟( F I C C I )
が主催した講演会「南アジアにおける地域経済協力」で「もし、残っている貿易障壁が なくなれば、印パの 2国間貿易は3年以内に年間 100億米ドル規模に達し、膨大な雇用を 創出する可能性があるJ105と発言した (2011年度の印パ貿易は 19.4億米ド)),‑)0 F・グラ ール(カーネギ一国際平和研究所)も、印ノミ関係、の融和路線は脆弱で、はあるが、両国の経 済的な利害が一致するゆえに対話継続が見込めると指摘している(Grare [2013J 。)
両国貿易関係の改善は、パキスタンがいつ最恵国待遇
( M F N )
をインドに付与するか にもかかっている。インドは 1996年に付与し、パキスタンも 2011年に原則付与を決定 しているが、いまだに実施されていなし、。パキスタン側もM F N
がパキスタン貿易にもた らすメリットを認識してはいても、インド経済に飲み込まれるとしヴ警戒心に加え、特 にパキスタンのイスラーム原理主義組織がカ、ンュミール問題解決こそ大優先であるとして、印パ宥和・印ノミ貿易に断固反対しているという国内事情もある1060
『非同盟
2 .
O~ は「アジアの舞台では、インドにとって南アジアがきわめて重 要である。南アジア域内の関係、を管理できなければ、大国(great power)へ の 地 位 到 達 を 望 む べ く も な いJ (パラ 42)と し た う え で 、 域 内 に お け る 経 済 的 関 与 の 深 化 を 戦 略 的 な 最 優 先 課 題 と し 、 イ ン ド の 周 辺 国 に 対 す る 譲 歩 や 中 国 に よ る 影 響 力 増 大 に 対 処 す る 必 要 性 を 強 調 し て い る 。 イ ン ド の 大 国 化 が 対 パ キ ス タ ン 関 係、の構築如何によるという見方(伊藤[2012a]]は的を射た評価と言えるだろう。今後の印ノミ関係、にはどのような展望が考えられるか。インドの場合、 2014年8月 12 日にラダク地方(カ、ンュミーノレ)を訪問したモディ首相は、「隣国(=パキスタン)は通 常戦争を戦う力をもはやなくしてしまっているが、テロとしづ代理戦争を仕掛け続けて いる」と非難した。一方、シャリーフ首相は、期待された経済立て直しも順調ではない 105Prθ55 Tru5t of India, ]an. 30, 2013.
106最近のパキスタンは、国内事情に配慮、して